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ミステリ作家の異世界日記――小説を書こう、異世界で  作者: 黒井影絵
第6章 冒険者の条件

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040――引き裂かれた太陽

 ――このダンジョンを作ったものは狂っている……。


 ここは、憎悪に凝り固まった存在が、この世に存在する悪意を集めて凝縮したような拷問のような世界だ。

 このような心無い空間を作ろうと考えたモノが誰かは知らないが、それは如何に狡猾で邪悪なる存在なのか……もしかして、それが旧支配者が崇めた上位存在であるのなら、“彼”は人間を心底軽蔑しているのだろう。

 階層を下るにつれてその思いは強くなる。

 様々なトラップが気力を削り、宝箱を見つけて駆け寄れば魔物に変わり、悍ましい魔獣が容赦無く命を刈り取る毎に、仲間の正気は確実に損なわれていく……。

 そして“彼”は今この瞬間も、我々が絶望に魂をすり減らしている様を眺めて嘲笑しているに違いない……。


 ◇


「変なモノローグを付けないでください、兄さん。しかも、無駄にいい声で悔しい」

 デンはソファで寛ぎながらポテチを摘んでいた。

「いや大体あってるだろ。そういう顔してるし、連中」

 俺たち、叡智の使徒は領事館の書斎でタブレットを接続したテレビに映し出されたソルラエダのダンジョン攻略の実況中継を眺めている。

「人を邪神か悪魔みたいに言わないでください……そもそも、冒険者ギルドの依頼は『人間には絶対クリアできない難易度のダンジョン』ですよ?それで注文通りのものを作ったのに内容が酷すぎるって言われるのは納得出来ません」

 それは理解している。理解はしているのだが……。

「うわー、落とし穴に落ちて串刺しになってる……痛そー」

 ゲンマはうえーとか言ってるが、明らかに本気で同情していないな……ホラー映画でも見ている感覚だろうか。

「だって、助かりたいならエレベータで戻ればいい話だからねー。こっちから助け舟だしても無駄でしょ」

 そういいつつ口にポップコーンを放り込んでる。

 それにしてもトラップが一々エグいんだよな……これで諦めないってのも大概なんだが。

「例の黒い宝石でゴリ押ししている状態ですね……攻略の仕方としては正直どうかと思いますが……」

 デン曰く、難易度は高いが正道な解法は存在しており、隠されたヒントを元にキチンと謎を解けば、ノーダメージで抜けることは一応可能らしい。

 もっとも、奴らの知能レベルでは、システムのお眼鏡に適った超天才が作った謎を解くのは無理だと思うが……。

 誘拐事件を解決した以上、困難の峠は超えたが、まだダンジョンを巡る暴動の危機は続いている。


 ◇


「キマリス様とは連絡はついてないのか?」

「ああ、定期的に外の状況を伝えてくれる筈なのだが……何かあったのだろうか?」

「まさかゲンマにやられたんじゃ……」

「いや、それはない!何せ、彼の方はドラゴンスレイヤーをお持ちになっておられる!これまで、あの剣で火竜や飛竜を討伐してきたと語っておられた!赤龍如きに殺されるとは考えられん!」

「我々もさらなる強化をしなければな……ここから出たら、奴らと戦うことになるのだから……」


 ◇


「火竜?そんなのこの世界にいるのか?」

 ここに来てからそんなの聞いたことがないな。赤龍の親戚だろうか。

「……あー、サラマンドラの古い呼び名だね。この星原産の火を吐くトカゲだよ。えー、あんなのと一緒にするなんてひどいなぁ」

「サラマンドラって、確かジョイスが討伐した奴だよな……」

 俺がインタビューして文書に書き起こしたから、その内容は憶えている。

「そうそう。うちのメンバーでも準備すれば討伐できるよ」

 エルス族と同様に魔族もトラウマで龍族の存在がタブー化した結果、長い年月と共に正しい知識は失われたのか。

 俺の考えでは、お館様がプラズマ生命体と呼んだ龍族にダメージを与えられる手段は限定されている。

 ただの物理攻撃では傷つけることすら到底無理だ。


「まぁ、彼らは、しばらく遊ばせとけばいいよ。それより、冒険者たちの不満が爆発しそうな件をどうするかだよ」

 ゲンマはゲンナリしている。

 安全な王都で甘やかされて増長した自称エリート冒険者なら、もっと早くに音を上げるかと思ったが、キマリスの生半可な助力のおかげで、想定よりも元気で事態が長引いている。

