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第五十三話 後押し


 奥からやってきた店長は、丁度両手に収まりそうなほどの大きさの袋を持っていた。恐らくそれは沙耶が頼んだ薬だろう。


 しかしあれだな、改めて見ても本当に怖い見た目をしているよな。


 目出し帽の方がまだ可愛げがあるぞ?


「えっ、誰あれ?」


「ここの店長」


 しかし、始めてみることになった怜にとっては恐怖の対象であった。


 俺だって初めて見たときは滅茶苦茶怖かったし、誰がどう見ても最初は絶対怖いって。


 人によってはトラウマを植え付けられるレベルだぞ?


「……ホントに?」


「ホントらしい」


 やはりと言うべきか、怜は目の前のペストマスクを店長なのか疑っていた。


 俺も沙耶がいなければペストマスクを着けている人を店長だとは思わない。それよりも店員だとは思えないだろ。


「あれは怖いって……」


「わかる」


 ここにいる女子二人は何も怯えた様子などなく、寧ろ男子の方が怖がっている状態だった。


 いや、俺たちは絶対おかしいなんてことはない。二人は今回が初めてではないのだろうから普通に接しているのだ。


 初めて見れば、誰だって俺たちのような反応をするだろう。


「あ、中舘さん」


「薬持ってきたよー」


「と、そちらの方は?」


 店長が沙耶の薬を持ってきたので、俺たちはそちらへと向かうと、見知らぬ人が一人いることに気が付いた。


 店長に隠れるように後ろにいるから最初はわからなったけど、いったい誰なんだろう?


「初めまして、私はこのペストさんのところで働かせていただいている琴寄耀(ことよりよう)といいます。以後お見知りおきください、翔夜さん」


「ん、俺のこと知っているのか?」


 件の人物は、店長の後ろから出て礼儀正しく自己紹介を行った。


 見た目は中学生くらいの身長の、茶髪でショートカットの女の子だった。


 大人しそうな子のように見えるので、なんだか未桜のような感じだな。若しくはそれに類似する雰囲気を醸し出していた。


 というか、どうして俺のことを知っているんだ?俺は今までこの子に会ったことがなかったはずだが……。


「はい、いつも沙耶さんに———」


「———わーわーわー!耀ちゃん、ちょっと静かにしていてね!」


「沙耶さんの方がうるさいような気がするのですが……」


 はい、理解しました。


 沙耶は琴寄さんに詰め寄り、大きな声を出して発言を遮っていたが、大体のことはわかったよ。


 沙耶がまさか俺のことを外で話しているなんて、すんごい嬉しいな!なんだが心が温まってきたよ!


 あ、いや、でも……もしかしたら愚痴かもしれないし、あんまり喜ばないほうがいいかな……?


「ちょっと耀ちゃん、ペストさんはやめてよ!それじゃあ僕がまるで黒死病みたいじゃん!」


「それが嫌ならそのマスクを脱いでください」


「ヤダ!」


 店長は店長で、自分がペストさんと言われていることが嫌だったのか、沙耶に入れ替わるようにして詰め寄っていた。


 そう呼ばれても仕方がないような外見をしているんだから、もう諦めたらどうだろうか?それか本当にマスクの種類を変えたりとかさ、いろいろ対策とかあると思うんだけどな……。


 しかし、本当に琴寄さんは物おじしないな。結奈みたいに表情筋が死んでいるんじゃないか?


「なぁなぁ、あの人って何歳なんだ?」


「耀ちゃん?う~ん、前に一度聞いたことがあったんだけど、教えてくれなかったんだね~」


 もしかしたら実年齢はもう少し上で、だから表情筋が働いていないのではないかと思い、隣にいた沙耶に耳打ちして聞いた。だが、沙耶も琴寄さんの年齢ははっきりとは認識七ているわけではなかった。


 未桜みたいにただぼーっとしているというわけでもないし、恐らく大人なんだろうな、中身が。


「でも、敬語使っていないのなら、年下なのか?」


「だって可愛いし、それに指摘とかされなかったからいいのかなって」


 沙耶さん、その理屈はおかしいからね?


 相手が何を考えているかわからないんだから、むやみに人を見た目で判断してはいけません!


 もしかしたら傷ついている可能性だってあるんだからね?そこを留意しましょう!


