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941、イッチャン対ザザック

「それは無理だ」

バーのカウンターで召喚師バードルはラレンに訊かれて言った。

「俺の力ではおまえたちをガンダリアに送致することはできない」

ラレンは訊いた。

「それはガンダリアに行ったことがないからか?」

「いや、ガンダリアには何度も行ったことがある。だが、ガンダリアは遠い。俺の送致できる範囲を超えている」

「距離的に、ということか?」

「それもあるし、ガンダリアとバトシアの間には高い山脈がある。それも理由のひとつだ」

ラレンはウイスキーを口に含んで飲み込んでから訊いた。

「せめて途中まで送致することは可能か?」

バードルもウイスキーを呷って言った。

「ああ、あの山脈の峠になら送致できる」

「三人でもできるか?」

「ああ、可能だ」

「馬と荷物も一緒にできるか?」

「なんとかやってみよう」

「ありがたい。じゃあ、明日にでも・・・」

そう言ってラレンはバードルの手を取ると、ラレンの背後で離れたカウンター席から声をかけた者があった。

「それはダメだ。まだ早い」

ラレンは誰かと思って後ろを見た。

ラレンから五つスツールを挟んだ席に、カーボーイハットをかぶった男が独りでグラスを傾けていた。

ラレンは言った。

「おまえは誰だ」

その男は笑った。

「俺か?」

その男はカーボーイハットの(つば)を人差し指で持ち上げて、ラレンを見てニヤリと笑った。

「俺はイッチャンだ」

ラレンは言う。

「なにかっこつけてんだよ。それに一人称は常にイッチャンじゃないのかよ?今、俺って言ったよな?」

「イッチャンは俺などとは言わない」

「言った」

「言わない」

「もうどうでもいいわ。ところで俺たちが送致されるのはまだ早いってのはどういうわけだ?」

イッチャンは言う。

「ザザックの呪いは消えていない」

ラレンは言う。

「あいつはもう歩けるぞ」

イッチャンは言う。

「歩けるかもしれない。もしかしたら走れるかもしれない。でも無理だ。イッチャンが診たところ、呪いは消えていない」

すると、バーにひとりの男が入って来た。

ザザックだ。

「ラレン、俺も飲みに来たぜ」

イッチャンは言う。

「ほう、ここまで歩いて来られるとは、回復力が早いな」

ザザックはイッチャンを見た。

「おお、医者の先生も日暮れ前から飲んでいるのかよ?」

イッチャンは言う。

「ちょっとの酒は健康にいい」

「ちょっとの呪いも体には良くないか?」

「ダメだ。呪いは完全に除去しなくてはならない。また悪魔になりたくなければイッチャンの言うことを聞け」

ザザックはラレンの隣のスツールに腰掛けてイッチャンに言う。

「あんたは俺に回復魔法をかける。たしかに効いてきた。だから俺はこうして自分の足でここまで歩いて来た。もう充分だ」

「いや、まだだ。おまえは呪いの怖さをわかっていない」

イッチャンがそう言うと、ザザックはウイスキーを注文して、こう言った。

「この調子ならば、俺は明日にでも旅に出られる。それだけ元気なんだ」

「いや、ダメだ。旅をする元気はあるだろう。だが、おまえは剣士だ。敵を殺すだろう?それがまずい」

「どうまずいんだよ?」

「殺意は呪いの力を高める」

「なに?」

「こう考えればわかるかな?ザザック、おまえの体の中には虫が入っている」

「虫?」

「これは(たと)えだ。その虫はおまえの殺意や悪意を食べて繁殖する。今、おまえの体の中の虫はほとんど死んだ。イッチャンの回復魔法で。しかし、まだわずかに残っている。おまえが戦えば、その虫たちはまた増殖し、おまえを悪魔にするだろう」

「俺はもう魔剣は持っていないぞ」

「虫たちは魔剣を通しておまえの体に入り込んだのだ」

ザザックは訊いた。

「それは魔剣なしでも悪魔みたいに強くなれるということか?」

イッチャンは目を丸くした。

「おまえ、何を考えている?」

「俺はこのままでは最強になれるとは思わない。聖剣士には敵わないだろう。だが、悪魔の虫を利用して、俺の力を引き出せないかと思うんだ」

「おまえは、呪いの力をまったくわかっていない。そんなことではガランは斬れないぞ」

「どうせ、俺は悪人だ。俺の悪と、ガランの悪が俺の中で戦っているような気がするんだ」

イッチャンは言う。

「それは素人の錯覚だ」

「俺は悪の玄人だ」

「イッチャンは医者だ」

「医者に剣士の中身がわかるのかよ?」

「医者はどんな人間の体の中身もわかっている」

「でも剣士ではない」

イッチャンは怒って、立ち上がった。

「もうイッチャンは知らん!マスター、お勘定」

イッチャンはコインをカウンターに置いてバーを出ていった。

ザザックは言う。

「ラレン、明日出発だ。その前に新しい剣が欲しい。カネはあるか?」

「ある。しかし、本当に大丈夫か?」

ラレンが言うと、ザザックは笑う。

「おまえはイッチャンと俺のどちらと付き合いが長い?」

「おまえだ」

「じゃあ、俺がどんな男かわかるだろう?」

「悪党だ」

「だから、体の中に悪があるのは当たり前なんだ」

「しかし、明日というのは・・・バードル、やってくれるか?」

ラレンが訊くとバードルは答えた。

「イッチャンの言うことは聞いた方がいいと思うぜ?」

ザザックは言う。

「こちらもいろいろとあるんだ。頼む、俺たちをガンダリアに送致してくれ」

バードルは言う。

「いや、ガンダリアまでは無理だ。さっきもラレンに言ったが、途中の峠にならば送致できる」

「なぜ無理なんだ?」

バードルはザザックの質問に答える。

「俺の魔法力の限界だ」

「なるほど。わかった。峠まででいい。それでも二日いや、三日の短縮だ」

「三人と馬三頭でいいんだな?」

「ああ」

ラレンは言った。

「じゃ、夕食前に武器屋に行こうか?」

ザザックは出されたウイスキーを一気に呷って立ち上がった。

ラレンがふたり分払った。

バードルは立ち上がらなかった。

彼はグラスを傾けて言う。

「明日のいつだ?」

ラレンは言う。

「朝だ」

「わかった」

ラレンとザザックはバーを出た。


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