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第5話 妄想と現実

 ギーコ! ギーコ!


 現在俺はアンバーさんの納屋で、長さ10mくらいで、断面の太さが縦横たてよこ1mくらいの大きな柱のような角材を、厚さ10cm、幅1m、長さ10mの板状に切り出す作業をしている。

 結構大きい角材だと思うのだが……この程度の大きさは、アンバーさんたちには普通らしい。


 それよりも……

 この角材を軽々持ち上げてしまうアンバーさんが、スゴイ! 実にパワフル!

 ファンタジーの片鱗が見えたよ。


 そういえば、異世界ここに来てから未だにファンタジーらしいものに遭遇していない。

 なんというか……前世と大して変わらない。

 俺の見てない所でファンタジー現象が起きてるだけ……なのだろうか?

 ボーっと考え事をしていると、上の方から声が聞こえる。


「おい黒髪! ボーっとしてるんじゃねーよ! 手動かせ! 手っ!」

「……あ、ああ。悪い」


 イカンイカン! 余計なことばかり考えて手が止まっていた。

 声を掛けてきたのはガルアだ。

 ガルアは、上の足場から器用そうにノコギリの反対側を操作する。

 両刃のノコギリというのかな? どっちから引いても切れるノコギリだ。

 さっと頭を切り替え、手に力を込める。


「いくぞ!」

「おう!」


 掛け声とともに、リズミカルにノコギリを動かす。



 ◇



「ふぅ……。やっと昼だな」


 昨日から作業しているのだが……やっといくつか大きな板が出来ただけだ。

 残りは半分ほど残っているが……今日中に終わるのか怪しい。


「それにしても……お前スゴイな? 毎日こんな作業とか考えられないよ」

「さすがに……んんっ! 毎日こんなのはねーわ。いつもは木の移動やら、風通しのために入口や窓の開け閉め程度だな。あとはメーフィスやラミエールと木登りばかりしてたからな」


 ガルアは背伸びをしながら答えた。

 そういえば……

 あまり話さなかったとはいえ、ずっと一緒に遊んでたんだよなぁ……。


「あ~お腹すいた~!」

「そうだな」


 俺たちは納屋近くの草むらに寝転がり、昼食が出来るのを待つ。




 遠くから声が聞こえる。


「おにいちゃーーん! ゴハンだよー!」


 おお! さすが我いもう……何か変だな?

 大きなかごを抱えたミイティアが、ひょこひょこ変な足取りで――危ない!

 バランスを崩し、こけそうになったミイティアにすばやく掛け寄り、彼女と籠を支える。

 随分アンバランスな動きだった。籠が重かっただけだろうか?


「ミイティアありがとう。転んだりしてない?」

「うんん」


 ミイティアは顔を横に振る。だが、目が泳いでいる。

 よく見ると、手のひらとひざに擦り傷がある。

 はぁ……まったくこの子は。


「ガルア弁当だ! 持ってくれ!」

「おうよ!」


 ミイティアをやさしく抱えあげ、ゆっくり歩き出す。

 ミイティアは首元のシャツを掴み、肩口に顔を埋めるように小さくなっている。

 どうしたのだろう?

 怪我を黙ってたのがバレて悔しいのかな? まさか高い所が怖いとか?

