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異常調査部〜院内発砲事件〜【2】  作者: 月ノ羽ルナ
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出会い

杉野千すぎのせに荷物を踏まれている事など知らないめぐるは、引ったくり犯を追いかけていた


黎ヰ(くろい)に脳筋認定されているだけあって、彼の基礎体力は警察の中でも群を抜いていた。元々、鍛えることは嫌いじゃない上に、筋肉が付きやすいという体質にも恵まれている

そんなめぐるが、引ったくり犯に追いつくのには、そう時間は掛からなかった


背中が見えて来た辺りで、相手は刃物を持っているのだと警戒心を強め、一気に取り押さえようと距離を詰めようとする…が、引ったくり犯は小道へと続く曲がり角を曲がった


蔡茌さいし めぐる

(直ぐに捕らえないと)


今日は休日だ、どこも人通りは多いだろう。凶器を持っているとなると、いつ一般人に被害が出てもおかしくはない


引ったくり犯

「退け退け!な、なんだっお前?!う、うわぁ!!」


何故か叫び声が聞こえた数秒後、追って来ためぐるの頭の上を通り抜けるようにして、引ったくり犯は吹っ飛んだ


蔡茌さいし めぐる

「…え…」


恐らくひったくり犯を投げ飛ばしたであろう人物は、曲がり角の先で立っていた


ドスンッ


引ったくり犯が抱えていた、ロゴ入りのボストンバックだけが、めぐるの横に落下する


ガラガラ ドシャン


蔡茌さいし めぐる

「?!」


慌てて後ろを振り返ると、思わず派手な音に納得してしまう…そんな光景を目の当たりにする


通るたびに人々の心を癒してくれていた筈の花壇は、引ったくり犯が勢いよく落下したせいで花は踏まれ、土は掘り返され、花壇の一部が破損してしまっていた。

肝心の引ったくり犯はすでに気を失っているのか、ピクリとも動かない


めぐるは引ったくり犯の事も気になったが、視線を小道の方へと戻し、この惨状を作り上げた張本人を見た


蔡茌さいし めぐる

「曳汐…どうして、いやそれよりその手は…」


彼女に関して色々と聞きたい事はあったが、曳汐ひきしおの左手がナイフの刃の方を握っており、血だらけなのがあまりにも印象的過ぎた


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「蔡茌さん、おはようございます」


だが、当の本人は気にするどころか、頭を少し下げて呑気な挨拶をする


蔡茌さいし めぐる

「挨拶より、先に早く手当しないと!」


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「その心配は要りません。それよりも早く身柄を押さえた方が良いかと思います」


言いながら曳汐ひきしおは、めぐるの横を通り抜け、壊れた花壇の上で気を失っている引ったくり犯の方へと歩いて行く


警察

「大丈夫ですか!」


丁度そのタイミングで、通報を受けた警察官が駆けつけてくる


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「問題ありません」


そう答えた曳汐ひきしおだったが、この状況は誰が見ても…いや、曳汐ひきしお黎ヰ(くろい)以外は"問題あり"と言うだろう


警察

「君は?!確か、例の…」


曳汐ひきしおの顔を見るなり、警察官はだんだんと険しい顔つきになっていく


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「申し遅れました。刑事課、異常調査部の曳汐です」


警察

「やはり、あの部署か!この状況を説明して貰おう」 


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「たまたま居合せたので、武器を奪ったのち、軽く投げ飛ばしーー」


