939、クマのドラゴン、クマトス
ユリトス一行は、森の中の道を西へ向かった。
緩やかな下り坂だった。
五味は不安だった。
ミラル王妃がガランに攫われたことも衝撃だが、自分がそこに行き何ができるか、それが不安だった。
五味には九頭のような聖剣はないし、加須のような美声もない。まったく凡庸な、何の取り柄もない男で無力感が不安をさらに煽っていた。
「俺は何者なんだ?なぜ、この世界に来た?ただ、ラーニャとセックスをするためだけか?」
五味の気持ちはセックスだけには留まらなかった。
人間は生まれ、恋に落ち、セックスをして子供を作り、育てたら死ぬ。それだけか?
なんのために生まれてくるのか、自分はなんのために生きているのか?
五味にはまったくわからなかった。しかもここは異世界。この世界に来た意味は?
民主主義を広めるためではないと五味は考えていた。たしかにこの世界を去る前にラーニャとセックスをしたかった。それは強い希望だった。しかし、それだけか?
ぼんやりと五味が考えていると、ポルトスが言った。
「この辺で、昼食にしよう」
ベランは言った。
「お?いいな」
ネズミのドラゴンは言った。
「お、それは楽しみ」
しかし、ポルトスは言った。
「おまえたちの分があるわけないだろう?十人も仲間に加わっても食料はそんなにない。それにドラゴンの胃を満たすのは人間の食料とは桁が違うだろう?」
ベランは言う。
「ああ、わかっている。よし、おまえら、狩りに行くぞ」
ドラゴンたちは飛び立っていった。
しかし、ひとりだけ残った者がいる。
クマのドラゴンだ。
彼は言う。
「俺の予感ではここにクマが出る。俺はおまえたちの護衛のために残った」
アラミスは言う。
「クマくらいで俺たちがやられると思うか?こっちにはユリトス先生がいるんだぞ」
クマのドラゴンは言った。
「おまえたちはクマを敵と見做すのか?」
「?」
クマのドラゴンは言った。
「クマは食料を求めて人の前に現れる。人間を敵とみて襲うためではないんだ。俺はクマと交渉するために残った。ここはクマの生息域だ。人間が大きな顔をして自分たちの道だと勘違いするべきではない。ここはクマのテリトリーだ」
ポルトスは湯を沸かしコーヒーを淹れた。
食事はパンだった。
人間が食べているあいだ、クマのドラゴンは座ったまま周囲を窺っていた。
すると、森の中から一頭のクマが現れた。
五味と九頭と加須は震えた。ドラゴンたちとの戦いを経験してきたとは言っても、やはり、クマなどの猛獣はどの世界にいても怖いものだ。
クマのドラゴンは立ち上がった。そして、出てきたクマに話しかけた。
クマは大人しく、元来た、森の中に戻っていった。
クマのドラゴンは五味たちに言った。
「あいつはパパになったばかりで、近くに妻と子供がいるから、人間を警戒して出てきたそうだ」
五味はクマのドラゴンに訊いた。
「おまえ、名前はなんと言うんだ?」
クマのドラゴンは笑顔で答えた。
「クマトスだ」
五味はクマトスが平和的にクマと交渉したのを見て思った。
「俺には聖剣も歌声もない。ただ、平和を愛する気持ちなら負けない。それならば、俺にあるのはもしかしたら交渉術か?いや、そんなものはないか・・・」
そこへ空からベランたちが降りてきた。
「おー、牛だ牛肉が食えるぞー」
ベランたちは仕留めた牛を道の真ん中に降ろした。
ネズミのドラゴンは言った。
「さあ、解体ショウだ!」
ユリトスたちはすでに食事を済ませてあった。
馬に乗り、ベランたちに言った。
「我々は先に行く」
ユリトスたち人間は馬で先へ出発した。
ベランは言った。
「おいおい、待てよ。牛肉をやろうってのに」
ポルトスは背を向けながら言った。
「解体したら、飛んで追いかけてきてくれ。俺が料理する」
ベランは笑って牛の解体を始めた。




