File.1 始まりはいつだってスカイブルーから
銃声と共に、俺は人を2人殺した。1人は皮膚から毛の代わりに茎が生え、もう1人は開いた眼窩にベリーが生っている。雨の水溜りに、2人の緑色の血が入っていった。雨の降り頻るビル街の中、俺は硝煙を靡かせながら突っ立っていた。嗅ぎ慣れてきた硝煙の匂いに当てられると、少しは胸騒ぎが落ち着いた。
一体、俺はいつまでこの人の形をした何かを殺さないといけないんだ? この雨はいつになったら止んでくれるんだ?
交番にはベテラン警官のスコットさんと、同僚のホレイショ、新任のベラ、そして、来年には婚約するはずだったジュニファーがいた。
「どうだ、デビット君。異常は無かったか?」
パソコンに気難しい顔で向かい合っていたスコットさんは、いつもの柔和な表情で俺に話しかける。
「問題なしだ。相変わらず退屈なトコだよ、ここは」
「おい、口の聞き方に気をつけろ」
気怠げに答える俺に、神経質な声が飛んでくる。俺に背中を向けて書類を書いていたホレイショが、いつの間にか立ち上がっていた。ズレた眼鏡の位置を整えながら、ホレイショは俺を睨む。こいつは苦手だ。大学出かなんだか知らないが、事あるごとに俺につっかかってくるんだ。首まで閉めたボタンを見ていると、こっちが苦しくなりそうだ。
「まあまあ、ホレイショ君。こんな町だ。何事もなくて退屈な方が我々にとってはいいのだよ」
穏やかな口調でホレイショを諌めるスコットさん。傷一つ無いふっくらとした顔から、この町がどんなに平和ボケしているか分かった。納得のいかない表情のまま、ホレイショは書類仕事に戻る。
「すみませぇん、デビット先輩。この誘導棒のライトの消し方分かります?」
申し訳なさそうにパーマのかかった赤毛を掻きながら、新任のベラが来る。彼女の片手に握られた誘導棒は、ネオン街のようにビカビカに光っていた。彼女は辺りを見て、スコットさんが視界に入るなり、慌てて消そうとする。
「ここだ、ここ」
俺はベラから誘導棒を取り上げ、取っ手にあるボタンを押す。ライトの光は消え、眼鏡越しに目を細めたホレイショは迷惑そうな顔をした。スコットさんも目を擦りながら苦笑する。
「ありがとうございまぁす。デビット先輩」
田舎訛りの残った口調のベラ。そばかすの残った頬に、桃色のチークをこれでもかと塗りたくっている。誘導棒を落としそうになりながら、ベラは受付のカウンターに向かった。パトロールより疲れがどっと来る。平和ボケのスコットさんに、堅物のホレイショ。ドジのベラ。嫌な奴ではないんだが、俺にとっては味気なく感じる。自分のパイプ椅子に座り、俺はだらりと腕を垂らした。
「お疲れね、デビット」
逆さまの顔が視界に飛び込み、俺はゆっくりと顔を上げた。長いまつ毛にかかる小麦色の髪。ジュニファーだ。ジュニファーは悪戯げに笑い、俺の肩に手をかける。
「俺には会わねぇよ。この町は」
俺はため息をつく。娯楽は無い方だが、この町は刺激がない。俺の言葉に、ジュニファーはますます笑う。
「いっそ今度の休暇で、どこか遠い所に旅行でもしない?」
ジュニファーは俺が座るパイプ椅子を揺らす。揺籠のように心地よく、勤務中なのに寝ちまいそうだ。
「それも悪かねぇな」
夢見心地で、思わず返答が素っ気なくなる。そんな態度にも構わず、ジュニファーは旅行先を次々と提案していた。どこでもいいさ。こんなとこより楽しけりゃ。
「うっわあー! 酷いですよぉこの雨。これじゃあ誘導無理ですよぉ!」
誰にでも聞こえるベラのキンキン声で、俺は夢から引き戻される。ベラは入り口の窓に顔を貼り付けていた。窓越しにも分かる激しい雨が、絶えず雨音を立てている。
「急だなあ。今日は晴れの予報なのに」
スコットさんも入り口に近づき、窓を覗く。泥が混じっているのか、汚れた雨が窓を伝う。書類仕事に没頭していたホレイショも、思わず顔を上げた。
「変だな、こんなベトベトな雨が降るのか?」
ホレイショは訝しげに眼を擦る。確かに、糊を混ぜたような雨だ。水というより、粘液のように粘ついている。
「えらいなぁ、あの人。こんな雨なのにジョギングだなんて」
ベラがずぶ濡れの中走る中年男性を指差す。腹の出た中年男性は白いタンクトップを灰色に染めながら、重々しい足取りで走っていた。雨の中のジョギングのせいか、苦しげに顔を引き攣らせている。
中年男性が急に倒れ込んだ。出っ張った腹が、荒い呼吸に合わせて膨れ上がる。ホレイショはただならぬ状況に、外に出ようとした。
「待つんだ、ホレイショ君。この雨、何かがおかしいぞ」
