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その“クエスト監視人(ウォッチドッグ)”は仕事ができない  作者: 朽縄咲良
第一章 “監視人”アッシュヴェル・エヴァーピース
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第五話 監視人と蜂蜜と提案

 「さて……と」


 と、チョーカーが嵌った首元を撫でたアッシュヴェルは、舌なめずりをしながら鍋からスープをよそった。

 そして、スープを注いだ木の椀を左手で持ったまま、右手を左腰へ伸ばす。


「それ……」


 それまで呆気にとられた顔でアッシュヴェルの行動を見ていたシュガは、彼が左腰から抜いた棒状のものを見て、思わず声を上げた。

 シュガに指さされた()()に目を落としたアッシュヴェルは、「ああ……これですか」と言いながら、彼が見やすいよう目の高さまで持ち上げる。


「これは、遥か東の海の向こうにある島で用いられている剣――“アズマ・ソード”です」

「アズマ……ソード……?」


 初めて聞く武器の名に大きく目を見開いたシュガは、アッシュヴェルが持つ剣の姿をしげしげと見つめた。

 紐か縄のようなものを幾重にも巻いたような握りと、飾り気の無い小さな鍔が付いている。

 緩やかな反りが特徴的な黒塗りの鞘に納められている刃は長くても七十セイム(cm)ほどで、そこまで大ぶりの武器ではないようだ。

 鞘の太さから考えて、刃身自体もそこまで肉厚ではない……むしろ華奢と言って良いくらいに細い。

 生まれて初めて見る武器を目の当たりにして、“冒険者”として心を躍らせるシュガだったが、ハッと息を呑んで力無く項垂れた。


「お恥ずかしいですが……多分、俺が物知らずだからなんでしょうけど、こんな剣があるなんて、全然知りませんでした……」

「あ、いえいえ! シュガさんがご存知なかったのは当然ですよ!」


 自分の無知に恥じ入るシュガを見て、アッシュヴェルは慌ててフォローの言葉をかける。


「何せ、遠い遠い東の島国のローカル武器ですから。ここギアルーデシア王国はもちろん、大陸全土にもほとんど存在してないんです。僕が持ってるコレ……“紅雪(べにゆき)”を含めても数振りあるかどうかってくらいのレア度でして……」

「あぁ……そうなんですね……」


 アッシュヴェルの答えを聞いたシュガは、納得すると同時に更なる興味を抱いたものの、いくらこの大きな国の中でも知る者がほとんどいないという武器が珍しいといっても、まだ顔を知って数日と経っていない他人に「もっと良く見せてくれ」と不躾に頼むのは気が引けた。

