第二十話 まっすぐな道ほど気持ちいいものはない
「ギルド前の花壇、また綺麗になってたな」
朝の書類整理をしながら、ゴルザンがぽつりと呟いた。
「はい、通勤途中の学生さんたちが手入れしてるらしいです!
水やりしてるの見かけて、ちょっと感動しちゃいました」
「……そっか。じゃあ、あの水道の整備がちゃんとしてたってことだな」
「え、水道……?」
「そりゃそうだろ。誰かが整備して水を引いて、配管が生きてるから水やりできるんだ。
花壇に目が行くのはいいが、その“下”を見ないとな」
「う、うぐ……! なんかズドンときました!」
そんなやり取りをしていると、ギルドの扉が静かに開いた。
「失礼します、職業相談で参りました……ベイル=ストラスと申します」
入ってきたのは、がっしりした体格の男性。
無骨そうに見えるが、声は柔らかく丁寧だった。
「どうぞ、おかけください。履歴書、お預かりしますね……」
ミーナが書類に目を通し、驚いた顔をした。
「都市整備局で、10年以上……。すごいキャリアですね!」
「ありがとうございます。……でも、そろそろ別の道に進みたくて」
「……というと?」
ベイルは少し黙ってから、ぽつりとこぼした。
「市民のために働きたいんです。もっと、“感謝される仕事”がしたい」
一瞬、空気が止まった。
ミーナはうなずきながら「そうですよね……」と口に出した。
彼の気持ちは、すごくよくわかる気がした。
「いまの仕事だと、完成しても誰にも気づかれないんです。
でも、花壇を整えた人とか、イベントで活躍してる人って、“ありがとう”って直接言われるでしょう。……ちょっとうらやましくて」
ゴルザンは、腕を組みながら天井を見上げた。
「──道がまっすぐなのは、誰かが歪みを直してるからだ。
整ってるってのは、“気づかれない”ってことでもある」
「……えっ」
「お前が敷いた道を、誰かが走ってんだ。
それって──すげえことだよ」
***
「──つまり、あなたの作った配管網が、
この地区の水害を10年以上止めてたってことですよ」
ミーナの言葉に、ベイルは目を見開いた。
「え……?」
「ここの資料、ほら。街の地下図面、引いたのあなたですよね?
去年の集中豪雨の時、この配管がなかったら、ギルド前の道、全部水没してましたって」
ベイルは言葉を失って、ただ図面を見つめた。
自分の線が、誰かの“日常”を支えていた。
その事実が、少し遅れて胸に響く。
「……でも、自分で“何かを届けた”って実感が、あまりなくて……」
「そりゃ、“下を見ない”人のほうが多いですからね」
ゴルザンがニヤリと笑った。
「だったら、“見せてやれ”ばいい。
お前がやってきたことを、わかる形で。
たとえば──“イベント”とか、やってみたらどうだ?」
「えっ……イベント、ですか?」
「ほら、子どもたち向けに、街道の仕組みとか、水路のゲームとか、掘削体験とか。
お前が今まで伝えられなかった“ありがたみ”、そういう形にして届けてやれよ」
ミーナもぱっと顔を明るくした。
「すっごくいいと思います! ベイルさんの仕事を、ちゃんと“伝える”場になるし、
楽しみながら“誰かのため”が実感できますよ!」
***
数ヶ月後。
ベイルが初めて自発的に企画した「街のしくみ体験フェスタ」は大盛況を迎えた。
その功績もあり、都市整備局の“若手育成担当”として昇進したようだ。
「地下の水道って、こうなってるんだー!」
「お兄さんすげえ!」と子どもたちに囲まれて、
ベイルは少し照れたように笑った。
「……まっすぐな道って、気持ちいいもんですね」
***
報告書を読みながら、ミーナも笑った。
「“感謝されたい”気持ちを、誰かのために使えるって、素敵なことですよね」
「……ようやく、“顔の見える仕事”になったな。
自分の背中で誰かを引っ張るのも、大事な仕事だ」
ゴルザンの言葉に、ミーナはふわっと笑った。
「……じゃあ私も、まっすぐ、進みますね」
「おう。その道、お前自身がつくるんだぜ、ミーナ」




