↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/117

第4話 職人の魂

 カッ! カッ! カッ! カッ!


 俺はノミと木槌を使って、木材と格闘中である。

 作っているのは、先日ダエルさんたちに宣言した『湯船』の製作である。

 設置場所の選定や給水方法の模索より、先に湯船製作に取り掛かったのには訳がある。


 理由は単純。

 湯船を作り上げられるビジョンが見えないからである。


 すごいシンプルに考えれば、木箱を用意すればいい。

 でもあれは、物を納める道具であって水を貯める道具じゃない。

 人が入るような大きな樽を用意するってのも手だけど、俺は日本でいう檜風呂(ひのきぶろ)みたいのに入りたい。

 設計度外視の完全なエゴで、イメージだけを元に目下奮戦中なのである。


「ムゥゥゥ。うまくいかない……」


 自分で言い出したこととはいえ……俺の不器用さには本当に頭に来る。まったく情けない。

 半分涙目になりながらも、それでも作業を続ける。


 今やっている作業は、木組みの結合部分の製作である。

 木組みとは、木造建築などに使われ、木をより頑丈に組み合わせる技術のことである。


 風呂と言うからには、木と木がキッチリ噛み合わさっていないと水が漏れてしまう。

 それにダエルさんみたいに大柄な人が入っても、壊れない強度が必要なのだ。


 釘もあるにはあるのだが、撥水加工されていない釘だと錆が出てしまう。

 釘の性質上、錆は留める能力を上げるために必要だし、たぶん人体にも影響は少ないとは思う。

 でも、見た目には悪くなるし老朽化の元になる。

 そう考えると、釘をなるべく使わない木組みをベースとした湯船が最も合理的だと考えた。

 しかし……これは相当に難解な作業だ。


 よく考えれば、日本の伝統文化とも言える木組みは、世界的にも至高(しこう)の技術だったはずだ。

 時代劇とかによく出てくる桶(おけ)一つでさえ、職人の技が詰まった芸術とも呼べる一品である。

 桶の製作方法は伝統文化を取材したテレビ番組で見ていたから、なんとなく覚えてはいるが……。

 職人でも何日も掛かる工程の上、非常に繊細な作業だった。

 あれを作ったり応用するのは……俺の腕では無理な気がする……。


「木組みさえなんとかなれば、作れそうな気はするんだがなぁ……」


 ウンウン唸りながら黙々と作業をしていると、上の方から声が聞こえる。


「おにーちゃーん! お・に・いちゃーーん!」


 あの声はミイティアか。

 声の方に顔を向ける。


 あれ? いない?

 まさか……


 玄関の方から足音が聞こえてくる。

 やはりな!

 「おい貴様! 俺をからかってるのか!?」 と叫びたい。


 しかーーし! 今日の俺は違う!

