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恋の基準値  作者: みゆ
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約束〈最終話〉

 暫くストラップを幸せな気持ちで見ていた私は、ふとある事に気が付いた。

 そういえば私、高瀬君のメールアドレス知らない。携帯番号は知っているけれどそれだけじゃ寂しいから、出来たらアドレスも教えてほしい。

「あの…ね高瀬君、メールアドレス教えてもらってもいい?」

 断られないかとドキドキしながら、私は高瀬君の顔を見上げた。

「えっと…ほら、みんなで遊ぼうって話になった時とか、メールアドレス知ってた方が、連絡取りやすいし。」

 私の言葉を聞くと、高瀬君はポケットから黒い携帯電話を取り出し、そして

「赤外線でいい?」

と私を見た。

「赤外線……。」

 …どうやったっけ?

 前にそれで明日香や瑞穂とアドレスを交換したけれど、どうやったのか覚えていない。まだ機能を把握しきれていない私は、慌ててボタンをカチャカチャといじり、その機能が何処にあるのか探し始めた。でも中々それは見つからない。どうしよう…。せっかく高瀬君がアドレスを教えてくれようとしているのに…。

「…貸して。」

 そんな私を見るに見兼ねたのか、高瀬君が私に向かって手を差し出した。

「う…うん。」

 言われるままに携帯電話を渡すと、彼は素早くボタンを操作して、携帯電話を私に戻した。

 ディスプレイには、彼の名前が表示されていた。『高瀬 祥太』というフルネームで。それを見た途端、何だか心がくすぐったくなって、思わず顔がにやけてしまった。

 私の携帯に登録されている中で、フルネームで入っている人は今までいなかった。お兄ちゃんは勿論『お兄ちゃん』だし、明日香や瑞穂はアドレスを貰った時から、下の名前や絵文字で登録されていた。勿論私も名前と絵文字。――高瀬君は、フルネームで登録してるんだ。男子ってみんなそうなのかな?それとも高瀬君が真面目なのかな?

「ありがとう。」

 私はにやけた顔のままで高瀬君を見て、そして

「メール、してもいい?」

と尋ねた。

「…いいけど。」

 嬉しくて、顔が更ににやけた。でもそれに気付かれるのは恥ずかしくて、私は慌てて下を向いた。


 …もう一つ、聞いてもいいかな?ちょっと緊張するけど、どうしても聞いておきたい。

 それは別に、聞かなくてもいい事なのかもしれない。聞かなくても、私が行動に移せばいいだけの事だから。でも私がそうしたいと思ってる事を、高瀬君に知っておいてほしかった。そして、彼に『いいよ』と言ってほしかった。

 アドレスを聞くよりも何倍も緊張して、顔が引きつりそうになった。もし断られたらどうしよう…そんな不安もあったけど、それでもどうしても聞いておきたくて、私は勇気を出して高瀬君を見た。

「あのね、高校に入ったら…、付属まで遊びに行ってもいい…?会いたくなったら、会いに行ってもいい?」

 高瀬君の目が、驚いた様に見開かれた。でも次の瞬間それは困った様なものに変わり、そして考え込む様に左手を耳の後ろに当てて、私から視線を逸らした。


 駄目、なのかな……。


 心の中に悲しみが広がった。

 私が言った言葉は、彼にとっては迷惑だったのかもしれない。彼を困らせてしまう、そんなものだったのかも…。

 でもどうしても会いに行きたい。高校に行ったら全然会えなくなるなんて、そんなの嫌だから。

 ……どうやったらOKを貰える…?みんなでって言ったら、大丈夫かな……。


 伏せていた視線を再び上げて口を開きかけた時、高瀬君が視線は私から逸らしたままで口を開いた。

「俺…、高校行ったら野球部に入るし…。そしたら多分練習が忙しくて、遊んでる暇なんて殆んど無いと思う。でも…。」

 何故か彼は、そこで一旦言葉を切った。そして再び考える様な素振りをすると、私にふっと視線を向けて言った。

「…でも、もしそれでもいいって言うなら、いつでも来ればいいよ。」

「…………行く!絶対に行く!!」

 会いに来てもいいって、高瀬君が言ってくれた…!どうしよう…凄く嬉しい!!

