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田中梅子(30)、悪役令嬢になります! ~読み専転生者の夢の乙女ゲーライフ  作者: りすこ
第二章 遠足。改め、お弁当パーティー

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22話 ピアスの話

先に謝っておきます。

こんな出だしですみません。

(チェストォォー!!)


 ザクッ。


 トントントントン。


 無心になれ。無心になるのだ。あのような出来事など忘れなければ。

 私、包丁を片手にひたすら玉ねぎを刻んでいた。



 (さかのぼ)ること、二時間前。


 私はアルフレッド様にとらえられ、おでこにキスをされるという事態に陥った。どういうわけか体が動かなくなり、そのまま彼の唇を受け入れてしまった。

 その後、呆然としている私が見たのは優しく揺れているダークネイビーの瞳。頬に手を添えられ、今度は私の唇へと……


(うわあああぁ!! 死ぬ! 恥ずかしくて破滅する!)


 思い出そうとするが、頭がオーバーヒートしてそこからの記憶が曖昧だ。とりあえず習ったばかりの護身術”顎ヒット”をして全力で逃げたような気がする。


 ピアスのお礼を完全に言いそびれてしまった……


「はぁ……」


 玉ねぎを手早くみじん切りにして炒めだす。料理は集中すると心が落ち着くから、ポーラに全力でお願いして調理場に立たせてもらった。混乱のあまり半泣きになっていたから、ポーラは渋る余地もなくお願いを聞いてくれた。

 心配でオロオロする使用人たちに疲れ果てた顔で「誰も入らないで……」とお願いをして、今、調理場には私一人である。占領して申し訳ない。


 無心で刻んだ玉ねぎを炒めて、弱火にして、その間にグラタンにとりかかる。野菜を下ごしらえし、ベシャメルソース作りにとりかかる。バターと小麦粉と牛乳で美味しいソースが作れる。懐かしい味だ。おばあちゃんに「洋食を!」と懇願して何度も作ってもらったっけ。


 ちょっと気持ちが落ち着いて自然と笑みが出る。ふぅと、息を吐くとしゃらんとピアスが揺れた。


 “――いい子だ”


(ふぉっ!?)


 ピアスの揺れと共にアルフレッド様の声を思い出し、ベシャメルソースを作っていた鍋をひっくり返しそうになる。心臓はドッドッドッドッと地鳴りを起こし、爆発寸前だ。


 なんだ今のは……このピアスに甘い声再生機能でも付いているのだろうか?


 腕を組んで考え込んでいると焦げ臭い匂いが……って、玉ねぎがー!!


 すっかり放置してしまった玉ねぎが飴色を通り越して消し炭になっている。うわぁぁと思っていると、かき混ぜてなかったベシャメルソースがダマになる。


 ひーひー言いながら、作り直している間も、アルフレッド様の甘い声がピアスから小さく響いているような気がした。



 ◇◇◇



(無駄に疲れた……)


 いつもは静かな気持ちで作れる料理がアルフレッド様の甘々ボイスに阻まれ、二倍以上の時間がかかってしまった。どっと疲れた体を歩かせ、お父様のお出迎えの為に待機する。


 玄関ホールに置いてあった椅子に座り一息つく。


(やっぱり、このピアス……何か仕込んである気がする……)


 このピアス、色は金色で形はメビウスの輪のようになっている。細目の曲線はよく揺れる。そして揺れる度にアルフレッド様の声が頭で響くのだ。


(思念伝達を使われるとビクッとしてしまうのに、こんなにしょっちゅうボイスが再生されたら集中できない……)


 ――まさか、それが狙いか?


 よくよく考えてみればアルフレッド様はジェシー様に対して子供すぎるところがある。他の人と話しているだけで嫉妬して、度量がミジンコ並みに狭い。これはあれか? いつでも俺を思い出せという怨念が込められているのか……? ジェシー様を腰砕けにさせて、その隙に……って、考えたらダメだ。年齢制限がかかる。ピー音展開しか想像できない! やめてー! ジェシー様が汚れるー!


 はぁはぁ……堪え忍ぶしか方法がないのか? しかし、常にイヤホンをつけ、そこから甘い声が聞こえるような状況をどうやって堪え忍べばいいのだ!


