第三十六話 クエストと結果報告と成果
それから一週間後――ファルディス冒険者ギルドのギルド長執務室。
「新発見の可能性が高いそうです」
そう言いながら、ギルド受付嬢のアニエスが一枚の書類をギルド長のエカチェリーテに差し出した。
「先日のチャコアール村校外の森で、初級冒険者のローズライト・ノイテンバイン様が行った調査クエスト――その際に彼女がサンプルとして採集したキノコのひとつが……」
「これまで確認された事の無い新種だったと」
書類に素早く目を通したエカチェリーテは、執務机の向かいに嫋やかな姿勢で立っているアニエスに、磨き抜かれた紫水晶の如き瞳を向ける。
「……それは間違いないの?」
「はい」
上司の問いかけに小さく頷いたアニエスは、彼女が手に持っている書類を指さした。
「そちら――今回のクエストの依頼主でもあるグランブーラ州立大学動植物学部薬効研究科の鑑定書にもあります通り、件のキノコはホアイオミカサダケの変異種の可能性が高いそうです」
「ホアイオミカサダケって、もっと北の寒い地方にしか自生してないんじゃなかったかしら?」
「おっしゃる通りです」
エカチェリーテの言葉に、アニエスは再び頷く。
「これはまだ推測の域を出ないとの事ですが……恐らく、遠征などで北部地方に行った冒険者や行商人の持ち物や衣服に付着していたホアイオミカサダケの胞子が森の地面に落ちて、環境に適応しつつ繁殖したのではないかと」
「なるほどね……」
アニエスの説明を聞きながら、もう一度手元の鑑定書を読み返したエカチェリーテは、なぜか少し困ったように苦笑いを浮かべた。
「これって、ひょっとしなくても大発見よね?」
「そのようです」
微笑みながら、アニエスはエカチェリーテの問いに答える。
「ただの新種発見でもお手柄ですけど、ホアイオミカサダケの自生が確認されたのはとても大きいです」
「でしょうね……」
「ギルド長様もご存知の通り、ホアイオミカサダケは様々なポーションの原材料となる重要素材です。今までは、遠い遠い北部諸国から輸入しないといけなかったものが、国内……しかも、ここから馬車で僅か数時間の距離で採れるようになったら……」
「ポーション市場に革命が起こるでしょうね」
そう言ったエカチェリーテは、執務机の上に広げられたもう一冊の書類を手に取った。
「しかも、それだけじゃないっていう、ね」
数ページにわたって書かれた書類――『クエスト監視報告書』をパラパラと捲った彼女は、執務机の横に直立不動で立っている灰色髪の青年に顔を向ける。
「貴方が提出してくれたこの報告書によると、遭遇したサーベルトゥースベア一頭を単独討伐したって書いてあるけど……」
「そーなんですよっ!」
エカチェリーテの言葉に、アッシュヴェルは大きく首を縦に振りながら、満面に笑みを浮かべた。
「まあ、遭遇した経緯はあんまり褒められたものじゃなかったんですが、襲いかかろうとする熊さんを前にしても物怖じひとつせず、見事な水魔法で倒しちゃったんです!」
「あら?」
興奮気味に捲し立てるアッシュヴェルに、アニエスが訝しげに首を傾げながら尋ねる。
「でも……確か、現地の獣肉食加工組合からの報告には、サーベルトゥースベアの死因は『喉から脳幹まで到る貫通刃創』ってありましたけど。水魔法じゃ、そういう傷は付けられなくないですか?」
「あっ、いや、それは……」
アニエスの指摘に、アッシュヴェルはしどろもどろになった。
そんな彼にジト目を向けたエカチェリーテは、彼が腰に差しているアズマ・ソードを指さす。
「ひょっとして……あなた、また冒険者の手助けを……」
「あ、い、いえいえっ!」
エカチェリーテから冷たい視線を浴びせかけられたアッシュヴェルは、冷や汗をダラダラ垂らしながら必死で首を横に振った。
「ぼ、僕じゃありませんよ! あのトドメは、リーナさんが刺したものでして……」
「リーナさん? ……ああ、あの巨乳のメイドさんですか。初顔合わせの時にアッシュヴェルさんがまじまじ見てた……」
