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次の日(というか当日)の日曜日、晃輔はほぼ寝て過ごしたと言っても過言ではなかった。
クタクタに疲れていたはずなのに、晶湖を自宅に送った後、自宅に辿り着くと、シャワーを浴びた後目が冴えてしまい、ベッドに入っても眠れなかった。思わず本など読んでしまったものだから、中途半端な時間から眠りについてしまったのだ。結果、次に目が覚めた時には外は日が暮れかかっていた。ロデオ?をやったおかげで変なところに力が入っていたのか、身体のあちこちが痛い。その上寝すぎて頭も痛かった。
頭を押さえながらベッド起き上がって、寝間着代わりのスウェットのパンツに上は白Tシャツのままキッチンに向かう。
朔によっていつのまにか用意されていた、朝食のサンドイッチを横目に、珈琲を入れるためにケトルを火にかけた。
朔はこうしてたまに知らない間に来て食事の用意をしたり、家の家事をしてくれることがある。
今日のように疲れていると予想される日だったり、学会や論文で忙しかった日などに。
子供の頃は母が忙しかったり、夜帰りが遅い時など、当たり前のように実家の食事の用意をしていたし、学生になって一人暮らしし始めた時もよく来ていた。ただし、晃輔が彼女を家に連れてきている時だけは勝手に家に入ることはなかった。朔なりに気を使っていたんだろうと今ならわかる。
沸かしたお湯でマグカップにセットしたドリップ珈琲を落とす。
落とし終わったマグカップを持ってリビングのソファーに座ると、片手でマグを持って珈琲を啜りながら、もう一方の手でモバイルで今日のニュースを適当にスワイプさせていく。
少年少女行方不明事件の子供たちが一人を残して見つかったというニュースがいくつか目に入った。
片っ端から読んでいく。記事にはどれも子供たちは多少衰弱していたが命に別状はなく、彼らは誰一人として今までどこで誰と何をしていたかを覚えていないと書かれている。これは勿論朔によって記憶を消されたためである。わざわざ怖い思いをしたことを覚えている必要もないし、妖の少女や朔の戦闘を覚えていられても困るからでもある。
ニュースでは引き続き残りの一名について捜索していくようであるが、多分下手をすれば一生みつからないままであろう。
晃輔は殺されてしまったという子供達に対して痛ましさに眉根をよせた。
助けに向かったときにはとっくに殺されてしまっていたが、それでも後悔の念はある。
晃輔はモバイルを持った手をソファーの上に置いて、ため息をついてソファーによりかかった。
──助けられなかった。
ソファーの縁に首を反らすように頭を乗せて、両目を片手で覆う。
晃輔は多少霊感があり、朔の妖力の出力に関与しているものの、基本モノノ怪・妖の類との戦闘は朔頼みである。
晃輔は自分の無力さに歯がゆさを覚えずにはいられなかった。
「おはようございます!」
月曜日、クリニックに出勤すると、開院前の準備をテキパキと段取りよく進めながら、晶湖が元気よく挨拶をしてきた。
カメリアレッドの医療用スクラブを着てくるくる動き回る様子からは、一昨日の疲れは残っていないように見えた。
「おはよう。身体は大丈夫だった?」
晃輔は春物のジャケットをハンガーにかけ、代わりにドクターコートを羽織りながら返事をした。
「あちこち筋肉痛で昨日は一日大変でした」
晶湖は診察室の机を拭きながら、苦笑いで答える。
「ははは、僕もそうだったよ。今日もまだ残ってる」
晃輔は頭に片手を当てて首を左右に動かしながら、痛むところを確かめる仕草をした。
「おはようございます。晃輔坊ちゃま」
朔がタイミングを見計らって晃輔用に珈琲を運んでくる。
相変わらず『坊ちゃま』呼びは変わらないが患者の前でだけは先生と呼ぶようになったので、最近では諦めかけている。
朔は徐に晶湖に声をかけた。
「晶湖さん、今日注文するもの何かございますか?」
「えーっと、トイレットペーパーがだいぶ少なくなってましたね」
「承知しました。発注しておきますね」
「はい、お願いいたします」
晶湖はニッコリ微笑んで返事をした。それから鼻歌でも歌いそうな軽やか足取りで、朝の準備を続けている。
──あれ?櫻川さんの事、名前呼びだったっけ?
晃輔の頭にはてなマークが浮かぶ。
元々晶湖は最初から朔に懐いているようには見えた。朔の正体を知った時は寧ろ目を輝かせていたし、人によっては怖いという人形の朔を美人だ素敵だと褒めていた。そんな晶湖に朔もマグカップを贈ったりして、まんざらではなさそうにはしていたのだが。
──いつのまにか随分仲良くなってたんだな。
どちらかというと、朔は今までいた従業員からは、見た目のキツさから怖いと思われることが多く(それ以外にもなんとなく不気味と言われたこともあった)、口調も相俟って敬遠されることが多かったのだが、晶湖とは相性が良いようだった。
──まるで、母子…いや嫁と姑みたいだな。
晃輔はふたりのやりとりにふっと和む
──「主の晃輔様と嫁御の晶湖様にございまする」
急に一昨日の狼と朔とのやり取りを思い出した。
──いやいやいやいやあれは方便だから。
晃輔は頭の中で首をブンブン振って否定した。
──第一に俺とは十歳も年が違うし、彼女からみたら俺はオジサン──
そう、彼女は確かまだ二十八だ。亡くなった白川くんのことが忘れられないだろうが、まだ若いのだから、前を向いてほしい──そう思わずにはいられない晃輔だった。
「どうしました?先生、ぼーっとして」
晶湖が晃輔を覗き込む。
珈琲を持って、ぼうっとしていたようだ。
「まだ、一昨日の疲れが残ってるのかな?歳だね」
晃輔はははは、と笑ってごまかした。
「やだ、先生、歳だなんて。先生はまだそんな御歳じゃありませんよ」
晶湖がくすくす笑う。
開けていた窓から、3月の心地よい風が入り込む。
「あ、もうそろそろ診療時間ですよね。窓閉めますね」
晶湖がぱたぱたと小走り出窓に向かい、窓を閉める。
「そうだね、そろそろ始めようか」
「はーい、では一番の方お呼びしますね」
そういって、晶湖は診察室の扉を開く。
晃輔はもう一口だけ珈琲を啜る。
「一番でお待ちの方どうぞー」