 ……ぐすん。


「でも薬局にいるなら薬剤師なのでは……?」


 これは誰にも聞かれることはなかったが、普通薬局にいるなら薬剤師の免許を持っていなければいけないだろう。


 それなのに中学生が働いているのはおかしなことだった。


 それとも店長が普通に話をしているから、ただのバイトか親戚かもしれないな。


「それより、こちらがいつものものになるね」


「ありがとうございます」


 働いているっていう時点でおかしいと思わなくもないが、薬が沙耶の手に渡ったことにより意識をこちらに戻した。


 どうせ気にしたところで、もうあまり関わることもないことだし、別にいいか。


「それで、こっちが恵里香(えりか)さんのね」


「ありがとうごさいます」


 店長が沙耶に渡した後に、今度は琴寄さんが怜の姉さんに薬を渡した。沙耶と同じくらいの大きさの袋だが、あれはいったい何なんだろうか?


 というか、どうでもいいことだが見た目外国人なのに恵里香っていう日本名なんだな。


「お前の姉ちゃん、体調を崩しているのか?」


「体調っていうか……まぁ、そうかな?」


「どういうことだ?」


 沙耶がもらった薬が何か大体は理解できているのだが、怜の姉さんがもらった薬はいったい何なのかわからなかった。


 あまりそういう話をするのはどうかと思うが、近くには誰もいなかったので耳打ちするくらいの声量で話した。そのため、近くにいない当の本人たちには聞こえずに済んでいる。


 だが、怜が答えたのは少々要領を得ないものだった。言っていることの意図がわからず、聞き返してしまった。


「あれだよ、女の子の日」


「あぁ、なるほど。つまりあれは痛み止めか」

 

「かなり症状がひどいらしいからね」


 答えにくそうに、怜は俺に耳打ちしてくれた。


 確かに、怜が言ったそれは公には言いにくいものだわな。俺らは男で、彼女らは女の子なんだから。


 俺は男だからそういうものの辛さというものは理解できないが、人によっては失神してしまうような痛みを伴う人だっているって聞くし、大変だということは想像に難くない。


 でも、それなら怜が魔法でどうにか緩和させることだってできたんじゃないか?だって、神の使徒だし、それくらいできるんじゃない?


 やってみようとか思わないからわからないけど……。


「それで、そっちは?」


「……これは言っていいことなのかな?」


 今度は怜から、どうして沙耶が薬局に来たのか聞かれたが、俺はそれにすぐに答えることが出来なかった。


 別に話したところで……魔力過多症だという病気にかかっていたと説明したところで、俺も怜も特にこれといった反応を示すことなんてないだろう。


 だが、沙耶からしたらバレたくないことかもしれないし、それに女の秘密を他の男にばらしてしまうのは憚られた。


「わからないなら聞かないでおくけど?」


「そうしてくれると助かる」


 何かを察したのか、これ以上追求しないでくれるそうだった。


 それはありがたいが、俺だけ聞いてこっちが答えないのはフェアじゃないと思ってちょっと罪悪感を感じてしまうな……。


「翔夜さん翔夜さん」


「ん、どうした?」


 少し自責の念に駆られていると、今度は近くまで寄ってきていた琴寄さんに耳打ちされた。


 女の子に耳打ちされるのは沙耶以外には全然なかったので、とても新鮮な感じである。本来であればもっと近づいてほしいと願ってしまっているが、今はそんなことを考えないでいる。


「彼女はいるんですか?」


「いきなりとんでもないこと聞くな……。別にいないよ」


 それはな、沙耶がなんかこっちを暗い笑みで見ているんだよ!


 えっ、ちょっとなんか黒いオーラ出ていない?沙耶がなんか怖く見えるんだけど!?俺何もしていないよね!?俺が女の子とお話ししているのがそんなに気になるの!?手を出さないが心配しているの!?汚すなってこと!?


 大丈夫だよ!俺は沙耶以外にはそれほど……いや全然興味ないから!!ホントホント!だからその黒いオーラを収めてくれないかな!?心臓に悪いんだよ!?


