076――祭りの後〜新たなる強敵
予定より時間はかかったが、何とか城壁外での宴の準備は終わり、打ち上げが始まった。
最初の乾杯の音頭の時はぎこちない雰囲気だったが、酒が入るとその空気は薄れていき、小一時間も経たないうちに、連中はすっかり出来上がった。
人間領域の戦士達はひたすらに酒を浴びるように飲んで盛り上がり、大騒ぎしている。
魔大陸の現地勢は配られた記念品のライターやボールペン等に興味を示し、それを肴に仲間と語り合っている。
転生勇者たちは、配給された食事、久しぶりの地球の食事に歓喜して、泣きながら故郷の味を堪能している。
人数が人数なので、無料で全員の腹を満たすのは無理だったが、その後、有料で販売された酒や屋台は大盛況で、彼らは、完全に酔っ払いと化し、どんちゃん騒ぎを繰り広げていた。
俺とゲンマが挨拶回りをすると、彼らは極度に緊張して固まった。
中でも、ザマイ・マサラ王国の勇者ハルトは俺を見るなり
「ナンマイダーナンマイダー……」
と、念仏を唱えて拝み始める。
何故に拝む……俺は仏じゃねぇ……。
オチュードは、魔王セアルが暴れた辺りから廃人状態で、髪の半分は白髪となり、十歳は老け込んだように見える。
「早く故郷に帰りたい……もう、戦いは嫌だ……」
彼は体育座りをして膝を抱え、それだけをブツブツ呟いていた。
一方、入賞した勇者カケルと、その仲間のサムライ・アキラは魔大陸に戻る気は無いようだ。
「俺たち、イノちゃんの親衛隊に入りたいです!」
「えっ?」
冗談かと思ったら二人とも真顔だった。
地球では大学生だったらしいが……後でヒズに相談するか。
バンを追いかけてた三人娘は、仲直りしたのか、普通に食事を楽しんでいた。
意中の人であったバンが龍王ガーラとのお食事会の後、お泊まりの上に宮殿に滞在延長と聞き、がっくりと落ち込んだものの、諦めが付いたようだ。
そんな彼女達はアースガード自治区自体に興味を示す。
「学校なる制度に興味があります。転生者達から異世界には国や富豪が運営する教育機関が存在するという話は聞いてましたが、出来れば実際に体験してみたいです」
クックロココは王族らしく、社会制度に関心を持ったようだ。
「失恋してしまった以上……推しへの愛に生きる……」
クーデルラは不穏な事を言っているが、上級魔族の血を引くらしい魔術師の彼女はギルド幹部で魔法博士アイディへの弟子入りを希望しているとのことだ。
「えっ?この天才薬師のヤン・デルシアちゃんに、ゲンマ様自らスカウト?!やったー!」
ゲンマは二人が自治区に残るついでにナス子の助手にどうかと、彼女に声を掛けた所、二つ返事で了承した。
大丈夫かな?この娘。心の闇が深そうだけど。
そして、勇者リツは、妙にさっぱりした面持ちだ。
「コモンセンシス共和国に帰還後、責任を取って勇者は引退します」
どうやら、騒動のどさくさにまぎれて雇った暗殺者を使いジローの無力化を計画していたが、暗殺者がクーフリンに怖気付いた上に、真の勇者の究極奥義の威力を目の当たりにして、全てを諦めたらしい。
それでも、彼のスタッフはまだ未練があったらしいが、あれだけ多くの魔大陸の人間が見ていた以上、隠蔽は不可能とリツ本人が決断した為に断念したとのことだ。
「あの面会の時に……ゲンマ様が何度も『何故レベルに拘るのか』とお尋ねになった意図が分かりませんでしたが……今ようやく分かった気がします」
「へぇー?」
「僕は強くなりたかった……でも、それは誰かの為ではなく、自分の為……それも、他人に文句を言わせない為、だった。世界で唯一の勇者で居続けていれば、自分が只の凡夫ではなく掛け替えのない、この世で一番特別な人間でいられると思っていた……」
リツは空の彼方を見つめながらぼんやり呟く。
「僕は誰かのスペアでは無い……議員の父親に、周りの人間に、死んだ兄の代替じゃないと証明したかった……しかし、僕には本気で人々の為に戦う気も……ましてや誰かの為に死ぬ覚悟なんて無い事に、気づいてしまった……元より勇者の器なんて持ってなかったんです」
彼はそう言うと、自嘲気味に微笑んだ。
「まぁ……自覚するのが遅すぎた……って所でしょうか……?」
「ふふ、遅すぎるって事はないよ。一生気がつかないよりかはマシだからね」
ゲンマは彼の肩に手を置いた。
「これからの健闘を祈るよ」
「ええ、前途多難ですがね……」
リツはそういうが、その瞳に迷いはなかった。
「あの……ゲンマ様……」
あれから、少し落ち着いて正気に返ったカイセットはゲンマに語りかけた。
「ん?どうかした?」
「はい……私の部下である、オッズが見当たらないのです……今までこんな事はなかったのに……」
