間話「レイヴンの結婚」
遡ること約二日ーー。
レイヴンことアンガス・クロウは留守を任されていた。
アルフ・レノンとも仲良く出来る、そう手応えを感じ始めた時に事件は起きた。
遥か北の上空からペガサスに乗った騎士が現れたとの情報が入ったのである。
北に陸があるとのデータは無い。
だが現にペガサスは海を超えてやって来た。
おまけに凄い殺気だという噂だ。
レイヴンは顔色を変えざるを得なかった。
今、サルデアにはレナたちがいない。
自分一人で相手するには分が悪すぎる。
「僕も行きます!」
とアルフ。
「レナたちだって命を張ってる。僕もそれぐらいの役には立ちたい」といった具合だ。
レイヴンは暫し考えていた。
レノン家の血は象徴として必要。
だが女王が国のために命を賭けたとなると、国民も何か感じるものがあるだろう。
それにーー。
レイヴンは牢の鍵を探し当てていた。
「今から開放しに行くのは古代の英雄イカロスだ。アルフちゃんすら知らない、クロウ家の一部のみが知る牢に案内しよう」
レイヴンはスラム街へと足を運んでいた。
だが多くの者が知らない。
スラム街には地下二階がある。
本物の曲者たちが集う場所。
しかも道中にはクリーチャー達が住みつき、並大抵の者は着くまでに命を落とすという。
まあ、自分がいる限り大丈夫だろう。
サタンと関連性を持つ暗黒剣がある。
キャンディスが捕らえられていたとされる路地を右に曲がり、突き当たりのレバーを押した。
ギギギ……と音を立て隠し階段が姿を現した。
此処からはコウモリ等が出るはずだ。
アルフを守るべく慎重にならねば。
逆に言えばこんな所でビビってるようじゃ、ペガサスナイトとは戦わせられない。
アルフもそれなりの覚悟を持っているようだった。
「はっ!」
とコウモリ達を斬り落とす。
アルフも弓矢で応戦している。
三匹に囲まれたときには闇属性下級魔法「シャドーボム」を連続で見舞い、彼らはイカロスの繋がれている牢に辿り着いた。
「はじめまして、英雄イカロス。僕はアンガス、君を今日ここで開放しに来た」
「……………」
鎖で繋がれたイカロスは沈黙を保っていたが、やがて口を開いた。
「クロウ家の若造がこの私に何の要だ?まさかタダで出してはくれまい?」
「流石にまだ勘は鋭いようだね。御名答。ペガサスに乗った騎士がこの国に迷い込んだ。ソイツを倒したら自由にしてあげよう」
「フン……些か軽率過ぎはしないか?私はいつかこの国を滅ぼしに来るかもしれんぞ」
「このご時世鳥人は珍しくてね。君の仲間を探してもいるかどうか……それにあの騎士に吐かせたい事もある。行こう」
レイヴンはイカロスの鎖を解いた。
不思議そうに自分の腕を見るイカロス。
当たり前か。何十年ぶりだ。
「ペガサスナイトは此処から南の山に陣取っていると聞きます。緑の石版を使いましょう」
とアルフ。
どうやら本気でペガサスナイトと一戦交えるつもりらしい。
死なないで。そう心で呟く。
そこへイカロスが口を挟んだ。
「その必要はない。私が二人を抱えて飛んでいく。二人共軽そうだからな」
イカロスの身長は百九十センチ前後。
噂では怪力の持ち主だ。
腕も太いが長い投獄生活では勘も鈍るだろう。
頷きスラム街を出る。
街で少々回復薬を買い、いよいよ南へと飛び出した。
北に大陸があるのか……?