「そうなんですか……」


 そう一言いい残すと、そそくさと去っていった。離れていくと同時に、沙耶から漏れ出ていた黒いオーラのようなものも消えていった。


「いったい何だったんだ?」


 なんだろう、女の子とちょっと会話しただけなのに滅茶苦茶疲れたぞ?普通はこんな心労をせずに話したりできていたはずなのに、どうしてこんなことに……。


「沙耶さん沙耶さん」


「ん、なぁに?」


 俺から離れていった琴寄さんは、次に沙耶のところへ向かっていった。


 琴寄さんは俺にしていたと同じように、周りに聞こえないように耳打ちをしていた。


 そして沙耶も、先程の俺と同じく自分の耳を琴寄さんの近くまで頭を下げていた。


「ちょ、えっ、何言ってるの!?」


「だって見た目に反して堅実そうじゃないですか」


 すると、沙耶は突如として狼狽し、少々赤面してこちらをチラチラ見ながら琴寄さんに物申していた。


 いったい何を話しているんだろうか?


「それに魔法に長けていそうですし、将来は安泰だと思いますよ?」


「きゅ、急にそんなこと言われても……」


 アタフタしていたのが、今度はしおらしくなってしまっていた。


 テンションの上げ下げが激しく、本当に一体何を話しているのか会話内容が気になるな。


「恐らくこれから敵は多くなりますね。なので、早くしたほうがいいですよ?」


「う、うん……」


 何かを決断するかのように、真剣な表情をして沙耶はこちらを見ていた、


 会話の端々から、恐らく俺が何か関係していることは察することは出来るんだけど、その内容が全く分からん。


 聞こえてくるものも、そのほとんどが聞こえていないので、俺が関係してない可能性もあるんだけどな……。


 これは、本人に直接聞く必要がありそうだな。


「沙耶、さっきに何話していたんだ?」


「べ、別に何でもない!」


「お、おう……そうか」


 会話が終わったのか、こちらへとやってきた沙耶に対して開口一番に何を話していたのか聞いた。


 だが、今までにないくらいと言っていいくらいの声量で拒否されてしまったので、これ以上追求することは叶わなかった。


 主に俺のメンタルが持ちそうになくて……。


「なんか、翔夜って……翔夜だよね」


「なんだそれは?馬鹿にしているのか?」


 俺の対応に不満があったのか、怜が俺を小馬鹿にしてきた。


 女性の心がわかっていないとかそういうことを言うんだろ?わかってるよ、それくらい!前世でも何度も言われたことだしな!


 だけどよ、わからないもんはわからないんだよ!しかも女の子とそんなに関わったことのない童貞にはなぁ!


「馬鹿にしているというか……ただ呆れているの」


「翔夜くん……だったよね」


「あ、はい」


 怜が言った直ぐに、なにか気になった様子で怜の姉が俺の名前を確認して、そして俺にとって物笑いの種にするとしか考えられない質問が飛んできた。


「その……君って女の子にモテたりするの?」


「はっはっは!生まれてこの方、そんなことありませんね!」


「……なるほど、ね」


 俺の答えに何かに納得した様子で、顎に手をやって考えだしてしまった。


 しかし、俺の答えでそんなに悩むものなのか?


 この見た目を見れば大体想像することは出来るだろうよ。だって顔がおっかないんだよ?そりゃ女の子も、普通の人だって寄り付かないよ!


 寄ってくるのは精々、警察かあちらの人たちだけだよ、くそったれ!


「怜、彼らって苦労しそうだね……」


「今まさに苦労しているんだけどね、沙耶さんが……」


「あぁ……」


「おいコラ、二人してどうしてそんな可哀想な子を見る目でこっちを見ているんだ?」


 自分立ちだけで何か解決したのか、俺のことを可哀想な子を見る目で見てきた。


 理由はわからないけど、そんな目で見るんじゃないよ!俺が惨めに思えてくるだろうが!


「ねぇねぇ、翔夜ってさ……」


「ん、なんだ?」


 俺が二人に抗議していると、沙耶から裾を掴んで上目遣いでこちらに何かを訴えようとしていた。


 しかし、目の前の『かわいい』のせいで何を訴えようとしているのか判断できなかった。


 あーやばい、心拍数が上がる。これは高血糖のせいかな?


「……やっぱり何でもない!」


「……いったい何なんだ?」


 何かを言おうとしていたが、それでも答えたくなかったのか、離れて店長の元まで行ってしまった。


 そして俺は、上がった心拍数を落ち着かせるように、軽く深呼吸を行った。そのおかげか、段々と落ち着きを取り戻してきた。


 やっぱ俺は沙耶が好きなんだよな~。


「「はぁぁぁ……」」


「おいコラ、そのため息は何なんだ?」


 俺が段々と落ち着きを取り戻してきていると、金髪姉弟が俺を見てため息を吐いてきた。


 なぁ、なんで俺はそんな扱いをされないといけないんだ?俺悪いことしていなよな?


