第八話 正面からと横からじゃ、そりゃ見え方も変わる
「本日、面談の予約をしておりました。クラリス=ラインベルと申します」
ギルドのカウンター前。
鋼のように凛とした声と、キラリと光る鎧の輝き。
姿勢よく立つその女騎士は、まるで“マニュアル通りの立ち姿”を具現化したようだった。
「よろしくお願いします!……あの、騎士さんってことは、どこかのお屋敷付きの方ですか?」
「はい。第二防衛線管轄の貴族警備隊に所属しております。上官命令により、外部任務の経験を積むため派遣されてまいりました」
「へ、へえぇ〜〜……(軍人だ、軍人が来たぞ……!)」
ミーナが思わず背筋を正すその横で、
ゴルザンは鼻を鳴らしてマグを置いた。
「つまり、“戦場以外でも学んでこい”ってことか。……で、何が苦手なんだ?」
「“戦術的選択の柔軟性”……とのことです。私自身は全て正面から堂々と受けてきたつもりですが、
過去に“奇襲の指示を拒否したことがあるのは問題だ”と……」
「奇襲、拒否?」
「卑怯な戦法かと思い、問答の末に決裂いたしました」
「こりゃ重症だな」
こうしてクラリスは、ラストリーフ支部を通じて、
ギルドフリー契約のもと、数名の冒険パーティと合同任務に参加することになった。
が──
「位置取りがずれると味方に当たるから、横から回ってくれ!」
「しかし正面から討つべきでは!?」
「いまは引いて! 作戦変更!」
「わかりました!では私は殿を……いま逃げたら、背を向けることに──!?」
「魔族の気配があります、慎重に!」
「ではこの魔力探知石を──」
「正義の名において、斬り伏せましょう!!」
「まだ見えてねぇってばぁああああ!!」
──全パーティ、苦笑いで契約解除。
ギルドの応接間に戻ってきたクラリスの顔は、どこか自信を失ったように曇っていた。
「……私は、皆の足を引っ張っていたのでしょうか」
「いや、“正しいことをしていた”のは間違いないんだよ」
ゴルザンが、ふうっと息をついて言った。
「でもな、“正しさ”ってのは、時と場所で姿を変える。
お前の正しさは、きっと間違っちゃいねぇ。けど──」
「けど?」
「正面からだけ見てると、横から何が来てるか見えないこともあるんだよ」
ミーナは、小さく頷いて補足した。
「……私も、前だけ見て走って、ぶつかったことあります。
ちょっと横を見ただけで、気づけたこと、いっぱいありました」
クラリスは、少し黙ったあと──静かに立ち上がった。
「……ありがとうございます。
“横から見る”というのが、どういうことか。もう一度、考えてみます」
──数日後。
クラリスは再びギルドに姿を見せた。
その表情は、前回よりもほんの少しだけ柔らかくなっていた。
「……この数日、改めて“横から見る”ということを試してみました。
味方の動き、敵の流れ、地形の起伏……自分なりに考えて、動いてみたんです」
「ほう。で、うまくいったか?」
「……まったく、うまくいきませんでした」
ゴルザンがふっと笑う。ミーナが、えっ、と声を上げかけた。
「でも、わかりました。“横から見る”のは、私の性に合っていません。
無理に真似すると、思考が分断されて、体がついてこなくなるんです」
「……それでも、試してみたんですね」
「はい。だから、次は──“正面からしか見えない私に、何ができるか”を考えたいと思います」
その日の午後、クラリスはギルドに紹介状を依頼した。
「配置転換を願い出ます。警備隊の門番を──“真正面から、変化の少ない”仕事を、私に任せてほしいと」
その申し出はすぐに通り、
後日談によれば、彼女は現在、中央門の警備責任者として配置されているという。
「不審者には丁寧に対応し、通過記録は全て記憶し、
“抜け道など存在しない”という圧のある真顔で追い返すそうです」
「門に最適化されてやがる……」
ミーナが笑いながら報告書を読み上げ、ゴルザンが苦笑を浮かべた。
「でも、なんか良いですね。“正面からしか見えない”ことが、そのまま強みに変わるなんて」
「真面目すぎるやつってのは、まわりとズレることも多いが──
“まわりがズレてる”場所に行けば、ちゃんとハマるもんだ」
ミーナは窓の外を見ながら、ふと呟いた。
「“正面からと横からじゃ、そりゃ見え方も変わる”……って言葉、
……でも“正面からしか見られない人”の見てるものも、やっぱり本物なんですね」
ゴルザンがマグを片手に、静かに頷いた。