この説明の仕方はヤバい。咄嗟にそう思っためぐるが二人の間に割って入る


蔡茌さいし めぐる

「あ!あぁ、えーとですね。俺と彼女とでここまで追い詰めたんですが、抵抗されて少し争いになってしまい…」


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「…」


背中から曳汐ひきしおの、何とも言えない視線を感じたが、めぐるは構わず続けた


蔡茌さいし めぐる

「襲い掛かって来た彼を跳ね退けた力が、少々強過ぎて…運悪く花壇がありまして…」


警察

「貴方も異常調査部の人間ですか」


曖昧な説明にもっと突っ込まれると思っていためぐるだったが、予想してなかった質問に呆然としてしまう。それと同時に嫌な予感がした


蔡茌さいし めぐる

「はい、監視係の蔡茌紾です」


嘘をつく訳にもいかず、素直に自己紹介するめぐるを見ると、より一層顔をしかめた


警察

「…なるほど、この騒ぎに納得しました。余計な事はせず後の事は任せて下さい、わざわざご協力頂き感謝します」


刺刺しい言葉で言われ、これ以上何も言えなくなる


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「では、よろしくお願い致します」


それだけ言うと曳汐ひきしおは、凶器であるナイフを警察官へと渡すとその場を去る


蔡茌さいし めぐる

「あそこのボストンバッグは、引ったくり犯が持っていたものです」


警察

「あー、はいはい…分かりました、盗品でも入ってるんでしょう」


言いながら警察は、めぐるに"邪魔をするな"と目で訴える。非番な上、これ以上ここに居ても何も出来ないと察し、めぐるは一礼したのち、曳汐ひきしおの後を追った


意外にも早く追いつき、ポケットから洗い立てのハンカチを取り出すと曳汐ひきしおに渡す


蔡茌さいし めぐる

「良かったら使ってくれ」


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「お気遣いありがとうございます。ですが自分のがありますので、ご心配なく」


さっきまで血だらけだった左手は、ハンカチにより隠されていた。きっと歩きながら自分で巻いたのだろう


蔡茌さいし めぐる

「消毒をしないと細菌が入ったら大変だ、ちゃんと手当をしよう。それと、どうしてそうなったのか聞いてもいいか?」


あの時、曳汐ひきしおは一瞬で向かってきた引ったくり犯から、ナイフを奪い投げ飛ばしたのは、間違いないだろう。だがめぐるが聞きたいのはそう言う事ではなく、なぜ自分の手を犠牲にしたのか…なぜ取り押さえるのではなく、投げ飛ばしたのかだった。


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「会ったのは偶然でした。騒ぎが聞こえたので気になって振り返ったら不審者が居たもので」


返ってきた言葉は、相変わらず淡々としていて、その表情も普段と何一つ変わらない


蔡茌さいし めぐる

「咄嗟に出た行動、か…それにしたって、素手でナイフを握って、痛かっただろうに」


もう少し早く自分が追いつけていたらと、めぐるは自身を責める中、曳汐は首を傾げる


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「想定内でしたし、効率を重視した結果です。一般人に被害が出ないよう、身を呈するのが私の役目ですので、蔡茌さんが気に留める事は何も無いかと」


彼女の咄嗟に出た行動が自分を犠牲にする事なのだとしたら、めぐるはそこに危うさを感じた


蔡茌さいし めぐる

「他にも方法があったんじゃないか」


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「確かに一理ありますね。実際、花壇を破壊してしまいましたし…善処します」


蔡茌さいし めぐる

「あ、あぁ」


思わず言いよどんでしまったのは、曳汐ひきしおに何の変化も見られなかったからだった


怒るでも悲しむでもなく、彼女はめぐるの言葉を()()()()()()として受け取っている…何となくそれが分かってしまった


だが、めぐるが彼女に伝えたい事はそうじゃない


蔡茌さいし めぐる

(自分の怪我に対して躊躇いがないんだよな)


その行動力は心強くもあるが、同時に自身を守れないと言う弱点でもあるように思える


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「蔡茌さん」


めぐるの心配を他所に、曳汐ひきしおは腕を伸ばし指を揃えながら、前方の人間を指し示す


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「先程、ご一緒にいらした方じゃないですか?」


蔡茌さいし めぐる

「あれは、杉野千?!追って来てくれたのか」


曳汐ひきしおの言う通り、荷物を抱えた杉野千すぎのせが誰かと一緒に向かって来るのが見える


が、一つの疑問が浮かぶ


蔡茌さいし めぐる

「ん?どうして、曳汐が杉野千の事を知ってるんだ」


何気ない疑問に曳汐ひきしおは、涼しい顔で答えた


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「先程、蔡茌さんがあの方と歩いているのを、お見かけしたので」


蔡茌さいし めぐる

「それなら、声を掛けてくれれば良かったのに」


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「その必要性がなかったので」


これは曳汐との距離感のせいなのか…それとも、単に彼女の性格なのか、どちらかは分からなかったが微妙に傷ついてしまう


蔡茌さいし めぐる

「そうか…そうだよな…」


めぐるの顔が暗くなっていくと同時に、こっちに気づいた杉野千すぎのせが手を振るのが見えた


杉野千すぎのせ 杏果きょうか

「せんぱーい!」


???

