とっぴんぱらりのぽん
インタビューに丁寧に対応してくれた大英雄に礼を告げ、客間から出口へと向かった。
この屋敷は大きくて、案内がなくては迷ってしまう。
目の前には、客室で世話をしてくれたメイドの背中。
彼女の後について、入り組んだ屋敷の中を進んでいく。
「随分長く、話し込まれておりましたね」
この館にふさわしい、涼やかで品のある声だ。
「ええ、いまや伝説となった聖獣奇譚を証人から直接聞けるだなんて、これほど貴重なことはありません」
「そういうものですか」
「貴女は、あまりご興味がないので?」
「本などに書かれているものの方が、面白くて好きですね」
確かに、一般向けに流通したものの方が派手に脚色されたりはしているが。
大英雄の私生活に触れられる人間など、極僅かだろいうに。
「あぁ、そうだ。それほどお館様がお好きならこれはご存知ですか?」
歩きながら、メイドが気になることを言い出す。
史料を残すには、こういった周囲の証言も重要なのだ。
「といいますと?」
「おや、先ほどのインタビューみたいな口調になりましたね。お館様の話には、少々続きがあるんですよ」
俄然、興味が湧いてくる。
私が乗り気なのを察してか、メイドは緩く笑って話を続けた。
「正確にいつからだったかは覚えておりませんが、彼はある日から毎日外につながる扉の前にクッキーを置くようになりまして」
クッキー。
それは、探訪分隊の中で《茶色》が過ごしていたころの好物だ。
「一晩おいて、朝に残っていれば自分で処分。いつ来るかもわからない獣のために、少しのクッキーを置くのを繰り返していたんです。お土産に持たされたそれも、毎日焼かれるクッキーのついでみたいなものですね」
カバンの中にしまい込んだ、土産の焼き菓子を意識する。
木の実を混ぜ込んだそれは甘さはかなり抑えているそうで、なるほど確かに動物に与えても大きな問題はないように思えた。
「茶色の方も、自分が行くたびに置かれているクッキーの仕組みに気づいたんですよ。毎日毎日、この人間はたまに来る獣のためにわざわざお菓子を置いてるんだって。茶色は種のことが一番気に入っていましたが、その次にクッキーが好きだったんですよ。だから、お館様のことを放って遠くには行けなくなっちゃって。最初はせっせと運び込んでいた神樹の種も、気配を近くに感じたら時々探しに行く程度。探訪隊がうろついていた頃はともかく、今はほとんど種なんて持ってきていないんですが」
「なんと、では未だに聖獣は我らを見守ってくださっているんですか」
「そういうことになるんですかね?ま、まだたまには種を持ってきてはいます」
つらつらと言われる「その後」の話は、私を大いにわくわくさせた。
神殿がかの獣を【聖獣】として指定するに至る話は有名だが、それ以降の話は現在進行形であるからか殆ど流れてこないのだ。
もしかすると、これを記録するのは自分が初めてということになるかもしれない。
もっと詳しく聞きたいが、もうすぐ屋敷の出口である。
なんといことか、ここにきてこんなに興味深い話を引き出せたというのに。
もしこの話が広まれば、聖獣信仰は新たな局面を迎えるだろう。
たとえば、神樹の種への祈願として扉の前に供物を置いておくとか。
「そのお話、また改めてお聞かせいただきませんか。お礼は十分にいたしますので」
「これでも忙しい身ですので、遠慮しておきます。今話した内容は、お館様がご存命のうちは内緒にしておいてくださいね」
「なぜです?」
外へと続く大きな扉を、メイドは手慣れた様子で開けて見せた。
どうしてか、自分の足は勝手に外へと動き出す。
「これ以上食べると、太っちゃいそうなので」
閉まっていく扉の隙間から、メイドの黒っぽいめがいたずらっぽく細まるのが見えた。
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