第八十六話 印象
本日は少々短めです。
喧騒がひしめき合う今日この頃。
その場所は、いたってどこにでもある高校である。
そこへ本日、赴任してきた女性教師が一人。
「皆さん初めまして。本日よりこのクラスの担任になった———です。これからよろしくお願いします」
生徒の前で堅苦しい挨拶を交わすのは、後に異世界へと赴き校長をしている人物だ。
黒のパンツスーツを着ており、そして見た目のクールな女性というイメージと相まって、とてもお堅い人物に思えてしまう。
現に生徒たちからの反応はなく、女性教師も頭を上げてどうしたらいいか悩むが……。
「「「「ぅおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」
しかし思春期真っただ中の男子高校生には、つい先日まで中学生だった男子たちには、そんなことなどお構いなしである。
ただ、自分たちの担任は美人であるというだけで、彼らは喜んでいたのだ。
そこかしこで美人だの綺麗だのスタイルがいいだの、担任の容姿について話している。
「センセー! センセーは彼氏いるんですか!?」
そんな中、学校に一人はいるおちゃらけているような男子生徒が、手をこれでもかと上げて質問してきた。
教室が鎮まるが、それに対する女性教師の反応はとても淡白であった。
「いませんよ」
「いないの!? じゃあ俺が立候補しちゃおうかな~!」
「おい、抜け駆けすんなよ!」
入学したてだというのに、これほど賑やかな教室はあまりないだろう。
それでも生徒が各々話し出しているのは、一概に担任が美人であったという、全員の認識が一致したためだ。
だがそんな生徒たちの反応に、戸惑いも驚きも、ましてや喜びもその表情には現れていなかった。
それもそのはずである。何せ、彼女は教師として生徒と相対するは初めてであり、そして尚且つ人前に立つと緊張してしまう、ちょっとしたあがり症なのだ。
未だに楽しそうに話している生徒を見て、女性教師はただ時間が速く過ぎることを願っていた。
===============
「では、授業を始めます」
生徒たちを相手にして、数週間ほどが経った。
多少は生徒の前に立つことには慣れたものの、しかし未だに感情を表出させることはなく。
現在も無表情のまま授業をしており、生徒たちからの評価は当初よりかなり低くなってしまった。
「先生! 先生は俺たちの中だと誰が一番好みですかー?」
そんな中、授業の終盤だというのにもかかわらず、未だにめげずに先生の気を引こうとしている健気な男子がいた。
授業に関係のないことは授業外で聞くようにと依然から女性教師は言っているのだが、しかし生徒はそんなことお構いなし。
そのため女性教師の反応が変わるはずもなく。
「それは授業には関係ないことです。それよりも、———君はこの問題わかりますか?」
「あー……すみません、わかりません……」
ただ実直に、授業を行うだけである。
そのように反応されてしまっては、流石のお調子者であろうとも黙ってしまう。
「では、———さん答えてください」
「はい、答えは———」
落胆した様子などなく、他に答えられそうな生徒を指名して授業を進めていく。
授業についてこられているかは、生徒を見ていて大体は理解していく女性教師。
だがその実、生徒たちからはただ真面目に授業を行うだけの教師として認知されてしまっている。
「では、今日はここまでとします」
授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り、女性教師はそそくさと教室を後にする。
「マジであのババアなんだよ。授業はつまらねぇし、真面目かよって」
授業が終わり、学生たちが待ち望んでいる昼休みになった。
ある生徒は購買部へと走り、ある生徒はお弁当を出して昼食をとる。
そんな生徒たちの中で、五人ほどの男女は空き教室で苛立ちを露わにして話していた。
話題は、件の女性教師である。
「ホントそれ! 答えられなかったら失望しましたーって目で見てさぁ!」
最初は美人でこんな人に授業をしてもらえるのだと思い、主に男子たちは喜んだ。
しかし少し時間が経てば、自分たちの嫌いなタイプだと、俗にいうウザい大人だと認識する。
「教師ってさ、私たちを導いてくれるもんじゃないの?」
「ただ教科書を読み上げるだけなら、うちらにもできるって!」
今やもう、男子も女子も、ほとんどの高校生がその女性教師のことを毛嫌いしていた。
真面目に授業をして、授業に関係のないことをしたら叱って。
至って普通の対応をしていたら、それが生徒には気にくわなかったようで。
「いやいや、お前にはそれは無理だって」
「なによっ! あんたはできるの!?」
今では授業をあまり聞かずに、別のことをしている人がいる始末である。
「俺は教えるふりして、女子たちのおっぱいを触りたいかな~」
「うっわ最低!」
なにもおかしくない会話である。
