3話
「監視してた仙道クンから報告です。三枝、桜田、近藤、江藤さん4名は全員初撃で死亡。お嬢様は連れ去られたそうです。仙道クン怒ってましたよ、”折角狙撃手の見つけ方教えてやったのに無駄死にしやがって”って。」
「そうか・・・。彼らには悪い事をしたな。で、現在は全て君が描いた通りになってるわけだ。」
「ハイ、ちゃんと彼女もお嬢様と一緒です。一応予備にウチで一番強いコが追跡中ですんで、まぁ大丈夫でしょう。それより学園都市にちゃんとした狙撃手が出てきたってことは多分独立派っスよ?最近誰かパクりました?」
「君の言葉だ、娘の無事を信じよう。それと革命独立派については君程じゃないが私も結構恨みを買っているからね。・・・、君は私の事を娘を勝手に危険に巻き込む悪い父親だと思うかい?」
「いやぁ僕にゃわかりませんねぇ。僕の親は箸にも棒にも引っかからないつまらないような人間でしたし。でも、僕らみたいなバケモンの手を借りてでも娘さんを守ろうとしてるなら、一応良いお父さんってヤツなんじゃないんですかね?」
「・・・、そうか。言葉通りに受け取っておこう。4人の死については残りの者に私から伝えておこう。訓練についても君らが提供する物を全て履行するよう伝えておくよ。」
「分りました、ありがとうございます。それでは、命が有ったらまたご連絡いたします。」
「ああ、爾後の連絡を待っているよ。」
そうして通話を切って少年はスマホの画面を見る。
「げ。」
通話の間に溜まっていた仲間からの通知を確認して思わず声が出た。
『鮮美ちゃん』「あの子にバレるから近寄れない。やっぱり仙道君がこっちだったでしょ。」
『馬鹿』「コッチはもう全部ブッ飛ばしといたよ!!!!!(添付画像あり)」
最大戦力と、最大問題児からの予定外のショートメッセージ通知で少年の目はくらみそうになった。
「それで、結局貴女は何者なんですか。」
激しい銃声と戦闘音が静まった後、ゆっくりと時間をかけてやってきた鉄と硫黄の匂いを纏った小さな少女に問いかける。
外ではまだ何やらの真っ赤な閃光が輝き続け、彼女が纏っている”物”の色を塗りつぶしている。
髪の毛はすっかり黒くなった血で固まり始めていて、早く洗い落とさねばそれはもう酷い事になるだろう。
「あなたのお父さんにやとわれました。あなたを守れとめいれいされています。」
余りにも幼い、素っ気ない言葉遣い。
これが仮面を脱いだ本当の彼女なのか。
椅子に縛っていた物をナイフで丁寧に切ってくれた彼女は、近くに居るだけで呼吸を躊躇うほどの血臭いを纏っているのも気にせず淡々と答えた。
リボンの色が詐称でなければ彼女はわたしのひとつ年下。
そんな子供がこんなに容易く大量の人間を殺せる殺人鬼に育つなど、一体どれほどの人生を歩んできたのか。
そしてそれを知って尚、未来ある育てるべき”子供”ではなく”殺人鬼”としての側面を求める大人が居る事。
命を助けてくれたという事に感謝の念が湧かないような人非人ではないが、しかしこのような子供まで暴力装置に仕立て上げ、あまつさえ放置している人間が居るということに強い嫌悪感を覚える。
それが自分の肉親とくれば猶更だ。
目の目が合って解る彼女の底知れぬ恐ろしさ。
少し離れて、背を向けられていても尚、いまだに胸の中の物をまさぐられるような感覚がある。
きっとこれが殺気という物なのだろう。
一体どれほどの鍛錬を積めば、どれほどの死線をくぐれば、このような物を纏えるようになるのだろうか。
そもそも何故彼女が父と出会ったのか、そもそも彼女は何者なのか、湧いてくる疑問は彼女の凄まじい殺気に押し返されて口にすることができない。
それでもひとつ、問わねばならない疑問があった。
「貴女、こんなに強いのになんで駅でわたしを・・・、ほかの人たちを助けてくれなかったんですか?」
「それがいちばんお前を守れたからです。」
その綺麗に開いた丸く昏い玻璃の両の目は、睨んでもいないのに凄みを放っていて。
そして深い、死に満ちていて。
命令以外どうでもよいという意志を強く感じる。
