第九話 種族ガチャの壁
「朝、冷え込むようになりましたね……」
ミーナがカウンターでふるふる震えながら、湯気の立つマグを両手で包んでいた。
「なあミーナ、お前も明日あそこ座ってみろよ。ギルド裏の岩場。ぽかぽかでいいぞ」
「え、あのごつごつした石の上ですか? 誰も座ってないし……」
「“光合成のミーナ”って呼ばれるぞ」
「いやいや! 私、エルフですけど、植物じゃないですからね!?」
「いや、葉っぱ付いてるしな」
「耳は葉っぱじゃありません!!」
──そんないつものやり取りをしていると、カララン、と静かな音。
ギルドの空気に、ひとつ、大きな影が差し込んだ。
「──お、来たな。今日の依頼者は……お、リザードマンか」
「こんにちは……ご予約のザッドさんですね。お待ちしておりました!」
カウンターに現れたのは、身長二メートル近い大柄な男。
肌は鈍く光る緑褐色、尾を小さく巻き込むようにしている。
リザードマン──体格も威圧感も申し分ないはずなのに、彼の目はうつむきがちで、どこか力が抜けていた。
「……ああ、よろしく……お願いします」
「えっと、冒険者経験……山岳任務、寒冷地帯輸送、地下帯調査……あれ? どれも寒いとこばっか……」
「……そういうのばかり、回されてました」
「でも、結果は……短期離脱、体調不良、パフォーマンス低下……」
「……寒いと、体がうまく動かないんです。……動くのが怖くなるくらい、冷えてしまって」
彼の声は、言い訳を避けるように消え入りそうだった。
「でもそれ、“怠慢”とか“適応力不足”とか言われて……結局、全部、自分のせいで……」
ミーナは困ったように書類を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……あの、やっぱり日光浴って、大事だったりします?」
「……え?」
「いや、さっきゴルザンさんと話してて。リザードマンってこう……石の上でぽかーんって……」
「……ぽかーんはしません」
──数日後。
「おお、帰ってきたな。どうだった?」
ゴルザンが腕を組みながら、ザッドを見上げる。
その顔には、かすかに笑みが浮かんでいた。
「……初日から全力で走れたの、何年ぶりかって感じでした」
「ほう」
「誰よりも早く荷を運べて、誰よりも遅くまで動けて……汗だくで、でも、楽しくて。
“これが、俺がちゃんと動けるってことか”って──初めて、そう思えました」
ミーナが、ぱっと笑顔になる。
「よかった……! 気温と相性だけで、こんなにもパフォーマンスが変わるんですね……!」
「努力不足とか、根性が足りないとか、ずっと言われてきたけど……
そうじゃなかったんだなって、やっとわかりました」
ザッドの背に伸びる尾が、静かに揺れた。
「就職、決まりました。熱帯資源輸送チーム──湿地帯の補給路で、現地対応も含めて」
「ぬかるみ上等、だな」
「はい。地面が熱い分、動きやすいですし。
……“得意な場所で戦う”って、すごく、当たり前だったんですね」
ミーナがぽつりと呟いた。
「……種族特性って、“壁”なんじゃなくて、“立ち位置”なんですね」
ゴルザンがマグを傾けながら、軽く言う。
「努力で全部カバーできたら、そりゃ理想だ。でもな、
“環境のせい”を引き受けて、そこから逃げずに探したやつは、もう十分立派だよ」
「……じゃあ私も、明日から光合成がんばります!」
「おう、葉っぱ伸びるといいな」
「伸びませんってばぁ!」




