1.二度と呼んではならない名前
「おい、フォル」
名前を呼ばれたスカイブルーの髪の男が、振り返る。
「あれ、何か用事?」
「ああ、次のダンジョン攻略の会議をする。フォルも来い」
「了解~」
ファイアレッドの髪の男について行き、宿屋の階段を降りる。
一階は酒場になっていて、そこには既に、パーティーメンバーが揃っていた。
「フォル、アルバーン、遅いよ」
「カルネ、ダオギス、待たせてすまない。早速始めようか」
メンバーのカルネに急かされて、会議が始まる。
次に行くダンジョンは、踏破率が13%。
入念な準備をしなければ、とても危険な、そんな場所だ。
「フォル」
「はぁい」
「ポーションとマナポーションは、どれくらい必要だ?」
「そうだね、僕の回復魔法が、どこまで追い付くかわからないから……」
さらさらと、リストに必要数を書いていく。
その数で、タンクのダオギスもアーチャーのカルネも、異論は無いみたいだった。
「よし、では、物資はこの数を持っていこう」
リーダーでセイバーのアルバーンも、納得したようだった。
*
「よし、お前たち、気を抜くなよ」
「はーい、リーダー!」
緊張感を打ち破る、カルネの明るい声が返った。
フォルは、思わずくすりと笑う。
アルバーンは、不服そうな顔をした。
「気を抜くなと、言ってるんだが」
「もちろん、わかってるよ」
ぽんぽんと、肩を叩く。
「でも、固くなりすぎても、余計な疲労を溜めるだけだよ」
「それは、そうだな。フォルの言う通りだ」
「それじゃあ、行こう」
タンク役を先頭に、ダンジョンへ入る。
*
10階層まで、難なく潜っていく。
いつものメンバーだ。
戦闘陣形も慣れたもので、魔物を次々と倒していく。
「そろそろ休憩にしようか?」
「そうだな、あの開けた場所で、一時休憩といこう」
フォルの提案に、アルバーンが頷く。
アルバーンの指定した場所に、メンバーが腰を下ろした。
「順調だな」
「ああ、でも、油断はできない」
「踏破率13%だしな」
「ダオギス、疲労回復のお茶だよ」
「おお、助かるぞ、フォル」
「カルネは、右足首を治そうか」
「え、気付かれてたの!?」
捻ったが、まだ見た目には何も現れていない。
それを見抜かれたことに、驚きを隠せない。
「さすが、フォルね」
「そんなことないさ」
はい、もう大丈夫だよ。
カルネの怪我を治したフォルは立ち上がり、アルバーンの横に座った。
「君は、まだ元気そうだね」
「メンバーに恵まれたからな」
普通のお茶を飲みながら、アルバーンが笑った。
「フォルの分も用意しておいた」
「わ、ありがとう」
温かいお茶を受け取り、口をつける。
ほっと、落ち着く温度だ。
「俺たちなら、きっと踏破できる」
アルバーンが、フォルにだけ聞こえる声で言う。
「優秀なウィザードがついているからな。そうだろ、フォル」
その言葉に、フォルは肩を竦めた。
「持ち上げすぎだよ」
でも、と続ける。
「きっと踏破できるさ。君が、そう言うならば」
*
「撤退、撤退だ!!!」
20層目のボス。
その強さは、今までの各層のボスとは、一線を画していた。
巨大な体躯が動くだけで、衝撃波が生まれる。
尻尾を振れば、それは人間への致命傷だ。
「魔法陣、描けた! 入って!」
フォルが描いたダンジョン脱出用の魔法陣に、最初にカルネが飛び込んだ。
「早く!」
「先にいけ、アルバーン」
「メンバーを置いて行けるわけないだろ、ダオギス」
「二人とも、早く!」
フォルの声を聞いても、どちらも動かない。
タンクである誇りと、リーダーである誇りが、そうさせていた。
「二人同時でいいから、早く……!」
「むっ……!」
20層目ボスの爪が、降り掛かる。
ダオギスが盾で受け止める。
「う、ぐ……!」
爪による直撃は、防いだ。
しかし、巨大な前脚の重みを、受け止めきれない。
潰される。
そう頭を掠めた時だった。
「こっちだ!」
アルバーンが、ボスの前に飛び出す。
ダオギスに伸し掛る前脚を、剣で切り付けた。
「おい!」
「俺が引き付けてる間に、撤退しろ!」
「ダオギス、早く!」
「致し方あるまい!」
アルバーンとフォルの声に背中を押され、ダオギスも魔法陣へ飛び込む。
「次は君だよ、早く!」
アルバーンは、ボスの攻撃を避けるので精一杯だ。
今背中を向けたら、あっという間に捕まる。
「ああ、もう!」
魔法陣を展開するには、相当の魔力量を要する。
更に、それを維持することは、並大抵のことではない。
おまけに、魔法陣を一度閉じると、再起動にはかなりの時間が必要になる。
人によっては、再起動が不可能なレベルの話だ。
しかし、フォルは、魔法陣を展開しつつ、アルバーンの方へ手のひらを向ける。
「アイスアロー!」
アルバーンの横を掠め、ボスの表皮に氷の礫が刺さる。
ボスが、鬱陶しそうに脚を振った。
「君も、今のうちに!」
フォルの声に、今度こそアルバーンが、魔法陣の方向へ駆け出す。
しかし、それに気がついたボスも、こちらへやって来た。
「ダートウォール!」
地面が盛り上がり、壁の役割をする。
しかし、ボスはいとも簡単にそれを破壊した。
「うっ……」
魔法陣を維持しながらの魔法展開は、かなりの負荷だ。
フォルの息があがる。
だから、気が付かなかった。
ボスの標的が、変わっていたことに。
「フォル!」