 先制してやる! ぐふふふ……。

 ミイティアが玄関から飛び出してくるタイミングに合わせて――


「ミイティア。今日は遊びに行けないよ」


 玄関を出たと同時に、俺に先制されたミイティアが固まっている。

 そして……顔が怖い。


「なーんーでー、そんなこと言うのよ!! せっかく私が誘いに来たのに!!」


 プンスカ怒っている。

 気持ちは分かるんだが……

 こっちの作業の目星がつかないと、ズルズル先延ばしになりそうなんだよね。


「これは、俺たち家族のために作っている物なんだ。ミイティアも、きっと喜ぶ物だよ」


 ミイティアは、まったく納得してない顔をしている。

 ……どうにか作業に戻りたい。


「何を作ってるの?」

「湯船と言って、お湯に浸かって体をリラッ――体を楽にする物なんだよ。一日の疲れを吹き飛ばす! っていうのかな? とっても気持いいよ」


 我ながら、表現が下手だ。


「ふーん……。それって、工房にお願いすればいいじゃない?」

「お願いすれば出来るとは思うけど……お金が掛かるでしょ? ダエルさんたちに迷惑を掛けたくないんだ」

「ム"ゥゥゥ!」


 ミイティアは地団駄を踏んで、やっぱり納得しない顔をしている。

 そこにガルアが現れた。


「おう黒髪! お前、何やってるんだ?」

「見て分からんのか? 湯船を作ってるんだよ!」

「湯船? ……その木片から、どー想像しろってんだよ?」


 確かに……。

 この木片の山から湯船を想像できる方が無理がある。

 ガルアは「お前ばっかじゃねーの!」 的な顔をしている。

 はい、馬鹿です……。


「なんで、湯船なんか作ってるんだ?」

「湯船に浸かりたいからだよ」

「そうじゃねえ! 湯船なんか作っても、どう使うってんだよ? そんな使い勝手悪い物、何にもならねーぜ?」


 言わんとすることは分かる。

 水を貯める作業と、お湯を作る作業が大変だろうと言うことだろう。

 だが、俺には秘策がある!


「ガルアの言いたいことって、水を貯める作業と、お湯を作る作業のことでしょ?」

「ああ! 家で使う水汲みだって大変なのによ、湯船とかどんだけだよ? それによー……そんだけの水、どうやって湯にするんだ?」

「んーっと、お湯は比較的簡単な方法がある。水汲みは川の水を引き入れるか、『ポンプ』を作ろうと思う」

「ポンプ?」

「井戸を掘って、水管を使って水を引き入れるのさ」

「井戸から水を引く? ……無理だろ? 井戸ってのは滑車を使って水を汲むにしても、川から水汲みした方が早いんじゃねえか?」


 これは説明が長くなりそうだ。


「水汲みとお湯は、人力でなんとかなりそうだろ? だから湯船を先に仕上げて、追々水の確保とお湯の作り方を考えようと思ってるんだよ」

「ふーん」


 ガルアはやや納得しない顔をする。


「っんで! 湯船の製作はどの程度――って、まだゴミの山か。フフフフ」

「頼むから邪魔はしないでくれ! これでも真剣にやってるんだから!」


 俺の『真剣』という言葉を聞いて、ガルアの目付きが変わる。


「その作業よぉ……。俺も手伝っていいか?」


 意外な言葉が出てきた。

 願ってもない言葉だが……素直に受けていいものだろうか?


「急にどうしたんだよ? ガルアらしくないぞ?」

「はぁ!? ……んーまぁ、俺らしくはないが……。俺も木こりの端くれだ! 木のことならやれなくもない!」


 そういう設定だったんだ?

 単なるガキ大将としか思っていなかったよ。


「ちょっと見せてみ」


 俺の承諾なしに、木材を奪い取る。

 木材を見る目は、職人のように真剣だ。


「これはダメだな」


 はっ!?


「この木は水に弱い。水に強いのは『レッドウッド』とか、『ホワイトストーンウッド』って木がいいんだ」


 防腐性か! 見落としていた!

 彼に指摘されないで作業を続けていたら二度手間だった。

 ガルアは話を続ける。


「ホワイトストーンウッドより、レッドウッドの方が加工がしやすいからな。『レッドウッド』で湯船を作ろうぜ」


 俺より専門知識があるのだろうが……勝手に進めるな!


「手伝ってくれるのは嬉しいけど、俺にはお金がないぞ?」

「何言ってるんだ? うちにあるのを使えばいい」


 無茶苦茶だ!

 木材があるにしても、それをお金に変えて生活してるんだろうが!


「いやいや、それはさすがにアンバーさんに相談しないと駄目だろが!」

「……そうだな。必要な木も多そうだし、父ちゃんに聞いてみるか!」


 そう言うと、ガルアは家に向かって歩き出した。


「おう、行くぞ!」


 なぜお前は……承諾を取る前に突っ走る?