 一方のアッシュヴェルは、内心で葛藤するシュガの様子に気付かぬ様子で、背の低い下草の上にどっかと腰を下ろし、傍らの地面にアズマ・ソードを無造作に置く。

 そして、スープがなみなみと注がれた木椀から立ち上る湯気を嬉しそうに嗅いでから、シュガに向けて深々と頭を下げた。


「では……シュガさんからもらっ……あ、いや、()()()()このスープ、ありがたく頂戴いたします」

「あ、はい、どうぞ……」


 些か慇懃すぎるアッシュヴェルの言葉に恐縮しつつ頷いたシュガだったが、すぐに慌てて付け加える。


「で、でも、本当に期待しないで下さいよ! 自分で作っておいてなんですけど、多分あなたが思ってるよりも味が薄いですから……」


 だが、アッシュヴェルは、そんな彼の忠告も全く意に介さぬ様子で、木椀から匙で掬ったスープをグビリと飲んだ。

 そして、口に含んだスープの味を舌でしっかりと確かめた後に飲み込むと、神妙な顔になって小さく頷く。


「……うん、確かにちょっと味が足りませんねぇ」

「や、やっぱり、そうですよね……」


 予想通りの言葉に、シュガは申し訳なさそうな顔をして俯いた。

 ――と、


「……もう少し、甘味を加えますか」

「そうですね……もう少し甘味を…………って、は?」


 アッシュヴェルの呟きに頷きかけたシュガは、ふと覚えた違和感に思わず顔を上げる。


「あ……()()? スープなのに甘味? 塩味とかじゃなくて?」

「ええ、そうです」


 上ずった声で訊き返すシュガに満面の笑みで頷いたアッシュヴェルは、自分の荷物に手を突っ込み、拳大の大きさの瓶を取り出した。


「甘味を足すなら、これが一番です!」

「そ、それって…………何ですか?」

「蜂蜜ですが何か?」

「は、蜂蜜ぅっ?」


 涼しい顔でアッシュヴェルが口にした答えを聞いたシュガが仰天する。


「す、スープに蜂蜜なんて……普通入れませんよ? っていうか、そもそもスープに甘味は求めませんし! やめた方がいいですって、絶対!」

「まあまあ、モノは試しってヤツですよ。うふふ」


 シュガの制止も軽く受け流したアッシュヴェルは、さっさと瓶から栓を抜くと、躊躇なく中身を椀の中に投入した。……それも、一滴や二滴どころではない量を。

 粘性のある黄金色の蜂蜜と無色のスープを手早く匙でかき混ぜた彼は、そのまま椀の縁に直接口をつけて一気に飲み干す。

 そして、満足そうな表情を浮かべ、シュガに向けて親指を立ててみせた。


「思った通りです! 甘みが増した事で、グンと美味しくなりました!」

「え、ええっ?」


 アッシュヴェルの言葉を聞いたシュガは、信じられないといった表情で素っ頓狂な声を上げる。


「お、美味しいっ? ウソでしょ?」

「ウソじゃないですよぉ」


 顔を引き攣らせるシュガにニッコリと笑いかけたアッシュヴェルは、蜂蜜混入スープを匙で掬った。


「シュガさんも一口いかがですか?」

「い、イエッ! 結構です!」


 スープを掬った匙を目の前に差し出されたシュガは、慌てて首を左右に振る。


「そうですか? 本当に美味しいのに……」


 アッシュヴェルが本当に残念そうな顔をしながら匙を引っ込めたのを見て、シュガはやれやれと胸を撫で下ろした。

 と同時に、束の間忘れていた眠気が再びぶり返す。


「ふわぁああ……」

「おや?」


 たまらず大きなアクビをしたシュガを見て、アッシュヴェルが声をかけた。


「随分と眠そうですね?」

「あ、すみません……」

「いえいえ、当然ですよ。もう日付が変わった頃合いですから」


 そう言って苦笑したアッシュヴェルは、シュガの向かいで爆睡しているゲラウをチラリと見る。


「ゲラウさんに代わって頂いて、少しお眠りになったらいかがですか?」

「あ、いや……」


 アッシュヴェルの言葉に、シュガは沈んだ表情で首を左右に振った。


「本当はそうしたいんですけど、声をかけても全然起きてくれなくて……」


 そう言った彼は、諦め笑いを浮かべる。


「まあ……もういいんです。今日は頑張って朝まで起きてます」

「ふむ……」


 シュガの答えを聞いたアッシュヴェルは、顎に指を当てて少し考えこみ、それから自分の胸をどんと叩いてみせた。