 詫び石配布くらいじゃ収まりそうもないか。

「それに関しては冒険者ギルドの頑張りに期待するしか無いでしょうね……」

 デンが天井を見上げてぼんやりしていると、俺のスマホが振動した。

「緊急会議だと。何か動きがあったようだ」

 俺たちはテレビを消して、地下会議室に向かった。



「ギルド主導で王都のダンジョンを解放した」

 ギルド長デンスは肩の荷が下りて安堵した風に報告した。

 これは朗報だろう。

 確か、ソルラエダのメンバー・パリエースが壁として抵抗していた筈だが。

「うちのギルド幹部が粘り強く説得してくれたおかげで穏便に潜入できた。その後、制御室に到達……ダンジョンの管理者権限を奪取した。それに伴い、ソルラエダのあの四人を容疑者として正式に公開捜査の対象とする申請を各国に通達済みだ」

「今更ー?罪状は何さ?」

 ゲンマは半ば揶揄うように尋ねた。

「――同志殺人罪だ……制御室で他殺死体が発見された。所持物から十数年前にソルラエダのメンバーだった盗賊ヤコブスだと思われる」

 ギルド長の重々しい物言いと内容に俺たちは真顔で固まった。

「冒険者ギルドは“同志殺し”――特に同じパーティメンバーの殺人だけは絶対に許さん。ましてや容疑者はハイランカー、これはギルドの沽券に関わる問題だ」

 なるほど。奴らがあれほど王都のダンジョンに固執していたのはそういう訳か。

 王都のダンジョンは彼らにとって、ステータスシンボルであると同時に破滅のトリガーでもあったと。それじゃ、手放せない訳だ。

「ああ……哀れな連中だ。身の破滅を察していても逃れられない、魔性の女みたいな迷宮に魅入られた奴らだ……しかし自業自得だ。救済の道は何度も提示してきたが、それを選択しなかった以上同情の余地はない。ともかく、これで、王都のダンジョンを解放する手筈は整った。内部の安全が確認され次第、ギルド主導の運営の元、一般公開する予定だ。これで騒動も緩和するだろう」

 自治区はダンジョン公開に向けて万全の準備をしてたのにキャパシティ超えしていたからな。

 少しは落ち着いてくれればいいんだが。


 ここで、会議室にモモちゃんが入室した。

「ただいま戻りました!それと、報告があります」

 念の為に山荘の周辺の探索を彼女に依頼していたのだが、その途中で、思わぬ発見があったようだ。

「山の中腹に隠蔽された坑道を発見しました。ざっと調査した結果、内部に人影はありませんでしたが、まだ鉱脈が残っているみたいです」

「へぇー。過去に非合法組織が違法採掘した跡かな……?」

 この報告を聞いてギルド長はふむ、と思案して言った。

「領主方、この件の調査、冒険者ギルドに依頼してくれないか?」



 この情報は直ちに公布されて、自治区のギルド支部に詰めかけて抗議していた冒険者の半数は王都に帰還した。

 プリムムダンジョン臨時閉鎖解除の目処が立ってない以上、便利で住み慣れた王都の方が良い冒険者は多いだろう。

 それに転移門があるので、ここに張り付いている意味はほとんどない。


 また、裏で不満を焚きつけていたであろうソルラエダのシンパも、奴らが同志殺人罪で指名手配されたのを知り、活動をピタリと辞めて自治区から逃げるように出て行き、取り残された末端の構成員は後ろ盾を失くしたのを悟り、わざとらしく社会奉仕活動に専念し始めた。

