第五十一話 お買い物
あれから結衣を宥める必要があったため、夕食を食べる時間が遅くなってしまった。
とはいっても、誰もそのことを気にしてはいなかったので、何ら問題はないな。未桜が少し拗ねてしまったくらいだろうか……。
一応撫でることが出来なかった理由を、しっかり理解はしているようなのだが、それでも感情は別なようで。
結局寝るときになって撫でることになってしまった……。
別に撫でること自体はいいんだ。しかし、しかしだ!寝るときになると流石に変わってくるだろう!
ついでに一緒に寝るとか言われたときはどうしたものかと思ったよ!もちろん鈴が止めてくれたため、俺の睡眠が阻害されるという事態にはならなかったが。
もしも一緒に寝てしまったら、俺は絶対寝ることが出来ずに朝を迎えることだろうな……。
そんなこんなで、もうすでにゴールデンウィークは最終日。
いちご狩りのせいで心身共に疲労してしまったため、この休日は家でゴロゴロしていた。とはいっても、別にただ寝転がっていたわけではなく、一応勉強したり様々な魔法を練習したりをしていたのだ。
言っておくが、周りに迷惑はかけていないぞ?
そして、最終日である今日も誰からの遊びの誘いもないので、ずっとベッドの上で小説を読んでいた。
べ、別に寂しくなんかないんだからね!?
「……泣きそう」
それでも、やはり誰かから連絡とか来てほしいと思っており、時折スマホを手に取って確認をしている。
当然、誰からの連絡もないのだけどな……。
「はぁ……」
何度目かわからないスマホの確認を終えて、連絡が来ていないことに落胆していると、ドアのノックが聞こえた。
今この家にいるのは家政婦の宮本さんだけなので、恐らく宮本さんが何か俺に用があってやってきたのだろう。家の手伝いだろうか、それとも俺にお使いでも頼もうとしているのだろうか?
まぁ何にしても、俺は転移魔法や飛行魔法を使えるから直ぐに目的地に着くし、それに宮本さんの頼み事なら大体聞くしな。
連絡もないしね……。
「翔夜様、少々よろしいでしょうか?」
「はい、いいですよー」
そう言って、宮本さんは俺の部屋のドアを開けた。
家で雇っている家政婦が相手でも、流石に寝たまま小説を読んでいる格好というのは、些か行儀が悪いというか礼儀がなっていないだろう。そのため、上体を起こして手に持っていた小説を閉じて近くへと置いて宮本さんの入室を待った。
だがしかし、一向に宮本さんが入ってくる様子はない。ただ入り口で待っているだけであった。
いったいどうしたのだろうか?なにか用があるんじゃないのか?
「翔夜~、来ちゃった~」
「さ、沙耶!?」
宮本さんしかいないと思っていたら、なんと沙耶が突如やってきた。
部屋を片付けたり身だしなみを整えたりしていない状態なのに、どうして来てしまったんだ!
いや、来てくれたことは嬉しい。途轍もなく嬉しい。しかし、どうして急に来てしまったんだ!俺にも下準備というものがあるんだ!変な状態で片付いていない部屋を沙耶にさらしてしまっているんだぞ!?
別に汚いとか変な格好をしているというわけじゃないけどさ、それでも好きな人が家に来るんだからちゃんと整えてから部屋に入れたいじゃん?