 俺も渋々付いていく。


「私も行く!」


 ミイティアも付いて来るみたいだ。

 彼女の手を取り、一緒にガルアの家に向かった。



 ◇



 ガルアの家に着くと、裏庭の方に歩いていく。

 裏庭は結構広い。

 大きな納屋が連なるようにいくつか並んでいる。


 納屋の中には、加工済みの木材から切ったままの丸太まで様々置かれている。

 中の方で作業をしている大男が見えた。

 ガルアは入口辺りに着くと大声で、


「父ちゃん!」


 大男はその声に気づいて、こちらに振り返る。


「おうガルア! 今日は……いい男じゃないな。ハハハハハ!」

「俺は元からいい男なんだよ! (くそぅ……)」

「マサユキとミイティアも一緒か。今日も喧嘩かい?」


 ガルアが反応するより先に、


「――いいえ違います! 俺がいじめっ子みたいな言い方はやめてください!」

「ハハハハすまんすまん。2回も立て続けにあったんだ。3回目があっても不思議じゃないだろ?」

「父ちゃん! そんな話をしにきたんじゃねーよ!」


 ガルアは不貞腐れた顔をしながら、


「父ちゃん。レッドウッドを使いたいんだけど、いいか?」

「構わないけど、何に使うんだ?」

「湯船を作る」

「湯船かぁ……。なら、レッドウッドは最適かもなぁぁ。

 レッドウッドはいいぞぉぉ。木目が綺麗な上に木独特の香りが漂う最高の木だ。

 耐久性にも優れ、加工は少し大変だが、適度な固さとしなやかさを兼ね備えている。

 これでベットやクローゼットを作ると部屋全体が素晴らしい空間になるんだ……」


 アンバーさんはこの後も延々と演説を続けていたが、ガルアが話を切る。


「父ちゃん! 話がなげーよ!」

「すまんすまん。つい木の話になると、どうにもな! ハハハハハ!」


 職人だからこそ分かる素材の良さ? なのかもしれない。

 納屋のあちらこちらには、樽やら桶やらドア。大きい物は馬車の部品らしい物まである。


 ガルアには「木こり」と聞いていたが、木工職人でもあったんだな。

 しかし、依頼するにしても金が無い……。

 とりあえず、予算くらいは知りたい。

 あと、作り方も学べるなら参考にしてみたい。


「アンバーさん。俺は家族のために湯船を作ろうと思っているのですが……お金がないので、自分で作ろうと考えています。

 でも、どうも不器用なのかうまく加工ができません。

 俺に木材加工の技術を教えてもらえないでしょうか?」

「それは構わないけど? それくらいだったら、ダエルに頼めば払ってくれると思うよ?」


 ダエルさんの経済状況を知らないのだが……『それくらい』で収まる物なのか?

 俺の感覚でいうと、檜風呂は材料価格だけでも結構する。

 たぶん、数十万から百万以上はすると思う。

 それに俺が作ろうとしているのは、それなりにデカくなる予定だ。


「えーっと……。注文するとして、どれくらい掛かる物なんですか?」

「そうだなぁ……大きさにも寄るが……。レッドウッド製のベットで金貨2枚ってところかな」

「……無知なので確認したいのですが、金貨1枚って、どれくらいの価値があるんでしょうか?」

「1人なら、ひと月くらいは遊んで暮らせるね。一家3~4人なら、大体金貨2枚程度かな?」


 おいおい!

 月に30万として、金貨2枚で60万ってことか。

 物価は分からないけど、認識として大体これくらいだろう。


 総レッドウッド製で結構な大きさを予定してるから、恐らく……金貨5枚か6枚は掛かる。

 つまり、200万近い価値になるってことだ!

 というか、ダエルさん案外いい稼ぎしてるんだな。


「父ちゃん。俺も手伝うから安くしてやってくれよ」

「そうだな。ダエルにはいつもよくして貰ってるし……タダでもいいか!」


 おいいいい!

 200万の仕事をタダとか! どんだけダエルさんに恩があるんだよ!?