 理由を考えつつ、ミイティアを抱えたままガルアの家にお邪魔する。


「すみません。奥さん」

「はーい。マサユキどうしたの?」

「ミイティアが怪我をしてるみたいなんです。手当がしたいので道具を貸してもらえますか?」

「……あらやだ、ホントだわ! ミイティアちゃん待っててね」


 そう言うと、奥さんは棚に向かう。

 ゆっくりミイティアを椅子に座らせ、靴を脱がせる。

 そして、改めて傷の具合を確認する。


 捻挫はしてないようだ。

 傷は手と膝を軽く擦り剥いた程度で、他には見当たらない。


 奥さんが救急箱を持ってきてくれた。

 中にはいくつか小さな木の入れ物と、布切れなどが入っている。


「奥さん。傷薬ってどれですか?」

「えーっと……コレね! 薬草をすり潰した薬よ。傷によく効くの」

「ありがとうございます。お白湯さゆなんてありませんか? もしくは、汲み立ての新鮮な水でも構いません」

「ええっと、お水は……」


 オロオロする奥さんを見て、ガルアが動く。


「マサユキ! 川から水を汲んでくればいいか?」

「ああ。頼めるか?」

「任せろ!」


 ガルアは桶を持って駆け出していく。

 やっぱ……アイツいい奴だよなぁ。男気あふれるいい奴だ。


「マサユキ。はい、お酒よ」


 奥さんは陶器の酒瓶を差し出してくる。


「いえ。お酒は使いません。お酒を使った消毒をすると、傷の治りが遅くなります」

「へぇ……そうなの?」

「水を沸騰させて雑菌を殺した水が一番効果があります。

 小川から汲んできた綺麗な水でも十分効果があります。

 大切なのは傷口を丁寧に洗い流して、適度な湿りけを持たせることです。

 傷薬がなくても大抵の小さな傷はこれだけで治りますよ」

「へぇぇ……。マサユキは物知りね?」

「お酒は――」


 話の途中で、ガルアが勢いよく家に飛び込んで来た。

 ゼェゼェと荒い息をしている。


「おまたせよぉ」

「さすがガルアだ! 早かったね?」

「そりゃあ……ミイティアのためだ!」


 ガルアは恥ずかしながらも、得意げに桶を前に突き出す。

 ミイティアはいい友達を持ってるなぁ。

 俺なんてガルアとは……どうなんだ? 友達なのか? ライバルと言うべきか?

 あー止め止め! 今は手当てが先だ!

 まぁ……手当と言っても、簡単なんだけどね。


 自分の着ていたシャツを脱ぎ、ミイティアの膝元に掛ける。

 俺の姿を見てなのか? ミイティアの顔がちょっと赤い。

 家族なんだから気にしないでほしい。

 それにスカートの下が見えたら、もっと顔が赤くなるだろうしね。

 綺麗とは言えないが、可能な限りの配慮だ。

 分かってくれたまえ。我妹よ。


 ガルアが汲んできた水をコップに汲み取り、丹念に傷口を水で洗う。

 傷口を触られたミイティアは、時折痛そうな顔をする。


「少しの辛抱だ。すぐ終わるから、我慢、我慢!」

「う、うん」


 綺麗に洗い終えたら、布切れを水に浸し、よく絞ってから濡れた手足をぬぐう。

 傷薬を小指で軽く取り、傷口に塗りつける。

 傷口を覆うように緩めに布切れを巻きつける。


「はい、終わり!」

「あら? 随分手際がいいのね」

「奥さん。ガルア。ありがとうございました。ミイティアもお礼を言うんだよ」

「……ありがとう」


 ミイティアは若干赤い顔をしながら、小さな声でお礼を言った。

 ガルアは照れているけど嬉しそうだ。


「なーんてことないわよ! それより手当の仕方教えてもらえる?」


 俺は治療方法と、さっき言い掛けた続きを奥さんに伝えた。


「なるほどねぇ……。傷口を洗い流すだけでそんなに効果があったのね。小さな傷はお水で洗うだけで、深い傷も最初の消毒だけでいいってことね?」

「はい。結構勘違いされている人が多いのですが、傷は薬で治るのではなくて自然治癒なんですよ。……まぁガルアなら、唾付けとけば大丈夫ですよ」

「おいコラ!」


 家中に笑い声が響き渡る。



 ◇



 お昼はミイティアが持って来たお弁当と、奥さんが作ってくれたスープをご馳走になった。

 ミイティアが持って来たお弁当は、パンにいくつか具を挟んだサンドイッチだ。

 中にはちょっと形が崩れている物もあるが、中身は同じ。

 一口食べるごとに、おいしさが口の中に広がる。


「うん! うまい!」


 奥さんが作ってくれたスープは野菜たっぷりのポトフ風だが、これも格別だ!

 それにしても……量が多い。

 アンバーさんとガルアは、バクバクとすごい勢いで食べている……。

 やっぱ、パワフルでタフネスな一家なだけあるな!