普段では絶対に見せない程真剣な顔つきのスコットさん。外を見ると配達員や信号待ちの老人。外にいる人全てが倒れ始めた。さっき倒れた中年男性はどんどん顔色が悪くなる。顔は青くなる、というよりは緑色に変わり始めた。身体中を痙攣させ、目、鼻、口、全ての穴から体液が溢れる。痙攣が止まったのと同時に、中年男性の腹が弾け飛び、中から内臓の代わりに花弁が開いた。抜け殻のようになった男性の代わりに、花弁は触手を辺りに這わせる。一瞬で地獄絵図に変わった町に、誰1人として声が出なかった。男、いや、花弁の化け物は触手をこちらに這わせる。生気の無くなった男の白い目が、俺達を見た。緩慢な足取りで、化け物は俺達がいる交番に向かう。
「君達、奥の部屋に行くんだ。あれはもう人間じゃない。銃が効くかも分からないぞ」
スコットさんは拳銃を取り出す。いくらベテランとは言えど、スコットさんは人型の的しか撃った事は無いだろう。スコットさんは窓越しに、化け物の様子を見る。ホレイショも腰から拳銃を抜き出した。花弁の化け物は男の体を操り、窓目掛けて体当たりをかます。人間の体のはずだが、窓は車がぶつかったようにヒビが入った。交番中に響き渡る衝撃。ベラは悲鳴を上げてその場にうずくまった。ジュニファーは慌ててベラを落ち着かせる。
「早く逃げなさい!」
声を荒げるスコットさん。同時に怪物の花弁から、舌のような触手が突き出した。触手は窓ガラスを突き破り、スコットさんの腹を貫く。
「うぐっ!」
スコットさんの呼吸が一瞬止まる。口に溜まった血を、一気に吐き出した。腹に穴が空いても尚、スコットさんは発砲する。男の肉体に弾を撃ち込まれても、化け物は止まらなかった。粉々になった窓から侵入し、雨に濡れた体を露わにする。
「スコットさん! クソぉ!」
ホレイショは普段の冷静さを失い、拳銃を乱射する。狙いの定まらない弾は、あらぬ所に命中した。
「落ち付けホレイショ!」
俺は柄にも無く、ホレイショを羽交締めにする。小柄なホレイショは俺の腕の中でもがいた。
「離せ! 僕はスコットさんを助けるんだ!」
普段から鍛えていたホレイショに軍配が上がる。ホレイショは俺を突き飛ばし、スコットさんの方へ向かった。化け物は触手に突き刺さった獲物に近づく。スコットさんの腕から生気が抜け、拳銃を落とした。銃弾を物ともせず、化け物はスコットさんの体に覆い被さる。スコットさんの悲鳴とともに、骨を擦り砕くような音が聞こえた。ホレイショは銃弾が無くなるまで化け物を撃ちのめす。さしもの化け物も大量の銃弾を喰らい、緑色の体液を撒き散らして床に崩れ落ちた。化け物の花弁の端からは、千切れたスコットさんの足が見えた。ホレイショは怒りが収まらないのか、警棒で死んだ怪物を叩きのめす。
「止めろホレイショ。早く逃げないと他の化け物が来るぞ」
「うるさい! コイツのせいで、スコットさんはっ!」
飛び散った緑の体液に塗れながら、ホレイショは警棒で叩き続ける。
「大体、お前が撃っていれば、スコットさんは死なずに済んだんだ!」
「冷静になれ。スコットさんは最初から、もう助からなかったんだ」
俺が何を言おうとも、ホレイショは噛みつき続けた。今のコイツには何を言ってもダメだ。ホレイショは緑色に染まった警棒を俺に突きつける。
「最初から気に食わなかったんだよ! お前は!」
「ちょっと! 喧嘩をしてる場合じゃ……」
ジュニファーが仲裁しようとした時、ホレイショの首は胴体から切り離された。窓に乗り込んだOLが、先端が鎌のように鋭い触手を振り回す。白目を剥き、口からは花が溢れていた。
「ジュニファー! ベラを連れて逃げろ!」
俺は銃を構え、OL目掛けて発砲する。ジュニファーは戸惑うも、ベラの手を引いて奥へと向かった。OLは緑色の舌を出して、ホレイショの首から溢れ出る血を舐め取る。水を吸った植物みたいに、腕の触手が伸びていく。このまま撃っても時間の無駄だ。どうすれば。俺はテーブルの上にある消毒液を、OL目掛けて撒いた。刺激臭が交番に満ち溢れる。OLは鼻をひくつかせ、消毒液を舐めた。化け物とはいえ植物だ。俺は胸元のマッチを擦り、消毒液塗れの化け物に投げつけた。マッチの火はたちまち燃え広がり、OLの姿を覆い尽くす。化け物はけたたましい悲鳴をあげ、触手を振り回した。しばらく暴れた後、OLは動かなくなる。火は交番の全てを焼き尽くそうと勢いを増す。スコットさんも、ホレイショも、火の中に包まれていった。俺は浅い呼吸を小刻みにしながら、その場に立ち尽くす。
「キャーッ!」
奥の部屋からジュニファーの悲鳴が聞こえる。俺は息を飲み、我に帰る。消毒液を手に取り、俺は奥の部屋へと向かった。最悪の事態を頭によぎらせながら。