 とにかく……これは良くない!

 金銭感覚以前に、職人を使ってタダというのは納得できない!


「待ってください! さすがにタダという訳にはいきません! 仕事に対して、それなりの報酬を得なければ職人失格です! どうか考え直してください!」

「まぁ、そうだなぁ……」


 思いつきで話していたことに気づいたアンバーさんは、俺の言葉を聞いて考え込む。


「提案です。俺が作ろうとしている湯船と、お湯炊きの設備、あと給水の仕組みを買取ってください」

「ほう! それが分かれば、職人としての仕事の幅が増えるってわけか!」


 何とか納得して貰えた。

 俺は湯船の話とお湯炊きの仕組み、あと給水方法について細かく説明する。


「なるほどなぁ。さすがダエルの息子さんだ」


 ウンウン言いながらも、目が輝いている。さすがは職人だ!

 俺の言葉足らずの部分も「こうしたらどうだ?」 とか、いろいろ意見もくれる。

 おかげで、かなり具体的なビジョン見えてきた。


「よーし、さっそく作業に掛かるか! ガルア木材持って来い!」

「おうよ!」


 ガルアは別の納屋に向かって駆け出した。

 横からは……唸り声が聞こえてくる……。


「ムゥゥゥ! ねぇ? また私のこと、忘れてない? 私も手伝うわ!」


 ミイティアは不満そうな顔をしているが……ノリノリのご様子だ。

 アンバーさんと具体的な工程を確認する。


 大まかには、よく乾燥させた木材を板状に加工し、継ぎ目を凸と凹というような形に加工する。

 水が漏れないように一枚板で側面を作り、角は木組みで隙間がないようにキッチリ組み合わせる。

 釘は極力使わないで、要所となる部分には木釘という木片を詰め込む。

 可能な限り釘を使わない木製の湯船になる予定だ。


 作業工程を確認してて、気づいた。


「アンバーさん。木材の表面加工って、どうやるんですか?」

「ああ。それはコレを使うんだよ」


 それは鎌のような形状で、両端に持ち手が付いている。

 大まかな削り出しには有効らしいが、出来上がりがやや荒っぽくなるそうだ。

 これは、鉋(かんな)が必要だな。


「アンバーさん。もっと滑らかに表面加工ができる道具を知ってます。

 あった方が便利だと思うので、作りたいと思っているのですが……

 金属加工の職人さんを紹介してもらえませんか?」

「ああ。工房の連中のことだね? 今から注文しにいこうか」


 アンバーさんはガルアに作業指示を出し、俺とミイティアはアンバーさんと一緒に工房に向かう。

 『工房』という言葉は何度か聞いていたが、実際向かうのは初めてだ。

 どんな感じなんだろう?

 きっと、ドワーフ的な筋肉隆々のおっさんたちが、ガンガン鉄を叩いているのだろう。



 ◇



 工房までは少し距離があった。

 見えてきたのは……城塞のようなゴッツイ建物だ!


 煉瓦のような石造りの平屋だが、結構デカい! 壁も厚い!

 何本もある煙突からは、煙がモクモク出ている。

 重厚で大きな観音開きの扉を潜ると、鉄鋼場のように肌をピリピリとさせる熱気が渦巻く空間が広がる。

 中では、予想通り筋肉隆々の男たちがガンガン鉄を打ち付けている。

 俺たちの存在には気づいているようだが、目もくれずに黙々と作業をしている。


 やっぱ! 真剣に作業をしている男って、カッコイイなぁ!

 なんて思っていると、アンバーさんはある男の前で足を止めた。


 男は、体長2mを越える髭面の大男だ。

 筋肉隆々で、胸、腕、背中など、全身の筋肉が異様に発達している。

 それに皮膚が黒い。


「親方!」


 アンバーさんは大声で叫ぶ。

 アンバーさんもデカイが、親方と呼ばれる人はそれ以上の巨体である。


「…………」


 親方さんは一瞬こちらを見て、再び作業している先に目を戻す。


「後にしろ!」


 そう大声で叫んび、重そうなハンマーを持ち上げ、振り下ろす!


