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わたしさえいなければ、完璧な王太子だそうです。  作者: ふらり
番外編

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ディルニアスの求婚 1-4

 レイモンドは浮かれていたのだ。

 そして、悔いてもいたのだ。

 結果的に結婚の承諾をダイアナから貰えた。だが、もしも()()()彼女に求婚していたら、きっと少しも考えることもなく断られていたのは明白であった。なので、これで良かったのだとは理解している。

 理解してはいるが、やはりずっと恋していた人への求婚は、もっと甘い言葉で雰囲気を出して行いたかった、という恋する男としての後悔もあった。

 だから。


「兄上は、どのように義姉上に求婚したのですか?」


 書類を渡す際に軽い気持ちで、結婚して間もないディルニアスにそう尋ねたのだった。

 何しろ、まだヴァイオレットが幼子であっても常に完璧に気遣い、言葉を換えれば溺愛、率直に言えば執着を見せてきたディルニアスである。完璧な王太子と呼ばれ、女性たちの憧れの存在である兄ならば、きっと物語のように素晴らしい求婚を行ったのだろう、とレイモンドは考えた。

 レイモンドだけではなく、誰もが当然そうだっただろう、と当たり前に考えていたことだった。

 ただ誰も、ディルニアスにそのようなことを気安く尋ねる者などいなかった故に、ディルニアスは初めて「求婚(プロポーズ)」について質問された。


「求婚?」


 きょとんと金色の目を丸くする様は、あどけないとすら言える表情だった。傍に居たライアンも、尋ねたレイモンドも、今まで見たことのないディルニアスの表情に驚いた。

 驚いたと同時に、まさか、という疑念が湧き上がる。

 

 まさか、この完璧な王太子として女性たちの憧れの存在であるディルニアスは、ヴァイオレットに求婚をしていないのか……?


「…………死んでも逃がさない、とは言った」


 その疑念を裏付けるように、暫く考え込んだ後にディルニアスがぼそりと答えた。


「……それは求婚とは言わないですね」

「単なる脅迫では?」


 まさかと思っていた事実に、二人は心の中に浮かんだ言葉をそのまま口にしてしまった。

 ディルニアスは珍しく二人に何も言い返すことはせず、眉間に皺を寄せて机の上に置いている書類を睨みつけていた。


「そもそも、求婚とはなんだ?」


 幼子が訊くならば、とても可愛らしい質問であった。


「自分と結婚してください、とお願いすること? ですかね?」

「まあ、政略結婚なら求婚はない、場合もあるかもしれませんが?」


 重大な議題、というような声音のディルニアスの問いかけだったが、二人はやはり思ったことをそのまま返答した。

 そうして、二人はディルニアスがヴァイオレットに求婚していないのだな、という事実を心の底から理解してしまった。


「仕方ないですよ。婚約したのは義姉上が赤ん坊の時ですしね」

「さすがにその時に恋愛感情は……持っていなかったですよね?」


 この人ならあり得るかもしれない、とライアンは不安になって尋ねた。


「私を何だと思っているんだ。赤ん坊に対して恋愛感情などは持っていない。彼女だから婚約しただけだ」


 ムッとしたようにこちらを睨み上げてきたが、では何故、恋愛感情を持っていないのに婚約を結んだのかということには、二人はどちらも指摘しなかった。

レイモンドは兄が何度も生まれ変わっているらしい、ということは見当がついているし、ライアンは単純にこれ以上ややこしいことには関わるつもりはないからだ。


「ですが、結婚式の前とか……?」


 レイモンドは単純に不思議だった。

 ヴァイオレットがまだ幼い頃からきちんと婚約者として扱い、本当に結婚式を楽しみにしていたディルニアスなら、恋愛の定番ともいえる「求婚」を行わない、とは思えなかったのだ。

 しかし。


「求婚というものには、良い感情が無かったからな」


 ディルニアスの言葉に、レイモンドとライアンはお互いに顔を見合わせた。兄上が言っている意味が分かる? いや分かりません、と二人は目だけで会話をした。

 そんな二人の様子に構わず、ディルニアスは机に両肘をつき、組んだ両手の上に額を乗せて俯いた。


「昔から、様々な国や家が私に求婚をしてきてヴィを排しようとしたり、殺そうとしたり、オルトニー公爵家を脅すことによって、公爵家が喜んで婚約破棄をしようとして来たりしているのに、その元凶の『求婚』というものに良い感情が抱ける筈がないではないか」


