24話 朝だ! お弁当を作ろう!
窓から溢れる太陽の光を感じて目を開く。そして、ゆるりと起きあがった。
(実に清々しい朝だ! 人間、睡眠が一番、大事だな!)
体力が回復した私はお着替えの魔法でジェシー様を手早く着替えさせ、キッチンへと向かった。悩んでいてもお天道様は昇るし、明日はくるのだ。今はコツコツとできることをしていこう。
◇◇◇
「お嬢様、おはようございます。早いですね」
キッチンには屋敷の屋敷専用の料理人ベンがいた。私を見るなり驚いて目を丸くしていたが、明るい笑顔で話しかけてくる。
私もベンと同じくらい目を丸くしていた。それはベンの料理方法にだ。
ベンは料理人らしくコックの格好で顔だけをこちらに向けていた。手は指揮者のように動いている。そして、彼の目の前では手で触れてもいないのにフライパンが動き香ばしい匂いをさせていた。調味料が入ったビンがふわりと浮いてフライパンに中身を入れている。色が白だから塩だろうか? そうこうしている間にチーンとオーブンの音が鳴り、勝手に扉が開いて、焼いていたものが出てきた。あれはピタパンだろうか? 美味しそう。
ファンタジーな料理方法に感心してしまう。この世界の料理はこうやって作るんだ。すごい。
「お嬢様、どうかしましたか?」
キッチンオーケストラに見入ってしまい、声をかけられ我に返る。
「ごめんなさい。見事な料理で惚けてしまったわ」
「そうですか。お嬢様はここへはあまり来られませんからね。今日はどうしたんですか? またお料理を?」
「えぇ、学園の方に頼まれまして、お弁当という異国の料理を作りたいの」
「おべんとうですか?」
「えぇ。少し、キッチンを借りてもいいかしら?」
「もちろんです。僕もおべんとうが気になりますので、拝見してもいいですか?」
「えぇ、もちろんよ」
令嬢が台所に立つなどあまりないことかもしれないが、ベンは特に気にもせず台所を使わせてくれた。ありがたいスルー力だ。
さて、気合いを入れる。なんせこれから、七人分のお弁当を作るのだ。大家族のかーちゃんみたいに集中力を伴う作業だ。割烹着があれば完璧である。今度、デザインして作ってもらおう。
昨日は、チャレンジしたが、動揺して食材を無駄にしてしまった。あんな失態を二度と繰り返してはいけない。食材を作ってくださった方の努力を無駄にしてはいけないのだ。幸いにも体力は全回復。気力も充実している。やるなら今だ。
(――スキル無我の境地発動!)
しつこいようだが、これは魔法ではなく私のオリジナルスキルだ。揺れるイヤリングを無視して私は玉ねぎを手にとった。
玉ねぎの薄皮をむき洗って、包丁を斜めにして硬い芯を落としていく。先に玉ねぎを炒めてしまって冷めたところでハンバーグのたねとこねる。でなければ、肉の油がとけだして美味しくない。肉の旨味は肉汁だ。肉汁が出た肉などダシをとった鰹節みたいなものだ。まぁ、その鰹節はとっておいてお手製ふりかけを作る時に活用すればいいのだが。ともかく旨味はなくなる。
蕎麦がある食文化が破綻した世界なので調味料は一通り日本のものと変わらなかった。さすがに味噌はないが。
(いっそのこと味噌を作りたい。作り方が分からないけど……)
やはりスマホで調べたくなる。異世界にスマートフォンは必須だな。そうすれば、外部知識チートを入れ放題だ。あ、でも電波は届かないか。異世界と現実世界を繋ぐ電波なんてないか。繋がっていたら驚きだ。残念。
そんなことをツラツラ考えながら、玉ねぎを炒めて、グラタンの用意をする。昨日は小麦粉がダマになるという失態をしたが、今日こそはダマになどさせない。 小麦粉の粉は全て潰す! ダマは全滅だ! とろけるベシャメルソースにしてやるぜ! ふはははっ! おっと、失礼。テンションが上がりすぎて一撃でやられるモンスターになった。作業に集中しよう。
お弁当のメニューはハンバーグにグラタンにブロッコリーの粉チーズがけに、口直しに酸っぱいものをと思ったが、ピクルスを作る暇がなかったので、生野菜にした。今度は事前にしこんでおこう。保存可能なピクルスはいい。夏の定番だ。ピクルス片手にビール。最高です! いや、今、夏ではないけど。季節すらあるのか怪しいけど。美味しいから作ろう。
さて、ある程度作り終えた私ははたと大事な存在に気づく。おにぎりだ。
(お米を炊き忘れた……くっ。ここにきて大きな失態とは……!)
おにぎりがないお弁当など、肉の入っていないハンバーガーではないか! ただの野菜バーガーだ! くっ。どこまで私は愚かなのだ……。
しかし、嘆いていても仕方ない。今の私は悪役令嬢 兼 大家族のかーちゃん。かーちゃんは、細かいことを気にしてはいないだろう。パンにしよう。それで問題は解消だ。
「ねぇ、ベン。バケットが欲しいのだけど、何かパンはある?」
「バケットですか? じゃあ、今から僕が作りますよ」
(そんな……米を炊き忘れた失態をベンに擦り付けられない)
「いいのよ。あまりで」
「ははっ。僕はパンを焼くの好きなんです。だから、お任せを」
朗らかな笑顔で言ってくれるベンに和んでしまう。
ベンはいい人だ。この屋敷の人はみんな優しい。
「ありがとう、ベン」
「いえいえ。それよりも、お嬢様? ひとつ聞いてもいいですか?」
ベンは小麦粉をふわりと浮かせてボールにいれながら、声をかけてくる。
「なに?」
「お嬢様は料理をする時、魔法を使わないのですね」
しげしげと言うベンにキョトンとしてしまう。
あぁ、ここでは料理も魔法を使うのが主流なのか? あれ? やっちまったかい? 梅子さん。
私はいつものように誤魔化した。
「ふふっ。そうね。魔法でできれば早いけど、自分の手でやる方が好きなの。野菜は不揃いだし、形は歪になるけど、思いがこもっているような気になるわ。ふふっ。これは私の考え方だけどね」
そう言うと、ベンは瞬きをした後、パンと両手を一度、叩いた。すると、ベンが指揮をしてなくても、パンの元がこねられていく。自動! お任せモードか?
「ベン……勝手に動いているけど」
「あぁ、繰り返しの魔法を使ったんですよ。それよりも、僕は感動しました!」
(は?)
ベンは目をキラキラ輝かせて私に詰め寄る。
「僕は魔法ばかりにこだわって、そういう大事なことを見落としていました! そうでよね。料理は食べる人への思いやりが込められてなければ! よーし、僕も手で作ります!」
(えぇ!? いきなりの熱血キャラ!? 爽やかベンはどこへ? 進化したのか!?)
ベンは意気込んで、包丁を手に取る。そして、何に使うのか不明なズッキーニを手にとった。
キラッと光る刃物。真剣な表情のベン。息を飲む悪役令嬢。
そして、事件は起きた。
さくっ。
(ちょっと、待って!? 怖い! 手つきが怖い! 包丁を持たない手は猫の手にして! 爪を切る! っていうか、もう切ってない!?)
心の絶叫を無視してベンはズッキーニを切っていく。爪ごと。
「ベン! 待ちなさい! 手をケガするわ!」
「お嬢様、止めないでください! 僕は料理人になるんです!」
(あなた、料理人だから! どこからどうみても料理人だから! 認めるからやめてー!)
結局、ベンは私の制止を振り切り、指を切った。
おう。




