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「本当に申し訳ありません」
「いくら結婚が決まっているからといえ、婚前の娘を無理矢理自分のものにするなど、非道です!」
「返す言葉もありません」
「父上、考え直すべきです!ドロシーがカーティスを避けていたのも、仕方のない事だったのです!」
「申し訳ありません。しかし、腹の子がいます。どうか責任を取らせてください」
「腹の子なら我々で育てればいいのです。こんな男に可愛いドロシーと子を預けるなどとっ」
「大切に致します。本当にこれからは大切に致します。どうか私からドロシーを取り上げないでください」
「どの口が言うか!」
「貴方、止めてください!身籠って気を失っている娘の前でする話しではありません」
「どうか……どうか、ドロシーと添わせてください」
★
ドロシーは結局それから丁度七日後に流産してしまった。
それと共にウルズとの記憶を失ってしまっていた。
カーティスの必死の説得に、父と兄達は折れた。
心身共に限界を迎えていたドロシーは、籍だけを入れ、カーティスの屋敷に迎えられた。
当初、カーティスの屋敷には世話役の女中や下男も居たが、ドロシーがカーティス以外を酷く怯えるような仕草をした為、いとまを出した。
カーティスは甲斐甲斐しくドロシーの世話を焼き、一年が過ぎた頃にはドロシーも自我を取り戻すまでに回復したのだった。
「ウルズを、殺してしまったの?」
熱い湯に浸かっている筈なのに、凍える程身体の内側が寒かった。
「ああ」
カーティスは短く答えた。
「貴方、なんの咎めも無かったの?」
ドロシーは声が震える。
「樽に入れて石膏で固めた。貿易で海を渡る際に、沈めてしまった。勿論、腹心の部下以外人払いをしたから問題は無かった。身寄りの無い男だったから楽団の長に金を握らせて始末を付けた」
カーティスが、無機質な暗い眸でぼんやりとドロシーの頰を撫でる。
余りの冷たさに、ドロシーはカーティスに縋り付いた。
「ああ、なんて事を……」
「ドロシー、すまない」
「貴方の快活さを、陽の光のように暖かな貴方を奪ってしまったのは私だったのね」
ドロシーはカーティスの手のひらに顔を埋めた。
「ドロシーに奪われるなら構わない」
カーティスは、暗い眸のまま、ドロシーの頭を抱き締めた。
「すまない、君の愛する男を奪ってしまった。君を総て手に入れなければ気が済まなかった」
「貴方のものよ、もう総て。残らず貴方のものだわ」
ドロシーは総てを思い出し、カーティスに総てを差し出した。
★★★
ドロシーとカーティスは、一つの罪を共有する。
二人は仲睦まじい夫婦ではあったが、流産の影響か、二度と子に恵まれる事は無かった。
後にドロシーの二番目の兄から養子を迎える事になる。
養子は、ヴェルダと名付けられ、赤子の内に二人に引き取られた。
ヴェルダは後に語る。
———養父と養母は仲睦まじい夫婦であった。
しかし、養父の養母に対する愛情の示し方は、偏愛的であった。
ドロシーを愛する余りに、人をも殺しかねないぐらいだ。
冗談混じりに一度そのような旨の発言をカーティスにヴェルダがした事があるそうだ。
すると、カーティスは暗い双眸を細め、端正な口端を持ち上げた。
「それくらい、たわいも無い」
ヴェルダは戦慄した。
カーティスのドロシーに対する底知れない愛情は、この上も無く深い、底なし沼のようであったからだ。
了