「仕方ないね」


 と、アンバーさんは歩き出す。

 あとに付いていくと、控室のような部屋に入った。

 大きなテーブルと椅子。壁には注文書が乱雑に張られている。

 昔、バイトでやってた土木現場の休憩室のような感じである。


 休憩室には一人の青年がいた。

 大体20代半ばだろうか?

 工房の人たちに比べれば大分ひょろっとしているが、

 バンダナのように布を頭に巻き付け、体付きのいい好青年風だ。


「いらっしゃいませ、アンバーさん。親方は手が離せないので、代わりに僕が話を聞きます」

「ああ。よろしく頼むよ。ビッケル」


 受け答えも好青年だ。


「本日はどういったご要件でしょうか?」

「ああ。こっちにいる子がマサユキだ。今日は、彼の頼みを聞いてやってほしい」

「あー。彼が噂の……」


 まじまじと俺を見てくる。


「マサユキです。よろしく」


 手を差し出し、握手する。


「えーっと、木材の表面加工をする道具製作をお願いしに来ました」

「ほー。カマムカデですか?」


 カマムカデ? なんだそれ?


「アンバーさん。カマムカデって……さっき見た道具のことですか?」

「そうだよ? 言わなかったっけ?」


 聞いてません。


「えーっと、カマムカデは表面の荒削りには向いてるんですが、欲しいのはもっと丁寧に薄~く木材を削る道具が欲しいんです」

「なるほどねぇ。普通はカマムカデで削った後、仕上げ石という平たい石で丹念に仕上げるんだったよね」

「私もそれでできるとは思っていたんだ。でも彼に言わせると、効率が悪いそうなんだよ」


 アンバーさんの言う通り、カマムカデと仕上げ石を使えば出来るには出来る。

 でも、出来上がりが若干でこぼこになってしまうようだ。

 木製のベットやクローゼットなら独特の見た目に仕上がるし、機能的には問題はない。

 だが、湯船では水漏れの原因となる。

 もっと精度の高い道具が必要なのだ。


 ビッケルさんは想像がつかないような顔をしている。


「具体的に説明しますと、これくらい板に斜めに刃を付けまして、刃が少しだけ板から突き出る形にします。そして、板を滑らせるように木材を加工します」


 伝わってるのかな?

 表現スキルが乏しい俺には荷が重い……。


「ちょっとそれだと分かりにくいなぁ……。この紙に書いてよ」


 そう言って、1枚の紙と羽ペンとインクを突き出してくる。


 そうだよね!

 設計図もなしに伝わる訳がない。


 俺はペンを持ち、ふと考え込む。

 CADじゃないけど……真上からと真横からの図があった方が分かり易いかな? と。

 その辺にあった薄い鉄板を物差し代わりに、スラスラと真上からの図と真横からの図を書き、点線で各部を繋ぐ。


「ほおぉ……」


 ビッケルさんは、ため息にも似た声を上げる。


「これは分かり易い絵だね!」


 関心しっぱなしである。


「で? うちに依頼するのは、コレ全部かい?」

「いえ。木の部分はアンバーさんの方が詳しいと思うので、アンバーさんにお願いしたいと思っています。金属の刃と周辺の留め具は工房にお願いして、最終的に組み合わせて調整。って感じでお願いしたいと思っています」

「なるほどね! 金属加工はうちの専売特許だけど、木の部分は使い手が調整した方が良さそうだね。うんうん」


 納得して貰えた。


「ビッケルさん。これ1個だけじゃなくて、少し小さな刃もお願いできますか?」

「これより小さなやつを?」

「はい。大きい刃は大きな木材表面を削る用で、小さな刃は角取りや細かい作業用に使いたいと思っています」

「なるほど! 2つあれば用途を分けて使えるってわけか! ふむふむ」


 納得した顔をしつつも、若干ニヤついた表情だ。

 商売根性(あきんどこんじょう)だろうか?