「それでっ!4人を、みんなを見殺しにしたって言うんですかっ!わたしを騙して、あんな演技までして!」
「そうしなければお前が殺されていたからです。」
無表情で答えた彼女の言葉で思い出す。
あの時、手の中の銃を撃ち抜いた弾丸の狙いが別の”物”に向けられていたら。
下手に抵抗していた時点で頭が無くなっていたのはわたしも一緒だったのだと、目の前の少女は示唆する。
(またおまえのせいで死んだ。)
昔、誰かが言った言葉が頭を過る。
頭に鈍痛がしたと思えば、いつの間にか脚の力が抜けてへたり込んで壁に頭を打ってしまっていた。
手も、足も震えていて体に力が入らない。
「なにをやっている?力が入らないのか?もうまわりにてきはいないから安心だ。」
その言葉は的を得ているようで、でもなにも理解していなくて。
だから近寄ってきて、目線を合わせて、優しそうに話しかけてきている彼女の仕草もまた紛い物で。
「近・・・、寄らないで・・・っ!」
咄嗟に手を振り回して彼女を遠ざける。
彼女が居なければわたしの命は無かったというのに。
暴力を嫌う自分が、また暴力によってまた生かされたという事実に。
嗚呼、この人生。
生きる事が心底厭になる。
人形は幾何学する。
この護衛対象は何を思考しているのか。
命とかいう壊れやすく、一度壊れると二度と直せない物がまだ無事なのに酷く怖がっている。
何を?
人形は幾何学する。
この目標は何を思考しているのか。
これの中で巡る気配が読めない。
この目標は混乱している。
呼吸は定まらず、目線は定まらず、思考も定まらず。
何か、不明の答えが出力されようとしている。
手を差し伸べるため、地面に置いた武器に彼女が手を伸ばした。
刃の向かう先は護衛対象の首元。
何故?
放置すると与えられた命題に背くためにその手を抑える。
「なにをしている?」
行為の意図を問う。
押さえつけ、捩じって刃物を取り上げ、遠くに投げる。
この調子では武器も危ないと判断し、同じく遠ざける。
両の手で押さえつけ、もう一度問いを言葉にする。
「なぜ死のうとする?」
よくわからない液体を顔から垂れ流しながら暴れる護衛対象。
それを落ち着かせる為の言葉を、人形は冷静に幾何学する。
「おちついて息をしろ。」
まだ護衛対象は混乱したまま、効果はなかった。
次の解を幾何学する。
「わたしがかわりになる。わたしは死なない。」
目標の動きが止まった。
正しい解を言い当てた様子だった。
「御免なさい。わたしが酷く・・・、取り乱してしまって。」
「もんだいない。」
自分の首にナイフを刺そうとして、それを受け止めて穴があいてしまった彼女の右手の手当をする。
応急手当キットが取り上げられていなかったのが幸い、止血ガーゼを両面に押し当てて包帯を巻き、応急処置を施す。
本人は必要ないと言ったが、せめてもの罪滅ぼしにとお願いしてさせてもらった。
彼女曰く、ヤクザが持っていたスマホを使って居場所を知らせてあり、今ごろ迎えがこちらに向かっているらしい。
実際どこかの番号に通話をかけたのが見えたので恐らく逆探知を使っているのだろう。
SPの人たちならちゃんとした医療キットも持ってきているはずなので、これ以上は彼らに手当てをお願いするしかない。
彼女は自分の命を救ってくれた恩人なのだから、自分が頭を下げて直接お願いしなければ。
「その・・・、ハンカチしか持ち合わせがないのですけど、髪の毛の血も少し拭かせていただけません?」
「かみの毛はあぶない。ワイヤーソーがまだのこってる。へたにさわると夕方の”くし”みたいになるぞ。」
斬鋼線。
さっき安城という男の首を落とした謎の糸の正体であり、そんな危険物がまだ隠されたまま。
と言うか電車の中で彼女の髪を梳かそうとして櫛の歯が折れたのは、髪の毛に隠れていた危険物が原因だったのかと今更合点が行く。
「ふだんはナイフやじゅうを使うんだが、”今回はこれが都合が良い”とあなたのお父さんからもらった。よくない物だがたしかにべんりだ。」
警察出身の父がこんな暗殺に使う武器を取り扱っていたなんて知らなんだ。
彼女は良くない物とも言っているがその言葉の意味とは?
