磨かれた味
日曜の夕方、隆がゴルフ土産の箱を抱えて帰ってきた。
ほとんど同時に、日焼けした真央が「ただいまー!」と
玄関に飛び込んでくる。
「いやあ、疲れた。夕飯は軽いものでいいぞ」
「お母さん、お腹ぺこぺこ」
美由紀は台所に立って、昨日の鍋に火を入れた。
一晩置いたシチューは、昨日より味が丸くなっているはずだった。
食卓に、白磁の皿を三つ並べた。湯気が、皿の縁から立ちのぼる。
隆が最初の一口を運んだ。テレビのリモコンを持ったまま、画面から目を離さずに。
「お、うまいな。店みたいだ」
美由紀は手を止めた。
昨日、ほとんど同じ言葉を、同じ鍋のシチューに向かって、別の男が言ったのだ。
同じ「うまい」だった。けれど、あちらは確かに味わっていて、
こちらは、何も食べていなかった。
「お母さん、食べないの?」
真央に言われて、美由紀はスプーンを手に取った。
口に入れる。肉は、ほぐれるまでもなく崩れた。
ソースは一日置いて角が取れ、赤ワインの奥から、
ほんのわずかに、焦がした玉ねぎの甘さが立ってくる。
翔太に出した昨日より、ずっと深い味がした。
「おいしい?」と真央が訊く。
「うん、おいしい」
隆はもう次の一口を運んでいる。真央はパンを浸している。
白磁の皿の向こうで、家族が笑っている。
この味がどこで磨かれたものか、
この食卓で知っているのは、美由紀ひとりだった。
美由紀は家族を愛しています。けれど、長い年月のなかで当たり前になってしまったものもありました。翔太が気づいたのは料理の味だけではなく、その料理の向こうにある美由紀の時間だったのかもしれません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




