三
いつの間にか冬休みになっていたらしい。平日の昼間、コンビニ前で小学生らしき子供達が話し込んでいるのを見てそれを知った。
店内で流れていたクリスマスの代表的な曲を耳に残し、昼食を買って家に帰る。それを腹に入れたらペンを取り、机に向かう。最近はずっとそんな生活を繰り返していて、再び不登校になった。それほどまでに僕を机にへばりつけている理由は「海月、人魚姫」を書き直しているからじゃない。これを、書いているからだ。
「ねえ、どうして殴ったりなんかしたの?」
「私も関係あること?」
「お願いだから一回ちゃんと話ししようよ。言ってくれなきゃ私、何もできない」
積もりに積もった君からのメッセージを無視していたのも決して君を見限ったからじゃない。優が知りたいこと、僕が言いたいこと、すべてはここに書いてある。
「僕は君の哀情になりたい」
唯一僕から送った一言も優には伝わらなかったみたいだけど、それでもいいよ。どうせこれから起こることだ。ただ期待しちゃいけない。この小説は僕らの人生を書き写しただけで、これから先、君を救う言葉も景色も現れない。全ては僕のため、きれいな思い出に蓋をするためのエンディングを書いている。一章の冒頭にも書いたと思うけど、君が今からするのはそのエンディングにグッドかバットをつけるだけでいい。
実際、これはただの蛇足だ。この小説のエンディングはとっくに過ぎていて、僕はちゃんと学校に行って自ら生きる道を探さなければならないことは重々、分かってる。
分かってるんだけど、できなかった。この小説で僕の小説観や人生観、君への思い。たくさん書いてきた。先生のことも、佐藤優のことも、本人の次に知ってると思ってる。だからこそ、それら全てを詰め込んだこの小説は、僕にとってどんな小説にも代えがたい価値と美しさを持っている。ただ僕ら以外の他人にこの小説を見せたとき、他人事である彼らは心ない言葉を使うのも躊躇わないんだ。
仕方ない、何も知らないのだから。君は心の中でムッとした感情を抑え、そう思えるだろう。僕はできなかった。何も知らない。その言葉を支える確信がなかった。彼らの使う暴言が一部当を得ているとさえ、思ってしまったんだ。
それは無論、君や先生のことじゃない。僕自身、ずっと割り切れていない感情。ふたりでそれでもいいと、妥協ではなくこれが最善と決めて歩き出したはずなのに、未だに僕は図書館での君の言葉が頭から離れない。
「私を泣かせる小説を書いて」
泣けない君は僕に笑ってそう言った。君は未だに泣けないままだ。
僕は君に、なにをしてあげられたのだろうか。
君に聞いたらきっといろいろ言ってくれるかもしれない。けれど僕たちが求め続けたのは優の涙一つ、それを叶えられないままで生きる道はきっと君に無理をさせている。
変わりたいと願う君を変えたのは紛れもない僕で、一緒に歩き出した道は確かに二人が救われる最善だった。ただそれは現状の最善であって、もし僕が君を泣かせることが叶った世界線があるなら、そこで生きる優はもっと屈託のない笑顔を振りまけているだろうと思う。
そんな後悔があるから僕は今の僕を認めきれず、君に対しての罪の意識を他人に刺激されたらもう、受け流せない。何より先に僕は君に償わなければいけない。約束を破ってしまった罪を。酷く、卑怯なやり方で。
ここ数日、ずっと考えていた。何度もやめようか悩んだ。だけどここで引き下がる訳にはいかないんだよ。他人に貶されたままじゃ! それに拳でしか反発できない僕がいるんじゃ! 僕はもう、君に合わせる顔がないんだ。
証がほしい、ほかでもない君から。この思い出に蓋をできるような証を。言葉ではなく、表情で。この小説の価値を決めることができるのは、他人事じゃない優、君だけだ。
この小説を君の家のポストに入れたのが月曜日、長くなったけど流石に一週間あればここまで読み終えていると思う。ここから先は僕の口から話したい。だから一月三日の二十三時、体育館の小窓を開けておくから学校の屋上に来てほしい。これから先の僕らの人生は僕らしか知らなくていいから。