第八十八話 決意
途中から一人称視点に切り替えます。
それと、今回は少々短くなっています。
翔夜との出会いを話し終えた校長は、とても満足げにしていた。
「まぁアイツのおかげでアタシは、今の自分があるわけだな!」
このような性格を作ったかはわからないが、それでも教師生活をやめずに済んだのは確実に翔夜のおかげだろう。
「だけど今じゃあ、あいつはアタシのおもちゃみたいなもんだけどな!」
その発言に二人は何も言わないが、なんとなくは察しがついていた。
二人が話しているところを見ていて、生徒と教師という間柄以上の関係ではないのかとさえ思っていた。
「アイツって顔が怖いからな。そんな奴をぶったたいている先生はいったい何なんだ!? ってことになってよ。それでアタシは舐められなくなった」
「なんというか、ちょっと翔夜に同情してしまいます……」
「強面が役に立っててよかったね~」
まさかその強面が意外なところで役に立つとは誰も思わないだろう。
それと同時に、生徒をたたくというものは教師としていかがなものかと、当時のことを聞いた二人は内心そう思った。
だが当の本人たちは気にした様子がないため、特に問題はないのだろう。
「ま、なんかあったらアタシを頼ってくれ。翔夜にもそう伝えておいてくれ」
昔話も終えて、自身の仕事へと取り掛かろうとする。
だがそんな校長に、結奈が三度質問する。
「一つ、大事なこと……聞いていいですか?」
「なんだ?」
先程まであったおちゃらけた雰囲気は何処にいったのか。結奈の真剣なまなざしが校長の瞳をとらえる。
それほどまでに、結奈が言わんとしていることはとても大事なことなのだろう。
「翔夜のこと、好きだったんですか?」
何を聞かれるのかと校長は身構えたが、しかしその言葉に校長は笑みを浮かべ、イスに深く腰掛けた。
「おいおい、生徒と教師の間でそういうのは禁止だぞ?」
「そういうことを聞いているんじゃないんです」
何を聞いているんだと、軽く流すつもりでいたが結奈は問い詰める。
校長も結奈がどうしてそんな質問をしているのかはわかる。
だが……。
「……それを聞いたところで、お前には関係ないだろ?」
静かに、そう強く伝える。
誰に聞かせることもなく。
どこかに書き留めることもなく。
ただ、いい思い出として心にしまっておくと決めていた。
そのため、校長はそのことを話す気など全くない。
「それに、今はアイツには好きな奴がいるしな」
結奈も怜も、彼女が翔夜にどういう思いを寄せいてたのか理解してしまった。
そのためか、今の発言にはどこか虚しさのようなものが見て取れる。
「アタシは……どっちも応援してやるよ」
「「っ……!?」」
その発言に、二人は驚いた。
結奈はそのことをだれにも言っていない。
言動にも気を付けて悟られないようにしていた。
怜には気づかれてしまったが、それでも他の者にはバレていないと思っていた。
「せいぜい絶望しないよう頑張れや」
それが、目の前で書類に目を通している校長にバレてしまったことに、驚愕と、そして結奈は悔しさが入り混じっていた。
「なんでもお見通しって感じだったね」
「……気に食わない」
校長室を出て、二人は教室へと戻っていく。
自身の思いを透き通されているかのような、そのような思いにさらされた結奈は、見てわかるほど不機嫌でいた。
しかし、それも長くは続かなかった。
「お、三人でのお話は終わったのか?」
「しょ、翔夜……どうしたの?」
翔夜が目の前から走ってきたのだ。
唐突であったため口ごもってしまったが、それでも結奈は何とか平静を保つことができた。
どうしているのか聞き、翔夜はいつも通り口悪く答える。
「いやよ、あのクソババアに用があってな、待ってたんだよ」
「用って、何?」
先程の話を聞いていない翔夜にはなぜ結奈が用事を聞いてくるのか理解できない。
だが、それでも別に隠すことではないので、とても良い笑顔で答える。