それはこのイカロスすら知らないだろう。
そこでは鎧を生産出来るような国家が存在するのだろうか。
レイヴンは「今日は考えることが多い」と頭を掻いた。
それにしてもイカロスは筋が通った男だ。
それを見越しての行動だったが、自分とアルフを抱えたまま山まで本気で連れて行くつもりだ。
(僕ならとてもじゃないけど従わないな……)
と心の中で苦笑した。
イカロスの英雄たる所以か。
何にせよアルフを死なせないようにしないと。
鳥人イカロスは鳥の頭部をした褐色肌の男だったが、実践から離れて尚、その力には期待大だった。
居た。
ペガサスナイト。
先ずは話を聞いてみよう。
「自分はフィーネイルの落ち武者だ。風の噂で今護りは薄いと見た。この国の主か?我に従え。明日にでも城へ押し入るつもりだった」
フィーネイル?聞いたこともない。
これはイカロスを連れてきて正解だったな。
レイヴンは剣を抜いた。
この山は元々この国のドワーフ達が住んでいた山だ。
偉そうに陣取られるのは迷惑なんだよ!
それにお前一人に城を取られるほど落ちぶれてない!
アルフが矢を放った。
丈夫な鎧を前に弾かれる。
やっぱり無茶だったかな?
レイヴンは闇属性中級魔法「ナイトメア」を放つ構えを見せた。
七種類ある魔法の中でレイヴンは闇に特化している。
七つの中で一番強力なのではないかと揶揄される闇。
ナイトメアの威力が実証済みだ。
異空間から隕石をぶつける呪文。
流石に鎧を着ていても致命傷は免れない。
ここぞとばかりにイカロスが「斬鉄拳」と呼ばれるパンチを見舞う。
ペガサスの上から崩れ落ち、地面を転げ回った落ち武者だが、彼もやられてばかりではない。
ペガサスの回復魔法「蘇生化」で一命を取り留めたかと思うと雷属性剣技「雷鳴」をイカロスに見舞う。
落雷と共に電気を剣先に吸収し、切り裂く。
長い間実践を離れていたイカロスはかわすことなく、片膝を地面についた。
だが攻撃の直後こそ大きな隙が生まれる。
レイヴンは闇属性上級魔法「ジャッジメント」を試そうとしていた。
まだ実践で技が綺麗に決まったことはない。
それでもその技の必要性を、この騎士からは感じられた。
イカロスが本調子ならば……!
言ったところで仕方がなかった。
暗黒剣を地面に刺し、魔法陣を構える。
流石に此方の異変に気づいたのか、敵はイカロスではなく、自分の方に意識を傾ける。
その時、アルフのスパーク・アローが落ち武者の首に命中した。
僅かだが麻痺効果があるはずだ。
例え雷属性剣技の使い手だろうと……首は致命傷だ。
(ナイスだよアルフ。ようし僕だって……!)
ジャッジメントを命中させた。
これで対象は三十秒後に死を迎える。
「逃げよう、イカロス!」
イカロスも呪文の効果を存じ上げていた。
ん?こんな所に誰かの墓が。
山の頂上から中ほどの所にこの国の嘗ての将軍レオン・ライデンの墓があった。
イカロスが言った。
「役目は果たした。私は北の方角へ飛んでみることにする。さらば」
翼をはためかせ飛んでゆく。
未知の世界北へ行けば、僅かな希望があるかもしれない。
鳥人が羽を休められる僅かな希望が。
レイヴンが墓に触れた時、とある映像が脳内に流れ込んできた。
『地底人の存在を、俺は確かに目撃した』
『ガタガタうるせーよ。それよりお前ロクサネには逃げられたんだろう?』
『ミルナに戻っただけだ。彼女にも居場所はある』
話しているのは獣人レオン(マンティコアの父)とこの国の初代国王ロキ・レノンのようだった。
場所は昔のサルデア城。
レオンが言う地底人とは?
『我々の力を遥かに凌駕するバケモノ達だ。いずれ対峙することになるだろう』
『地上の支配もできてねーのに地底人の相手なんかしてられるかよ!ああもういい、レオン、お前一人で地底へ行け』
『は?』
『情報を集めてこい。それがお前の任務だ』
ロキは若干酒に酔っていそうだった。
レオンは仕方なく一人で地底へ向かう。
ドワーフの山の何処かから隠し通路があるらしかった。
そこを潜ると…………恐ろしいまでに発展した国家が存在した。
騎士達は足並みを乱さず行進している。
映像を見ているレイヴンも思わず息を呑んだ。
どうやら見た限りでは中央にいる黒騎士が大きな権力を握っているらしかった。
もし見つかったらレオンが殺される場面だ。
地名はサヴェア。
ロキ・レノンの時代にこのレベルの国家が存在したのは創造主グレンも真っ青な事実だ。
『先ずは地上の支配の手始めに……フィーネイルの官僚を我々地底人で埋めましょう』
『ああ……たがその前に……ネズミ退治が先だ』
黒騎士はレオンの元へ駆け寄った。
そこからは血を吐くような拷問が繰り返され……レオンはとうとう情報を吐かぬまま息を引き取った。
レオンが死んでも遺したかった映像……!
