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Blood Queen  作者: 新矢 晋
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03.血塗れの天使

 血と、雨と、鉄と、硝煙の匂い。悲鳴と、怒号と、断末魔。


「父と子と精霊の御名において、以下略!」


 よく通る男の声と同時、閃光と轟音が奔り、次の瞬間そこ――森の中にぽっかりと開いた……開かれた空き地――には原型を留めていない肉塊。

 表面が吹き飛ばされた地面に降り立つのは、純白のロングコートを羽織った男。甘めの、人好きのしそうな顔立ちと対照的に、その手に抱えられていたのは巨大で武骨な鉄の塊――のような、長銃――。


「エイメン、っと」


 男は胸元から引っ張りだした銀のクロスで適当に十字を切り、頭上を仰いだ。鬱蒼と茂る木々の合間からのぞく、漆黒の空。


「……そろそろ近い筈なんだけどなぁ。

 いい加減飽きたよ、」


 愚痴りながら銃口を背後に向けて引き金を引く。――轟音がした次の瞬間、頭を吹き飛ばされた死体が一つ、転がった。


「……吸血鬼(ヴァンプ)共をブチ殺すのも」


 は、と吐息をひとつ。男の青灰色した瞳が細められ、木々の間を通り抜ける風に、褪せたブロンドが揺れた。


「何処に居るのかなぁ、『女王(クイーン)』は」


 ――その同刻、少し離れた場所にて――

 森を行く女――女王、紅環希を取り巻くのは、その忠実な従僕達。


「三人……いや、四人死んだ」


 息を整えながら呟く環希。――主人と従僕は繋がっている。一方が傷ついたり死んだりした場合、もう一方に伝わる事が多いのだ。

 従僕から差し伸べられた手を無視し、悪路を歩き続ける環希。その背に――さむけ。


「!!

 お前達、避け……!」


 ――閃光。轟音。

 一瞬の後、木々の皮が弾け、地面は吹き飛び、周囲には火薬の匂いと――血の、匂い。


「ったく、森ン中で無茶しやがる。

 大丈夫ですか、マスター?」


「……問題ない」


 今この瞬間に吹き飛ばされて肉塊になった従僕達の痛みの何割かをその身に受け、蒼白になりながら頭を振る環希。その体は森の中から飛び出した一人の若き従僕――ダークに抱えられ、突如出現した惨事の範囲からは辛うじて外れていた。

 そしてその惨事――強制的に作られた空き地に、大量の肉片や血が飛び散っている――に舞い降りる、純白の衣に身を包んだ天使……否。


女王(クイーン)発見。……やぁっと見付けた」


 翼と見紛ったのは巨大な長銃の一部、純白に見えたロングコートには沢山の紅斑模様。


「げ、『ミカエル』かよ……!」


 使徒の一人、天使軍軍団長の名を冠する男。その姿を認め、あからさまに顔をしかめるダーク。

 ――『使徒』。その皮肉めいた名で呼ばれる彼らは、闇の眷属に対する戦闘に長けた集団。中でもトップクラスの実力を持つ者は、天使の名を冠している。


「久しぶりだね、ダーク。

 ……君の所の女王様を渡してくれないかなぁ」


 ガシャ、――ン。銃を構え、安全装置を外し、笑みを浮かべながら使徒ミカエルが口上紡ぐ。


「できれば君とは戦いたくないんだ。

 ……君の顔に傷でもついたら大変だし、ね」


 ミカエルが瞳を細め、ダークを見つめながら言うのに、


「手前ェの都合に誰が合わすか、この変態が」


ダークは顔をしかめたまま、吐き捨てるように言い返す。


「あは、手厳しいなぁ。それじゃあ……」


 ――銃声、一発。

 ダークの隣に生えていた木の幹が、弾けた。


「少し手荒になるけど、許してくれよ?」


 柔らかく笑いながら。未だ熱冷めやらぬ長銃を構え。ミカエルが一歩踏み出した、その瞬間。


「……!」


 ミカエルが一足飛びに後ろへ飛び退いた。刹那、先刻まで彼が居た場所を薙ぐ銀色の光。


「ほぅ……今のを躱すか」


 ダークとミカエルの間に突然現れたのは、――漆黒。未だ消え切らぬ霧を纏い、鈍銀色に煌めく片刃の剣――冷気纏うように冴々とした一振りの日本刀――を構えた喪服の吸血鬼、カラス。


「……久しぶりに楽しめそうだな、『烏天狗』」


 囁きに答えるように、刀の刃が鈍く煌めいた。


「ははっ……やっぱり来たか……」


 じり、と間合いをはかるように後ずさる、ミカエル。落ちていた小枝を踏み折る音がして、その、刹那。

 ――ギィン ッ!

 金属が噛み合い、厭な音をたてる。カラスの刀が、とっさにかざしたミカエルの長銃と。


「……じゃ、後は頼んだぞ!」


 その隙を突いて、環希を抱えたダークが森の奥へと姿を消す。


「ああっ、ダーク!」


「……余所に気を取られている余裕があるのか?」


「くっ……!」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、ミカエルはその巨大な長銃を構え……カラスは、黙って半身を引き構えた。

 ――それから数刻後。焦ったような、怯えるような男の声が響いた。


「なんでっ……どうして倒れないんだよっ……!」


 熱を持ち、銃口から薄らと白い煙を立ち昇らせる長銃を構えた使徒ミカエル。


「聖遺物を錬り込んだ銃弾だぞ?

 普通なら掠めただけで消滅なのに……!」


 それと対峙するのは従僕カラス。悽絶な笑みを浮かべ、言葉紡ぐ。


「結構痛いぞ?

 ……普通の銃弾では私に傷すら付かないのだ、これでも十分だろう?」


 ――刀を持つ腕は何発もの銃弾を撃ち込まれた所為で千切れかけ、身に纏う喪服は殆ど原型を留めておらず、それでも立ち続ける、カラス。


「……くそッ!」


 なおもミカエルが銃の引き金を引こうとした、その、刹那。――カラスの姿がミカエルの視界から掻き消えた。

 そして。


「お休み、使徒ミカエル。

 ……なかなか楽しめた」


 ミカエルの背後で銀色が閃き、致命的な疾さで刄がその命を刈り取ろうとした、瞬間。

 ――ギィ ン……!

 金属同士の噛み合う高い音。


「ダメだよぅ、ミカりん殺しちゃ」


 この場に不似合いな、幼い少女の声。カラスの刀を止めたのは、突然現れた少女だった。年の頃は十四、五、たっぷりとフリルの付いた華やかな洋服に桜色の髪が映えていたが……不釣り合いなのは、その両手に一振りずつ握られている短剣。右手のそれで、カラスの刀が止められていた。


「ガブリエル……!」


 自分と同じく『使徒』の一人である少女の姿を見、驚きの声をあげるミカエル。

 少女……ガブリエルはミカエルの腕を掴むと、カラスにウィンクをしてみせた。


「ごめんね、オジサマ。ミカりん連れてくから」


 噛み合ったままの刄を滑らせて、カラスの刀を受け流し。ミカエルと共に一足飛びに間合いを広げ、木々の間へと姿を消すガブリエル。

 残されたカラスはそれを深追いしようとせず、取り出した懐紙で刀を拭ってから仕舞い、一つ溜息をついた。

 ――それはどこか熱に浮かされるような、興奮を抑えきれないような……そんな、吐息。

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