 食事が終わったら、ひとまずミイティアを家に連れて帰ることにしよう。


「アンバーさん。仕事の途中ですが、ミイティアを一度家に送って行こうと思います」

「ああ構わないよ。今やってる作業は大体終わったし、マサユキとガルアのおかげで大分作業が進んだしね。あとは残りの木の切り出しと、数日間木を乾かせる工程くらいかな」

「手間の掛かる作業ですよね?」

「仕方ないさ。木をしっかり乾燥させないとひび割れの原因になるし、細かい細工をするにも不便なんだよ。最高の木材を使って最高の仕事をするのは、やっぱり職人の醍醐味だよねぇ……」


 いつも通り延々と話し出す。

 それをガルアが話を切る。


「父ちゃん、話なげーよ!」

「すまんすまん」

「俺は色々な話を聞けて面白いんですけどね」

「そうか! 今度作る予定のクローゼットの話をしてあげるよ。えーっとだな――」

「父ちゃん!」


 終始こんな調子である。

 現世では、ここまでフレンドリーにご近所付き合いをしてこなかった。

 だからかもしれないが……とても新鮮だ。


 この世界は思っているより過酷だ。

 スーパーに行けば何でも買える。なんてのは、ここでは皆無だ!


 ここでは何事も力を合わせていかないと、乗り越えて行けない。

 俺はたまたま巡り合わせが良かっただけだろう。

 油断はしたくないが……きっと世界には、目をそむけたくなるような現実がたくさんある。そんな予感がする……。




 食事が終わると、ミイティアを背中に背負う。


「マサユキ。作業がひと段落したら工房に行こうと思う。そろそろ注文した品が出来てるはずだよ」

「分かりました。すぐに戻りますね」

「いやいいよ。別に明日でもいいし、急ぐことはないよ」

「はい。……じゃあ、またあとで」


 家に向かって歩き出した。

 背中では、お腹一杯になって眠くなったのか、ミイティアの小さな寝息が聞こえる。

 服を借りておいて良かった。

 汗臭い上に湿ってたら、ミイティアも嫌だっただろう。

 背中に小さな温かさを感じながら、ミイティアを起こさないようにゆっくりと家に歩いていく。



 ◇



「(リーアさん。ただいまぁ)」


 玄関から、奥にいたリーアさんに小声で声を掛ける。


「おかえり。今日は早いのね?」


 リーアさんはいつも通りの音量の返事だ。


「(リーアさん。ミイティアが起きちゃいますよ)」

「あら? (どうかしたの?)」

「(ミイティアが来る途中で転んで怪我をしてました。手当はしてあります。お昼を食べた後、連れて帰ってきました)」


 リーアさんはミイティアを覗き込む。


「(分かったわ。あとは任せておきなさい)」

「(はい。お願いします)」


 ミイティアを部屋まで運び、ベットに寝かせる。

 ミイティアは気持ち良さそうに寝ている。


 俺の汚れたシャツを掴んで離さないが……まぁいいや。

 俺は再びアンバーさんの家に向かって走り出した。



 ◇



「おう、早かったな!」


 作業場の中から声が聞こえた。

 ガルアは大きな板を持ちながらニヤニヤしている。


「お前、何ヘバってんだ? たったアレくらいの距離で疲れた顔しやがって」


 アレくらいって……結構遠いぞ?


「ガ、ガルアみたいにタフじゃないんでね」


 ガルアはヤレヤレって顔をしたあと、板を別の納屋に運んでいく。


 何で平然とあんなデカイ板を持てるんだ?