悪口を言って、卑猥なことを言って、ただ楽しく昼食をとって時間をつぶす。
高校生であれば、ふざけあってこのような話をすることはむしろ当たり前なのかもしれない。
女子に縁のない翔夜のような男子たちもいるだろうが……。
しかし、その話を聞いている人物が一人いた。
「授業がつまらないっていうのは、アタシが一番わかっているっての……!」
教頭に呼び出されて、たまたまその場所を通りかかった女性教師は、その会話を聞いて呼びされたことなど忘れて立ち止まってしまう。
「でも仕方がないだろ、教師になって初めての授業なんだから……!」
教師生活一年目。
実習生時代とは違い、わからないことばかりである。
「ほかに方法なんて知らないし、みんなの前に出たら緊張してしっかり会話なんてできないんだよ……!」
あがり症は以前より改善されたといっても、それでも緊張してしまうことはどうしようもない。
そのため生徒の話に対してのうまい返しなんて浮かばない。
「こっちだって、真面目に授業を聞いてくれる生徒が良かったっての……」
生徒全員と楽しく授業をすることや、うまくコミュニケーションをとって場を和ませることなんて、多少とはいえあがり症である女性教師には難しいことだ。
慣れていないことは、すぐに実践することはできない。
「それなのに、聞いている奴なんてほとんどいねぇし、教科書を開きすらしねぇ……」
話題は別のことになっている生徒たちの会話は、しかしその声は自分を貶しているかのように聞こえてしまう。
相手は機械ではなく人間であるため、十人十色であり万人に好かれることなど不可能である。
そんなことは理解していても、女性教師も人間であるわけで。
「そりゃあ教科書を読んでいるだけって思っても仕方がないわな……」
本来であれば涙したいことでも、ここでは堪える。
自分は教師で、生徒に弱い部分を見せてしまってはいけないためだ。
「文句があんなら直接言えっての。そして授業をしっかり聞いてから物を言えっての……」
何とか堪えて、女性教師は教頭のもとへと足早に向かった。
===============
放課後となり、生徒たちは帰路へと着く者もいれば部活をする者もいる。
教師の中でも、部活の顧問である者もいるため生徒たちを指導ないし見に行く。
しかし部活の顧問ではないにもかかわらず、放課後になっても教師は仕事が終わっていないため、すぐに帰ることができていないでいた。
「どうですか———先生、授業には慣れてきましたか?」
「あ、教頭先生……」
昼休みに『今夜食事でもどうですか』などという、心底どうでもいいことを女性教師を呼び出した、教頭先生である。
そんな教頭に、放課後にも話しかけられる女性教師は、生徒にも教師にも悪い意味で人気である。
「いえ、全く……。教師という仕事は難しいですね」
見た目は優しそうなのだが、視線は女性の胸へと寄せられているため、性欲に素直なおじさんである。
その視線に女性教師も気が付いているため、あまり会話をしていたい人物ではない。
さっさと自分のことを終わらせて帰りたい気分でいた。
「そりゃあ、相手は思春期真っ盛りの高校生ですからね」
いったい女子生徒の胸を見る以外に高校生の何を見ているのだろうかと。
女性教師はそう思ったが、口には出さずに相槌だけを打つ。
「それより、この後お暇ですか? いいお店があるので、ご一緒しません?」
「いえ、あの、私は———」
誘われるだろうということはわかっていた。
昼休みは生徒に呼ばれているという理由で逃げたが、ここ職員室ではその理由で逃げるのは難しい。
荷物をもってそのまま逃げだしたい気分でいたが、さてどうしたものか。
「失礼しまーす」
そう女性教師は悩んでいるところに、高校生とは思えないような強面の、しかし制服を着ている人物が入ってきた。
「先生、ちょっといいっすか?」
そのまま件の女性教師の元へと移動し、教頭のことなど眼中にないかのように話しかける。
大柄の人間がやってきたことに驚き、無表情で有名な女性教師は目を見開いてしまう。
だがしかし……。
「えっと、確か……纐纈翔夜君、だよね?」
「うっす」
女性教師は一応、自分のクラスの生徒の名前と顔は覚えている。
そのため目の前に来た時でも、通報などせずに生徒として対応することができたのだ。
「それが翔夜との出会いなんだが……」
校長は当時のことを思い出し、感慨深く笑っていた。
それでも強面の人物が、自分に用があるといって職員室に入ってきたら誰でもたじろいでしまうことは仕方のないことで。
「間近で見たとき、なんだこのヤクザは……って思って身の危険を感じた」
「あぁ、僕も転生させられた時思いましたね……」
「翔夜の顔は、この世界でも遺憾なく発揮しているしね~」
例え世界が違おうとも、翔夜の顔は万人に恐れられるほど怖いものであったということが、ここに証明された。
長くなってしまったので、二部に分けました。
ですので、次回も校長の過去のお話になります。




