第十一話「レジェンド」
魔女の支配下にあった大国アルファラの首都ゼラートは、今や戦場と化した。
青竜を戦場から逃がすよう指示した俺は、メリアと共に、テルミナ城の内部へと押し入る。
青竜「ブルーノ」がくれたチャンス、無駄にはしねぇ……!
そしてこの城を制圧すればサルデアの時代がやってくる……!
俺はミルナ(サタン)の助太刀で、恐怖を克服していた。
一時期的なものだろう……アルマゲドンと再び遭遇すれば縮み上がるかもしれない。
だが……今はそんな事言ってらんねぇ……!
「次期国王をお守りするのだ!」
兵達が駆けつける。
無駄だった。
今の俺はハモンすら凌ぐ。
大剣を横に薙ぎ払い五人同時に切り崩した。
後ろに続くメリアも、炎属性中級魔法「インフェルノ」を放つ構えを見せている。
ーー今だ。
俺の念じたのとほぼ同時に、メリアは城内でインフェルノを解き放った。
不規則な灼熱の炎による攻撃に兵達は焼け死んでいくーー。
いつからだろう。
メリアも殺しに抵抗を感じなくなっていた。
それはこの世界では必要な事で、同時に冷たくも感じられる。
何にせよ彼女は重要な戦力としてテルミナ城に共に押し入り、歴史に残る戦いに身を投じている。
(ーー強くなったな)
俺は後ろを振り向き微笑んだ。
だが休む間など与えられない。
灰色の皮膚をしたセンジュ族の男と、厳ついピアスの女性が目の前に立ちはだかった。
恐らく男はアシュラと見て間違いない。
そして女性は四十歳くらいの魔導師で、素性は明らかではないが中々の気迫だ。
ーー殺気。
その者から放たれるオーラで、俺やナオミは彼らの力量を計る事が出来る。
そしてアシュラとこの女性は魔女の部下の中でもかなり上位に君臨する者たちと見て間違いない。
逆に言えばコイツらさえ倒せばーーこの戦争に勝機はある。
城の外ではナオミやキャンディス、イザベルと言った猛者達が兵達を蹴散らしているだろうし、なにより敵は統率が取れていない。
完全召喚が如何に価値あるものだったかが伺える。
そしてーー「フィーネ」と名乗る目の前の女性はとんでもない事を口にした。
「アタイ、グレンとミルナの娘なんだ……双方に気に入られたレナ・ボナパルトをアタイは許しはしない」
竹を割ったような性格のようだが……グレンとはさっき敵対し始めたばっかりだ。
そうとは知らず幻術を畳み込むフィーネ・シルバーウィンド。
俺の精神は瞬く間に暗闇が支配した。
アシュラとメリアが戦っているようだが……俺は一体何処を彷徨っているんだ。
答えは中学での虐めの中だった。
親すら助けてくれなかったあの頃……。
俺は再びその暗闇に落とし込まれるのか。
心臓を包丁で刺されるような感覚に似ていた。
本当に血が飛び出しそうな、あの感覚。
「レナ!」
何処からか女の声が聞こえた。
この声は……メリア?
ん?ナオミの声も聞こえる。
妹代わりのキャンディスも。
俺は夢の中にいるのか?
「レナ!」
メリアの涙が顔に当たり、俺は幻術から抜け出した。
気づけばあの後直ぐにナオミ達が駆けつけ、フィーネとアシュラは縛られたそうだった。
魔女の倅は十歳の少年で、取り逃したがテルミナ城を奪取した事が、今は大きい。
キャンディスのフェニックスが大活躍したそうで、俺が微笑みながら外を見たその時だった。
現れた銀竜「アルマゲドン」ーー。
城外の兵は奴が葬ったんじゃないか?
そうか青竜の敵討ちで…………でも……!
「過去と決別する時が来ましたわ。そしてそれは私にとっても同じ事……私の薔薇は是非メリアちゃんに」
「ど、どういう事だイザベル!」
「運命は時に素晴らしく、時に残酷なものですわ。行きましょうレナ。強き銀竜が貴方を待ってる!」
……ったく何だってんだ……?
俺はあの銀竜と……今から戦う……?
「じょ、冗談じゃねーぜ……」
俺の心を察したのかナオミが双剣に手を走らせる。
キャンディスも体長一メートルのフェニックスを誘き寄せていたし、メリアも戦闘モードだ。
つまり……怖いのは俺だけ?