 やっぱ……タフネスガイ。


 納屋の中ではアンバーさんが作業をしていた。

 俺に気づいたらしい。


「マサユキ、これ見てくれないか?」


 長方形の木の板を手渡される。

 カンナの木製部分のようだ。

 注意深く観察する。


「さすがアンバーさん! これはスゴイですね! 見た目は普通の木なのに、とても固い。すこし重いですけど、表面がツルツルしてますね。それに……」


 板を目の高さまで持っていき、目を凝らすように観察する。


「真っ直ぐで平らに仕上がってますね! これはうまく行きそうです!」

「おお! 分かるかい? これはストーンウッドっていう硬質の木なんだ。

 加工は大変なんだけど、木目に影響されずに真っ直ぐに加工ができるんだ。

 大きさは私が使いやすいサイズにはしているが、丁度いい重さで木にピッタリ来る感じがいいね。

 表面には薄く保護薬を使ってるから、スベスベして気持ち――」


 入口から声が聞こえる。


「父ちゃん!」

「あっ! ……ああ。すまん」


 ガルアがタイミングよく話を止めてくれるのはありがたいが……俺は目を輝かせて語るアンバーさんが好きだ。

 奥さんもこういうところが好きなのかもしれない。

 いつかガルアも……こんな風に一生懸命に何かを語る日が来るのだろうか?


「それじゃ。行こうか」

「あれ? 作業って途中じゃないんですか?」

「いんや。大体終わったよ」


 はぃい?


「終わったって……あの残りをですか?」

「私は職人だよ?」


 ニコニコと得意げな顔をするアンバーさん。

 俺とガルアがあんなに苦労したのに……。

 あの時間はなんだったのだろう……。

 また見えないところでファンタジー現象発生か?

 まぁいい! 頭を切り替えよう!


「お願いしていた台座は出来ていますか?」

「そこにあるよ」


 三角形の台座が2つ並んでいる。

 小さな脚立と言うべきだろうか?

 木組みでしっかり組み上げられた台座だ。

 立て付けも完璧だ! さすが職人!


「現場で木の調整をすると思うのでその道具と、カンナ掛け用の木材を1本持っていきましょうか」

「分かった」

「ガルア。2人で台座を運ぼうか」

「おうよ」


 準備をし、工房へ向かう。



 ◇



 工房は……やはり城塞とも呼べる重厚な建物だ。

 昨日見たように、煙突からはモクモクと煙が立ち昇っている。


「アンバーさん。ここに設置しましょう」

「うむ」


 設置と言っても、単に並べる程度である。

 ふとガルアを見ると、工房をマジマジと眺めている。


「ガルア? どうかした?」

「あー……。俺、工房に入るのは初めてなんだ」

「工房は子供が入ってはいけない規則なんだよ」

「あれ? 俺昨日入って行きましたよ?」

「ああ、あれは。依頼しに来てたし、私もカンナのことを知らなかったしね」


 工房の中から、ビッケルさんが駆け寄ってくる。


「やあアンバーさん。マサユキ。それにガルア。いらっしゃいませ。ご注文の品は出来上がりましたよ。どうぞ奥へ」


 工房の休憩室へと移動する。

 ガルアは移動中ずっとキョロキョロしている。

 俺も昨日はあんな感じだったのだろう……。



 ◇



「アンバーさん。こちらがご注文の品です」


 そこには大きさや形が微妙に違う、黒く四角い刃が10個くらいあった。

 俺は大小2個だけ注文したはずなのだが……。


「あの……ビッケルさん? こんなに注文してませんけど?」

「ああ。親方が気を利かせて、大きさや厚さが違うの物と、刃の形状を微妙に変えた物を作ってくれてね」


 親方さん……頑張り過ぎ。

 俺はそのうちの一つを手に取り、じっくり観察する。


 直線的で綺麗な形だ。

 固さ、厚さも申し分ないだろう。

 かなめとなる刃の部分は……スゴイ! 日本刀のように繊細で歪一つない!


「アンバーさん! この刃すごいですよ! とても良いカンナができる気がします!」

「ほお? マサユキが言うなら間違いないだろうね。さっそく取り付けてみようか」


 ビッケルさんが壁に立て掛けてあった厚い板を持ってきて、テーブルに置いてくれた。

 作業用の板なのだろう。

 アンバーさんは工具を取り出し、金具の取り付けを始める。


 寸法を正確に指示してなかったこともあり、板にうまくハマらないようだ。

 でも、そこは職人!

