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「続いて第五試合を行います。赤コーナー、諸見里格闘ジム、伊都井暁佳」
「はいっ」
「青コーナー、札南キックジム、麻岐部統司」
「はいっ」
「この試合は男子Bクラス2分2ラウンドとなります」
アナウンスの後、鹿河に軽く肩を叩かれ
「さ、頑張って」
と激励を受け
「はい」
と返事をして麻岐部は階段を上がりロープを潜ってリングに入る。
この団体でアマチュアはプロと違ってセコンドは試合前にリングに上がることは無いため麻岐部1人だ。
リング中央近くで対戦相手の伊都井と向き合ってレフェリーからマウスピースチェックや口頭での説明を受け、伊都井と軽くグローブを合わせて自分のコーナーへ行き、リング中央へ向き直る。
ここまでは前回と一緒だな――けど、ここからは違う。
麻岐部がそんなことを考えた次の瞬間ゴングが鳴った。
◇◆◇
試合開始1分過ぎ。
パンパーンッ。
「ウッ、」
「イッ、」
伊都井の右ストレートが麻岐部の顔面を捉え、それとほぼ同時に麻岐部の左ストレートも伊都井の頬を打つ。
グローブがヘッドギアを叩く小気味良い打撃音が会場に響き渡った。
その後、麻岐部は右にステップし、そのまま右に回りながら距離を測りなおして右ジャブから攻撃に入る。
パンッ。
麻岐部の右ジャブと伊都井の左ジャブがぶつかり合いどちらのパンチも顔面に届かない。
バシッ
麻岐部の左ミドルと伊都井の右ミドルがぶつかり合いやはりどちらの蹴りも相手のボディに届かない。
どちらもわざとそうしているわけではない。
麻岐部が右足を前に出したサウスポーで伊都井が左足を前に出したオーソドックスなので互いの右ジャブと左ジャブ、左ミドルと右ミドルが邪魔し合ってしまうのだ。
数少ないサウスポーである麻岐部はこの展開に慣れており、更に伊都井が対サウスポーに慣れておらず苛立っていることを感じ取っていた。
一方で瞬発力をはじめとしたスピードには伊都井に分があり、それによってサウスポーの優位を埋められて互角の展開を強いられていることも理解していた。
「残り30秒」
アナウンスによって麻岐部は試合開始から1分30秒が経過したことを知る。
後退させられることも多いがそれでも前回のようにスタミナ切れを起こしてないのだからいいペースで戦えているのだろうと麻岐部は自分に言い聞かせる。
「麻岐部さんいつも通りねー」
そんな鹿河の指示に後押しされるように右ジャブから左ミドルを放つ。
今度は邪魔されることなく顔面とボディに攻撃が決まる。
しかしその後に伊都井の反撃のワンツーをもらってしまう。
そんなどちらのラウンドとも言えない展開が続いた後。
「残り10秒」
「よし、行こうっ」
「オオッ」
待ち望んでいた残り10秒のアナウンスと共に鹿河から指示が出て、麻岐部は踏み込んで全力で左ストレートを打とうとした。
がしかし
「伊都井っ」
「ハッ」
予想はしていたが伊都井サイドからもゴーサインが出て同じく踏み込んでくる。
互いの前手がぶつかり合うタイミングで2人はストレートを打った。
パチッパチッと麻岐部の左と伊都井の右がそれぞれ顔面にヒットするが距離が近すぎてほとんど威力は出ない。
特にアマチュアはグローブとヘッドギアの厚みがパンチを振る距離をつぶしてしまうので尚更だ。
2人はそのまま違いに数発を打ち合ったが、当然決め手になるような威力のパンチは打てない。
このままではラチがあかないと2人とも僅かに下がって距離を開ける。
ほんの3秒程の攻防で2人の息は上り、動きが止まってしまっていた。
そこから先手を取ったのは伊都井だった。
前に出ながらワンツーパンチを振り回してくる。
麻岐部はガードを上げて左斜め後ろに下がり続ける。
伊都井の右の攻撃から遠ざかるよう右に回りたかったのだが、伊都井の左足の踏み込みが早くてそちらには動けなかったのだ。
パン、
右ガードの外から伊都井が振り回した左のロングフックが浅く当たる。
まずいっ
と思った麻岐部が反撃の左ストレートを振うと伊都井の顔面にクリーンヒットした。
しかし次の瞬間麻岐部は頬に衝撃を感じた。
「ガッ」
伊都井が反撃の右ロングフックを打ったのだ。
再び互いに距離を取って2人は向き合う。
「ジャブからミドルーッ」
麻岐部は鹿河からの指示どおり攻撃するがジャブもミドルも伊都井のグローブと上腕を叩いただけに終わる。
「カーン」
とそこで1ラウンド終了のゴングが鳴った。