「……巨乳を、まじまじ……?」
「ちょ、ちょおおおおおっ? あ、アニエスさぁんッ!」
一気に険しさと冷たさを増したエカチェリーテの眼光を浴びたアッシュヴェルが、激しく身を震わせながら叫ぶ。
「ひ、人聞きの悪い事を言わないで下さいッ! あ、あの時も言いましたが、リーナさんの胸なんて誓って見てません! あの時僕が見てたのは、ロージーさんの方で……」
「あ、アッシュ……あなた、いつからそっち側に嗜好を変えた……?」
「い、いえいえいえっ! そもそも見てたのは胸じゃないですぅ!」
「ま、冗談はこれくらいにしておくとして」
「「冗談だったのっ?」ですかああぁッ?」
しれっと涼しい顔で言い放ったアニエスにツッコミを入れるアッシュヴェルとエカチェリーテの声が綺麗にハモった。
そんなふたりの息の合いっぷりにクスクスと笑いながら、アニエスは話を戻す。
「……じゃあ、それってつまり、サーベルトゥースベアを仕留めたのはローズライト様本人じゃないって事になりますよね」
「あっ……」
アニエスの鋭い指摘に、アッシュヴェルはバツ悪げに頷いた。
「ま、まあ……はい。いや、一度は水魔法でノックアウトした事は間違いありません。でも、その後息を吹き返したので……」
「……じゃあ、この報告書の『初級冒険者ローズライトがサーベルトゥースベアを倒した』っていう記述は正確じゃないって事よね?」
と、エカチェリーテは手元の報告書を指さしてみせる。
何もかも見通すような彼女の眼光に、アッシュヴェルは観念したように頷いた。
「その……すみません。ちょっと状況が複雑になっちゃったんで、少し内容を端折って書いちゃいました」
「……毎回言ってるでしょ。『長くなってもいいから、報告書は正確に書いて』って」
アッシュヴェルの返事に、エカチェリーテは呆れ混じりの溜息を吐き、彼に報告書を返す。
「じゃ、最後の部分を正確に書き直して再提出。いいわね」
「うへぇ……」
「うへぇじゃないが」
「アッハイスミマセンッ! 了解いたしましたぁっ!」
エカチェリーテに一睨みされたアッシュヴェルは、慌てて背筋を伸ばして敬礼した。
そんな彼を見て、今度は諦め混じりの溜息を吐いたエカチェリーテは、少し冷めた紅茶の入ったティーカップを持ち、一口飲む。
そして、ソーサーの上にティーカップを置いてから、少し複雑な表情を浮かべた。
「いずれにしても……今回のクエストにおけるローズライト・ノイテンバインの功績は大きいわね」
「そうですね」
エカチェリーテの言葉に、アニエスは頷く。
「未知の変異種発見に害獣駆除まで……初級冒険者の初クエストの成果としては、史上最高じゃないでしょうか?」
「そうよね……」
アニエスの答えに、エカチェリーテはこめかみを押さえた。
そんな彼女の反応に、アッシュヴェルが怪訝そうに尋ねる。
「……どうしたんですか? こんなに素晴らしい成果を上げられたのに、あんまり嬉しくなさそうですが?」
「もちろん嬉しいわよ。今回の件で、ウチの冒険者ギルドの信用と評判は更に上がるから」
そう答えたエカチェリーテは、その言葉とは裏腹な、憂いに満ちた溜息を吐いた。
「……その華々しい成果を上げたのが彼女じゃなければ、ね」
「……あっ」
彼女の答えを聞いたアッシュヴェルがハッとする。
――と、その時、
扉の向こうから、控えめなノックの音が聞こえてきた。
『お話し中に畏れ入ります、バルタザールめにございます』
「……!」
落ち着いた老執事の声を聞いた瞬間、エカチェリーテの顔に緊張が満ちる。
かけていたエグゼクティブチェアから腰を上げた彼女は、緊張を帯びた声で扉の向こうに訊き返した。
「……いらっしゃったのね?」
『はい』
エカチェリーテの問いかけに対し、バルタザールの声が淡々と用件を告げる。
『ベサリアウグ・ラーズ・ノイテンバイン伯爵が、エカチェリーテ様にお会いしたいとお出でになられました』