「はぁ、まあいいか。それよりも、用事も済ませたことだし、俺たちは帰ろうか」


「そうだね。それじゃあ、今日はありがとうございました」


「またね~」


「ありがとうございました」


 周りからひどい扱いをされて悲しくなっていたが、流石にそんなに長居するのも悪いとは思っていたので、もう帰るように催促した。


 決して、俺がこれ以上ぞんざいな扱いをされないために帰るんじゃないからな?


「それじゃあ僕たちも帰ろうか」


「うん、それではまた」


「うん、恵里香ちゃんもいつでもおいで~」


「ありがとうございました」


 怜たちも用が済んだので、俺たちと一緒に帰ることにした。


「なんだろう、対極にいる感じがした」


「だからこそいいバランスなんじゃない?」


 店長と琴寄さんを見比べて、そういう感想が出た。


 二人で切り盛りするには大変なことだとは思うが、性格が対極にあるからこそうまく回して行けているのだろうな。


「二人とも、明日は来るよね?」


「そりゃあな」


 今日はゴールデンウイーク最終日なので、残念ながら明日から学校なのだ。


 最後の日にいい思い出が出来たが、それでも学校には行きたくないな。勉強したくない……。


「明日は待ちに待った演習だもんね!」


「……演習?」


「……まさか、忘れていたの?」


「普通に授業かと思ってた……」


 だが俺は、普通に朝から授業があるのだと思っていたから、沙耶が演習を行うと言い出して疑問に思ってしまった。


 確かにゴールデンウィークに入る前に担任がそんなことを言っていた気がする。だから、そのためにいちご狩りに行ったんだもんな。


「「はぁ……」」


「な、何だよ二人して!誰だって忘れることだってあるだろう!」


 俺のことを見て、怜も沙耶もため息を吐いた。


 なんで一日に二回もため息をされなければいけないんだよ!


 というかな、沙耶にため息をされると結構傷つくぜ!?俺今泣きそうだもん!


「明日の演習ってちょっとした魔物狩りのこと?」


「そう、姉さんが頭に思い浮かべているやつでいいと思う」


 俺たちの会話が気になったのか、それとも怜を取られたくないと思ったのか、自然な感じで俺たちの会話に参加してきた。


「……怜、翔夜君って……その、大丈夫なの?」


「実技に関しては大丈夫だと思うよ」


「それは言外に頭が悪いと言いたいのか?」


 結奈もそうなのだが、どうしてみんな俺の頭が悪いって思っているのだろうか?


 別に俺自身は頭が悪いなんて思っていない。寧ろ前世より頭がいいし、勉強に熱心に取り組んでいるから普通だと思うんだ。


 ただ、周りが頭良すぎるんだよ!名門校だから仕方ないけど、俺だって頑張っているんだから、そんなに言わなくてもいいじゃん!


 あとお姉さん、俺にどんな印象を抱いたかは知りませんが、そこまで馬鹿じゃないからね?周りが優秀すぎるだけですからね?


「ただ……」


「ただ?」


 一拍おいて、怜が心配そうな視線を俺に向けてきた。


「辺り一面を更地に変えないかが心配」


「失礼な、俺がいつ更地にしたことがあったよ?」


 いったい何のことを言っているんだ?俺は大地を更地に変えたことなんてないぞ?


 魔法の威力を見誤ってクレーターを作ったり、山を削ったりしたことはあったけど、更地にしたことはないな!


「ん~?いちご狩りをした時のことを忘れたの?」


「カタストロフィ……だっけ?」


「…………不可抗力だよ」


 俺は明後日の方を向いて、過去のことを無かったことにしたかった。


 だって仕方なかったじゃん、再生する生き物にはあれが最適だと思ったんだよ!


 でも、俺は更地にしたわけではないからセーフ!ただ山を削っただけだからな!


 そして沙耶よ、『カタストロフィ』なるものの記憶は忘れてくれ……。


「翔夜、張り切らなくていいからね?」


「というか、魔法使わないでね?」


「俺に死ねと!?」


 確かに神の使徒だから問題ないけどさ、常人が聞いたら耳を疑うようなことだからな?



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