「あの人ですね!」


隣にいる見覚えのない人物は、杉野千すぎのせにつられてか、同じように手を振った


蔡茌さいし めぐる

「誰だ?」


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「あの服は、メイドさんですね」


曳汐ひきしおの言う通り、ヒラヒラのメイド服を着たその子は、短い黒髪を揺らしながらめぐる達の元へと走って来る。


蔡茌さいし めぐる

(なんだこの子は…)


めぐるが戸惑う中、彼女は真っ直ぐに目を見て言い放った


???

「あのっ、お金返して下さい!」


蔡茌さいし めぐる

「はぃぃ?!!」


全く心当たりのない事を言われ、混乱するめぐる。助けを求めるように曳汐ひきしおを見たが、興味があるのか無いのか読めない表情で、にっこりと微笑んだだけだった


???

「大事なお金なんです!お願いします、返して下さい!」


より声量を上げ、勢いよく頭まで下げられてしまうと、側からみれば完全に加害者はめぐる


突然言われた身に覚えのない罪に、めぐるの思考は暫く停止するしかなかった




ーーー ーーー ーーー ーーー



喫茶店『はんなり』


杉野千すぎのせ一押しの喫茶店は、アンティーク調で統一され、店内はこじんまりとしていた。

流れるジャズのBGMがより一層、高級感を漂わせる


薄汚れた買い物袋を、両手に持って入る事が躊躇われる。そもそもオシャレな喫茶店に入店する事自体あまり経験した事がないめぐるからすれば、この店の難易度はかなり高く緊張してしまう


蔡茌さいし めぐる

(他に人が居なくて良かった)


別に悪い事をしているわけではないが、この状況下で人が居ない事にホッとしてしまう


荒兎あらと

「さっきは、いきなり失礼しました」


先程までの勢いをなくした荒兎あらとは、申し訳なさそうに頭を下げた


蔡茌さいし めぐる

「気にしないでくれ、それに誤解が解けて良かったよ」


彼女がめぐるに返せと言ったのは、引ったくり犯が奪い取ったこの店のお金の事だった

買い出し途中で、ナイフで脅され財布を取られた荒兎あらとは、慌てて後を追った…その先で、店の常連である杉野千すぎのせを見つけ声を掛けた


引ったくり犯の事を話した荒兎あらとは、杉野千すぎのせからめぐるが追っていると聞くと、一緒に後を追った結果、めぐるに会うなり出会い頭に「お金を返して下さい」と言い放ったのだった


引ったくり犯を撃退した後、警察官から追い払われためぐる達が、取られた財布を持っている訳もなく、それを説明すると、荒兎あらとは携帯で店に連絡し、別の子に受け取りを任せた


本当なら一緒について行きたかったが曳汐ひきしおに「嫌われている自分達が同席してしまうと、話がややこしくなるのでは」と言われ、仕方なく彼女達が働いている店で待つ事になった