気がついた時、隣のアルフは泣いていた。
あの拷問映像は少々グロ過ぎた。
だがレオン将軍が命を賭けて偵察に行った事は尊敬に値する。
城へ戻るとレナたちがテルミナの首都ゼラートを陥したとの連絡が入った。
流石はレナ。だが本当の敵は……もう北で動き始めているかもしれない。
もうホントにミルナを殺して世界を終わらせるか……グレンの創造物の過酷さは度が過ぎている。
船でゼラートへ向かった。
噂ではレノン家であるアルフと政略結婚が執り行われるとのことだった。
レナに想いを寄せていた女性の心はここ三日間で大きく揺れ動いた。
それはこっちも同じだろう。
クロウ家の一員として国家の為に断る理由はない。
レイヴンの中ではまだあのレオンの死が鮮明にこびりついていた。
ゼラートに着いた。
レナはこれから魔女の幻影を殺すらしい。
どこまで強くなれば気が済むんだ。
七年前は互角だったが、とっくに抜かれている。
やがてレナが巨竜に乗って帰ってきて、皆は彼を英雄とはやし立てた。
パーティー。
アルフの隣だった。
新しく仲間に加わったアシュラとフィーネもいる。
アシュラはハモンの息子だったが、フィーネの方が邪気が感じられた。
何とあのグレンの娘だという。
神族か……。
人の道を外れた人間がその道にたどり着けるとレイヴンはどこかで聞いたことがあった。
まあいい……それよりレナには地底の事を話しとかないと。
レイヴンはワインのグラスをグイッと仰いだ。
ウェディングドレス姿のアルフ……正直悪くない。
男の子だった事を忘れさせるほどだ。
「アルフ女王万歳!」
パーティーは夜まで続いた。
レイヴンはレナと二人で話がしたいと切り出し、テルミナ城のベランダで向かい合った。
「地底人か……こっちは目の前のゼラートに住む竜人の話で手一杯だってのに」
「それにハモンの息子の話もあるよね。これはフィーネの意見なんだが当分レナに預けてみようと思うんだけど」
「それは良いけどよぉ。黒騎士って強いのか?」
「竜人アレクサンダーの百倍と言っても過言ではない。そしてどうやら一部の幻影は等倍の力で戦える。これは間違いないね」
レイヴンは城下町を見下ろした。
ゼラート……なんて綺麗な町なんだろう……!
ロキやアレクサンダーとの戦いで自分が七年前に命を落とした場所だが、流石は魔女が本拠地に構えただけある。
そしてその魔女の野望は遂に潰えた。
レナは首に下げてある十字の御守りを手にとって見せた。
「アルマクルス。まだ当分世話になると思う」
地底人と戦える唯一の希望か。
レイヴンはそう捉えていた。
「アルフと上手くやれよ」
流石は彼女を三人持つ男、余裕が違う。
全身刺青のレイヴンはその風貌からかあまり女性と接点が無かった。
あのナオミを除いては。
「そっちこそナオミちゃんを頼むよ」
と念を押す。
「もう休もう。明日からまた忙しくなる」
この世界の行く末を、この男はどこまで見定めてているのか。
どうやら大陸全土を治めるつもりらしいが、もういっそミルナと対峙しないか。
自分は消えてもいい……死んだレオンの声がそれを深く促すのだった。
「マンティコアの父、レオン・ライデンに祈りを」
レナは深く頷いた。
神族ではない只の将軍に祈りを捧げることに抵抗を持たなかったのも、自分たちとしては珍しい事だった。