彼は周囲を見渡している。
「ふーん、どうしたんだろうねー?まぁ、一応警備にも周知しておくよ」
「ありがとうございます。それにしても……一体どこに行ったんだか……」
彼の顔色は青く、まだ疲労の後が滲んでいるが、心底下僕の身の上を心配しているようだ。
お祭り騒ぎは朝まで続いたが、オッズは見つからなかった。
■
翌朝、クオート族の外交官であるミュラとナジャが自治区に現れ、二日酔い気味の魔大陸の者達を集めて言った。
「魔大陸への帰還を希望される方は私たちが責任を持って引率します。希望者はご遠慮なくお申し出ください」
この申し出に、半数の人間は飛びついた。
特に、オチュードとハルトはいの一番に縋り付いた。
リツとその取り巻き達も帰還組に加わった。
彼と冒険者ギルド執行部が正式な和解を済ませた以上、この大陸に居続ける理由はなくなった。
リツはジローに簡素な別れの言葉を残し、去っていった。
半数のさらに半数の人間が、列強諸国への亡命を希望した。
勇者カケルとその仲間、三人娘、セアルの元部下などがこれに当たる。
残った者は、冒険者らしく龍大陸の探検を、主に人間領域に興味を示した。
「後で気が変わったら、この自治区に来てください。通知が届き次第、我々が対応しますよー。皆様、列強諸国外だからって、あんまり暴れ回らないでくださいねー!やんちゃが過ぎると、エージェントや冒険者の討伐対象になりますから!」
ナジャの警告に彼らは引きつった顔で苦笑いした。
□
騒動が一段落して、俺は書斎で、魔族からの密書の中身を改めた。
内容を纏めると、プルフラスの主人の自己紹介、現在の魔族領域の大雑把な状況、特に新興魔族が民の支持を得られず劣勢に追い込まれつつある事、それと、俺が保護しているヴェールについての情報……だった。
情報の真偽についてはオクルスの追跡調査を待つしかないが、プルフラスの主人……マインドを祖とする種族の中でもこの惑星に定住して長い歴史を持つ魔族が、赤龍族にも神族にも敵対の意思はないと、非公式ではあるが表明した文書を受け取ったのは大きい。
ゲンマにもこの文書に目を通してもらった。
「なるほどねぇ。この情報が正確だとしたら、魔大陸の情勢も妥当な線で落ち着きそうだけど……」
「まぁ、そうはならないだろうな」
第一にクオート族の進出の勢いは最早魔族には抑えられない事と……裏でかき回しているのは、あの狂った女神レイアの仕業であると予想できることだ。
彼女の様子だと、このまま何もしない筈はない。
「それにしても……あの子、想像していたより厄介な立場だね。てっきり能力的に魔族に疎まれていたと思っていたけど……」
密書によると、ヴェールの父親はイフの王魔族で母親はマインドの夢魔族である可能性が高い、とのことだ。
両親の生まれが敵対する陣営同士の上に、タブーである種族違いの混成種……それがヴェールの出自だ。
父親が所属していた国は滅亡こそしているが、周辺諸国の血脈は途絶えてはおらず、母親もマインドの長老の側近を務めている者の縁者とあっては、政治的な理由で迂闊に処分も保護も難しいだろう。
新興魔族が扱いに困り、別大陸に追放の上に幽閉したのも無理はない話ではある。
密書では彼女の身上は俺の判断に委任すると書いてある。
持て余しているのなら受け入れる準備はしているとか言ってるが……。
「たとえ生まれがどうであっても、ヴェールはウチの子だ。誰にも渡すつもりはない」
この密書は彼女が大人になるまで、俺のインベントリで塩漬けにしておくことにした。
現在の彼女は幸せな子供時代を過ごしている。
それが一番だろう。
■
後日、
邪神騒動を解決して、俺達は先延ばししまくっていたイベントを遂に実現した。
それは、披露宴……婚儀の宴を皆と合同で執り行った。
オルトとローラ、シモネムとエリノア、ジローとミノリ……
そして、俺の両隣にはサリシスとモモちゃんが着飾った正装で座っている。
二人とも幸せそうに微笑んでいる。
俺達以外にも、自治区に移住した後に結ばれたカップルも多く参加した。
白いテーブルクロスで覆われた卓の上には、山海の珍味が所狭しと並べられ、参加者達は宴の開催を今か今かと待っている。
「このおめでたい席に集まってくれて、みんなありがとう。ボクの大事な友達の人生の門出を祝って――乾杯!」
幹事であるゲンマの乾杯の音頭で始まった宴は主役そっちのけで盛り上がった。
地球の披露宴がどう伝わったのか分からんが、事前に料理人のソースと共に沢山作らされた巨大ケーキを押し寄せる来客の目の前でカットして給仕する羽目になった。
……俺、新郎で主役だよな?