 小さなノミを取り出し、木を削って細かく調整をしていく。

 金具をギュっと押し込み、木槌を使って丁寧に埋め込んでいく。

 最後に刃と止め具を詰め込んで、完成だ!


 刃の調整方法をアンバーさんに教え、最後の微調整に入る。

 手探りの作業ではあるが、アンバーさんの目は職人の目だ。

 

 調整が終わると、俺に鉋を手渡そうとしてくる。


「アンバーさん。実際使ってみましょう」

「そうだね」


 アンバーさんは、新しいおもちゃを買って貰ったような嬉しそうな顔をしている。

 木材の置いてある工房の外に向かう。



 ◇



 かんな掛けの準備をしていると、中から親方さんが出てきた。


「おう坊主! どんな具合だ?」


 すごい大声で呼び掛けられた。

 俺もまだ慣れてないが、ガルアはその声に怯んでいる。

 彼のこんな顔はめったに見られないだろう。


「いえ、これから試してみるところです」


 アンバーさんはかんなを手に持ち、作業台の木材を見詰める。

 緊張の一瞬である。


「ズズッ、ガッ!」


 大きな音を立て、うまく鉋が動かない。


「もっと薄く刃を出すように調整してみてください」


 アンバーさんは無言で返事をし、再び調整する。

 調整が終わり、2回目の挑戦。


「スーーーッ」


 心地良い音とともに、木が鰹節のように空中を舞う。


「オオーーーーー!」


 後ろから大きな歓声が上がった。

 どうやら興味を持った工房員たちが集まっていたようだ。

 アンバーさんは何度もかんなを掛ける。


「スーーーーーッ。スーーーーーッ」

「オオーーーー! オオーーーー!」


 薄い切りくずが空中を舞うたびに歓声が上がる。

 アンバーさんもすごい喜びようだ。

 もう完全に遊びに入っている気がする……。


「アンバーさん。カンナを極めるともっと薄くなりますよ」

「うほおおおおお! スゴイよマサユキ! まるで雪のように舞い上がるよ!」


 俺の声は聞こえてないらしい……。

 親方さんが俺の頭をゴリゴリと撫で、デカイ顔を寄せて、


「さすがワシが見込んだだけのことはある。よくやった! ガッハッハッハッハ!」


 親方さんも嬉しそうだ。

 親方さんは振り返り、大声を張りあげる!


「今日は宴だ!! お前ら飲むぞー!!」


 掛け声とともに、周りの男たちが雄叫びを上げている。


 おいおい、まだ……昼間だぞ?

 そんな軽いツッコミを入れつつ、昔のことを思い出す。

 俺もマスターアップの時はこんな感じだったなぁ……と。


 そして、真昼間だというのにドンチャン騒ぎが始まった……



 ◇



 まだ夕方である……。

 そう! まだ夕方なのである!


 昼間から始めたドンチャン騒ぎは留まることを知らない。

 工房員同士で樽酒の飲み比べをやったり、アンバーさんがかんなや木の演説をしてたり、その横では目が虚ろなガルアがいたり?


 アイツ……酒を飲んだのか?


 親方さんは終始笑いっぱなしだ。

 ドンチャン騒ぎを聞きつけた人が、近くの山で獲った猪をその場で一頭丸焼にしたり、なんやかんやで休憩所はものすごい人数だ。


 親方さんが絡んでくる。

 息が酒臭いっ!


「おう坊主! 飲んでるかぁ? (グビグビグビ!) ……ぶはあああ! ひっく!」

「俺はまだ子供ですよ?」

「固いこと言うんじゃねえよ! ほれ、飲め飲め! ウイイイ!」

「成長期だと思うし、12歳の子供に飲ませないでください!」

「12歳? まっさかなー? おめえほど物腰がしっかりして(ひっく)よお。イカツイワシら相手でも怖気おじけづかないヤ(ひっく)ツア、ガキなわけねえだろおがああ!」


 親方さん飲み過ぎだ……。

 親方さんが酒樽のおかわりを大声で叫んでいる。

 だ、大丈夫なのか?

