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20 水族館

先生が連れてってくれたのは水族館だった。

サラサラとした裾がお気に入りの、水色のワンピースを出して、いつもは汚れるのが怖くて着ない真っ白なカーディガンを合わせた。あ、ネックレスもしよう。


朝からウキウキしていたのか、幼稚園に行く千沙に「ママ、げんきになってよかった!」って言われた。

千沙とは一緒にお風呂に入るので、胸元からお腹のあたりまで何かの病気のように付けられたキスマークを隠せなくて困った。

手で押さえつけられて腰のあたり、内出血して青アザになってるし。


悩んだ末に「ママ、階段から落ちていっぱい怪我しちゃった」ってごまかした。

そしたら「だいじょうぶ? ママ、いたいいたいの、とんでけー!」って大泣きされてしまった。


ああごめんね。痛くないから大丈夫なのよ。鏡で自分の肌を見るとぞわっと背筋が震えるけど。

娘に、あのヒトに無理矢理された時のものだなんて言えるわけがない。

千沙にとっては良いパパのままでいて欲しい、とも思う。



千沙は賢い子だ。親バカでそう言ってるんじゃなくて。

優しくて、思いやりがあって、人の気持ちの変化にすごく敏感で。

同世代の子どもに比べて、精神的に大人びていると思う。

母親である私が不安定だから、それを支えるために気付かないうちに成長したのかな。それはちょっと複雑・・。





「のんちゃん、着きましたよ。起きてください」

先生の声にハッと跳ね起きた。目の前には、驚いた先生の顔。

「あ、ご、ごめんなさい」また先生の前で寝てしまった。

「いえ。そんなに慌てて起きなくても大丈夫ですよ」

先生の手が私の髪を梳くように撫でる。

「さあ、行きましょう、のんちゃん」


とても大きな水族館だ。入り口にはクラゲコーナーがあって、いきなり幻想的な不思議な空間に包まれた。

「この水族館はクラゲがイチオシみたいですね。真ん中にもまたクラゲがいるそうです」

「あ。先生、あっちにマナティがいる」

水族館なんてもう長いこと行ってなくて本当に久しぶりだった。

きれいだなあ。

あ、こっち見てる。カワイイ。

おもしろい顔。わあ、すごい・・・


私は、あっちの水槽、こっちの水槽、と目についた方にふらふら歩いている。

先生はそんな私に着いて来て、相槌をうったり詳しい解説をしたりしてくれる。

目が合うとにっこり笑ってくれるから、つい魚と先生を交互に見てしまう。


一通り水槽を回って、とびきり大きな水槽のクラゲコーナーのところでしばらくぼんやりと眺めて、熱帯魚コーナーでは先生の家のネオンテトラと似たような魚も見た。

お昼にはフードコートでハンバーガーを食べて、昼からはイルカのショーを見た。

水族館っていいなあ。ほんと、癒される。




お土産コーナーで、千沙にイルカのぬいぐるみを買おうと思って大きさで悩んでいると、先生が大きい方をするりと私の手から取った。


「僕からプレゼントさせてください。仲良くなりたいですし。のんちゃんは、何か欲しい物、ないですか?」


そう聞いてくれるけど、欲しい物なんて思いつかない。考えてみると、お土産は友達に買うばっかりで自分の物を買うとかなかったかも。

困っていると、先生は私の背中をそっと押した。

「何もないなら文房具を買いましょう」

そう言って先生は「これなんかどうです?」と可愛いイルカの付いたボールペンを二本手に取る。


「あ。待合室に置く物なら、皆さんにも見てもらえますね」


ガラスで出来たイルカの置物や丸いスノードームを見ている先生の背中を見て、なんだか無性に泣きたくなった。

先生は、かけてくれる言葉も、私に触れる手も、全部、やさしい。



昔、千沙が赤ちゃんだった頃、一度だけ家族三人で行った旅行でも同じようなことがあった。

一緒にお土産を見てて「何か欲しい物ある?」って聞かれて。色々見たけど、私はあまり欲しい物がなくて困っていたら、あのヒトは呆れた顔でこう言った。


「なんだよ。あんなに見てたのに買わないのかよ。時間の無駄だったな」って。


何気ない一言だったかもしれないけど、私は酷く傷ついた。

あのヒトは度々そうやって、私に呆れたり文句を言った。

今思うと、その頃から、私は比べられていたんだろう。アイツはこうなのに、どうしてオマエはそうなんだっていう不満だったんだ。

私は自分の言動の何がいけないのかよく分からなくて、あのヒトの前ではいつも気を張っていた。



もっと早く、結論を出していたらよかったんだろう。

浮気してるって確信した時に何かした行動してたら・・・

もっと前。私から心が離れているって感じた頃、別れを切り出していたら・・


それを言うなら、結婚なんかするんじゃなかったってことになっちゃう。

ああ、ダメ。そしたら千沙に会えないじゃない。

あのヒトは嫌だけど、千沙は私の命よりも大事なんだから。

千沙がいないなんて考えられない。


・・・まあ、何を思ったってもう今更だけど。





「のんちゃん? どれがいいと思いますか?」

ぼーっと物思いにふけっていた私は、先生の声にはっとした。

先生が指を差しているのはいくつものガラスの置物。私は笑顔を作って先生の隣に立った。

「そうだなあ。あの出窓は日当たりがいいから、これとかこれはキラキラ光ってすごくキレイかな。あ、こっちもいいな。うーん・・」

その後、先生とあれこれ悩んで、青のグラデーションが綺麗なガラスのイルカの置物に決めた。



水族館を出て車まで駐車場を歩いて行く。ぬいぐるみが大きいから、先生は両手で荷物を抱えている。

先生に私も持つよと言っても「これは嬉しい買い物だから持っていたいんです」

と言って持たせてもらえなかった。

先生は嬉しそうに笑う。


「のんちゃん、このまま娘さんも一緒に夕飯を一緒に食べに行きましょう」

「う、うん・・。いいの? 先生は」

「もちろんです」

先生は意外とグイグイ押してくる。

「どこのお店にしましょうか。娘さんは何が好きですか?」

先生によって、どんどん話は進められていった。


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