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その“クエスト監視人(ウォッチドッグ)”は仕事ができない  作者: 朽縄咲良
第一章 “監視人”アッシュヴェル・エヴァーピース
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第一話 冒険者たちとギルド受付嬢とクエスト監視人

 ヴェルーア大陸の西部に、ギアルーデシア王国という国があった。

 建国から数百年を経た、大陸内で最も古い歴史と最も広大な版図を持つ大国である。


 国の中心である王都ファルディスの城下町には、国内最大の規模を誇る冒険者ギルドがあった。

 読者諸賢は既にご存知だろうが、冒険者ギルドとは、日銭を稼ぐ為に仕事を求める冒険者たちに、様々な所から依頼された仕事(クエスト)を斡旋する仲介組織である。

 日々ギルドにもたらされるクエストは、未踏地域の探索調査・希少植物や鉱物の採集・害獣の駆除といった、いかにもな仕事はもちろん、私信や荷物の配達・失せ物や探し人の捜索といった雑務までと多岐に渡る。

 日々集まってくる膨大なクエストの内容を全て把握し、仕事を求めてギルドを訪れた冒険者たちの適性に見合ったものを紹介するのが、カウンターのクエスト受付嬢たちの仕事であり、腕の見せ所だった。




 ――そして今日も、新たな冒険者たちがギルドを訪れる。


「お待たせいたしました」


 咲き誇る花のような営業スマイルを浮かべた赤毛のクエスト受付嬢が、冒険者新規登録カウンターの前に立つふたりの男に見えるように、一冊のファイルを広げた。


「――弊ギルドがおふたりにご紹介できるのは、こちらのクエストになります」

「おう」


 鈴を転がすようなクエスト受付嬢の声に野太い声で応えながら、ぞんざいな態度で彼女からカウンター越しにファイルを受け取った巨漢の冒険者は、やや緊張した面持ちで中身に目を通していたが、すぐにその野卑な顔が不満げに歪む。


「……おい、(ねえ)ちゃんよぉ」


 ドスを効かせた低い声で凄んだ男は、ファイルに挟まれた『クエスト依頼票』の右上に指を突きつけた。


「オレたちの事をナメてんのか? なんだよ、“ふたつ星”って?」

「あら、ご存知ありませんでしたか?」


 強面の男から怒気を孕んだ目で睨まれながらも、赤毛の受付嬢はさほど気圧された様子も無く、ただ訝しげに首を傾げてみせる。


「それは、クエストの難易度を十段階で表したものですわ。星の数が多ければ多い程、難易度が上がります。ワッカアナとかいう()()()の冒険者ギルドでも同じはずですから、当然ご存知のものかと思ってましたが――」

「そうじゃねえよっ!」


 慇懃無礼な受付嬢の答えに激昂した男は、持っていたファイルをカウンターに叩きつけながら、獣の咆哮のような怒声を上げた。


「難易度星システムの事は知ってるに決まってんだろ! オレが訊いてるのは、なんでワッカアナのエース冒険者だったオレに、たった星ふたつしか付いてねえクエストを割り当ててやがるんだって事だ!」