何で披露宴で労働してるんだ?
もっとも、嫁の二人が俺の横で楽しそうに盛り付けを手伝っているのを見ると、まぁ、いいかと思った。
とはいえ、人の波は全く途切れる気配は無く、俺が体力の限界で疲れ果てていると、見かねたオルトとローラがケーキ係を代わってくれた。
おかげで、やっと一息つける。
「お疲れ様ー」
俺達が席に戻るとゲンマとメンバーとギルド幹部が卓を囲んで歓談していた。
散乱するグラスと瓶を見るに、相当出来上がっているようだ。
「先生が遂にピンクの悪魔の手に落ちてしまった……」
そうボヤく森川をデンが慰めている。
「まぁまぁ、森川さん。黒うささんは重鎮ですから」
「はうー、うさぎお姉様の晴れ姿ー」
ジュンは例の緩んだ顔でスマホを構えつつモモちゃんに見とれている。
お前ら、他人事だけど、そっちの仲はどうなんだよ。
“一応婚約者”なんだろ?
「兄さん、それは、まだ早いです」「冗談じゃないわよ。今後十年分予定が詰まってるんだから」「そうそう」
流れるように一致団結したモラトリアム宣言に少し頭が痛くなる。
大丈夫かな、この二人。
「しょうがないだろ、まだまだガキなんだから」
クロード先輩は呆れ気味に盃を傾けている。
「これから、中立地帯を皮切りに魔大陸でも新規ダンジョン設置計画を開始する。今以上に多忙になると思うが、よろしく頼む」
ギルド長のデンに対する信頼と期待はかなりの物のようだ。
ジュンによるフィン王国の農業改革もこれから一層大変になっていくだろう。
二人が落ち着いて人生設計を考える暇は当分なさそうだ。
中央に置かれた簡易ステージでは突発的なカラオケ大会が始まっており、ヴェールとアン姫が可愛らしい歌と踊りを披露していた。
その後、酔っ払ったミノリが白いドレス姿で熱唱し、トオルとセツもアニソンを歌い、ジョイスが定番のマイウェイを歌う内に号泣しゲンマに介抱された。
「可愛い娘を二人とも一度に攫われた気分だ……」
「えっ?私もですか?」
ジョイスのぼやきにモモちゃんは驚いてる。
「当然だ。この村で一緒に苦楽を共にした。大事な家族の一人だ」
普段は寡黙気味なジョイスだが、深酒しているからか、いつになく本音を話している。
「家族かぁ……なんだか、照れちゃいますね……ふふ……」
モモちゃんは顔を赤らめてはにかんでいるが、微かに目が潤んでいる。
彼女の生い立ちを考えると、“家族”という概念に憧憬のような物があるのだろう。
俺は彼女を引き寄せて抱きしめた。
「いい家庭を作ろうな」
「はい……」
サリシスもモモちゃんの肩に手を置いて微笑んでいる。
このめでたい記念日は人生の一ページとして、皆の記憶に残るだろう。
・・――◆◇◆――・・
この後……魔大陸からの乱入者達が、その後どうなったかを私が記すのは蛇足かもしれない。
なので、簡潔に留めておく。
バンはしばらく宮廷菜園と自治区での鍛錬の往復の日々が続くだろう。
ガーラとの関係は非常に良好だ。
ジローとミノリは新婚旅行と称して、龍大陸の各地に冒険の旅に出た。
ジローは幼馴染のフーケからの手紙で彼女が修行仲間と婚約したと知り、自分の近況を記すと共に祝福した。
ミノリとシオリの文通も頻繁に続いており、シオリはミノリの冒険譚を楽しみにしている。
彼女はコモンセンシス共和国の図書館に勤め、その縁で有力議員の子息であるカツジ青年と交際を始めた。
オチュードは何とか辺境の生まれ故郷に帰り、司祭だった父親の後を継ぐように、寂れた聖堂で祈りを捧げている。
その姿にかつての野生的な傭兵の面影は無かった。
亡命を希望したカケルとアキラはヒズの部下となり、大都市スパピアで営業活動で走り回っている。