 なるほど。求婚はされるもので自分がするものではなかった故に思いつかなかった訳か、と二人は納得した。

 普通にその辺りにいるような美形が言えば、「何を言っているんだこの顔しか取り柄がない男は?」と冷ややかに見てしまうが、ディルニアスが言えば、「それはそうだろう」と憐みの目をもって項垂れている金色の頭を見下ろした。

 ディルニアスが昔から女性に人気があることは、二人ともよく知っている。遠くから眺めるだけ、という令嬢がほとんどではあるが、地位もお金も権力もある女性たちに限って、何故か何が何でもディルニアスを手に入れようとすることが多かった。


「誰もが知っている希少で貴重で美しい宝石を自分のモノにして、周囲に自慢したい、という心理だろう」


 当の本人であるディルニアスの述べる例えが、妙にしっくりときてしまったレイモンドとライアンである。

 ただ、中には本当にディルニアスに恋している女性も存在したが、だからといって既にいる婚約者を排しようとしたり、脅したりするのはやはり違うだろう。


「まあ、気持ちは分かりますが、殿下が求婚されていないとは、意外でした」

「そうだよね。義姉上に対していつも完璧な婚約者だと思っていたけど」


 二人は、軽い気持ちでそう言った。

 何事もそつなくこなす、「完璧」なディルニアスでもうっかりはあるのかと驚き、ほんの少し、親近感すら抱いた。

 しかし、ディルニアスにとってはそうではなかった。


「……ヴィに嫌われたんじゃないだろうか」

「絶対にないです」

「あり得ないですね」


 レイモンドとライアンは声を揃えて否定した。

 そんなことで嫌われるくらいなら、自分の意思がない赤ん坊の時に婚約させられていたとか、ディルニアス以外とダンスが踊れないようにこっそりと教え込まれていたとか、友達を作ることを制限されていたとか、もっと他に色々とあっただろう! とこれはさすがに心の中だけで反論した。


「大体、もう結婚式を挙げているんですから、今更でしょう」

「そうですよ。義姉上なら、式を挙げる前に求婚してくれていない、とか言うと思いますけど」


 二人の言葉に納得したのか、ディルニアスは顔を上げた。しかし、机の上に置かれている書類を睨んだままである。


「…………死んでしまいたい」


 髪をクシャクシャと掻きむしりながら、ディルニアスは机に突っ伏した。

 突っ伏す寸前に書類をサッと引き抜いた秘書の鑑と言えるライアンの動作に、レイモンドは感心した。


「では、ヴァイオレット様は未亡人となられますが」

「それは駄目だ! ならば、ヴィと一緒に死ぬ!」

「死ぬなら一人で死んでください」

「では、今から求婚したらどうですかね?」


 苛ついているライアンの意識を逸らせるために、レイモンドは必死に口を挟んだ。何も考えず、口が勝手に動いただけの言葉。

 しかし、ディルニアスはその言葉に反応した。


「今から……でも良いのか?」

「良いに決まっていますよ! ねえ、ライアン?」


 頼むから頷け! と目に力を込めながら微笑みかけてくるというレイモンドの器用な表情に、ライアンは軽く息を吐き頷いた。


「そうですね。求婚というのは、これから共に生きていきたいという決意表明ですから、結婚後でもおかしくないんじゃないですか?」


 ディルニアスもレイモンドも軽く目を瞠って、ライアンを凝視した。


「……そっか。そうだよね。その通りだ! さすがライアン我が義兄上、良いことを言うね!」

「まだ義兄ではありません」


 レイモンドは、目を輝かせた。


「そうだよねえ。決意表明なら、甘くロマンティックにというよりも、必死にプライドも何もかもを捨てて求婚する方が信憑性あるよね? ねえ、その考え方ってダイアナも同じ考え方かな?」

「知りません」


 二人の会話を聞きながら、ディルニアスは険しい顔で考え込んだ。


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― 新着の感想 ―
お久しぶりです。ありがとうございます。とても嬉しいです♪ディル様、何か斜め上のこと考えてそうですね笑笑
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