「どう、びっくりした?」
「びっくりしたよ……。まさか沙耶が来ていたなんてな」
常日頃から、生体感知魔法を発動していればこういう状態になることはなかったのだろうな。
生体感知魔法というのは、常に発動しているようなものじゃないんだ。まりょくを常に放出するわけだし、そもそもの発動する魔力量が多いから俺でもずっとやっていると疲れる。
そのため、俺はどこかの長身貧乳ゴリラと違って、常に生体感知魔法を展開しているなんてことはしていない。それに、誰かが俺のことろに来るなんて思っていなかったし……。
だから、沙耶が俺の家に来ているということがわからなかったんだよ。
あれ、なんか悪寒が……。
「一緒に買い物に付き合ってほしいんだけど、いいかな?」
「もちろんいいぞ!」
「よかった。もしかしたら忙しくて断られるんじゃないかって思っていたんだ」
「俺が沙耶のお願いを断るわけないだろ」
沙耶は申し訳なさそうに、しかし俺が承諾してくれることを願っているような、そのような表情で尋ねてきた。
そんな顔をされては、俺は断ることなんて出来ないな。というよりも、沙耶からのお願いは何があろうとも断るようなことなんてないだろうがな!
まぁどうせ今は暇だったし、それに沙耶との初めての買い物とか楽しみすぎるんだけど。
しかもなんか、いちご狩りの時よりめっちゃおしゃれしていない?……気のせいかな?服装とか全然詳しくはないんだけど、どこかのファッション誌で見たような気がする。
因みに何でファッション誌なんてものを俺が見たのかというと、宮本さんが休憩中に読んでいたものを盗み見したためである。
盗み見たことがバレてちょっと怒られたけどね……。
「それじゃあ、今からちょっと準備するから待ってて」
「うん、わかった」
そう言って沙耶は、嬉しそうにしながら宮本さんと共に部屋を出ていった。
今すぐにでも出かけることは出来る。大体のものはインベントリに入れているからな。しかし、やはり沙耶と出かけるのだから、鏡で自身の身だしなみを整えたりオシャレに気を使ったりと、いろいろしたほうがいいだろう。
だって、二人で買い物とか……デートっぽいじゃん!
「そういえば、俺今までオシャレなんてしたことなかったから、どういう格好で行けばいいんだろう……」
沙耶を待たせてあるというのもあって、俺はちょっと悩んだ挙句、いつも通りに何も着飾っていないラフな格好を選んだ。
こういう時に、もう少しそういう方面について勉強しておけばよかったって後悔するよなぁ……。
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前世では、ケガや病気をしたら病院に行って治療をしてもらうのが普通であった。しかし、この世界では魔法というものが存在するので、その魔法関連の病気やケガなどの専門の医療施設があるそうなのだ。
魔力に関わる病気も多く存在し、例えばその中に『魔力過多症』というものがある。これはその名の通り、自身が生成する魔力量が許容範囲を超えてしまう病気だ。
魔力というものは、自身の中で常に生成され続けている。しかし、魔力を使わなければ限界に達して生成をストップするのだ。
しかし『魔力過多症』というのは、そのストップするために必要なものが存在せず、常に魔力を生成してしまう病気なのだ。
症状としては、初期症状として発熱・嘔吐・関節痛・頭痛などがあげられ、重症化してくると、吐血・意識混濁・心肺停止などが起こり、最終的には死に至ってしまう。
どうして今こんな説明を行うのかというと、なんと沙耶はそれに患っていたそうだ。
本人に直接ではなく、両親から聞いた話なのだ。本人は俺には話したくないだろうということと、俺はこのことについて知っておくべきだと両親が判断したためだ。
聞く限りだと、何と俺がその魔力過多症を治したというのだ。正確には、吐血してしまっていた沙耶に対しての手術のため、血液が必要だった沙耶に俺が血液を輸血しただけなのだがな。
しかしそれが原因かどうかは知らないが、途端に治ったからそう言っているのだそうだ。これは恐らく、俺が神の使徒であるから治ったのだと思う。
