第三十七話 伯爵と結果報告と真意
「……どういう事だね?」
来客用のソファに深く座り、黙ってエカチェリーテの説明を聞いていたベサリアウグ・ラーズ・ノイテンバイン伯爵は、それまで伏せていた目を上げ、低い声で訊ねた。
冬の湖の色をした伯爵の目に見据えられたエカチェリーテは、ほんの一瞬だけ気圧されたような表情を浮かべたが、すぐにいつも通りの冷静さを取り戻し、淡々と事実のみを答える。
「――ただ今お伝えした通り、貴方様の御息女であり、当ギルドの初級冒険者でもあるローズライト・ノイテンバインが初めて受注したクエストで、未知の変異種の発見と害獣の駆除という素晴らしい成果を出したと――」
「それは分かっている」
微かな苛立ちが混じった冷たい声でエカチェリーテの声を遮った伯爵は、眉間に深い皺を寄せながら言葉を継いだ。
「私が聞きたいのは、そういう事ではない」
「……」
「事態が私の望んでいた通りに転がらなかった事に対する、納得のいく説明だ」
そう言った伯爵は、猛禽の如き眼光をエカチェリーテに向ける。
それに対し、エカチェリーテは“氷の白磁人形”の表情を崩さず、ただ深々と頭を垂れた。
「……ご期待に沿えませんで、誠に申し訳御座いません、伯爵さま」
「私の言葉が聞こえていなかったかね? 私が求めているのは、君の謝罪でもない」
ギルド長の謝罪にも、心が動かされた様子も無く冷たく突き放した伯爵は、「……もういい」と、憮然とした表情で細く息を吐く。
「わざわざ私自らがここまで足を運んで頼んだのは、全くの無駄だったようだ」
「……」
「君たちが私の期待通りの働きをしてくれれば……クエストに失敗して自身の無力さを嫌というほど思い知った娘は、もう二度と冒険者になろうなどとは考えず、普通の女として生きる道を選んでくれるはずだったのに……」
「――あのぉ、お言葉ですが、閣下」
伯爵の声を遮るように声を上げたのは、それまでエカチェリーテの横で彫像のように微動だにしていなかった灰髪のクエスト監視人である。
締まりのないヘラヘラ笑いを浮かべているアッシュヴェルに険しい目を向けた伯爵は、低い声で訊ねる。
「何か、私の言葉に文句でもあるかね? クエスト監視人くん」
「あ、いや……別に文句という訳ではないんですが……」
伯爵の鋭い視線を浴びて、慌てて首を左右に振ったアッシュヴェルだったが、ボサボサの灰髪に指を突っ込んでポリポリと掻きながら、「その……」と続けた。
「今回の仕事ですけど……僕は閣下のご指示に従順に従った上で、クエスト監視人としての務めを忠実に果たしただけなんですが」
「……なんだと?」
「あの時――閣下はこうおっしゃいましたよね」
険しい声で訊き返そうとする伯爵を制して、アッシュヴェルは言葉を継ぐ。
「『娘がやる事に一切の手出しや助言をせず、冒険の苦労を嫌というほど味合わせてやってほしい』……ってね」
「……ああ、確かに言った。それがどうし――」
「ですから、僕はその指示に従いました。本来なら行なっている初級冒険者向けの“チュートリアル”も一切施してませんし、クエストや戦闘の手助けなどもしてません」
「……」
アッシュヴェルの傍らにいたエカチェリーテには、彼が最後に小さな声で(……直接的には)と付け加えたのに気付いたが、素知らぬ顔をした。
一方の伯爵は、アッシュヴェルの言葉を聞くや、グッと口を引き結ぶ。
そして、応接ソファのアームレストを人差し指で神経質に叩きながら、苛立ちを隠せぬ声で言った。
「……ああ、そうだな。君の言う通りだよ、監視人くん」
「……」
「確かにあの時、君に頼んだのは『娘に手を貸すな』という一点だけだった。そして、君はその私の頼みを言葉通りに受け取って、忠実に完遂した。それは認めよう」
そう言って伯爵は軽く頷いたが、すぐにその目を細く鋭くさせ、「――だが」と続ける。
「まさか、あの時私が言外に仄めかした“真意”に気付かなかった訳ではないだろう?」
「……真意……ですか」
「左様」
反芻するように呟いたアッシュヴェルに小さく頷きかけた伯爵が、探るような目で彼を見つめた。
そんな伯爵の視線を受けながら……アッシュヴェルは困り笑いを浮かべながら、ぺこりと頭を下げる。
「……あの、すみません。ぶっちゃけ、閣下の真意になんて全ッ然気付いてませんでしたぁ。えへへ」
「……なに?」
「いやぁ、どうも僕は人の心を読み取るのが苦手のようでして……昔から『察しが悪い』って色んな人から怒られるんです。我ながら困ったもんですよ、あはは」
「私からもお詫びいたします、伯爵さま」
そう言って、思わず綻びかけた口元を伯爵の目から隠すように深々と頭を垂れたエカチェリーテ。
彼女は、伏せている間にどうにか表情を取り繕ってから顔を上げ、白磁人形の無表情で淡々と言葉を紡ぐ。
「アッシュ……エヴァーピース監視人が、私と違って『裏の意味を察しろ』なんていう腹芸がまるで出来ない、『お尻に“お人好し”が付くくらいのバカ』だった事をうっかり失念しておりました。そのせいで、伯爵さまが望んだような働きが出来ませんで、大変申し訳ございませんでした」
「い、いやいやっ! 『お尻に“お人好し”が付くくらいのバカ』って、同じ事をついこの前にヴィクダールさんにも言われたんですけど、ひょっとして流行ってんですかソレぇっ?」
と、隣でアッシュヴェルが喚くのも無視したエカチェリーテは、憮然とする伯爵に嫣然とした微笑みを向けるのだった――。