 王都の方も似たような状況のようだ。

 ダンジョン管理委員会のカタリ派元官僚たちも犯罪行為の関与を疑われるのを恐れて雲隠れしたとのことだ。

 カタリ派が崩壊目前な以上、王都に彼らの居場所はない。

 ソルラエダが作り上げた支援組織は事実上壊滅した。


 さらに、冒険者ギルドが突発イベントとして、発見された隠し坑道の調査クエストを公布し、希少鉱脈があるかもしれないという噂に釣られて、残った冒険者の半数がレア素材の採取を目論み、テクトム山脈に流れた。

 レベリングでの強化も重要だが、装備品の強化には希少鉱石は必要不可欠で、ダンジョンの高ランクモンスターからのレアドロップを期待するより、入手の難易度は低く、期待値はかなり高い。

 資金繰りに悩む中堅冒険者には嬉しいイベントだ。


 残りの冒険者は今後も自治区に腰を落ち着けるつもりの者たちのようだ。

 多くの人間がここに押し寄せた結果、様々な男女の出会いがあるのも当然だ。

 ギルドの制度改革の後押しを受けて、ここで家庭を作り子供を育てようと考えているのか、各種施設や他にはない学校に興味を持つものが少なくない。

 彼らはこのダンジョン閉鎖を将来について落ち着いて考える機会と捉えて、社会奉仕活動でポイントを稼いだり、自治区の情報を集めたりと有意義に過ごしているようだ。

 根無し草と呼ばれ地域住民に白い目で見られがちな冒険者にとって、英雄ジョイスの故郷で出来たばかりの自治区は真面目な冒険者が住むのに丁度いい場所だろう。


 学校に関しては単身者からも問い合わせが多かったので、ギルド支部で大人向けの臨時講座を開くと、大変好評でギルド長も各地で常設することを検討し始めた。


 それでも、まだ暇そうな冒険者は残っていて、昼間から酒場でグダってたので、ジョイスが彼らを無理やりまとめて森に採取と狩に連れて行った。


 こうして関係者の尽力で暴動の危機はなんとか去った。



 俺たちが次にソルラエダの動向を見ると、既に通知で外の状況を知ったのか、青い顔で無言で歩いていた。

 恐らく、身内からも、ギルドからも、龍王国の行政からも、出頭を促す通知は受け取っているだろう。

 しかし、彼らの足はエレベータではなく、階下への道へと進んでいた。

「何を考えてるんですかね?仮に制御室に到達したとしても、最早どうにもならないでしょうに……」

「考えたくないから一貫性に準じてるんじゃない?人はそういう時は直前の行動を繰り返すものだよ。ただ、そこに未来がないってだけで……一種の逃避だけどね」

「はぁー、私には理解できませんね。サンクコストは早めに切り捨てるべきなのに」

 デンとゲンマの会話をぼんやり聞いている間にも彼らはトラップに引っかかり肉体を損失しては例の宝石でそれを補っていた。

 黒い宝石を使うたびに彼らは強くなっていったが、見た目は人間から逸脱しつつある。

 特に部位を欠損した時――コレクチオが右腕を魔獣に噛まれて失った時は、真っ黒で毛むくじゃらの腕が代わりに生えてきた。

 パーヴォが左目をえぐり取られた後は真っ赤な猛禽類のような目が、クルテルが火炎ブレスで重度の火傷を負った時は皮膚の代わりに鱗が、それぞれ代わりに生えてきた。

 そして、その使用頻度は難易度の上昇に比例して増えて行った。

 自身が人外に近づいていることに自覚があるはずなのだが、逸脱していく恐怖よりも得られた力がもたらす高揚感が上回って酔いしれているように見える。

 人間至上主義の選民思想はどうしたんだ?