 金属加工の職人なのに鉋(かんな)を知らないくらいだ。

 きっと革新的な発明なのだろう。

 ここは追撃あるのみ!


「物は相談なのですが、この『カンナ』という道具の製作方法と販売権利の代わりに、製作費をまけてもらえませんか?」

「う~ん……。革新的な発明はいいとしても、実用的かどうか分からない状態では判断つかないなぁ……」


 確かに……。

 設計図だけ作って、使いものにならない物を売るとか、詐欺だわなぁ。


「とりあえず、親方に相談しないと判断つかないですねぇ」


 作業場の方から大男が出てきた。


「親方! 丁度いいや、聞いてくださいよ!」

「…………」


 親方さんは返事をしない。


「革新的な道具が出来そうなんですよ」

「…………」


 やはり返事はない。

 すると、テーブルの上にあったら図面に気づく。

 ズンズンっとテーブルの前まで来て、図面を睨み付ける。


「コレは、何の道具だ?」


 やっと話した。

 すかさずビッケルさんが解説する。


「ほう! 面白ぇじゃねえか! アンバー。お前が持ち込んだのか?」

「いえ、この子です」


 俺の頭に手を置き、ポンポンと優しく撫でる。


「なんだガキじゃねえか? こんな坊主が考えたとは、信じられねえなぁ……」


 ……まぁ確かに。

 俺は知識として知っていて、本来考案したのは過去の職人たちだ。

 それを考えると……さっきの販売権利やらは、ズルイように思えてくる。


「親方さん。これは昔の職人が考案した道具です。俺が考え出した物ではありません」


 ビッケルさんに顔を向ける。


「ビッケルさん。急で申し訳ありません。さっきの話はなかったことにしてください」

「何の話だ?」

「親方。それはさっき、この道具の製作と販売を提案されたんですよ。昔の職人って話は……僕が知る限り思い当たらないのですが。親方は、何か知りません?」

「……知らねえなぁ」


 元いた世界のことをどう呼ぶか迷うが、とりあえず『前世』と呼ぶ。

 前世と異世界では、文化も技術発展の度合いも違う。

 通じ合うものはあるとしても、発明を横取りするのは気が引ける。

 先日提案した石鹸も。湯船も。給湯システムも。ポンプだって、本来は過去の職人たちが懸命に考え、生み出された物だ。


 ……よく考えれば、俺は随分図々しいことをしている。

 唯一まともなのが古武術だ。

 脈々と受け継がれる技術は、命を掛けて編み出された技だ。

 ジイちゃんに教わってある程度使えるからといって、誇ってもいいものではない。

 それを差し引いても自分で身に付けた技術であるならば、先に言った石鹸などの技術の重みより大分軽い。

 そんなことを考えていると……段々気分が暗く落ち込んでくる……。


 俺は何かを生み出しているわけじゃない!

 先人の知恵の結晶を無下に自分の利益として使ってはダメだ!

 だけど……便利な物を知識として貯め込むより、『生かす』ことが今の俺にできることかも知れない。


 利益のためじゃない!

 皆がよりよい生活を送るために生かそう!

 きっと先人の職人たちも許してくれるだろう……。そう願いたい……。

 やることは決まった! あとは行動だ!


