2.物騒な友人は今日も変わらない
ふっと、視界が陰る。
ルクフォードは、咄嗟にその場を飛び退いた。
次の瞬間、ルクフォードのいた場所に剣が突き刺さる。
「へぇ、一応避けられるんだ」
降ってきた男は、剣を振って、土埃を払い落とす。
細身の剣士は、涼やかな顔で立っている。
「おま……リュカ!」
見覚えのある顔に、ルクフォードは目を見開く。
「久しぶりだね、ルクフォード。まだ死んでなかったんだ」
「今、死にそうだったろ!」
「はは、この程度で死んでたら、冒険者として生き残れないよ?」
*
冒険者育成の学園。
ルクフォードとリュカは、そこで出会った。
学園を卒業した後は、ギルドに所属し、パーティを組んで、冒険をするのが慣例だ。
でも。
「リュカ、相変わらず一人で好き勝手やってるらしいな」
「仕方ないだろ。弱いやつらばかりで、すぐに逃げ出すんだから」
「いや、お前が暴れるって聞いたけど……」
「どんな噂だよ、それ。前衛らしく、魔物を切り刻んでやってるだけだろ」
ふんっと、リュカがそっぽを向く。
「お前こそ、卒業後死亡率下げる気ないだろ……」
学園卒業後、パーティを組む。
それは、卒業後3年以内の冒険者死亡率が、高いからだ。
「僕が簡単に死ぬわけないだろ。他の奴らは、知ったこっちゃない」
「魔術、剣術共にトップで卒業したやつがこれだもんな……ギルドが頭抱えてるのも、納得だよ」
「何それ」
「リュカに面倒見て欲しいのに、全然協力してくれないって嘆いてたぞ」
「鍛えてやってるのに、ついて来れない方が悪い」
「……どんな鍛錬してんだよ」
「知りたい?」
リュカが、ニヤリと口角を上げる。
「お前用の特別メニュー、作ってあげるけど?」
「……遠慮しとく。夜も眠れなそうだ」
「よくわかったね」
「マジかよ!」
「寝てる間に奇襲を受けて、パーティ崩壊なんて、最低の全滅の仕方だろ」
「それは、そうだな」
「だから、鍛えてやっただけ」
「実践済みなのかよ!」
ルクフォードの後ろで、パーティメンバーがこそこそと話をする。
「やっぱり、天才様の考えってよくわからないわ……」
「そりゃ逃げ出したくもなるよな」
「ルクフォードと組んでて、よかったわ」
「リュカ、学園の頃から、浮いてたからな……」
リュカにも、その声は聞こえていただろう。
しかし、顔色ひとつ変えない。
「ルクフォード、手合わせしてあげる」
「最初から、そう言って出て来いよ」
ルクフォードが、剣に手をかける。
「そうしたら俺だって、喜んで乗るんだから、さっ!」
ルクフォードが、駆け出す。
ダンッと、空へ飛び上がった。
「はぁああああっ!」
大きく振りかぶった剣を、リュカへ振り下ろす。
リュカは、立ち方を変えないまま、それを見ている。
静かに剣を持ち上げると、ルクフォードの剣筋の向きを変える。
「おわっ!」
流れを変えられたルクフォードが、体勢を崩す。
その鳩尾に、リュカが肘を撃ち込む。
「相変わらず、無駄な動きが好きだね」
「いてて……だが、まだ、勝負はついてない!」
しゅんっと、ルクフォードが距離を詰める。
リュカは、剣で受け止めるしかなかった。
「……っ、おも」
体格で言えば、圧倒的にルクフォードの有利だ。
リュカが、少しずつ押されていく。
このまま押し負ける。
誰もが、そう思っただろう。
リュカの体が、深く下へ抜ける。
そして、回転の力を利用して鋭く切り上げた。
ルクフォードは、とっさに後ろへ飛び退いた。
パラリと、ルクフォードの髪が散った。
「あっぶねー……」
「この程度で狼狽えて、どうするの」
リュカが、足払いをして、土煙を上げる。
小狡い戦法だ。
しかし、大抵のものは、こういうものに怯む。
生き残るという点では、正しい戦法である。
しかし、ルクフォードは構わずに、突っ込んできた。
ルクフォードの意外な行動に、リュカの反応が一瞬だけ遅れた。
その一瞬の隙を逃さない。