「美しくないなぁ……チート頼りな上に力技で攻略なんて最低ですよ。ゲーマーの風上にも置けない所業です」

 デンは不愉快そうに言っているが、気にするべきはそこなのか……。

「しかし、真面目な話、どうするんだ?こいつらが外に出たら、間違いなくパニックになるだろ?」

「ギルド幹部がなんとかするでしょ。彼らは本物の強者だからね。こんな付け焼き刃で強化された魔人なんて、ただの魔物でしかないよ」

 ゲンマはそう言うが、俺はこの世界の強さランクは良く分からないな。

「分からないのが普通だよ。でも彼らは常に限界に挑戦し続けている最先端の冒険者だからね。権勢にあぐらをかいてるレベルが高いだけの輩が勝てるほど甘い世界じゃないよ」

「以前デンスさんに話を伺った所、上位存在に入りかけてる――ヘカトンケイルクラスにも対処した事があるようなので、あの程度なら大丈夫じゃないですか?」

「トラブルの解決に関しては彼らは専門家だからね。まー、最悪、ボクがブレスを吐けば終わるよ。ジョイスに怒られるから、やりたくないけど」

 お前やめろよ?俺も怒るからな。自治区内でそれやったら絶交だからな!

「えー、絶交ー?それは嫌だよー」

 俺たちがそんなやりとりをしている間、画面の中で奴らは物理攻撃を反射する神獣と魔法攻撃を吸収する聖獣のコンビネーションに苦戦していた。


「ところで……最下層には何があるんだ?」

 よく考えたら何も無いのに、ここまでの難易度にする必然性は無いように思えた。

 百戦錬磨のギルド長が人間に到達されては困る理由があるのだろうか。

「今は何も無いです。以前はちょっとマズイものが有りましたが……叡智の図書館でダンジョン仕様を閲覧出来たので移動可能となりました。今はこの領事館の地下にあります」

「……大丈夫なのか?」

「それ自体は危険な物ではないです。ただ、人目には触れない方がいいでしょう」

 魔物や武器の類ではなさそうだな。

 ゲンマが平然としている所からも直ちに周辺に害が及ぶものではないのだろう。

 

 そうこうしてる間に彼らは、ついに最下層に到達してしまった。


 ◇


「本当にここが最下層なのか……何も無いではないか!!」

「……調査が足りないんだよ……もっと調べなきゃ……調べ……しら……」

「怖い……罠……怖い……やだ……痛いの……嫌……」

「アアああああぁぁぁあああアアア……ムかつくぅうぅぅぅ……!!」


 ――ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン……

 ――ボゴォ――!!


