第二話 “ウォッチドッグ”と首輪と機能
ポク ポク ポク……
王都ファルディスから南に伸びる街道に敷かれた石畳を踏む馬の蹄の音が、早くも薄暗くなり始めた草原に響く。
馬の背に跨る巨漢の男は、先ほどから代わり映えのしない景色に飽き飽きしながら、後ろから付いてくる金髪の少年に向かって声を荒げる。
「おい、シュガ!」
「は、はいっ、ゲラウさんッ!」
巨漢――ゲラウからいきなり怒鳴りつけられた事に驚いて、危うく乗騎の背からずり落ちそうになった少年……シュガは、慌てて手綱を握り直して、辛うじて落馬を免れた。
そして、動揺して暴れかけた乗騎を懸命になだめながら、前方を歩くゲラウにおずおずと声をかける。
「あ、あの……何でしょうか……?」
「何でしょうかもクソもねえよ!」
まるで腫れ物に触るようなシュガの声に苛立ちを募らせたゲラウは、真っ直ぐ伸びた街道の先に太い指を突きつけ、不満と憤懣に満ちた怒声を上げた。
「オレは、あとどのくらいこのクソつまらねえ景色を眺め続けなくちゃいけねえんだよ、えぇっ!」
「え? つ、つまらない……ですか?」
ゲラウの言葉を聞いたシュガは、丸くした目でぐるりと周囲を見回し、怪訝そうに首を傾げる。
「お、俺はそうは思いませんけど……」
「テメエがどう思おうが知ったこっちゃねえんだよ、クソボケがッ!」
シュガのとぼけた答えに更にイライラしながら、ゲラウは怒鳴り散らした。
「オレがクソつまらねえっつったらクソつまらねえんだよ! テメエの感想なんざ聞いてねえ!」
「は、はい、スミマセン!」
些か理不尽なゲラウの叱責にも、シュガは言い返す事も無く、上ずった声で謝る。
馬上で深々と頭を下げるシュガの姿を見て、ほんの少しだけ留飲が下がったゲラウは、「……まあいい」と気持ちを落ち着けてから、さっきより落ち着いた口調で改めて尋ねる。
「それで……あとどのくらいで、オレたちは今回のクエストの目的地に着けるんだよ?」
「あ、はい。ええと……ちょっとお待ち下さい……」
ゲラウの問いかけに、慌てて皮鎧の隠しをまさぐって地図を取り出そうとするシュガ。
と、その時、
「ええとですねぇ。先ほどモウミィン交差路を通過しましたから、目的地のミフィーテまでは……まあ、このまま並足で行けば三時間ほどかと」
「うげえ……まだ、そんなにかかるのかよ……って!」
ウンザリといった様子で顔を顰めかけたゲラウは、ふと違和感に気付き、慌てて叫んだ。
「な、何しれっと話に加わってるんだよ、ウォッチドッグ!」
「ふぇ?」
いつの間に彼の隣を歩いていた“クエスト監視人”は、瓶底眼鏡の奥の紅い瞳を丸くして馬上のゲラウを見上げる。
「いやぁ……ゲラウさんからミフィーテまでの時間をお尋ねになられたので、お答えしただけですけど」
「テメエじゃなくて、シュガに訊いたんだよ! すっこんでろ、クソウォッチドッグ!」
「あ、そうなんですね。失礼しました」
ゲラウに怒鳴りつけられたクエスト監視人は、ボサボサの灰色髪に覆われた軽い頭を指でポリポリと掻きながら、ペコリと頭を下げた。
そして、再びゲラウを見上げると、もじもじしながら「あの~……」と続ける。
「その……出来ればですね、“ウォッチドッグ”ではなく、“アッシュヴェル”と名前で呼んで頂けたら嬉しいんですけどぉ……」
「はぁ?」
「もし、“アッシュヴェル”が長くて呼びづらいというのであれば、縮めて“アッシュ”でも結構です。……あ、それか、親しみを込めた“アッちゃん”呼びでも僕は全然オッケーですので、どうぞご遠慮なく――」
「うっせえわ、クソボケカスウォッチドッグッ!」
とぼけた事を言いながら、にへらあと締まりのない笑みを浮かべるアッシュヴェルに激しく苛ついて、ゲラウは声を荒げた。
「な~にがアッちゃんだ! クソ忌々しいウォッチドッグ如きに親しみなんて込めるかドアホ!」
「げ、ゲラウさん……っ!」
激しい怒りに任せて、馬上からアッシュヴェルに激しい罵倒を叩きつけるゲラウを上ずった声で制したシュガは、慌てて彼の傍らに馬を寄せ、潜めた声で耳打ちする。