 ビッケルさんが大きな酒樽を持ってくる。


「親方! お待たせしました!」

「おう!」


 豪快に酒樽にコップを突っ込み、直接酒を注ぐ。

 とんでもない酒豪だ。

 ひと段落したのか、ビッケルさんも席に着く。


「ビッケルさん、お疲れ様です」

「あーいやいや。こんなことしょっちゅうだよ」

「昼間から動きっぱなしの割には……余裕そうですよね?」

「そうだねぇ。普段は親方や職人連中の使う資材運搬やら伝票整理ばっかりで、こういった宴会の雑用の方が仕事してる気がするよ」

「ビッケル! やっぱりオメエ、サボってたな? 鍛え直してやる!!」

「お、親方~。勘弁してくださいよ~」


 周りからはドッと笑いが上がり、普段の鬱憤晴うっぷんばらしのような野次やじが飛んでくる。

 ビッケルさんは野次やじをなんとか受け流そうと必死そうだ。


「そ、そうだ! マサユキ! ダエルさんから聞いたけどイシバイが欲しいそうだね? なんでも石鹸を作るらしいけど? イシバイなんかで石鹸なんて作れるのかい?」

「ええ。理論は分かってるんですが……実際作れるかは分からないです。なので、実験です」

「実験ねぇ……。台詞だけは錬金術師っぽいね」


 気になっていた疑問をビッケルさんに聞いてみる。


「石鹸は高価だと聞きますけど、どうしてなんでしょうか?」

「んーっと、製法を錬金術師が独占してる上、作れる人が限られてるらしいんだ。だから石鹸は高価なんだよねぇ。でも作れるとなったら、お金儲けできてウハウハだよね!」

「そうですね。今回作ってもらったカンナの代金とか、アンバーさんに依頼している湯船の代金に回せればいいかなぁ程度には思っています」

「そうそう湯船! アンバーさんからも聞いたけど、小舟並の大きさらしいね?」

「なかなか無い物らしいですからね。近所の人を呼んだりするかもしれませんし、大きめに作るんですよ。親方さんが4人くらい入ってもゆったり浸かれる大きさを考えています」

「うっほーお! そいつはスゴイ! どうりでアンバーさんが張りきるわけだ! ちなみに……どういった作りにするんだい?」


 親方さんが話に割り込んでくる。


「ビッケルやめろ! てめえ……坊主から案をくすねる気だろ?」


 親方さんはビッケルさんを睨みつける。


「ち、違いますよ親方! うちの工房で手伝えることはないかと探りを入れてただけです!」

「何が「違いますよぉ」っだ! だからお前は三流なんだ!」

「親方~あんまりです~」

「おう坊主! ワシにも聞かせろ!」

「親方も興味あるんじゃないですか……」

「うるせえ!!」


 親方さん……横暴だよ。


「そうですねぇ……。ビッケルさん。紙とペン貸してもらえますか?」

「分かったよ。ちょっと待っててね」


 ビッケルさんは奥の棚から紙の束とペン。あと定規のような鉄の板を抱えて持ってきた。

 定規まで用意してくれるとは気が利いている。

 しかも定規は、カンナの設計図に使った鉄板より使いやすそうだ。

 さすが職人だ!

 ペンを取り、さっそく設計図の作成に入る。




 今回はイメージを伝えるために、大まかな見取り図を書く程度に留めた。

 湯船、給湯機、地下水のくみ上げポンプ。

 縮尺や大きさは現物と違うのだろうけど……大まかには説明ができる感じだ。


 気づいたら工房員たちが周りに集まっていて、興味深そうに覗きこんでいる。

 職人の血が騒いだのだろうか?

 汗と酒の匂いで……結構臭い!