たまたま、沙耶と俺の血液型は共にAB型であった。輸血するための血液が足らないという状態であったため、記憶のなくなる以前の俺が血液提供をしたそうだ。
それと、この話を知っているのは俺と俺の両親と、沙耶の両親と、一部の医療関係者しか知らないのだそうだ。
つまり、沙耶は俺の血液を輸血したことを知らないのだ。
「どうしてなんだろう……」
「ん、なにが?」
「いや、なんでもない」
つい、思っていたことを口にしてしまった。このことはみんな沙耶には秘密にしているから、俺も沙耶には隠しておかないとな。
独り言には気を付けよう……。
「それより、俺ショッピングモールに行くの初めてなんだけど、まずどこから行くんだ?」
準備を終えた俺は、待ってくれていた沙耶と共にショッピングモールへとやってきた。時間はまだ十時前だろうか。
それでも館内はとても賑わっており、様々な人たちが行き来していた。ゴールデンウィーク最終日ということもあってか、俺がこの世界へと来て一番目に来るくらいに喧騒に包まれている。
「前に何度も行ったことあったんだけどね……」
「なに?」
「なんでもない!えっと、まずは服から買いに行こうかな!」
かなりの喧騒に包まれていたせいか、沙耶が発した言葉を耳にすることが出来なかった。神の使徒は聴覚も強化されているが、それが今回は仇となってしまった。
本人は話を逸らそうとしているのか、俺の手を引いて奥へと進んで行った。
女の子の手って、めっちゃ柔らかいな。
いかんいかん、顔がにやけてしまう……。引き締めておかないと、だらしない顔を晒してしまいそうだ。気を張っていこう。
「おいおい、急に行くんじゃんねぇよ」
それから俺たちは、館内のいろんなところを練り歩いた。
最初は服をお互いに選んだりして!お昼になったらショッピングモール内にある飲食店でお互いに『あ~ん』しあって!!そしてお互いにプレゼントを買ったりして!!!
もう、最高としか言いようがなかった……!
この世界に来て、こういう人が大勢集まるような場所に行くようなことがなかったので、かなり新鮮な気分だった。前世でも買い物をするときは大抵一人であったから、誰かと買い物をするというのは楽しいものだな。しかも女子であり、尚且つ俺の好きな人である沙耶と!
これはあれだ、俺もうすぐ死ぬんだ。
だってすんごい楽しかったんだもんよ!誰だって同じ状況になったら、絶対こう思うって!
俺の命日はもう直ぐなのだろうか?……いや、まだあのクソ女神になにも仕返しをしていないから、まだ死ねないな。
「ショッピングモールでの買い物、楽しかったね!」
「おう、そうだな。見たことのないものとか見れたし」
楽しい時間というものは、意外とすぐに過ぎてしまうものである。恨めしいものであるが、仕方がないのだ。
午後四時となってしまったので、明日の準備とかその他諸々あるため、早めに切り上げたのだ。
前世大学生である俺からしたら結構物足りない気がするが、沙耶に嫌われたくはないので沙耶の言うことに従おう。
確かに仕方がないが、俺たちはまだ高校生である。また来ればいいもんな!
「それに、沙耶と一緒に買い物したりしていたから、結構充実していたよ。ありがとう!」
「そ、そう……。こちらこそ、付き合ってくれてありがとう……」
自分で言ってて少し恥ずかしい気もするが、こんなことを言ってしまうほどに俺は楽しくて興奮が冷めていないのである。
沙耶は俯いてしまって表情が見えないが、この恥ずかしいセリフを聞いて笑ってしまっているのだろうか……。自分でもこう思ってしまうのだ。沙耶だって笑ってしまうのだろう。
沙耶は優しいから俺にわからないようにしているようだが、その優しさが俺にはつらいな……。
「あ、そうだ翔夜。ショッピングモールでの買い物は終わったけど、この後も付き合ってくれる?」
今、ふと思い出したかのように、沙耶は顔を上げて俺に尋ねてきた。
この後普通に帰っても、どうせ小説を読んでいるだけだろうし、別に構わなかった。それに、どうせなら沙耶と長く一緒に居たいしな。
あぁ、恋する乙女の気持ちがちょっと理解出来た気がする……。
「薬局に行くんだろ。俺は最後まで付き合うよ」
「ありがとう」
沙耶は嬉しそうに、はにかんでいた。