「む、来たな。・・・っ!」
彼女がそう言われて耳を澄ませると確かに車のエンジン音が聞こえた。
手を引かれて、まだ転がったままの死体を避けて部屋を出るが・・・。
なにやら彼女が唐突に殺気を放ち始めた理由が気になる。
ガレキの残った廊下を躓かないように気を付けながら歩き、草が生している受付のカウンターを横切って廃病院を出る。
暗い廃墟の小さな出口をくぐってもまだ残るこの圧迫感は間違いなく彼女の殺気。
そこには狭いが来客が乗りつけられるように作られた広場があり、迎えの車が2台止まっていた。
先頭車の隣にSP班長の蔵人さんが立っているので、味方なのは間違いない。
ではなぜわたしの手を取る彼女の指には緊張が走っているのか。
彼女が父親に雇われたというのは本当なのか?
その理由が2台目の車のドアを開けてゆっくり現れた。
「やぁやぁ!ナギさん初めまして!今日は災なn!」
一瞬若い声が聞こえたかと思うと、本日何度聞いたかわからない乾いた破裂音が3発響き、その鼓膜が破けそうな音に思わず目を閉じて耳を塞いでしまった。
ただ、それまでわたしの手を取っていた小さな手が離れ、そのままスカートのポケットからはみ出ていた拳銃を握りしめ、車から降りてきた人物に引鉄を引いた所までは覚えている。
恐る恐る目を開けると、彼女と見知らぬ少年が取っ組み合っていた。
口火を切ったのは護衛人形の方。
彼女の知覚能力が、今まさに車を降りてきた人型の生物が同族であること、そしてその戦闘能力を理解する。
『同族は殺す』。
それが彼らの本能の基部に根差した命題だったからという理由で引鉄を引いた。
頭に1発、心臓に2発、生き物を確実に殺せるようにと教わった通りに撃ち込む。
3発の弾は間違いなくそれぞれ急所に向けて放たれたが、そのどれもが敏捷に動いた左右の手で止められた。
防弾素材でできた手袋、そして銃口と殺気を読んで銃弾を掴めるほどの覚醒度。
銃では埒が明かない事を理解するとすぐさま鹵獲したナイフを両手に近接戦闘に打って出る人形。
姿勢を低く、地面を舐めるように突進しながら人形は同族の殺し方を幾何学する。
足元から順に攻撃していき、首まで順に左右から、それもナイフを受け止めるその手が死角になるように、こちらから丁寧に殺しにかかったのに違和感が芽生える。
この同族はこちらを殺す気が無い様だ。
何故?
