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「判定勝ちなんて狙ってとれるものなんですか?」
麻岐部の感覚でいえば『必死に倒しにいって倒せなかった結果が判定』というものだった。
「厳密に言えば『ダウンを取られないことに重点を置いたうえで互角程度の攻防を重ねて、ラスト10秒の猛攻に賭ける』作戦だ」
「えーと、つまり1ラウンド2分のうち1分50秒までは引き分けくらいの感じで試合して最後の攻撃でポイント取るってことですか」
「ああ、それをラウンド毎に繰り返す……でも何でこの作戦を麻岐部さんに薦めるのか分からないって顔だな」
「はあ、まあ」
「それは麻岐部さんの敗因の一つが『常に相手の真正面に立って倒すための打撃を打とうとしていた』ためだと俺が思っているからだ」
「相手を倒すための打撃を打とうとしちゃいけないんですか?」
「逆に聞くけど16オンスのグローブであのヘッドギアの上から殴って倒せるような威力のパンチ打てるのか?」
「あー……」
素人に毛が生えた程度の実力しかなく、減量しなくてもナチュラルに55kg以下である麻岐部のパンチ力などたかが知れてるという自覚はあった。
「それはパンチに限ったことじゃない。麻岐部さんはハイキックも打てるけどそれでも倒すのがほぼ不可能なことは実感してるだろ?もちろん麻岐部さんだけの話じゃない。俺達みたいな軽量級のおっさんがあの分厚いヘッドギア、グローブ、レッグガード装備して相手を倒すなんてまずできないんだよ。そう思わないか?」
言われてみれば納得できる話なので麻岐部は頷いた。
「岩田君や神戸君はアマチュア時代あの装備で相手倒してたけど」
「マジですか」
岩田と神戸は札南ジム所属のプロ選手だ。
「でもそれは彼らのようにプロに行くような選手の話だ。次の大会までに麻岐部さんがそんな攻撃力を身につけるのは不可能だろう。で、対戦相手にしたって大会主催者側も麻岐部さんにそんなレベルの高い選手を当てるようなえげつない真似はしないだろうから今回はそのレベルまでは考えなくていいとしよう」
「まあ、そうでしょうね」
「で、話を戻してだ。一応言っとくけど『強い打撃を打とうとするな』ってことじゃない。ただ当てるだけの打撃じゃポイントにならないわけだし」
「はい」
「ただ、あのとき麻岐部さんは倒す打撃を当てようとし過ぎて相手の真正面に立とうとしていたし、相手に打たれてもその場で踏ん張ろうとしていた。どうせ相手を倒すことなんてできないのに、これじゃ的になるだけだ」
もっともな理屈なので麻岐部にも反論はない。
「更に言えばアマチュアでは『倒すのは難しいがダウンは比較的簡単に取られる』。あの試合のときだってクリーンヒットされてたとはいえ、特にダメージ無かったのにダウン取られただろ?アマチュアでは安全重視で早めにダウンを宣告されるんだ」
「はい」
1度目のダウンを宣告された3連打でも、2度目のダウンを宣告されたロングフックでも脳震盪を起こして倒れたわけでもなければ顔面に大きなダメージを負ったわけでもない。
もちろんそれはヘッドギアの性能とデカいグローブに守られてのことだということは麻岐部にも分かっていたが。
「あとクリーンヒットをもらわないだけじゃダメなんだ。他の試合でリング中央でガードしっかり固めて踏ん張ってそのガードの上から相手に連打されてた選手がダウン宣告されたの見ただろ。まあ、ガードの隙間から1発ねじ込まれてたけどクリーンヒットとは言い難かった」
「あー、ありましたね」
「ブロックで堪えて反撃なんて考えてたら自分のターンが来る前に終了ってわけだ。で、これらの条件を併せて考えると増々このルールで『常に真正面に立って相手を倒すための打撃を打とうとする』作戦は麻岐部さんにとって合理的じゃない。」
「確かにそうですね」
勝つためには戦術を根本から考え直す必要がありそうだと麻岐部には感じられた。
「だったらまずはダウンを取られないことに重点を置く作戦もありじゃないか。具体的にはまずガードを上げる。攻撃の際は制空圏外から間合いに入りながら攻撃して、攻撃後は再び制空圏外に離脱する」
「なるほど」
「相手に先手を取られたらその場に留まらずにブロック固めてフットワークで間合を外す。できれば相手の攻撃終わりに一発でもいいから返す。その場でブロック固めて亀になってるよりダウンを宣告されにくいだろう」
確かにいちいちもっともだ。と納得した麻岐部は鹿河に頭を下げて頼み込む。
「鹿河さん、俺も次の試合その作戦で行こうと思います。次の練習からその前提で指導していただけませんか?あと大会でセコンドもお願いしたいんですが」
「ああもちろん。バイトでも一応トレーナーだしな。セコンドの件は俺がつけるようにチーフの其浦さんに話通しとくよ」
「ありがとうございます」
こうして麻岐部の作戦と練習の方向が明確に定まったのだった。