 ……チートの神様お願いです。イケメン耐性スキルをください。できればレベルはマックスで。



「はぁ……」


 深くため息をついたところで、玄関のドアが開いた。


「ジェシー……出迎えてくれたのかい?」

「お父様!」


 疲れ果てていた私はお父様を見て思わず駆け寄って抱きついた。お父様は少しだけびっくりするような声を出したが、すぐに優しく抱き止めてくれる。


「どうしたいんだい? 今日のジェシーは随分、甘えん坊だね」


 そんなことを言いながらも、大きな手は優しくて、私は癒しを求めてますますぎゅっとした。

 しばらくの間、ぎゅっとしていたら落ち着いてきて、ゆっくりとお父様から離れる。


「ごめんなさい……ちょっと、うまくいかないことが続いて甘えたくなりましたの」

「ん? 何かあったのかい? ……ジェシー、そのピアスは?」


 お父様がピアスに気づいて、そっとピアスを持ち上げる。その顔がやや複雑な顔になった。


「魔力抑制器具だね……どうして、ジェシーがこれを……」

「今日、魔力の測定授業がありまして、それでわたくしの魔力はレベルが高すぎるため、魔力抑制器具を付けた方がよいと言われました……」

「じゃあ、それでこれを?」

「えぇ……アルフレッド様が用意してくださったのです」

「アルフレッド卿が?」

「はい……以前、夕食に招かれた時があったでしょ? その時に、わたくし魔力を暴走させてしまいそうになって……アルフレッド様が危惧して用意してくださったの」


 そう言うと、お父様は小さくため息をついた。そして、ピアスから手を離して、今度は私の両手をそれぞれの手で優しく持ち、目線を合わせるようにかがんだ。


「ジェシー……」


 諭すような声が響く。


「私はジェシーが一番、可愛いよ。ジェシーの為なら何だってしてあげたい。だから、魔力の暴走とかも相談してほしかった」


 責めるような声ではなかったのに、とても申し訳なくなり、私はうつむいてしまった。


「ごめんなさい……」

「いや、謝ることはないよ。婚約者であるアルフレッド卿がジェシーを気にかけてくれているし、ジェシーも彼を頼っているように聞こえた。ジェシーの思ったようにすればいい。だけど、困ったときはいつでも私を頼りなさい」


 優しい声が心にしみる。私はこくりと頷いた。お父様はにこりと微笑んで、姿勢を元に戻す。


「それにしても、その金属をアルフレッド卿はよく手に入れられたものだ」


 再びピアスを見つめるお父様に首をかしげる。


「特殊な金属だと伺っております」

「ふむ。それは、ラリエ国のヒカリ石だね」


 ラリエ国……知識チートによると、この国より南にある小さな国のことだ。光属性の多い稀な種族の国である。


「ヒカリ石……」

「うん。ラリエ国は今、王位継承権で揉めていてね。ヒカリ石の入手が困難だ。この石は光属性、つまり防御や抑制に優れた石でね、魔力抑制には一番、適しているのだよ」


 そんな石だったんだ……でも、それならますます妙だ。公爵家という家柄から入手できたとも考えられるが、魔法道具作りでは国内屈指のお父様でも難しいというものをあっさり手に入れるだろうか?

 アルフレッド様はチートすぎる人だが、謎が多すぎる。私が彼について知っていることといえば、婚約前にお父様も言っていたアルフレッド家は、魔法そのものの原理や研究に携わってきた家ということだけだ。お父様なら彼について何か他にもご存じかもしれない。


「お父様……わたくし、婚約者なのにアルフレッド様のことをあまり存じませんの。だから、彼について知っていることを全て、教えてくださらない?」


 知りたいと思った。あの人のことを。


 そう言うと、お父様は頭を撫でてくれる。


「もちろんだよ。でも、先にご飯を食べてゆっくりした後だね。私はジェシーと食べる食事の時間が何よりも楽しみなんだよ」


 愛情たっぷりの言葉と眼差しで言われ、私の心はほぐれていく。自然と口元が笑いだし、私はお父様に腰を抱かれ、そのまま食堂へと歩きだした。



 食事を頂き、またお父様の書斎にやってくる。完璧なエスコートをされて、革のソファーに座った。


「さて、ジェシーが聞きたいのはアルフレッド卿のことだったね。どこから話そうか……ジェシーはもう学園で魔法の大前提は習ったかな? 魔法を使うときに重要なのは、具現化だと」

「ええ、経験に基づくものだと習いました」

「そうか……」


 お父様は腕を組んで私を見て、分かりやすい言葉で説明をしてくれた。


「アルフレッド卿はね。そのこの国唯一の属性”(ある)”の持ち主だよ」


 属性”(ある)”? 聞いたこともない属性だ。


「彼は経験した全ての事柄を魔法で具現化できるこの国一番の魔術師だ」


 その言葉に驚くと共に妙に納得してしまった。


 無敵のスター持ちだと思っていた婚約者は、やはり無敵のスターを持っていた。


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