第五十五話 ウォッチドッグとペットドッグとストレイドッグ
「おっ! やるのかテメエっ!」
アッシュヴェルの言葉を聞いた男たちは、一斉に気色ばみ、おのおのの得物を構える。
と、
『……警告』
男たちの怒声に呼応するように、アッシュヴェルの首に巻きついたチョーカーが仄白く輝き始めた。
『監視人ナンバー009、アッシュヴェル・エヴァーピースが企図している行動は、【任務監視人倫理規約】第三条一項「監視対象ト任務ニ対スル過剰ナ介入及ビ干渉ヲ行ウベカラズ」に抵触す――』
「わわわわわっ! ちょ、ちょっと待って下さい、チョーカーさんっ!」
首元から上がった合成音声に、ついさっきまでの余裕が嘘のように狼狽えたアッシュヴェルが、慌てて“紅雪”を鞘に納めながら、上ずった声で訴える。
「い、今のはタダのハッタリですってば! ちょおっとタダ者じゃない感を出せば、皆さんが勝手にビビッて退いてくれないかなぁ~って思っただけで……」
「テメエっ! 俺たちの事をナメてやがるのかぁっ?」
チョーカーに向けたアッシュヴェルの弁明に、男たちが怒声を上げた。
「誰がテメエみたいなヒョロガリモヤシ野郎にビビるっていうんだよ、あぁっ?」
「少しくらい氷属性攻撃ができるからって調子こいてんじゃねえぞ、おぉっ?」
「第一、その攻撃もおれたちの肌をちいとばっかり凍らせただけの大道芸レベルじゃねえか! えぇっ?」
「……あはは……どーもすみませぇん」
次々に浴びせられる罵詈雑言に、アッシュヴェルは愛想笑いを浮かべながら頭を掻く。
と、その時、
「皆さん! 多分コイツの事は無視しちまって大丈夫っすよ!」
集団の中でも年若い青年が、アッシュヴェルを指さしながら高らかに叫んだ。
「その首輪……コイツ、ウォッチドッグっす!」
「ウォッチドッグ……?」
青年の声を聞いた男たちは、訝しげに首を傾げる。
「なんだそりゃ?」
「十年以上も前にドロップアウトしたセンパイたちは知らないと思いますけど、王都ファルディスの冒険者ギルドで数年前から採用されてる評価制度の担当者の事っす!」
アッシュヴェルの顔を憎々しげに睨みつけながら、青年は言葉を継いだ。
「中立の立場で任務遂行を監視する役目のウォッチドッグは、冒険者に手を貸したり助ける事を禁じられてるんす! だから、アイツはオレらがこのふたりに何をしようと手出しできないっす!」
「ほう……」
青年の説明を聞いた白髯の男が、興味深げに眉を上げる。
「じゃあ、さっきのがハッタリというのは本当か」
「はい!」
白髯の男の言葉に、青年は頷いた。
「もし手を出したりしたら、即座に首のチョーカーに電撃でお仕置きされるはずっす! だから、アイツはいないものと考えて問題ないと思うっす!」
「……あ、バレちゃいましたか」
青年の言葉の信憑性を裏付けたのは、他ならぬアッシュヴェル自身。
困ったように頬を掻きながら、コクンと頷いた彼は、ドヤ顔をしている青年に尋ねる。
「クエスト監視人評価制度をご存知という事は……ひょっとして、以前はファルディス冒険者ギルドでお仕事を?」
「はい! その通りっす!」
アッシュヴェルの問いかけに、青年は大きく頷いた。
「といっても、すぐに抜けてこの街に流れてきちゃったっすけどね」
「ああ、なるほど。そうだったんですねぇ」
青年の返事に感嘆したような声で応えたアッシュヴェルは、さりげなく首元に向けて囁きかける。
「……チョーカーさん、ひとつお願いしたい事があるんですけど……」
「あぁっ? テメエ何コソコソ言ってやがるっ?」
「あ、すみません。こっちの話でーす」
聞き咎める声に軽い調子で謝ったアッシュヴェルは、ニッコリと笑ってロージーたちに手招きした。
「まあ、それはともかく。ロージーさん、リーナさん、そろそろお暇して、早く街に戻りましょ♪」
「……へ?」
「……え?」
アッシュヴェルの言葉に唖然としてポカンと大きく口を開けるロージーとリーナ。
そして、
「はああぁぁっ?」
ふたりとは対照的に、男たちは当惑と怒りに満ちた表情を浮かべて絶叫する。
「なにが『それはともかく』だッ! やっぱ俺たちの事をナメてんだろテメエッ!」
「バカか、それとも脳味噌にウジでも湧いてんのか? 今までの話の流れで、どうしてそうなるんだよっ!」
「すんなり帰したりなんかしねえっつっただろうがよぉ!」
そう叫びながら、怒り心頭に達した男たちの何人かが、アッシュヴェル目がけて斬りかかった。
「もういい! 番犬だか飼い犬だか知らねえが、テメエはここで死んどけや!」
「この嬢ちゃんとは違って、別にお前はどうなろうと構いやしねえからなぁっ!」
「アッシュさんっ! あたしたちのことはいいから逃げて!」
金切り声で叫ぶロージー。
だが、当のアッシュヴェルは、相変わらずヘラヘラしながら、ゆっくりとかぶりを振る。
「いやぁ、ご心配には及びませんよ、ロージーさん。これでも僕は――」
「くたばれええええっ!」
「往生せえやあああああああっ!」
アッシュヴェルの声を、濁った胴馬声が遮った。
それと同時に、彼めがけて、いくつもの剣や戦斧が次々と振り下ろされる。
「あ、アッシュさああああんッ!」
凶刃を振るう巨漢の体に隠れて見えなくなったアッシュヴェルの名を叫ぶロージー。
その顔には、絶望の表情が浮かんでいる。
……と、その時、
「――は~い」
「……え?」
思わず困惑の表情を浮かべながら、ロージーは緊迫した場の空気とは全くそぐわない呑気な返事が上がった方に顔を向けた。
「ええと……どこまで言いましたっけ?」
群がる男たちの横に忽然と立っていたアッシュヴェルは、ロージーたちにひらひらと手を振りながら、とぼけた声で「ああ、そうそう……」と言葉を継ぐ。
「これでも僕は、クエスト監視人ですから」
そう言って、得物を叩きつけた格好のまま唖然とした顔で自分を見る男たちを一瞥し、不敵に薄笑んでみせた。
「――野良犬の皆さん相手に不覚は取りませんよ」