 ミイティアがいなくて良かったぁ。


「えーっと……大体こんな感じです」

「ほう……この井戸はスゲエ! こんなことで水を汲みあげられるもんなのか? それにこの湯沸かしは、釜戸で岩を焼いて湯船に入れるってわけだな?」

「ええ。あり合わせの資材で作ります。本格的な物はお金がない内は作れませんからね」

「坊主。この方法だと、湯を沸かすにはチイっと釜戸が小さいぞ? それから、この際金を抜きにして本当に作りたい物を書いてみろ。ぎの物だと、後々余計に手間が掛かっちまうからな」


 その通りだ。

 彼らは職人だ。常に最高の物を作ろうとする魂を持った猛者たちだ。

 単に自分で実現可能な話ではなく、自分の考えがどの程度通用するのか試すべきである。

 気合いを入れ直し、再びペンを走らせる。




 しばらくして、給湯機の原型ができた。

 デザインもクソもない。機能だけを追求した歪な形だ。


「ほおおっ! これはなかなか考えてあるな! 全部鉄製か!

 板を交互に壁にして、水を流しながらでも温められるようにしたのか。

 これなら熱の伝わり方がいいから、出口あたりで水が高温になるな。

 実際どの程度高温になるかは試さなきゃならんが……。考え方としてはいい!

 それにこの出口から伸びた先にあるヒネリがいいな!

 必要なだけ湯が出せる。冷水も別の経路から取って温度調節ができるのもいい!」


 周りの工房員たちからも歓声が上がる。

 親方さんはすこし渋い顔をしながら、話を付け加えた。


「だが問題は……この井戸だな。この図だと井戸はかなり狭い。

 普通、井戸を掘るにしても、大人が数人掛かりで水脈まで10日は掛かる。

 さらに石垣や周りの整備に10日は掛かる。大体ひと月は掛かるぜ」

「それは……」


 井戸掘りのことまで考えていなかった。

 現世ではネットで調べた程度で、具体的に必要な資材や手法が解らない。

 ドリルやボーリングなんてものはない。

 丸い穴を掘ることは分かるのだが……土をどうやって掻き出すのかが分からない……。


 考えられるのは……先端に地面を突き刺すような刃をいくつも付け、ねじ込むように掘削する方法。

 もしくは、強引にパイプを埋め込んで細長い鉄製のスコップで土を掻き出す方法。

 いやそれ以前に、地下水は湯水のように出てくるわけじゃなかったはずだ。

 一定量の水を使うと、水が溜まるまで時間が必要だったはずだ。

 温泉みたいに噴き出すのは……。


「あっ!」

「どうした坊主?」


 いやいや、冷静になれ。

 仮に温泉がこの辺で湧いてたら、温泉地みたいな街並みになってるはずだ。

 まずは、普通の井戸がどういった物か知らなければ。


「親方さん。井戸に詳しい人は知りませんか?」

「そうだなぁ……。この辺には詳しい奴はいねえが、井戸ならここにもあるぞ?」

「気になったのは水量です。俺が考える湯船に水を貯めるとしたら、水が足らないんじゃないか? ってことです」

「そうだな。ワシもこれでは水が足りない気がしていた。

 井戸の大きさは水を貯める量に繋がるからな。こんな細い穴だと水量が確保できねーな」


 やっぱりそうか……。

 井戸は地中に浸み出た水を貯める装置であって、湯水のように出るわけではない。

 合点はいったが、単なる思いつきの浅はかな考えだったことに、今さらながら気づいた。

 はぁ……。やっぱり俺は、凡才以下だ……。

 ダメ元で聞いてみるか。


「親方さん。妄想とも思えるかもしれませんが……水が噴き出すほど出ることってありえますか?」

「噴き出すか……。思い当たらん」


 温泉みたいのはさすがにないか……。

 あれ? 待てよ?

 「地下2000mから汲み上げた」という表記はよく見るが、「噴き出した」とは言わない。

 噴き出すってのは間欠泉か。

 間欠泉の原理はよく分からないが、大体は火山近くの岩の割れ目から噴き出るイメージがある。

 この辺には火山はないし、間欠泉は制御できなかった気もする……。

 昔やった化学だったか地学だったかの授業で、100mあたり2℃~3℃程度水温が上がるってのがあったな。

 その理屈から言えば、地下2000mだと40℃~60℃前後ってことか?