ルクフォードが、リュカの剣を弾き飛ばす。
そのまま、ピタリと喉元に剣先を当てた。
「……降参」
不満そうに、リュカが終わりの合図を出した。
「っしゃ!」
ルクフォードが、嬉しそうに拳を握る。
「これで、勝敗同じくらいになったんじゃないか?」
「そんなわけないでしょ。僕が36勝、君が27勝」
「よく覚えてるな……」
「君が鳥頭なんだよ」
リュカが、剣を取りに行く。
軽く埃を振るい落としてから、鞘に納めた。
そのちょっとした動きすら、洗練されている。
「お前って、本当、綺麗に動くよな」
「は?」
「さっきの剣筋も、正確で綺麗だったし!」
はくり、とリュカが一瞬言葉に詰まる。
「君が、力任せすぎるんだよ」
「そうかな、そうかも?」
「君は、感覚で動きすぎ。無駄な振りも多いから、隙だらけ。力だけで押すのやめろよ」
「お前が筋肉足りないんだよ。ほら、こんなに腕細い。ちゃんと肉食ってるか?」
「おい、気安く触るな。気色悪い」
ルクフォードの手を、振りほどく。
「絶対、魔術師の方が向いてるのになぁ」
「それは、僕よりも強くなってから言ってくれる?」
「そしたら、一緒にパーティ組めたのに」
リュカの顔が、心底嫌そうに歪む。
「絶対、嫌」
「……そんなに嫌か」
「死にたくなる」
「お前、本当に俺のこと嫌いだよな……」
ルクフォードが、少し落ち込む。
「俺、なんか怒らせたか?」
「そんなの、自分でよく考えろよ」
「え、やっぱり怒らせたのか?」
「……別に、怒ってはないけど」
その言葉に、ルクフォードの顔が明るくなる。
「そうか、良かった!」
「単純。だから、いつまでも弱いんだよ」
「でも、今日は俺が勝った!」
「……まあ、そうだね」
リュカが、少しだけ笑った。
「土煙に怯まずに突撃してきたのは、偉かったんじゃない?」
「おお、お前でも人を褒められるんだな!」
「僕を、なんだと思ってるんだよ」
リュカが、呆れたように肩を下げる。
「相応の努力をしてたら、ちゃんと褒めるよ」
「え、なんか言ったか?」
「何も言ってない!」
リュカの小さすぎる声は、ルクフォードに聞こえなかった。
「それじゃあ、僕は依頼に戻るから」
「お前、依頼の途中なのかよ」
「たまたま君が見えたから、腕が鈍ってないか見に来てあげただけ」
リュカが、持ち前の綺麗な顔で笑う。
「僕以外に殺されるなよ。そしたら、一生殺してやるからな」
「いや、それ、俺もう死んでるじゃん……」
「口答えするな」
「えぇ……」
ルクフォードが、戸惑いの声をあげる。
「とにかく、これ以上、弱くなるなよ」
「勝ったの俺なのに、おかしくないか?」
リュカが、ははっと笑う。
「だから、僕よりも強くなってから言えよな」
リュカの髪が、キラキラと光を反射して、綺麗だった。
「お前、普通にしてれば綺麗なのになぁ……」
「殺されたいの?」
「そういうところだよ!」
リュカが、シッシッと手を払う。
「お前らも、どうせ依頼中だろ」
「よくわかったな!」
「見ればわかるだろ……」
リュカが、くるりと、向きを変える。
「死んだら、八つ裂きにするからね」
そう残して、去っていった。
「なんか、嵐みたいだったな……」
「やっと行ったね……」
「でも、リュカ相手に一本取るなんて、すげぇじゃんか!」
「ほんとだよ、流石ルクフォード!」
「え、ああ……」
でも、リュカの言葉が、刺さっている。
「もっと、強くならないとな」
ぎゅっと、手を握る。
リュカが何をしたかったのか、よくわからないけれど。
あいつの期待に応えられないのは、なんとなく、嫌だった。
「俺たちは俺たちの、できることを積み重ねよう」
まずは、依頼を終わらせなくては。
そうして、ルクフォード一行も、目指す道を歩き出した。
*
『お前の剣筋、綺麗だな!』
何年も、忘れられない言葉があった。
「ほんと、何も変わってないんだから」
その声音には、嬉しそうな色が滲んでいた。
終