メリアが幻術の中の俺が「愛してる」と言っていたと告げた。
え?それってナオミに対してじゃあ……?
照れ笑いしながらもメリアはこう続けた。
「ナオミさえ良ければアタシも付き合っても良きよ?だから……頑張って?」
意外にもナオミはすんなりそれを受け入れた。
俺の事を本当に理解してるのは俺か彼女らか。
いずれにせよ、こうなった以上は負けられねえ。
ナオミとメリア、二人の彼氏としてアルマゲドンに挑むのは必然の義務と言える。
「フフッ……」
イザベルが笑っているのが聞こえた。
最初からこうなるって予言してたのか。
だが今の彼女はもっと大きい何かを抱え込んでいるような、冷めた趣も感じられた。
アルマゲドンは青竜達の産みの親。
遂に時は満ちたのだ。
テルミナ城内からベランダを隔てた先に見える巨竜。
その者の元へと、五人で城外へと繰り出す。
「普通の戦い方をしていては……我々はあの銀竜に勝てません。やっとマンティコアに会える……さよならレナ」
そしてイザベルは時空を歪ますアルマゲドンを倒さないと……貴方は消えてしまう、と続けた。
イザベルの決死の補助魔法、そして頭の薔薇はメリアの元へ。
本来攻撃力を高める鬼人化は一人に対してが殆どだ。
イザベルはそれを四人全員に放っていた。
倒れ込むイザベル。
湧き出す力。
マンティコア一人を想い続けた美女は、再び死後の世界に還る事になった。
光る鬣の首飾り。
まるで左右にマンティコア・ライデンとイザベル・クロウの霊が付いているような感覚に陥った俺は覚悟を決めた。
ーー恐怖を乗り切るーー
最初に動いたのはナオミ・ブラストだった。
氷と風を混ぜた氷竜斬りを放った彼女だったが、通じない。
銀竜の鱗は鋼のように硬く、もし鬼人化が無かったら擦り傷一つ付かなかっただろう。
天下の究極剣技がなんてこった。
その時だった。
キャンディスのフェニックスが、相手の眼を狙って飛びかかったのである。
生まれた僅かな隙ーー今しかない。
その瞬間十字の御守り、アルマクルスが光り出す。
レナが消えちゃ嫌ーーナオミの愛が青白い光となって剣先へと染み渡る。
「俺はまだ死ねねぇよ!」
炎と光、豪炎乱舞を放っていた。
三度、四度と切り込みを入れる。
そしてーー閃光の如き速さで馳せ違う。
大剣を再び背負う頃にはアルマゲドンは倒れ込んでいた。
愛の力、アルマクルスーー。
俺の力を飛躍させたのは間違いなくそれだった。
そして恐れを後押ししたのはマンティコアだ。
「勝ったんだぁ……!」
キャンディスが言った。
だがイザベルの薔薇を銀髪に刺したメリアは多少占いが出来るようになったみたいで、こう告げた。
魔女のアンデッドが東に居ると。
彼女を倒さない限り、アシュラやフィーネと言った者達は投降しないと。
ならば。
俺はキャンディスの方を見て言った。
「前人未到のアルマゲドン召喚を成してみねーかキャンディス。この離れ業ができるのはお前だけだ」
魔女のアンデッド。
ハモンすら凌駕する彼女を倒すには巨竜の力を借りたい。
やがて女王アルフレドはゼラートを訪れた。
「マンティコアとイザベルの銅像を」そして「レナこそ真の勇者だ」と。
暗黒の鎧を着た金髪の勇者がアルマゲドンを乗りこなす日は来るのか。
東の魔女さえ倒せば脅威は消える。
アンデッドである彼女に次はない。
そして俺は生きているーー。
「やってみる」
とキャンディスは大きな魔法陣を敷いた。
大理石の建物が並ぶゼラートで召喚の儀は行われようとしている。
聞けば七年前、キャンディスは操られていた。
ハモンの部下でありクランケーンの息子でもある竜人アレクサンダーという男やアンデッド化していたロキらとの戦闘で、ナオミは右腕を失くし、アンガスとイザベルとクランケーンは死んだのだが、レナやマンティコア、エルメスと言った者の活躍で勝利している。
ナオミらが零社の戦士と呼ばれるようになったのはその戦い以降の事だと。
キャンディスの口から放たれる歴史は、グレンやミルナによって消されかけていたが、俺は大切な歴史の一ページをしっかり心に刻んだ。
そしてゼラートはレノン家が治める事になった。
クロウ家とレノン家が力を合わせられるよう政略結婚が成され、レイヴンことアンガス・クロウとアルフの結婚式は執り行われた。
「これからは妹じゃなくて一人の女性として見てほしいな」
え?