 問題は汲みあげる装置と掘り進む装置だ。

 掘り進めるのは人力でも不可能ではないだろう。

 地下2000mから組み上げるとして……

 紙に計算式を書き始めた。

 親方さんを含め、周りにいる工房員たちも俺の異様な行動に目を見張る。


「坊主? 黙り込んでたと思ったら、いきなりどうしたんだ?」

「……あっ! ごめんなさい。今、地下2000mから水を汲み上げる方法を計算中です」

「ニセンメートル? って何だ?」


 あっ! しまった!

 メートルなんて単位の呼び方は通じないはずだ。

 しかたない、強行突破だ!


「ごめんなさい。距離の単位なんですけど……分からないですよね? 俺、いろいろ変な言葉使っちゃってすみません」

「ほお距離か。それはどれくらいの長さなんだ?」

「えっと……。ここでは物の大きさって、どういう風に呼ぶんですか?」


 親方さんはビッケルさんに指示を出す。

 ビッケルさんは棒らしき物を何本か持ってきた。


「マサユキ。この小さな棒が10ケトル。中くらいのが50ケトル。大きいのが100ケトル」

「ちょっとお借りできますか?」


 ふむ……。1ケトルは大体1cmか。

 つまり、10cm、50cm、100cmということか。

 2000mだから……200,000ケトルか。


「地下20万ケトルですね」

「に、20万!? ……坊主バカ言っちゃいけねえ! そんな深い井戸なんて聞いたことねえぞ?」

「まぁ……親方さんも「お金を気にせず言え」って言いましたし、この際夢物語くらいの可能性を模索してもいいのかなぁっと……」

「……フフッ……プッ! ガハハハハハハ!」


 親方さんは笑い出した。

 周りにいた工房員たちも腹を抱えて笑っている。

 親方さんは笑いながらも、グイっと顔を近づけて言い放つ。


「フフッ坊主ぅ……クッ……面白ぇよ。こんな夢物語を真顔でいうヤツァ……グフフフ……ガハハハハ! 傑作だ! おい酒だ!」


 おいっ! さっきの酒樽もう飲んだのかよ?


 ビッケルさんが酒樽を取りに飛んでいく。

 親方さんは酒樽が来るのを待ちながら、俺をニヤニヤ見ている。


「坊主。こいつは大仕事になるぜ? なんせ20万ケトルだ! 普通3000ケトルくらいの井戸を掘るのに金貨6枚くらいだ。20万ケトルというと……。あー分かんねえ! とにかく膨大な金が必要だ。普通に考えてもちょっとした城が立つぜ?」

「うっ……」


 計算してみよう。

 紙を1枚取り、ペンを走らせる。

 3,000ケトルで金貨6枚。500ケトルで金貨1枚ってことになる。

 200,000ケトルということは……金貨400枚。

 金貨1枚30万として……120,000,000……。


「はぁっ!? 1億……」


 再度計算してみる……。やはり間違いない。

 1億2千万とか……宝くじかよ?

 工期だって6年は掛かる計算だ……。アホだ……。


「坊主。なに急に青くなりやがって。……フフフッ。どうしたんだよ? グフフフフ」

「計算すると……金貨400枚で、工期は6年くらいは掛かります……」

「だろ!? 馬鹿げた話だろ? ガッハッハッハッハ!」


 俺はなんてとんでもないことを言い出したんだ……。今さらながら後悔した。

 親方さんは笑いながらも、フォローを入れる。


「坊主。普通に井戸を掘るなら、その計算になるだろうがよ。この小さな穴を開ける方法を元にすれば、案外早く進むかもしれねえぜ? まぁ……精々そのちっこい頭を使って考えるんだな! ガッハッハッハッハ!」


 俺は家に帰ることにした。

 外は小雨こさめが降っている。

 トボトボと歩きながら、グルグルと考えなしの行動を後悔した。

 考えていたことが現実性からかけ離れたものばかりで、今さらながら自分の非力さに泣いた。




 家に着く頃になると、雨脚は強くなっていた。

 家に入ると、リーアさんが心配そうにしながらも、いつも通り「おかえり」と声を掛けてくる。

 メルディとミイティアも駆け寄ってくるが、俺は返事もそこそこに自室に戻る。

 自室に入ると、服を脱ぎ捨てそのまま寝た……


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