仕事の傍、いつの日か行われるであろう第二回大会を夢見て鍛錬を欠かさない日々だ。
一時は発狂にまで追い込まれたカイセットは無事ゲンマの眷属になり、オクルスの部下として、その知識と能力を生かした仕事をしている。
しかし、その心の傷は完全には癒えてないようで、私の道化の姿を見ると、未だに恐怖で硬直するようだ。
そして、勇者リツのその後は少し複雑だ。
彼は魔大陸に戻ってすぐに勇者の引退を発表すると共に、勇者見習いに転職を強いた件を公式に謝罪した。
引退を惜しむ声も、元勇者見習いからの恨み節もあったが、被害者の感情を第一に謝罪と賠償に徹した姿勢が評価され、彼の社会的な評判はむしろ以前より上がった。
その後の数年間、彼は冒険者と公的機関との調整役に徹した後にスタッフに推される形で議員に立候補して、多くの支持を得て当選する。
彼の議員としての活動は可もなく不可もない無難な物だった。
何度目かの再選を果たした後、彼は唐突に全ての仕事を放棄してメシア教徒、それも待望派となり、世間を驚かせた。
世人が彼の真意を問いただしても、リツは「メシアの幻視を見た」としか語らなかった。
クオート族が支配している魔大陸の人間領域ではメシア教も逃亡派が主流であるため、彼は少数派の立場で各地を巡り、苦労して布教活動に励んだ。
リツに関する公式での最後の記録は、魔族が支配する領域に布教の為に旅立った所で途切れている。
彼の内面の思惑は想像するしかないが、その表情は実に晴れやかで充実している風だった。
・・――◆◇◆――・・
そして……カイセットとはぐれたオッズは荒野を歩いている。
風に吹かれる糸の切れた凧のように行く宛もなく彷徨っていた。
彼は自分を縛り付けていた見えない枷が外れかかっているのに気付いていたが、その事を嬉しいと思うより、強い恐怖を感じている。
彼は心底――自由が怖かった。
それは欲望を飲み込む底なしの闇のようだと感じていた。
――誰でもいい……誰か、俺を繋ぎ止めてくれ……
その呟きは祈りのように繰り返され……
「みぃーつけたわぁよぉ!マイ・ダ〜〜〜リ〜ン!!!」
調子っぱずれの甘い声が上空から響き渡った。
彼は思わず空を見る。
空から降り立ったのは黒い飛行体から伸ばされたワイヤーにポールダンサーのように足を絡ませた白いドレスのブロンドの美女――レイア・ヴァレンタインだった。
胸元が大きく空いたホルターネックのカクテルドレスは扇情的でプリーツスカートはホバリングの風圧で翻り、艶かしい太ももが露わになっている。
オッズの眼差しは彼女に釘付けになる。
「受け止めて〜ん、ダーリン!」
レイアは彼の胸にダイブした。
「えっ……あっ……うっ……???」
突然の出来事にオッズは赤面して語彙を喪失した。
「ダーリンってば!照れちゃって、カーワイイー!!今、自由にして、あ・げ・る!」
そういうと、彼女は問答無用で彼の唇を奪った。
オッズは突然のディープキスで目を見開き、二人は眩い光に包まれる。
彼の内面でエネルギーが爆発して、その輝きは目から溢れ出す。
そして、彼の頭からも二つの光が伸び、それは捻れた鹿のような角へと変化した。
「思い出した……」
旧支配者によりオッズに科せられた封印は完全に解かれた。
「俺は最後の黄龍族……オッズ・キトルス……」
「そうよ!そして、私の愛の虜囚!マイ・ダーリン!!!」
彼は崇拝と陶酔の混じり合った表情で女神を熱っぽく見つめた。
「愛しい御方……我が忠誠をお受け取りください……」
彼は跪き、愛おしげに彼女の手に接吻をする。
「いと尊き御方……美と愛の管理者、パレス・テアトリア様……」
レイアは満足そうに微笑んだ。