「試験に向けて勉強を教えてもらう!」
恥ずかしげもなく、むしろ自慢げに答えた翔夜は、自身の思いを吐露する。
「俺は沙耶に絶対勝たなくちゃいけないからな!」
そう言い残して、翔夜は校長室へとノックもせずに入っていった。
『校長先生、勉強のできない惨めなワタクシめに、何卒テストへ向けての勉強をご教授願えてくださいませんでしょうか!?』
『アタシの足をなめたら考えてやらんこともないぞ?』
『んなことできるかっ!』
外へと漏れ出てくる二人の声に、結奈は、そして怜も、ほっと胸をなでおろした。
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テストへ向けて俺は、頑張って勉強しようと試みた。
しかし、『これ、無理じゃね?』と断念してどうにか頼れる人物はいないかと考えた。
ふと、考えているときにクソババアが思い浮かんだ。
しかし、結奈がいるのでは? とも思った。
だけどアイツって、何かと俺を馬鹿にしてくるやつだから勉強を教わろうとは思わなかったんだ。
それに比べて教師であるアイツなら、何とかなるだろうと思った。
そういえば昔教えてもらっていたなと、ついでに思い出すことができた。
それじゃあ今回も頼ってどうにかいけるんじゃね? そう思いいたったわけで。
「お願いします!」
「めんどくさい」
だが、どうしても俺に教えようとしてくれなかった。
「どうしても教えてくれないのか?」
「そうだな~……。じゃあ、アタシの頼みを聞いてくれたら教えてやらんこともないぞ?」
だがそんな俺に妥協して、何か俺に頼みたいことがあるそうだ。
別に勉強を教えてもらうなら仕方がないけど、できるだけ楽なことがいいな。
「面倒くさくなくて単純で簡単なちょっとしたお手伝いなんだけど」
「怖いから断ってもいいですかね?」
「大丈夫大丈夫、お前なら何も問題ないって」
いやちょっと待って。怪しすぎひん?
「それに危険なことは大体アタシたちがやるから」
「おい今お前危険って言ったな? 俺は間違いなく聞いたぞ?」
「いいだろ別に」
「よくはねぇよ!」
ほれみたことか!
絶対何か危険なことに巻き込むつもりじゃん!
教師が生徒に頼んじゃいけないことだろう!
というか、そんなことを頼むのにどうして笑顔でいられるんだよ!
「めんどくせぇな。アタシが教えるんだから、確実に今よりは賢くなれるんだぞ? その対価にちょっと危険な目に遭う可能性があるだけなんだから、別にいいだろうよ」
「対価って言われてもな……」
何かをお願いするなら、対価を支払わなければならない。
生徒が教師に勉強を教わることに対価を求めるのは如何なものかと、内心そう思ったけどそれをツッコんだら絶対教えてくれないだろう。
「なら、この話を断って好きな人を教えるか?」
「それだけは絶対に嫌だ!」
教えてもらわなかったら、俺は沙耶にテストで勝つことが難しくなる。
それだけは何としてでも避けなければいけないことだ。
「じゃあもう決まりだな」
「ぬぅ……仕方がないか」
沙耶との賭けに勝つためには、仕方のないことだと割り切って考えることにした。
とても不服でそのムカつくニヤニヤした顔を殴ってやりたいとも思ったが、ここで殴ってしまってはまた何か条件を突き付けられかねない。
「じゃあ明日からテストまでの放課後、毎日ここに来い」
「うっす」
何か言いくるめられた感じがしなくもないが、それでも俺は神の使徒である。
ちょっと危険な目に遭っても問題はないだろう。
「なんか、前世を思い出すな」
「そういや、お前アタシに会いに来ること多かったな」
昔のことを懐かしんでおり、校長も同じことを思い出したのか俺と同じく懐かしんでいた。
「じゃあこれから、よろしくお願いしゃーっす」
そう言い残して、俺は校長室を後にした。
校長室を出ていくとき、校長がとても嬉しそうにしていた気がするが、気のせいだろうか?