違う、コイツは殺されても問題無いと幾何学している。
結局5、6合打ち合い、最後に頸動脈と頸静脈を切り裂こうとした左右のナイフをどちらも掴まれ、膠着状態に至る。
「コレコレ、人にいきなり銃をブッ放すなんて危ないじゃないか。それもしっかり頭に1発、心臓に2発、僕じゃなかったら死んでたよ?」
「お前、今までなんにんころした?」
「フフーフ、君が人に言えるクチかな?ところで僕が用意したワイヤーソーはどうだったかな?血糊ですぐに切れなくなるから使い捨てだし、切れ味自体も良くないクセが強い武器だけど君なら使いこなせると信じてたよ。」
「・・・。お前、なにをかんがえている?」
「僕も君と同じくそこのナギお嬢様のお父様に雇われている、つまり僕たちは仕事仲間さ。ここで戦う謂れも理由もない。だからさぁ、できればその残ってるワイヤーで僕の首を落とすのやめてくれると、とっても嬉しいんだけどなぁ。」
この同族の考えが読めない。
この化け物が描く未来を幾何学できない。
「ウーン、やっぱり同族は信用できないよねぇ・・・。そうだ、実は僕にも今顔を上に向けられない理由があってね。アレを黙らせたら今日1日だけでも信用してくれないかい?君も気持ち悪いだろう?アレ。」
「・・・、やってみろ。」
「よしッ!じゃあ早速僕がどれだけできるのか、キミに見せてあげよう!と言う事で蔵人さん!・・・の銃は使っちゃいけないね。君が使ってた銃を使おう。今からナイフから手を離すけど・・・、"やっぱナシ!"って襲わないでね?」
元警察官房の御息女、凪お嬢様付SP班班長の蔵人は半信半疑であった。
警察内でも正体不明事件の主体としてウワサになっていた謎の武装集団の首魁を自称し、元官房に接触をしてきた神山と名乗る少年。
2年とすこし前から、所属の左右を問わず北海道から北関東まで、暴力組織の事務所や”倉庫”が次々と壊滅した事件があった。
ある事務所では銃撃戦が、またある事務所は丸ごと吹き飛ばされ、あるいは真昼間の繁華街の中心で一本の凶器で誰にも気づかれずに。
そしてそれは1年ほど前にパタリと止んで、結局一連の事件はヤクザ・暴力団同士の抗争が偶々連続したのではないかとの見方で個別に捜査が続いている。
ただ初期の2件についてのみ主犯と思われる人物の背後を捉えた監視カメラ映像が残っていて、その映像解析結果から得られた容疑者の年代にはたしかに十代の少年も含まれていたが。
それをどこで渡りをつけたのかいきなり元官房が連れてきて、「あの事件の主犯です」などと本人から堂々と自己紹介された時は面を喰らった。
自分が事件の捜査資料を読んでいなければ彼の口から出た証言を信じられなかっただろう。
そして特に最初の5件については完全に個人でやったとも詳らかに証言している。
それはつまり彼ひとりで少なくとも80人を超える人数を殺している事を自白しており、俄かには信じがたかった。
何より直に接した際には年相応の子供らしい適当な物言いに、「銃弾だって素手で掴めるんですよ」なんて大言壮語も多く、信用していいものかとこの1年ずっと思っていた。
それがどうしたことか、今日一日に発生した内容は全てこの少年が言う通りになった。
今日の護衛は警備部からはお嬢様付の三枝と運転手の桜田以外は要らない、あとは彼とその友人ふたりで事足りるとSP部大勢の目の前で大見得を切った。
その言葉を挑発と受け取ったSP達が躍起になった結果、彼の予言通り4名は死亡。
「この後何があっても絶対横で黙って見ててね」なんて言われて本当に黙って見てれば、廃病院の暗闇の向こうから現れた少女が神山君に発砲。
予め防弾素材のグローブを支給していなければ、彼が交戦の寸前に投げつけてきてきた歪んだ金属の粒が銃弾だったは指に火傷をした今でも気づけなかったかもしれない。
そして彼の口入れで元官房が同じく雇い入れたもうひとりの少女との交戦の凄まじさ。
一瞬で膠着状態に至ったが、少女の突入速度、姿勢の低さ、攻撃の手数。
一対一で出会ったら対処できるか自問自答するが、事前に彼が言っていた「小さいけど熊」という言葉の信憑性も高まった今、間違いなく無事では済まないと確信する。
常々彼が口にしていた、「自分たちは生き物として違う」という言葉も臓腑の底に落とさざるを得ない。
「それじゃあナギお嬢様!今からちょ~っと銃を撃ちますので耳を塞いでいてくださいね!」
ほんの数秒前まで顔と顔を合わせて殺し合ってたふたりだったが、次の瞬間には意気投合したのか少女の方から凶器を拾い上げ、手渡しするまでに至っている。
背後に転がってる銃をワイヤーで拾い上げる瞬間も目と目を合わせて警戒していた様子だったが、少年と少女の間に面識はないという説明は嘘だったのか?
そのまま銃を天に向けて構える少年。
顔は真っすぐ見据えたままほんの数秒、腕だけが吸い付くように何かに狙いを定めると、そのまま一発だけ発砲した。
「どうかな?僕の実力に満足してくれたかな?」
「・・・、いいだろう。」
神山少年が一体何をしたのか、空を見上げても広がる星空が見えるだけだった。