「親方さん。俺はとても大切なことを見落としていました。この職人の魂とも言える技術を……都合よく利用しようと考えていました。とても愚かなことです。――でも俺は、利益が欲しくてお願いしたわけじゃありません! みんなの暮らしが、少しでも良くなるように助力したいだけです!」

「…………」


 親方さんは難しい顔をしつつも、静かに俺の話を聞いてくれた。


「坊主。技術ってのは、どんな些細な物でも職人の魂が宿っている。それに気づける者は少ない。だが――お前はそのことに気づいた! そしてお前の願いを聞いた! それはなぁ……」


 親方さんは大きく深呼吸をする。


「職人の冥利に尽きるってもんよ! 気にするな! お前の知る知識は皆を幸せにする! 大きく儲けようとしても構わねえと思う! 職人の魂が宿った道具の真の意味を理解したお前なら、大抵のことは許されるはずだ! だから……気にするな」


 俺のモヤモヤとした心が晴れていくようだ。

 頬に温かいものが伝わってくる。

 俺はなんて泣き虫なんだ……。

 そう思いながら、親方さんに心の中で感謝をする。


「おい、ビッケル!!」


 親方さんが、耳鳴りするような大声を張り上げる


「さっそく仕事に入るぞ! 準備しろ!」

「あ、あの……親方さん? お代は?」


 あわあわと慌てふためく俺を見下ろし、怒鳴り付ける。


「そんなのいらねえ! 職人の魂が分かる奴から金を取れるか!」

「そんな無茶苦茶なぁ……」

「ビッケル! 後は任せる!」


 そう言うと、親方さんは作業場に戻って行く。

 なんていうか……こういうノリは嫌いじゃない。

 俺は、なんていい人たちに巡り合っているんだろう。

 また目頭が熱くなるのを感じる。

 顔をゴシゴシ裾で拭い、ビッケルさんに顔を向ける。


「何か色々とすみません」

「いやぁー。久々にあんな上機嫌の親方を見たよ。さすが、ダエルさんの息子さんだ!」

「そんなことはないです。職人の魂は本質的には理解できていません。理解しようと努力してる程度です」

「君くらいの年齢(とし)でそれに気づけるのは、そうはいないと思うけどね?」


 ビッケルさんは、カラカラと笑うように俺を諭してくれた。


「親方さんは、ああは言ってましたが、俺は『相応の仕事に対しては相応の報酬』が必要だと思っています。具体的なお代を考えたいのですが」

「んー、そうは言ってもなぁ……。とりあえず、物が出来てから相談しましょうか?」

「分かりました。アンバーさん。勝手に話を進めてしまってすみません。カンナの木製部分の製作は可能でしょうか?」


 そうだ。

 俺は勝手に話を進めていた。アンバーさんに了解を取らずに押し切ってしまっていた。


「何を今さら? あんな仕事押し付けといて、今さらこの程度の仕事なんて大したこともないよ。

 それに新しい道具も手に入る。うまく行けば、その……カンナだっけ?

 それの材料製作の仕事だって請け負えるかもしれない。私にはまったく損がない話だよ」

「そう言ってもらえると……心が軽くなります」

「さて、帰って作業に戻ろうか!」


 色々あったけど、何とかうまくいってる。

 最終的な報酬は何かで埋め合わさないとならないだろう。

 ダエルさんに相談しておいた方がいいな。

 そうやって先々のことに想いを巡らせながら、アンバーさんと今後の方針を話しあっていると……横からいつもの声が聞こえる。


「おにい~ちゃ~~~ん! ま~た私はのけもの?」


 俺は顔をこれでもかと引きつっている。

 まぁ……仕方ないか。

 アンバーさんを含め、俺の我ままに振り回されてる人は多い。

 見当違いかもしれないが、ミイティアに声を掛ける。


「ミイティア。いつも構ってあげられなくて、ごめんね。それに……いつも心配してくれてありがとう」


 ミイティアは意外だったのか、ビックリしている。

 ちょっと顔が赤い。


「そ、そんなんじゃないわよ! ……おにいちゃんのバカ!」


 こ、これは……デレってやつですか?

 初めてみる反応に俺も困惑するが、プイプイと怒り散らすミイティアよりマシか。

 そんなことを考えながら、ミイティアの手を取り、アンバーさんを追い掛けるように工房を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。