23話 婚約者の魔法属性
(在属性……そんなものがあるんだ)
お父様の言葉を素直に聞きながら私は引き続き、説明を聞いていた。
「在属性はラルフロード家しか生まれない属性でね。なぜ、そんなことが可能なのかいまだに原因が不明なのだよ。原則に反した属性だからね。そのため、代々、ラルフロード家はその研究をしてきたのだよ」
なるほど、希少種というやつだろうか。その家にしか生まれないというなら、血が関係しているのだろうか。
「お父様、在属性というのは世間には隠された属性なのですよね?」
「そうだね。彼の力は異質で凶器にもなりかねない。他国に狙われたら……とも考えられるが、まぁ、彼自身が無敵のオーラに包まれているようなものだから、彼を屈服させるようなことは無理だろうね」
ふぅと一息付いたお父様が厳しい表情から穏やかな表情になる。
「彼の事情は知っていたし、婚約者となればもしかしたらジェシー自身にも何かあるかもしれないとは考えたよ。だけどね……アルフレッド卿の真剣さに心を動かされてね。ジェシーが乗り気ならばと婚約話を薦めたんだよ」
真剣さ……そこの下りをもう少し詳しくとは思う。真剣というか、全力すぎて容赦ないからだ。しかし、これも本人から聞かないと意味のないことかもしれない。
お父様の話では彼が悪意を持ってジェシー様に近づいたわけではなさそうだし、やはり彼自身を見なければ真意はわからないのだろう。
「アルフレッド様がすごいお人なのは分かりましたわ。でもそれなら、わたくしにも事前にお話くだされば宜しかったのに」
そうすれば色々対策を……打てる気はしないが、心づもりぐらいはできただろう。動揺だって半減……したかな……。 もはやチートすぎて何をやってもダメな気がする。しかも、性格がアレだし。
心の中でため息をついていると、お父様はごめんと微笑みながら、私に話しかけた。
「ははっ。すまないね。少しばかりジェシーに期待をしたんだよ。ジェシーなら彼の事情も汲み取ろうとしてくれるのではないかとね……いや、それは言い訳だな」
お父様は困ったように笑い、書斎に飾ってあったお母様の肖像画を見つめた。優しく愛しそうに。
「……複雑な環境を取っ払って自分を見てほしい。そう願ってしまう愚かな心を私は知っているからね……彼に少しばかり同情してしまった」
お父様とお母様にも何か複雑なことがあったのだろうか。そこのところを詳しく……根掘り葉掘り聞きたくなるのは小説読みの悲しい性だ。大人のラブロマンスが繰り広げられそうな好みの匂いがする。だが、お父様とお母様の物語りは二人だけの物語なのだろう。残念だが、諦めよう。
お父様が肖像画から目を離して、お母様への愛情とはまた別の愛情ある眼差しで私を見つめた。
「アルフレッド卿はジェシーに自分自身を見て欲しい。そのための婚約期間だと言っていたよ。そこには純粋な思いがあるように感じてしまってね。絆されてしまった。すまないね」
一礼するお父様に首を振る。
「お父様のお気持ちはよく分かりましたわ。それに、やはりアルフレッド様のことは私自身で向き合わなければならない気がします。お話くださってありがとうございます」
そう言うとお父様は嬉しそうに微笑えんだ。
◇◇◇
夜、私はバランスボールに乗りながら思案していた。アルフレッド様のことだ。
(もしかして、アルフレッド様は断罪なんかするつもりはないのかな……?)
お父様の話なら、思った以上にジェシー様との婚約話を真剣に進めたらしい。彼れは最初から甘い台詞しか吐かないし、もしもそれが本当だとしたら……
イケメンに無条件で愛される。わお。まさに乙女ゲームな世界だ。
と、冷静に考えてしまうのは、元カレのことが原因だろう。胸くそだが、語ってもいいだろうか。もちろん、目を瞑って読み飛ばしてくれていい。パソコンなら全力でマウススクロール。スマホならビューンとスクロールだ。
では、田中梅子、三十路、元カレとの話をちょいと語ります。
元カレは同じ会社の人だった。イケメンではなく、フツメン。でも、恋愛経験がなかった私はフツメンの彼はイケメンに見えた。そして、付き合ってと言われて、私はリアルの世界でも夢を見た。
彼はアルフレッド様よりもエドワード様よりの性格で、穏やかで優しかった。だから、尽くしてしまったのだ。
会社に近いからという理由で半同棲生活。ボロい我が家だが、彼とのペアマグやら、彼の私物があり、一人ではなくなった私は幸せだった。おばあちゃんを亡くし、近くに身寄りもいなかったので一人じゃないことが嬉しかったのだ。
家政婦のように家事をしても文句も言わず、ただ彼に尽くすこと半年。あっさり捨てられた。真実の愛とかに目覚めたという理由で。
私はどこまでもいいこちゃんだった。泣きもせず、腹も立てずに、「わかった」とだけ告げた。
まぁ、怒りのあまり泣きながらハンバーグに八つ当たりはしたが。ごめん、ハンバーグ。
だからだろう。フツメンにさえフラれる私が、イケメンに愛されるなど、現実感がない。いくらジェシー様が私にとって完璧美女でもだ。美女になったし、乙女ゲームな世界だし、イケメンゲットだぜ! とは、悲しいかな、なかなかならない。そこまで調子付けない。恋愛に関しては豆腐メンタルな田中梅子のままである。
(はぁ……溺愛チートはなしにしてほしかったな)
彼がいなくてもこの世界は私にとって天国だ。好きなものに囲まれた夢のライフ。思う存分満喫しておきたい。やはり、逃げるが勝ちか?
ぽよん、ぽよんとバランスボールで弾んでいたら、しゃらんとピアスが揺れる。
そして再生される激甘ボイス。それに、体が跳ねて、バランスボールから、落ちそうになる。
(このピアス……外したい……破滅したくないので外さないけど……)
溺愛包囲網にかかった気分だ。逃げ出したいのに、逃げ出せない。
私がそう思ってしまうのはすでに彼の毒が回りはじめているからかもしれない。あんなイケメンに毎日、毎日、しつこく色気振り撒かれたら毒も回る。致死量を超える。
(でも、このままアルフレッド様の毒牙にかかって攻略されたら、どうなるんだろう……?)
…………。
……うん。死ぬわ。絶対、破滅する。イケメン色気砂糖地獄で死ぬわ。
そうか。こんなところにも破滅フラグあったのか……と、方向性を見失った私はしみじみ思った。
◇◇◇
迷ったら飯を作り、手を合わせて食べて、歯を磨いて寝ろ。
そう、おばあちゃんがよく言っていた。
迷って悩むぐらいなら、いつも通り生活してぐっすり寝ろということだ。悩んでいる時に寝付きは良くないよ?と反論したが、それだったら横になるだけでもいいと言われた。横になるだけでも疲れは取れていく。
なので、混乱した私は横になった。もちろん、ジェシー様のお肌を維持するために淑女のたしなみは一通り終えてからである。ネグリジェに着替え、部屋を暗くして、目を瞑った。
ぐぅ。
私は秒で寝た。