「ちょ、ちょっと……! お、落ち着いて下さい、ゲラウさん……」


 オロオロしながら、気色ばむ強面の男――ゲラウを必死で押し留めたのは、彼の相棒だった。

 下ろし立てらしい傷一つ付いていない皮鎧を纏った、まだ若い……いや、むしろ“幼い”と言った方が近い、中性的な顔立ちの小柄な青年である。

 自分の抗議を制止されたゲラウは、血走った目で青年の顔をギロリと睨みつけた。


「なんだぁ、シュガ! テメエもこのクソアマと同じように、このオレがたった星ふたつしか付いてないクエストしかこなせねえとでも思ってんのか、えぇッ?」

「い、いえっ!」


 シュガと呼ばれた青年冒険者は、割れ鐘のように耳障りなゲラウの怒声を間近に浴びせられ、思わず首を竦める。


「け、決してそういう訳では……」

「アァッ? 聞こえねえぞゴラ!」

「す、スミマセンッ!」


 ゲラウの剣幕にすっかり気圧されたシュガは、叱られた子犬のように怯えた表情を浮かべながら、平身低頭で謝る。

 そんな後輩の情けない姿にほんの少しだけ留飲を下げたゲラウは、再びカウンターの向こうに目を戻した。

 だが、ゲラウの剣呑な視線をまともに受けながらも、受付嬢は些かも怯んだ様子を見せない。

 それどころか、口元に嫋やかな薄笑みすら浮かべつつ、涼しい顔で口を開いた。


「あぁ、もちろん、私もゲラウ様のおっしゃったような事は思ってませんわよ」


 そう言いながら、彼女はいつも通りのテンプレ説明を饒舌に語る。


「ですが、『登録したての初心者(ルーキー)に斡旋するクエストは、最大でも“ふたつ星”までとする』というのが、弊ギルドの決まりでして」

「る、初心者(ルーキー)だとぉっ?」


 受付嬢の説明を聞いた途端、ゲラウはこめかみに青筋を浮かべた。


「さっきも言ったし、さっき渡した冒険者登録書の特記事項にも書いただろうが! オレは、ワッカアナの冒険者ギルドのエースだったんだぞ!」

「ですが、弊ギルドをご利用になるのは、今日が初めてですよね?」


 詰め寄るゲラウに対し、受付嬢は相変わらずの涼しい顔で言う。


「どんな前歴をお持ちであろうと、弊ギルドでは考慮しません。何故なら、弊ギルドでご紹介するクエストは、他のド田な……地方のギルドとはレベルが違いますから。たとえ、“ひとつ星”のクエストであっても、ね」


 そう言った次の瞬間、それまでずっと柔らかな営業スマイルを湛えていた彼女の顔から表情が消えた。

 彼女の雰囲気が、それを境に一変した事に気付いたゲラウとシュガがハッと息を呑む。

 そんなふたりを底冷えする光を宿した目で見据えながら、受付嬢が低い声で「まあ、要するに……」と続けた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「「……っ!」」


 それまでの穏やかな態度とは打って変わり、まるで野生の血浴熊(ブラッディ・ベア)さながらの殺気を放つ受付嬢を前にして、ふたりの顔からサーッと音を立てて血の気が引いていく。

 ……と、


「……って事ですわ。うふふ♪」


 と、まるで一瞬前までのドスの効いた威圧が幻だったかのように顔を綻ばせた受付嬢は、すっかり石化魔法をかけられたかのように体を硬直させているゲラウに完璧な営業スマイルを向けた。


「ご理解いただけましたか?」

「お、おう……あ、いえ……分かりました……ハイ」


 さっきまでのイキりっぷりはどこへやら、すっかり借りてきたネコのようになったゲラウが、コクコクと頷く。

 それを見て、「ありがとうございます♪」と軽く会釈した受付嬢は、コホンと咳払いをひとつしてから言葉を継いだ。


「……それでは、手続を進めますね」

「「アッハイ、オネガイシマス!」」


 彼女の言葉に、背筋をピンと伸ばして応えるゲラウとシュガ。

 少しビブラートがかかったふたりの返事に対して満足げに頷いた受付嬢は、「えーっと……あと残っている手続きは……と、そうそう」と独り言ちながら、手元の書類の束から一枚の紙を抜き出すと、ふたりに向けてにっこりと微笑みかけた。


「おふたりは、弊ギルド独自の制度である“クエスト監視人評価制度”はご存知ですか?」

「あっ……!」


 受付嬢の問いかけに、シュガが思わず声を漏らす。


「そ、それって……“ウォッチドッグ”の事……ですか?」

「ふふふ、冒険者の皆さんはそう呼んでますわね」


 シュガの言葉に対し、彼女は少し困ったように笑った。


「まあ……確かに、クエスト遂行中の自分たちの一挙手一投足が監視されるのが鬱陶しいのは分かりますが……」


 そう言うと、彼女は小さな溜息を吐く。


「……だからといって、クエストの()()を的確に評価する為にギルドが派遣する監視人を“番犬(ウォッチドッグ)”なんて蔑称で呼ばれるのは、ギルド側の人間としては些か残念ですわね」