 高校が離れてしまっても、また彼に会えるんだ。会いたくなったら会いに行っていいんだ。

「いつになるかまだ分からないけど、絶対に会いに行くね。」

 嬉しくて嬉しくて満面の笑みでそう告げた私を見て、高瀬君はちょっと照れ臭そうな表情をして、そしてこくんと頷いた。




 幸せな時間は、終わりを迎えようとしていた。

 自転車の脇に立つ高瀬君に何て言ったらいいのか分からなくて、私は考えた末

「野球、頑張ってね。」

と告げた。

「ありがとう。」

と高瀬君は微笑み、そして

「じゃあ…。」

と言って自転車にまたがった。

 “サヨナラ”という言葉を、どうしても言いたくなかった。『会いに行く』『来ればいいよ』って、さっき言い合ったけれど、それは本当に叶うか分からない不確かなもの。

 もしここで“サヨナラ”を言ったら本当にずっと会えない様な気がして、私は高瀬君の別れの言葉にこくんと頷く事しか出来なかった。

 自転車に乗って去って行く彼をじっと見つめる。今度いつ会えるか分からない彼の姿をずっと見ていたい。でも寂しさの所為で涙が浮かんで、彼をしっかりと見る事が出来ない。

 もし今高瀬君が振り向いたら、私の泣き顔を見る事になるだろう。でももう高瀬君に泣き顔を見せたくはない。

 幸せだった一日が泣き顔で終わるのは嫌だった。だから私は高瀬君を見る事を諦めて、彼に背中を向けた。


 大丈夫だよね…?今高瀬君の姿が見えなくなっても。私達、また会えるよね……?




「山口さん!」

 後ろから、高瀬君の声が聞こえた。私はどくんと心臓を波打たせて、慌てて涙を拭って高瀬君の方に振り返った。

 高瀬君は少し離れた場所で、自転車から降りて私を見ていた。そして私が振り向いたのを確認すると

「俺、電話とかメールとか苦手だけど…、絶対にするから!それから、部活であんまり会えないかもしれないけど、休みでこっちに帰って来た時は連絡するから!だから、また絶対会おうな!」

と、大きな声で告げた。

 せっかく拭った涙が、また溢れそうになった。でもそれは、さっきの寂しい涙とは違う、嬉しくて幸せな涙――。

 私はやっとの思いで涙を堪えて

「私も!絶対高瀬君に会いに行くから!」

と最高の笑顔を彼に向けた。

「じゃあ、またな!」

 そう言って高瀬君が大きく手を振る。

「うん!またね!」

 私もそう言って、高瀬君に手を振り返す。


 ――『またね』。


 それは、また会おうという約束の言葉。約束を交した私達は、絶対にまた会う事が出来る――。




 確信に満ちた気持ちを抱きながら、私は高瀬君の後ろ姿を見つめ続けた。高瀬君の姿が見えなくなるまで、ずっと、ずっと。









 帰り道。私は楽しかった事を思い出しながら、一人歩いていた。今日高瀬君と一緒にいられて幸せだった事。それから中学に入って高瀬君と出会えて、嬉しかった事や楽しかった事。

「沙和?」

 突然声を掛けられて、私は後ろを振り向いた。

「お兄ちゃん。」

 そこには今帰って来たのか、朝家を出ていった時と同じ服装をしたお兄ちゃんが立っていた。

「どうだった?」

 お兄ちゃんが私に近づいて、そう尋ねた。何を聞かれているのか…それは分かったけど、でも何から話していいのか分からなくて、私は

「うん…。」

とだけ言って、視線を落とした。

「…お前、大丈夫か?何か泣きそうな顔してるけど。」

「え…?」

 お兄ちゃんに言われるまで気付かなかった。自分がそんな顔をしていた事に。

 今まで楽しかった事を考えていた筈なのに何でだろう…。お兄ちゃんの顔を見て緊張の糸が解けたのかな…。

 お兄ちゃんは心配そうに顔を覗き込むと、私の頭に手を乗せた。そして髪の毛をぐちゃぐちゃにする様にして、頭を撫で始めた。


 …高瀬君にも、こうやって頭を撫でてもらったな。彼の手は、もっともっと優しかったけれど。でも同じような温かい手で…。


 その時の事を思い出して、涙が零れそうになった。でも、絶対に泣いちゃ駄目だって思った。

 高瀬君と交した約束。『また会おう』という二人だけの約束。もし泣いてしまったらそれが台無しになる様な気がして、私はきゅっと唇を噛んだ。そして

「止めてよ。髪の毛ぐちゃぐちゃになっちゃうじゃん。」

とお兄ちゃんの手から離れて

「お兄ちゃん、私、大丈夫だよ。」

と、出来る限りの笑顔をお兄ちゃんに向けた。







 空には月が薄らと姿を現していた。暗くなりかけた空を見上げながら、私は高瀬君の事を考えた。


 住む場所は離れてしまうけど、私達は本当に離れ離れになる訳じゃない。何処にいたって同じ空を見る事が出来る。それに……。




 きっと心は繋がっているから。そして私達は絶対にまた会えるから――。







「置いてくぞ。」

 お兄ちゃんに促され、私は上に向けていた顔を前に戻した。そして

「ちょっと待ってよ。」

とお兄ちゃんに言って、そのまま家に向かって駆け出した。




       〜End〜



『恋の基準値』を読んで頂きまして、本当にありがとうございました!私にとって初の長編となるこの作品を最後まで書けたのは、温かい言葉をかけて下さった方や、読んで下さった皆様のおかげです。本当にありがとうございました。また番外編など書きたいな、と思っております。近いうちに投稿するかと…。そちらも覗いて頂けたら幸せです。

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