アルバーンの悲鳴のような声に、顔をあげた。
その瞬間、ぴしゃんと、ぬるい温度の液体が頬に飛んでくる。
「え……?」
目の前には、アルバーンの背中があった。
頬に触れれば、ずるりと湿度を持った何かが付着している。
手を見れば、それは赤く濡れていた。
「なん……で……」
ゆっくりと、アルバーンの体が傾く。
フォルが慌てて、それを受け止めた。
呼吸を確かめる。
大丈夫。
まだ、息はある。
「今、ハイヒールをかけるから……」
傷の上に手を翳せば、その手首を握られた。
「俺は、いいから……」
アルバーンが、掠れた声で言う。
「フォルは、生きろ……」
そう残して、アルバーンの手が地面に落ちる。
「待って……」
アルバーンの体を揺さぶる。
「待ってよ……」
アルバーンからの反応はない。
「置いていかないでよ、ねぇ!」
アルバーンの体から、温度が消えていく。
「ねぇ……」
フォルが、項垂れた。
20層のボスは、二人に興味を失ったのか、欠伸をしている。
「君は、いつもそうだ」
フォルの声に、怒りが滲む。
「他の誰かを優先して、自分が傷付いても、気にもしない」
フォルが、ゆっくりと立ち上がった。
「その結果が、こんな死だなんて」
絶対に、許さない。
フォルが、魔法陣を描く。
脱出用ではない、新たな魔法陣。
「不死鳥の涙」
魔法陣を描きながら、フォルが詠唱を始める。
「サラマンダーの息吹」
からんっと、杖を捨てる。
「灰に落ちし命に、再びを」
魔法陣が、光り輝く。
「レイズ」
蘇生の呪文を唱えた時、フォルの前に門が現れた。
真っ黒な門だ。
門の出現により、辺りの光がなくなる。
なのに、門だけはハッキリと見える。
その存在は、明らかに異質だ。
しかし、フォルは、表情を変えずに、その門を見ていた。
門が、ゆっくりと開く。
その先には、底知れぬ闇が広がっていた。
「汝、誰の命を欲する」
その問いかけに、フォルは、深く息を吐き出した。
怖いとは、思っていない。
それでも、少しだけ、ほんの少しだけ、哀愁の気持ちが過ぎった。
しかし、ほんの一瞬だ。
フォルは覚悟を決めて、しっかりと門を見据え、蘇生したい者の名を告げる。
「アルバーン」
そう、フォルが言う。
すると、闇がくつくつと笑った。
「汝、その名を呼んだな」
「うん、呼んだよ」
「その名は、二度と呼んではならぬ契約」
「うん、覚えてる」
フォルが、蘇生魔法を使うのは、二度目だ。
「いいよ。連れていきたいなら、僕を連れていけばいい」
フォルの目が、怒りの色を宿していた。
「でも、彼は返してもらう。絶対に、連れていかせない」
一度目の時も、そうだった。
アルバーンは、フォルを庇って命を落とした。
その時に、蘇生魔法を使ったのだ。
「一度、蘇生魔法を使った対象の名は、二度と呼んではならない」
呼んだ時に、死の門番が迎えに来る。
「もちろん、分かっていて呼んだよ」
「だって、そうだろ?」
「その程度の制約で、彼の命を諦めろと?」
「有り得ない」
「そんなこと、許さない」
「誰にも、彼を奪わせない」
「あいつにだって、あいつを奪わせない」
「あいつは、少しでも多く生きるべきなんだ」
街の人々に慕われているアルバーンの姿を、思い出す。
彼は、太陽の下に、いるべきなのだ。
「早く、蘇生しろ」
「くくっ、いいだろう」
その代わり。
「汝を、連れて行くぞ」
「ああ、そのつも……」
「それは、困るな」
グイッと、フォルの体が後ろに引っ張られる。
闇の扉に、剣を突き立てる者がいた。
「なん、で……」
アルバーンが、そこにいた。
「悪いが、フォルを渡すことはできない」
至極真面目な顔で、そう言った。
「く、くはははははははっ!」
門の奥から、笑い声が木霊する。
「面白い。良いだろう。二度目をくれてやろう」
ギィっと、門が閉まっていく。
「しかし、三度はないぞ」
そうして、門は消えていった。
「え、な、なに……?」
「フォル、脱出用魔法陣を描け」
「え、ちょっと待って……」
「帰ったら、説教だ」
そう言って、ファイアレッドの髪の男が、振り返った。
地下なのに、何故かその色が眩しくて。
「ああ、もう、本当に」
フォルは、目を細める。
「君には、敵わないな」
フォルの言いように、アルバーンが、ため息をついた。
「あー、今すぐに色々言ってやりたいが、ここはまだボス部屋だ」
「ふふ、そうなんだよねぇ」
「だから、早く脱出しろ、させろ」
「僕がいま、結構疲れてるの、わかる?」
「特大魔法、二連続なのは、わかる」
「脱出陣を二回以上、作れる人が少ないのは?」
「理解している」
「君、人使いが荒くない?」
アルバーンをそのように言うのは、世界でただ一人、フォルだけだろう。
「じゃあ、あそこのボス倒してからゆっくり話すか?」
「さっきでも苦戦したのに、半分で勝てるわけないでしょ……」
既に、パーティーメンバーの半分は脱出済みだ。
ダンジョンの前で、ヤキモキしている頃だろう。
「だから、早く魔法陣を描けって言ってるだろ」
「休ませてよー」
フォルが、空を仰ぐ。
ここは地下なので、岩しか見えないのだが。
「何を寝ぼけたことを言っている」
アルバーンが、不敵に笑った。
「うちの最強ウィザードが、その程度できないわけがないだろ」
その信頼が、フォルには少し、くすぐったかった。
終