気づけば召喚を完了させたキャンディスが言っていた。
アルマゲドンとの戦いで恐怖心を克服していた俺は三人目の彼女を受け入れた。
そしていざ決戦の時ーー。
キャンディスの僕と化した銀竜に乗り込み、東へと飛ぶ準備をする。
「歴史に遺るかな?」
地上で見守るナオミ達に告げていた。
「勝ったら銅像作るそうよー!」
メリアが元気な声を上げる。
内心心配はしているだろう。
だがそれ以上に信じていてくれるんだ、俺を。
(神々の加護が無かったって、俺は負けねー!)
俺を乗せたアルマゲドンは大きく翼をはためかせながら、魔女のいる東へと飛び立った。
キャンディスは召喚で力を使い切ったのかグッタリしていた。
メリアじゃ力不足ーーじゃあナオミは?
いや一人で行こう。
幾らナオミとて、魔女の前では赤子同然という事も考えられる。
木製の御守りとライオンの鬣の首飾り。
今や文字は消え、必須のアイテムとして共にある。
そして相手は東の魔女。
歴史に名を遺すには申し分ない相手だ。
ードラゴンライダーー
ー予言の子ー
色んな呼ばれ方をしたが遂にレノン家の支配を決定づける戦いに臨もうとしている。
メリアによれば敵の居場所はロンダルギア。
大陸の中心部に位置する場所で、天空の城が目印だ。
アルマゲドンはバサバサと音を立てながら天空の城の屋根に降り立った。
この城に、魔女のアンデッドが……!
俺は大剣に手をかけながら城の廊下へと滑り降りた。
ファントムソードはもう話しかけてこない。
剣の主として認められた証拠だ。
それにしても景色の良い場所だ……。
だが念には念を、アルマゲドンとはあまり離れないようにしねーと……!
思い返せば色々あった。
邪悪に染まりかけた時も、ひ弱だった時もナオミブラストは共に居た。
そしてメリア、キャンディスも掛け替えの無い存在だった。
接近する気迫……俺は肌で感じていた。
魔女アンドロメダのアンデッド化した姿……下半身は巨大な蜘蛛のようで、魔力はこの上ない高まりを見せている。
「アルマゲドン、援護しろ!」
俺は大剣を煉瓦造りの床に突き刺しデビルズゲートを呼び出そうと試みた。
だがグレンがそっぽ向いてるのか出現しない。
いいだろう……自分の力で勝ってやる。
アルマゲドンの放った青白い光線を、魔女は半透明になる事でかわしていた。
まさか不死身だとでも言うのか。
「雷属性上級魔法『ボルテックス』!」
天から降り注ぐ雷鳴はアルマゲドンに命中した。
魔女クラスになるとアンデッドでも魔法が使えるか……。
グララギャアァァア!
痛みに悶える咆哮が天空の城に木霊した。
大陸の中心部における、これは世紀の一戦。
魔女を葬る事ができれば大陸東部は完全に解体する事になり、西部のサルデアの民の安全にも直結する。
だからーー何としてでも負けられねえ!
俺は桜竜の舞を解き放った。
ヒラヒラと桜の花吹雪と共に、青白い竜のような光が出現する。
ーーさらばーー
俺の胸元のアルマクルスが青く光っていた。
魔女の脅威が消えたゼラートでは新たに仲間に加わったアシュラやフィーネといった者たちと共に宴会が行われた。
主役はアルフとーー俺だった。
アルフがレイヴンと結婚したことでグレンもそう悪さはしないだろう。
彼女の気持ちがどうかはさて置き、民の安全は保たれる。
キャンディスはその才能を遺憾なく発揮し、ナオミの愛は世界を救い、メリアも足手纏いから脱却し最高の気分だった。
「いつか式をあげないとーー」
俺はぼんやりと考えていた。