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猫鈴の話者サヤ  作者: 神楽一斗
初級:話者見習い編
9/41

9 遠距離夫婦

 少女がくれた鈴は、黒リボンのチョーカーと合わせて、身に付ける事にした。姿見で自分の首元の小さな鈴を確認する。これがわたしの『定義』にぴったり当てはまる気がしたのだ。

「これでお主は『猫鈴の話者トーカー』じゃな」

「二つ名ってやつですね。でもそれ、かっこいい感じではないですね」

「気に入らんなら、我が鈴ごと引き取ってもよいのじゃぞ」

「お気遣いなく」

 アイレン先生は、隙あらばこの鈴を狙ってくるので油断がならない。

「ところで、その鈴を渡したという者じゃが、赤髪ではなかったか?」

「髪の色なら栗色だった気がしますが……ご存じなんですか?」

 先生はため息をついて、首を振った。

「いいや。もしやと思うての」

 遠い目をしてしばらく何か考えていた先生は、遅い朝食を食べているエスティガさんに目をやった。

「エスティガよ、ルミエラはどうしておる」

 急に問いかけられたエスティガさんがむせ返る。

「何ですか、いきなり。あいつなら、くそ真面目に修練してますよ」

「何か聞いておらぬか」

「さあ、特には何も」

「あの、ルミエラさんって?」

「エスティガの妻じゃ」

「えっ?」

 思わず聞き返してしまう。自由が服を着て歩いているようなこの人が、まさか、既婚者だったとは。

「奥さんはどこにいらっしゃるんです?」

 エスティガさんは素知らぬ顔でパスタに追いチーズを振りかけている。

「もしかして、聞いちゃいけなかったですかね」

 エスティガさんが答えないので、先生に小声で尋ねる。

「今はグレアリムズという都市国家にいる。この森からすると、星の丁度裏側にあたるところじゃ」

「わ、究極の別居じゃないですか」

「なんでちょっと嬉しそうなんだ」

 わたしが鼻息を荒くすると、エスティガさんがじろりとこちらを睨んできた。

「寂しくないんですか?」

「『扉』もあるし、直接会わなくても、向こうの世界でも会えるしな」

 それを聞いて、一気にテンションが下がる。

「心は繋がっているってやつかー。つまらないなー」

「向こうにまともに行くことも出来ない奴が、偉そうに」

「まだ見習いですもん。先輩が行き方教えてくださいよ」

「十年早いな。修行しろ」

 今日のエスティガさんはいつもよりちょっとトゲがある。この間、顔に落書きしたのを根に持っているのか、奥さんの話を避けようとしているのか。

「でも想像できないな、エスティガさんの奥さんか」

「お呼びかしら」

 不意に、背後から女性の声がした。振り返ると、長い黒髪の女性が出入口の前に立っていた。

「ルミエラ、よく来たな。聞いておったか」

 先生が彼女に歩み寄ると、ルミエラと呼ばれた女性は軽くお辞儀をしてから、わたしをちらりと見た。

「この子が例の?」

「うむ、新弟子のサヤじゃ」

 艶のある黒髪に、スラリとしたスタイルで、物凄い美人。わたしは目が合っただけで赤面してしまった。

「はじめまして。エスティガの妻のルミエラです」

「あ、あの、サヤです。えっと本日はお日柄も良く」

 ルミエラさんに丁寧に挨拶されたものの、緊張しすぎて、しどろもどろになってしまう。

「思ったよりも、可愛らしい子ですね。『猫鈴の話者トーカー』さん」

 可愛らしいだなんてそんな。わたしは顔から湯気が出そうになる。

「サヤが身に付けているのが例の鈴じゃが、どう思う?」

 先生が聞くと、ルミエラさんはわたしの首元に目をやった。

「わたしたちは関与していませんので、別の話者か、それに類する者かと」

「念の為、気にかけておいてくれぬか」

「承知しました」

 ルミエラさんはうなずくと、エスティガさんを一瞥した。こちらに背中を向けたまま、まだパスタをすすっている。

「ちょっと、エスティガさんっ。奥さんがいらしてますよ」

「知ってるよ」

 エスティガさんは、わたしが背中をつついても、一向に気にかける様子もない。

「会うの久々なんでしょう? 何か言うことあるでしょう」

「例えば」

「『元気だったか』とか、なんなら『愛してるよ』とか」

「勝手に盛り上がるな」

 エスティガさんはパスタを平らげるのに夢中で、聞く耳を持たない。段々腹が立ってきた。

「サヤさん、良いのです。食事中はいつもこうですから」

 ルミエラさんは落ち着いた口調で言ったが、納得出来ない。

「奥さんと食事とどっちが大事なんですか」

「そんなもん、どっちもに決まってるだろうが」

「奥さんが大事なら、顔くらい見たらどうですか」

「うるさいな、母親かお前は」

 エスティガさんとやり合っていると、ルミエラさんがクスリと笑った。それを見たエスティガさんたちは、なぜか驚いた表情をして固まった。

「今、ルミエラのやつ笑ったよな? 見たか?」

 エスティガさんがわたしに耳打ちする。

「見ましたけど」

「用心しろ。何が起こるか分からん」

「え?」

 と聞き返す間もなく、突然大きな雷鳴が響いて肝を冷やした。窓から外を眺めると、さっきまで快晴だったはずの空が、暗雲に包まれている。程なくして滝のような雨が降り出した。

「えぇ……」

 わたしはどういう理屈か分からず、声が漏れてしまった。

「あいつが感情を表に出すと、周囲に色々と影響が出るんだ」

 当のルミエラさんは涼しい顔をして前髪をいじっている。

「なぜそんなことに」

「長くなるから説明は今度な」

 エスティガさんはそれだけ言うと、何事も無かったようにパスタをすすりだした。

「サヤさん、ちょっといいかしら」

「は、はい」

 ルミエラさんに話しかけられて、わたしは声が裏返ってしまった。

「実は、あなたに会って頂きたい方がいるのです。良ければ、わたしと一緒に来て頂けませんか?」

 わたしは先生と顔を見合わせた。

「もしや、エイレンか?」

 先生が警戒気味に聞くと、ルミエラさんはゆっくり頷いた。

「こちらに参りましたのも、それが目的です」

「そのエイレンさんって……まさか」

「我の姉じゃ」

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