「ま、マズいですって! この人は俺たちに付けられた“監視人”なんですから……。あまりひどい事言って気分を損ねられたら、不当に評価を下げられちゃうかもしれませんよ……」
「あはは、いやだなぁ。僕はそんな事しませんってば」
「え……っ?」
絶対に聞こえないひそひそ声で囁いたにもかかわらず、アッシュヴェルに聴きつけられた事に驚くシュガ。
そんな彼に、アッシュヴェルはへらへら笑いを浮かべながらかぶりを振ってみせる。
「ご心配には及びませんよ。僕たち“監視人”は、公正明大をモットーに活動しています。私情でクエスト達成評価を上下させたりなんかしません。……というか、出来ません」
そう言うと、彼は纏っている薄汚れたマントの襟元を寛げ、自分の首元を寛げる。
露わになった彼の青白い首には、黒光りする金属製の輪が嵌っていた。
「――これがありますから」
「それは……?」
表面に古代語らしき文字が薄っすらと刻まれた首輪に興味を惹かれたシュガが、思わず訊ねる。
それを聞くや、アッシュヴェルは子どものように目を輝かせた。
「あ、知りたいですか? 知りたいですよネッ!」
「あっ……や、やっぱりいいで――」
「ならば、お教えしましょーっ!」
めんどくさい事になる予感がして、慌てて断ろうとしたシュガの声を遮って高らかに叫んだアッシュヴェルは、自分の首にぴったり嵌った首輪を指さす。
「これはですねぇ……僕ら監視人の行き過ぎた行動や言動を抑制するものなんです」
「抑制……?」
「ええ」
訝しげに訊き返したシュガに、アッシュヴェルは大きく頷いた。
「例えば、意図して監視対象……つまり、パーティーメンバーに対して不利になるような事を行おうとしたり、逆にパーティーからの買収に応じようとしたりすると、たちどころにこの首輪が反応して、僕たちに対して制裁を加えるんです」
そう言うや、彼は露骨に顔を歪める。……どうやら、実際にその“制裁”を食らった時の痛みを思い出したようだ。
「……見た目は普通の首輪なんですけど、実は精霊術士が創った人工精霊が宿ってましてね。これがまた結構強烈な雷系巫術を放つんですよ……僕の首に容赦なく」
そこまで彼が言った瞬間――当の首輪に刻まれた古代文字が白く光り始めた。
「……え? う、ウソ? なんでぇっ?」
それに気付いた瞬間、アッシュヴェルは驚いた様子で狼狽え始める。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! ぼ、僕はまだ何もやらかしてないはずですよっ? ……た、多分ッ!」
『――否定』
上ずった彼の声に応じたのは、女の声に似せた無機質な合成音声だった。
どうやら、その音声はアッシュヴェルが付けている首輪から鳴っているようだ。
『監視人ナンバー009、アッシュヴェル・エヴァ―ピースの【任務監視人倫理規約】第十八条三項「機密情報ノ徒ナ漏洩ヲ避ケルベシ」に対する違反を現認』
「あっ……」
首輪からの合成音声を聞いたアッシュヴェルの顔から、サーッと音を立てて血の気が引いていく。
「ちょ……い、今のはそんな『機密情報漏洩』なんて大げさなものじゃなくて、単なる世間話というか……自慢話とみたいなもので……」
『否定。【任務監視人倫理規約】に基づき、十秒後に“倫理矯正制裁・丙”を発動。監視人は電撃に備えつつ、悔悟せよ』
「そ、そんなあああ! ご慈悲を……ご慈悲を下さ――ぎゃああああああ――ッ!」
アッシュヴェルの必死な懇願は、途中から悲鳴に変わった。
首輪からバチバチと音を立てて放たれた電撃が、アッシュヴェルの体を容赦なく苛む。
「……」
石畳の上で、まるで陸に打ち上げられた小魚のようにビクンビクンとのたうち回るアッシュヴェルの姿を、呆気にとられた顔で見下ろすシュガ。
一方のゲラウは、
「……首輪付きなんて、正に“番犬”じゃねえか」
と、蔑みに満ちた目をクエスト監視人に向けながら、吐き捨てるように呟くのだった。