 ◇


「結局、最後まで力技とはね……がっかりです。これならコミットさん達の方が遥かにマシですよ」

 コレクチオは異形に成り果てた双腕で地面を殴り続けて床をぶち抜いてしまった。

「じゃあ、あいつら地上に出てくるかもしれないのか……ギルド長に連絡した方がいいな」

 俺がスマホを取り出してメッセージ文を打ち込もうとした時、ゲンマに制止された。

「どうした?」

「何……あれ?」

 ゲンマは画面を指差した。

 真のダンジョン最下層の床に彼らは降り立つ。部屋には小型の転移装置が一つ置いてあるだけだった。

「あんなの置いていたのか。どこに繋がっているんだ……デン?」

 俺がデンにの方を向いて尋ねると、彼は唖然とした表情で画面を見ていた。

「……私は設置した憶えはありません」

「は?」

 異常事態が起きたようだ。


 画面の中の奴らは数分の逡巡の後に転移装置で移動した。

 同時に画面にノイズが走り、どこか別の場所に切り替わる。

 そこも、石造りの壁に囲まれた広い空間だった。

「壁の模様は王都のダンジョンに似ているけど……?」

 ゲンマはボソリと呟く。

 転移してきた一行は辺りを警戒するように見渡している。

 そんな中、近づいてくる靴音が響き渡る。


 ◇


「どういうことなの……もういい加減にしてよ……」

「ここはどこなの……こわい……こわい……」

「ぐわぁああぁ!!ぐわぁあああ――!!!」

「――!!!、誰だ!貴様!!」


 靴音は止まった。

「ここは王都のダンジョンの隠し部屋だ」

 聞き覚えのある声が響き渡る。

「そして、私は叡智の管理者」

 奴らの視線の先にいた黒いタキシードに身を包んだ長身の男が顔を上げる。

「『未開の猿』だ」


 ――お館様何してるんですか……。

 俺たち叡智の使徒三人は同じ事を思っただろう。


「じょうい……そんざい……?」

「そういう事になるな」

「ガァ!グギャワワワーーー!!!」

 完全に人間性をかなぐり捨てたコレクチオはお館様に襲いかかろうとしたが、次の瞬間、背後の壁に張り付いていた。

 以前に上位世界で俺とゲンマが戦った時にお館様が放った、あの黒い槍のような何かに貫かれて、もがいていた。

「ギャイィィィ……グギャウウウ……!!!」

 攻撃の前振りも気配も全く感じなかった。

 奴はそれを引き抜こうと必死になっているが、槍から漂う黒いオーラは触手のように絡みついている。

 残りのメンバーは仲間が苦しんでいるのを呆然と眺めている。

「どうした?君たちは仲間なんだろう?助けないのか?」

 お館様が不思議そうに奴らに尋ねると、堪りかねたようにクルテルは絶叫した。

「もう、いやぁあああぁぁ――っ!!!」

 彼女は壁に駆け寄って、ある筈のないエレベータを探すように壁を必死に叩き出した。

「もう、無理!出して!ここから出して!!誰か!!助けてぇーっ!!!」

 半狂乱で壁を叩く内に、その手は血まみれになり、口から出る言葉は意味のなさない悲鳴のみになっていった。

「……待って……謝るから……だから……許して……」

 パーヴォは絶望で青ざめた顔で口をパクパクさせながら後ずさる。

「我々をどうするつもりだ……」

 リーダーはまだ理性が残っているようだ。

「どうもこうもない。君たちはもうどこにも行けない……というより、その身体でどこに行こうというのかね?」

 リーダー・アウルムは仲間の姿を改めて見る。

 剣士のコレクチオは毛深い獣人のような姿で理性は完全に失われていた。

 盗賊のクルテルは鱗に覆われて膝下のふくらはぎにヒレのような物が生えていた。

 魔術師のパーヴォは体のあちこちが羽毛に包まれて、その目は鷹のようにギラついていた。

 彼は仲間の醜悪さから目を背けるように地面に顔を向けるが、足元の水たまりに映った自分の姿を直視した。

 そこには仲間に引けを取らない異形の怪物がいた。

 触手となった髪の毛が蠢くのを見て、アウルムの理性の糸はぷっつりと切れて彼はその場に崩れ落ちた。


「君たちは長い間王都のダンジョンを独占してその富を収奪し続けた」

 お館様の穏やかな声に乗って、奴らの運命が定められる。

「せめてその富が未来への投資に使われるのを期待していたが、結局その兆しもなく、ただ腐敗の温床として、未来――メシアの可能性を摘み取る害悪となった。これは世界の管理者として看過できない事態だ」

 奴らが呆然としている間も、その異形化は進んでいた。

「君たちは、これから、この王都のダンジョンから奪った富の分、その身をもって迷宮と冒険者……未来の英雄候補に奉仕することになる――異議は認めない」

 お館様の沙汰が終わる頃には奴らの見た目は完全に魔物となっていた。


 ――画面はそのまま暗転した。



「成る程……まぁ、あいつらにはお似合いの末路ではあるな……」

 ギルド長は俺たちの報告と記録された映像を確認した後、しみじみと言った。

「分かってはいるだろうが……この事は内密にな。今の話と関連するが……王都のダンジョンに、新種の魔物が四体が発見されている。脅威度は高くなく、十分に準備していれば対処可能だ。それと討伐後、再出現(リスポーン)する事も確認している。あんな悪党でも人間のはしくれだ。冒険者たちが知って良い気分になる情報じゃない」