荒兎あらと

「お詫びと言ってはなんですが、試作品のデザートを良ければ食べて行って下さい。今日はお店は休みですから、ゆっくりできますよ」


杉野千すぎのせ 杏果きょうか

「そっか!今日は月一の試作の日だ!やったぁ、ラッキー」


蔡茌さいし めぐる

「何の日だって?」


何故かはしゃいでいる杉野千すぎのせに、めぐるは不思議そうな顔を向ける


杉野千すぎのせ 杏果きょうか

「だから、月一の試作の日ですよ!お店はお休みして、新しいデザートを作る日です」


蔡茌さいし めぐる

「…なんとなく、分かったよ」


雑な説明にぎこちなくうなづく


カラン カラン


店のドアが勢いよく開くと、荒兎あらと同様、制服であるメイド服に身を包んだ子が、お財布を持って入ってきた


ほとり

「荒兎…取り返して来た」


荒兎あらと

「取られたのは私のせいなのに、代わりに受け取りに行ってくれてありがとう」


どうやら、無事に財布を返してもらったらしい…二人のやり取りにめぐるは一安心する


蔡茌さいし めぐる

「良かったよ、それじゃ俺は帰…」


杉野千すぎのせ 杏果きょうか

「無事に解決したって事で!デザートタイムにしましょう!」


めぐるの言いたい事は、元気な杉野千すぎのせの声に掻き消されてしまう


荒兎あらと

「えぇ、是非そうして下さい。畔は奥で休んでいて、疲れたでしょ」


ほとり

「あぁ、その前に…ちゃんと礼を言っておかないと」


そう言うと、ほとりと呼ばれた子は、小さく頭を下げた


ほとり

「協力してくれて助かった」


杉野千すぎのせ 杏果きょうか

「畔ちゃんの貴重な"デレ"後生大事にして下さいよ、先輩!」


正直、杉野千すぎのせが何を言っているのか丸っ切り理解できないめぐるは、苦笑いを返すしかなかった


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「消毒液お貸しくださり、ありがとうございました」


店の奥から、傷の手当てをしていた曳汐ひきしおが出てくる


荒兎あらと

「手の傷は大丈夫でした?」


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「はい、おかげさまで。ところで蔡茌さん」


いきなり名前を呼ばれためぐるは、さっきの出来事が頭によぎりドキリとしてしまう


蔡茌さいし めぐる

「ど、どうしたんだ」


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「一応先程の事を、黎ヰさんにも報告しときました」


蔡茌さいし めぐる

「あ、あぁ…ありがとう。助かるよ」


二人のやりとりに、杉野千すぎのせは怪しむように目を細め、ニヤニヤと笑う


杉野千すぎのせ 杏果きょうか

「おやおや、お二人はどう言ったご関係で?」


蔡茌さいし めぐる

「あのなぁ〜」


ふざけている杉野千すぎのせを注意しようとした矢先…


荒兎あらと

「それ、私も気になってたの!畔はどう思う?」


何故か目をキラキラと輝かせた荒兎あらとが会話に入ってきた


ほとり

「私に話を振るな」


杉野千すぎのせ 杏果きょうか

「うーん、恋人!と推測したいけど、無神経で乙女心に鈍感な先輩の事だから、その線は薄いとみた!」


荒兎あらと

「だとすると…ご家族とか?」


答えを求めるように、女性陣三人の視線は曳汐ひきしおへと向けられる


曳汐ひきしおなら「唯の仕事上の付き合い」だと、言ってくれると思っためぐるだったが、その期待は簡単に裏切られてしまう


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「さぁ、どうでしょう」


蔡茌さいし めぐる

「?!」


はぐらかした彼女の態度に絶句してしまう


一体どう言う事なのかと、曳汐ひきしおを見てみたがその表情からは、何も読み取れない


杉野千すぎのせ 杏果きょうか

「ますます怪しい〜」


荒兎あらと

「言えない関係って事?!」


蔡茌さいし めぐる

「彼女は同じ部署の同僚で、さっきたまたま出会っただけだ。頼むから変な詮索はしないでくれ」


これ以上騒がれる前に、めぐる曳汐ひきしおとの間柄を説明する


曳汐ひきしお 煇羽やくは

「蔡茌さんの仰る通りです。曳汐煇羽と申します」


めぐるの説明が気に入ったのか、微笑みながら名前を名乗った曳汐ひきしおを見てようやく、さっきはぐらかした理由が分かる


蔡茌さいし めぐる

(説明するのが面倒だったのか…)


なら、最初からそう言ってくれればと思いながら、めぐるは頭痛がする頭を押さえた

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