「でしたら、僕がシュガさんの代わりに朝まで見張りをしてますよ! ですから、あなたはご遠慮なく眠って下さい」

「え、ええっ?」


 アッシュヴェルの申し出に驚きながら、シュガはぶるぶるとかぶりを振る。


「い、いえ! それはさすがに申し訳ないです!」

「なんのなんの、どうぞお気遣いなく!」


 慌てて断ろうとするシュガに笑みかけたアッシュヴェルは、「もちろん……」と続けた。


「相応の対価は頂戴しますから」

「そ、相応の対価……?」


 アッシュヴェルの言葉に、一体何を要求されるのかと緊張するシュガ。

 そんな彼にニヤリとほくそ笑んだアッシュヴェルは――焚火にかけられた鍋を指さした。


「……この鍋のスープ全部が対価ってことでいかがでしょう?」

「えっ……?」


 思わず焚火の上でグツグツ煮える鍋の中身を見たシュガは、おずおずと念を押す。


「あの……こんなのでいいんですか?」

「はい、もちろんです!」


 シュガの半信半疑の問いかけに、アッシュヴェルは力強く頷き、自分の腹を擦ってみせた。


「正直、ホントにお腹がペコペコで、お椀一杯くらいじゃ足りないんです。今の僕にとっては、このスープは徹夜一回分くらいの値打ちが十分にあるものなのですよ」

「じゃ、じゃあ……」


 アッシュヴェルの答えを聞いたシュガは、ホッとした様子ではにかみ笑いを浮かべながら、コクンと頷く。


「申し訳ないですけど……お願いしま……ふあぁあああああ……」


 お礼を言う余裕も無い様子で大きな口を開けて長いアクビをしたシュガは、そのままマントを頭から被って地面に寝転がった。


「じゃあ……アッシュさん、おやふみな……ふわぁあ……」

「はい」


 アクビ混じりのシュガの声に、アッシュヴェルは微笑みながら頷いたのだった。




 ――それから十分後。


「ぐおおおぉぉ……んがああああ……」

「すうう…………すうぅ……」

「さて……と」


 ゲラウのイビキとシュガの寝息を聞きながら、アッシュヴェルはウキウキ顔で蜂蜜の入った瓶を鍋の上で傾けた。


「このくらい……いや、もうちょっと……うん、もう一声……このくらいかな?」


 そう独り言ちながら、結局は瓶の中に入っていた蜂蜜のほとんどを鍋のスープの中にぶちまけた彼は、まるで怪しい薬を作る魔女のような顔で鍋をお玉で掻き混ぜる。

 ――と、

 不意に、鍋を掻き混ぜる彼の手が止まった。


「……おっと、それ以上はいけませんよ」


 鍋の中に目を落としたまま、アッシュヴェルは声をかける。――自分の背後に広がる闇に向かって。


『……!』


 彼の声に反応するかのように、真っ暗闇の中で()()が蠢いた。

 それまでぐっすり寝ていた馬たちが、そのただならぬ気配を動物の勘で察知して目を覚まし、怯えた様子で辺りを見回す。


「……大丈夫ですよ。ご主人様たちが起きてしまいますから、大人しくしていて下さい」


 騒ぎかける馬たちに優しく声をかけたアッシュヴェルは、闇の奥に潜む気配に背を向けたまま、静かな声で話しかける。


「悪いことは言いませんから、そのまま引き返しなさい。そうすれば、僕はあなたたちに手を出しません」


 そう言って、地面に置いていた自分の得物にゆっくりと手を伸ばした彼は、ゆっくりと首を巡らせながら「……ですが」と続けた。


「それ以上一歩でも近づいたら……覚悟して下さいね、()()()

『……っ!』


 アッシュヴェルが肩越しに背後の闇を睨み据えた瞬間、闇の奥に潜んだ何かの気配が大きくざわつく。

 次の瞬間、辺りに満ちていた禍々しい気配がスーッと消えていき、夜闇はいつもの静寂を取り戻した。


「……ご理解頂けて何よりです」


 と、居なくなった何かに向けて軽く会釈するように頷いたアッシュヴェルは、アズマ・ソードに伸ばしていた左腕を戻し、代わりに木椀を持つ。

 そして、


「さーて! とんだ邪魔が入りましたが、れっつ鍋ぱ~り~っ♪」


 と、さっきまでとは一転したいつもの陽気な声を上げながら、蜂蜜が混じってドロドロになったスープにお玉を突っ込むのだった――。

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