 それは当然だろう。公表しても誰も幸せにならない。

「ソルラエダは功名を焦り、分不相応に危険区域に突入して消息が途絶えた――そういうことにする」

 この会議の後、デンはタブレット内のソルラエダに関する全ての記録を消去した。



 プリムムダンジョンは内部調査の後、安全が確認出来たと公に発表し、我慢強く待機していた冒険者は喜びに沸いた。

 その影でソルラエダが消息を絶った事が小さく報じられたが、気にするものは誰もいなかった。

 それと前後してカタリ一族、当主と娘イーリスは少数の使用人と共に失踪したらしい。

 王都から旅立ってからの足取りが掴めないとのことで、他国へ亡命したのかもしれない。


 龍王国の内政を私物化して権力を欲しいままにしてきた大官僚カタリ一族はこうして瓦解した。

 これで停滞していた龍王国民の意識改革も進めばいいのだが。


「これでひとまず安心だね。そういえば魔術師アルゲンはどこいったんだろう?」

 ゲンマは首を傾げているが、あいつ一人くらいなら大丈夫じゃないか。

 そんなに好戦的な奴でもないし、小心者だから自治区には近寄らないだろう。

「一応、オクルスとウォクスに頼んで消息は調査するがな。それより気になってるんだが……」

「ん?何?」



 俺の目の前には、プリムムダンジョンの最下層に隠されていた物体がある。

 高さ二メートルくらいの金属製のオブジェ……俺はかつてこれに似たような物を見た事がある。

 イテレータの屋敷の地下にあった装置、“ルートエッグ”。

 デザインはそれに酷似しているが、明らかに異なる点があり、目の前のそれは七色に輝いている事だ。


 ――“レインボールートエッグ”

 魔石を十個消費してレアアイテムを入手可能な伝説の遺物だ。


「へぇー、これはすごいねー」

「……デンは使ったのか?」

 俺はデンに尋ねた。

「いえ。元々、こういう安易な課金要素は好きではないので……Pay to Winって邪道だと思います」

 やっぱり変な所で真面目だな……兄としては頼もしい限りだ。

「君は使わないのかい?」

 ゲンマに聞かれて、俺は顎に手を当てて考えた。


 あの時、イテレータに助力を求めた時、俺たちはピンチだった。

 藁にもすがる思いで当てたアイテムはとても有用で今でも重宝している。


 しかし、今の俺は安全で充実している。

 多くの友と仲間に囲まれ、遣り甲斐のある仕事に追われ、豊かな実りある日々を過ごしている。

 今、これ以上、を求めるのは正しくは無いと感じた。


 それにイテレータのガチャ中毒によって都市エモートは繁栄したが、その代償として秘密結社と深く関わり、如何なる事情だろうと、魔族という外患を招くことに加担することまでやってのけた。

 イテレータはエルダーエルスの中ではマトモな方だと思うが、それでも一歩間違うと龍大陸を戦乱に巻き込みかねない愚かな行為をした。

 その一因がガチャ中毒かもしれないと考えると、安易に手を出して良いものでは無いだろう。


「やめておこう……『ガチャは悪い文明』だしな」

「そうですね……それが良いです」

 デンは苦笑しつつもホッとした様子で頷いた。

 ゲンマは良くわからないようで首をひねっている。

「ふーん……まぁ、いつか必要になるまでここで封印しておくよ。ここなら誰も入って来れないからね」

 俺たちは地下の宝物庫の重い扉を閉じ、強力な結界でこの空間を封印した。



 そして、俺たちはデンと共にダンジョンの最下層を確認に行ったが、そこに転移装置は無く、ただの空っぽの部屋となっていた。


 ソルラエダ――その名は“太陽の馬車”を意味するが、決して沈むことがないと驕り高ぶっていた奴らは、自らの欲望と罪の重さにより墜落した。


 普通の人間が英雄を目指す――その事は、ジョイスも奴らも同じである筈なのに、日々、何を積み重ねたかによって、ここまでの違いが生まれてしまう。


 そして超越した上位存在からすると、メシアに比べたら、俺たちと奴らの存在価値に自負するほどの差はないのだろう。


 俺はデンに頼み、簡素な石碑(モニュメント)を建てて貰った。

 ここに部外者の冒険者が来る事はないだろうが、今後の戒めとしての墓標は必要だろう。

 俺は石碑にメッセージを刻む。


 ――太陽、ここに沈む。


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