「あ……す、スミマセン……」

「うふふ、別にシュガ様を責めている訳ではありませんわ」


 慌てた様子で頭を下げるシュガに苦笑した受付嬢は、「でも……」と続けた。


「その言葉をご存知という事は、わざわざ制度についてご説明差し上げなくても大丈夫そうですね」

「あ、はい……」

「お、おう」


 受付嬢の言葉に頷くふたり。

 それを見て、一言「結構」と呟いた受付嬢は、先ほど書類の束から抜いた紙をふたりに指し示す。


「それでは、口頭での説明は省きますので、後でこの紙をご一読下さいね」


 そう告げて、“クエスト監視人評価制度とは?”というタイトルが印字された案内チラシをカウンターの上に置いた彼女は、おもむろに両手を臍の当たりで組むと、ピンと背筋を伸ばした。

 そして、改まった口調で言う。


「それでは――ご紹介いたします。おふたりのクエストの“監視人”は……この方です!」


 そう声高に叫んだ受付嬢は、横に挙げた手で背後の扉を指し示した。

 ゲラウとシュガは、緊張の面持ちで扉に注目する。


「……」

「……」

「……」


 ――だが、

 些か芝居がかった受付嬢の声に反して、扉が開く気配は無かった。


「……」

「……」

「……」


 更に待つが、相変わらず扉はピクリとも動かない。

 さすがに怪訝な表情を浮かべるゲラウとシュガ。

 一方の受付嬢は、片手を横に掲げたままの体勢で、チラリと背後の扉を一瞥した。

 そして、


「……ちょっと失礼します」


 と、無表情でふたりに断りを入れてから自分で扉を開け、その奥へと消えていく。

 状況が分からず、途方に暮れた様子で顔を見合わせるゲラウとシュガ。

 ……次の瞬間、受付嬢が入った扉の向こうから、くぐもった怒声が聞こえてきた。


『……ちょっと、何で出てこないんですか! さっき打ち合わせしたでしょうが! ……はぁ? そんな事知りませんよ! そもそも、私はあんな大げさな呼び込みなんてしたくなかったんです! だけど、あなたがどうしてもしたいって言うから付き合ってあげたのに……いや、ゴメンで済んだら神様も衛兵隊も要らないんですよ! ……あーもう! とにかく、早く来て下さいっ! さっきから冒険者さんたちが待ってるんですからッ!』

『い、痛い痛いっ! やめて下さいアニエスさんっ! 耳取れちゃいますからぁっ!』


 受付嬢とは違う、どこか情けない若い男の悲鳴と共に、閉まっていた扉が爆発したかのような勢いで開いた。

 次の瞬間、


「う、うわあああああ~っ……ぶべらっ!」


 素っ頓狂な叫び声と共に、開いた扉の向こうから(まろ)ぶように飛び出してきたひとりの若い男が、足元の絨毯に思い切り蹴躓(けつまづ)いて、堅い樫製のカウンターに激しく顔面を打ちつける。

 ……そして、


「い、痛ちちちち……」


 情けない声を漏らしながら突っ伏していたカウンターから頭を上げ、顔面にめり込んだ瓶底眼鏡を直したのは――竈の灰のような色合いの長髪をうなじの辺りで纏めた若い男だった。

 彼は、なかなか整った顔立ちをしている……ようだ。――“ようだ”というのは、カウンターに突っ込んだ際に激しくぶつけた鼻から夥しい鼻血を流していたのと、目の周りにめり込んだ眼鏡のフレームの跡がくっきりと残っているせいで、元の顔の造形が判然としないからである。

 纏っていた薄汚いマントの裾で鼻血を拭ってから、彼はピンと背筋を伸ばした。

 その身長は高く、巨漢のゲラウとほとんど変わらない。

 だが、身体の線の太さはゲラウの半分も無く、病的なまでに白い肌の色と相まって、まるでヒョロヒョロしたモヤシのような印象を与えた。


「……」

「……」


 ゲラウとシュガは、当惑を隠せぬ様子で顔を見合わせるが、灰色頭の青年はそんなふたりの表情にも気付かぬ様子で締まらない笑みを浮かべ、


「ええと……はじめまして。僕は、アッシュヴェル・エヴァ―ピースと申します。“クエスト監視人”として、おふたりの事を見守らせて頂きますので、どうぞよろしくお願いいたしま~す!」


 と、いかにも軽薄そうな声で自己紹介したのだった。

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