2話 最終ブリーフィング
作戦前日
内閣情報調査室本部 地下会議室
普段使用される会議室とは規模が違った、長机を囲むように各機関の責任者達が着席している。
神奈川県警、警察庁警備局、海上保安庁、税関、そしてSAT。
各責任者の背後には補佐官が控えており、会議室全体に緊張感が漂う。
今回の作戦が国家規模である事を示していた。
その中央、内閣情報調査室国際情報部長、立花エマが立ち背後には小鳥遊ひまりがスクリーン操作と資料管理を担当している。
会議室の下座、出入口付近には、神城湊と九条迅だけが立ったままだった。
「それでは最終ブリーフィングを開始します」
エマの声が響きスクリーンに港湾地区の航空写真が表示された。
「作戦目標は三つ、第一目標。黒龍会幹部、李文龍の確保」
画面に男の写真が表示される。
「第二目標。黒龍会構成員の拘束。第三目標、密輸ルートの解明」
各責任者が資料へ目を落とした。
「敵戦力は約八十名」
会議室が僅かにざわつく。
「内訳は黒龍会構成員約七十名、李文龍直属戦力十名、うち側近と思われる幹部が四名」
画面が切り替わり港湾地区全体図を映す。
「敵は取引終了後、コンテナヤード中央を徒歩で移動。その瞬間を狙います」
赤いラインが表示された。
「狙撃班はこちら」
建設中の高層ビル、コンテナヤードから約2,000m
「周囲の地形、射線、敵警戒状況を考慮した結果、この地点以外に有効な狙撃ポイントは存在しません」
神奈川県警の責任者が手を挙げる。
「質問を」
「どうぞ」
「なぜその地点なのですか」
エマはひまりに視線をおくり資料を切り替わる。
「他候補地点は三箇所、いずれも敵との距離が近く、発見リスクが高いうえ、突入部隊到着まで時間を要します」
次のスライド。
「今回の目的は排除ではなく確保です。狙撃後、SATが速やかに突入し拘束する必要があります。よって本地点が唯一の選択肢となります」
責任者は納得したように頷いた。
エマは続ける。
「狙撃後、SATが突入し警察は周辺道路封鎖。海上保安庁は港湾海域封鎖を行い、税関は押収物管理及び証拠保全を。以上が基本計画です」
会議は順調に進んでいた。
だが、一人の責任者が資料から顔を上げる。
「失礼ですが、一点確認したい」
「どうぞ」
その視線が会議室後方へ向いた。
神城湊。
「今回の狙撃担当についてです」
会議室の視線が集まる。
「本当に彼に任せるのですか」
静寂、しかし、エマも。迅も。蓮も。真琴も。
誰一人表情を変えなかった。
「理由を伺っても?」
「失礼ながら学生に見える。国家規模作戦です。2,000mの長距離狙撃など前例がありません。より経験豊富な射手を起用すべきでは」
当然の疑問だった。
エマはひまりへ視線を送り、再びスクリーンが切り替わる。
表示されたのは一枚の資料。
だが、その大半は黒塗りだった。
所属、経歴、任務履歴。
ほとんど閲覧不可、残されている情報だけが映る。
神城湊、十八歳
海外特殊部隊所属経験あり。
長距離狙撃任務従事。
対テロ作戦参加。
最長確認狙撃記録…‥2300m
成功。
会議室の空気が変わった。
「2300……?」
誰かが呟く。
エマは淡々と続ける。
「記録当時十七歳。風速七・八メートル。小雨。気温4℃。視界不良。移動目標に対し一発で命中しています」
誰も言葉を発しなかった。
責任者達が再び資料を見る、そして…
「所属していた特殊部隊は」
質問。
エマは即答した。
「回答できません、神城湊に関する経歴情報の一部は国家特A級秘匿情報です。閲覧権限がありません」
ざわつき。
だがそれも一瞬、責任者達は理解する。
聞いてはいけない相手なのだと。
神城湊本人は、何も言わない。ただ静かに立っていた。
「他に質問は」
沈黙。
やがて、誰も手を挙げなかった。
エマは頷く。
「それでは各機関、最終確認に移ります」
エマの言葉に各責任者が頷く。
まず口を開いたのはSAT隊長の霧島蓮司だった。
「SATは予定通り突入を担当するわ♡」
口調こそ軽い。
だが、会議室にいる誰もがその実力を知っている。
「狙撃成功後、五分以内に現場制圧を開始して李文龍の確保を最優先とするわ♡」
隣に立つ真琴が資料を確認する。
「突入班は三班編成です。第一班が李文龍の確保、第二班が周辺制圧、第三班が逃走経路の封鎖を担当します」
警察庁側の責任者が続く。
「周辺道路の封鎖は問題ありません。港湾地区周辺主要道路を全て規制します」
海上保安庁も同様だった。
「巡視艇三隻を配置済みです。海上からの逃走は困難でしょう」
順調だった…計画上は。
だが。
「補足があります」
静かな声。
会議室の視線が集まる。
九条迅だった。
壁際から一歩前へ出てスクリーンに新たな資料が映し出される。
「本作戦には前提があります」
迅は淡々と説明する。
「敵が想定通りに動くこと。想定外の車両を保有していないこと。側近戦力が予想を超えないこと」
画面に港湾地区の地図が表示された。
「今回、警察と海保による封鎖網は極めて強固です…しかし」
一拍。
「完璧ではありません」
責任者達の表情が引き締まる。
「敵は長年密輸を行ってきた犯罪組織です。我々が把握していない逃走手段を保有している可能性があります」
会議室が静まり返る。
「また」
次の資料。
李文龍の写真。
「この人物は単なる犯罪者ではありません。白兵戦能力も高い。加えて側近四名の詳細は未判明です」
SAT側の席。
蓮が小さく笑う。
「つまり♡簡単には捕まらないってことね♡」
「その通りです」
迅は即答した。
「成功率を上げるための作戦です。成功を保証する作戦ではありません」
誰も反論しなかった。
現場を知る人間ほど理解している。
計画通りに進む作戦など存在しない。
沈黙。
その空気を破ったのは蓮だった。
「大丈夫よ♡」
全員の視線が集まり、蓮は笑っていた。
「そういう時のために私達がいるんだから♡」
真琴が小さくため息を吐く。
「隊長」
「なによ♡」
「真面目な会議です」
「お・お・ま・じ・め・よ♡」
エマは時計を見る。
予定時刻。全ての確認が終わった。
「質問はありますか」
誰も手を挙げない。作戦は決まった。
あとは実行するだけだった。
エマはゆっくり頷く。
「作戦開始は明日二二○○。各員、準備をお願いします」
椅子が引かれる音、責任者達が立ち上がる。
会議終了、国家規模の合同作戦が動き始める。
その時だった。
「湊ちゃん♡」
会議室を出ようとしていた湊が足を止めた。
「明日は外さないでね♡」
会議室が静まる。
全員の視線が集まる。
湊は一瞬だけ蓮を見る。
「外さない」
短い返答。
それだけ、その言葉に迷いはなかった。
蓮は満足そうに笑う。
「頼もしいわねぇ♡」
そのまま会議室の扉が開く。
いよいよ、明日。横浜港での作戦が始まる。
友人に「携帯小説みたい」と言われました。
変に納得してしまったので以降の文を修正していきます。
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