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1話

「アレ?久我宮会長。今日は残業ですかぁ?」


ごく一般的な学校の引き戸をがらりと開けて素っ頓狂な声を挙げる人物がいた。


「あぁ?なんだ神山君か。君こそなんでまだ残ってるんだ?そろそろ一般生が外出するには危険な時間帯だぞ?」


若く、しかし芯の通った強い声が問いに応えた。


「そりゃまぁ、僕も一応一般生ですけどぉ。そもそも生徒会に入ってる時点で割と結構一般生じゃなくないですかぁ?」


「生徒会とはいえ君は行企の書記じゃないか。末端のクセに余計な首を突っ込むんじゃないよ全く。虎の尾を踏むような勝手は、一応責任者として止して欲しいんだけどね。」


「そうです!そこです!僕は行事企画委員会所属なんですよ!お祭り騒ぎの気配を感じたら血が騒ぐのが江戸っ子ってモンでしょう?」


「・・・、君は雪国出身だろう・・・。」


「まぁまぁ、会長。我が校が掲げる校風は自主自律ではありませんか。つまり僕がこれから何をしようと自己責任というヤツでぇ、ここはひとつ!」


「残念だがここから先は流石に一般生に見せていい映像ではないんだ。たとえ君のような”こちら側”に来ようとしている生徒でもね。だからすまないが藤堂君、藤森君、そこのアホを強引にゲートに突っ込んででとっとと下校させてやってくれ。」


「「了解しました会長。」」


名前を呼ばれた身長180cmを超える超高校生級の肉体を持つふたりが、言われた通りに闖入者の両脇に立った。


藤藤コンビに運ばれる彼の「わーい!ロズ〇ェル事件だぁ~。」という緊張感の無い雑音は頭の中から必死に追いやり、生徒会の業務用に設備された6面モニターの情報に注視する。


表示されるのは”学園都市”の監視カメラ群の画像。


現在は学園都市唯一のモノレール駅の多出口を多角から映している。


更に別のモニターでは監視対象周辺の地図についてサーマル、音響、映像、及び学園都市の全住人の行動パターンを統合した現在位置がプロットされている。


丁度今宵の獲物がホームに降りてきたのが映し出された所で、彼は監視カメラを意図的に停止させる。


「さて、これで”不慮の事故”により我々の監視システムが一部停止してしまったわけだ。露崎君、先方に連絡してくれたまえ。」


「はい会長。・・・こちらトラツグミ、仕事は完了した。後金は...」


普段は仏頂面で淡々黙々と仕事をする彼女が偽装で思いついた名前がトラツグミとは、存外可愛い所があるのだなと久我宮は内心で彼女を見直しながら自分の領分に戻る。


電話に周辺の音声が乗らないようにと彼女が離れたのを見て、こちらも手元のマイクのスイッチを入れる。


「さて、各監視ポイントの諸君、状況開始だ。駅を監視しているBポイント、目標は見えるかな?」


「はい、目標の照合完了。阿良々木治安維持特命副大臣のご息女、阿良々木ナギ女史で間違いありません。」


「承知した。それでは引き続き、動きがあればこちらに報告を。」


そしてプッシュトゥトーク型マイクのスイッチから指を離すと彼は生徒会長専用の豪奢で快適な背もたれにもたれかかる。


彼女は果たして新たに学友に加わるか、或いは”入学”すらできずに終わるのか。


彼女の御父上がどれほどの備えを用意しているのか、叩き上げ警察官僚のお手並み拝見とさせて頂こう。







「ねぇ、藤藤ぃ~。今僕のポッケにBランチ券がひと月分、30枚入ってるんだけど賭けない?」


運動部きっての体格派2名に抱えられ揺られながら少年は二人に切り出した。


Bランチとは学食にて運動部向けに用意されてる肉大盛のハイカロリー料理群の事。


方や柔道部、方や空手部の藤藤コンビなどは当然毎日食べている。


それの引換券、互いに分け合ったとして15食分である。


「賭けってんなら俺たちは何を賭けりゃいいんだ神山。」


「おい藤森。」


喰いついたのは空手部の方だった。


「今から僕が予言するから、それを会長に伝えて欲しい。その通りになった時の会長がどんな顔してたか教えてチョーダイ。モチ、予言通りにならなかったらBチケ30枚、君たちに進呈しよう。」


「やめておけ神山、藤森。お互いロクな事にならない。」


「なんだよ~藤堂クン。君は本当に堅物だなぁ。もっと楽しもうゼ。折角のお祭りなんだからサ!」


「はぁ・・・。藤森、余計な事を口走る前にとっととコイツをゲートに投げ込むぞ。」


「オウ、投げ込むのは任せたぞ柔道部。」


「僕は彼女たちが生き残る方に賭けるよ。会長にはちゃんと伝えてネ。」


ふたりの足が止まった。


互いの顔を見合わせ、そして抱えてるアホの顔を見る。


気色の悪いニタニタ顔で二人に笑いかけるそれは、ただの間合いを勘違いしたウザい男子生徒の顔にしか見えなかった。


「おい神山、俺たちは何も聞かなかったしお前も何も言わなかった。いいな?」


「え~、そりゃないj、ガベッ!」


アホをゲートに投げ込み、生徒会役員権限で今ゲートを通過した生徒を本日再登校不可にして踵を返す藤堂。


「藤森、会長に報告だ。なんかもう・・・、色々漏れてそうだ。」


「押忍。」


駆け足で最上階の生徒会室へ急ぐ藤藤コンビ。


静まり返る誰も居ない下校口前廊下。


外は夕日のオレンジもいよいよ翳り始めた逢魔ヶ時。


ふたりの足音が勢いよく階段を昇っていく足音、建材から伝わる振動。


そして彼が知悉している総ての教師生徒の行動パターン、そして直感から周囲に誰も居ない事を確認してから少年は立ち上がった。


そこには人の好さそうな高校生男子のニヤケ顔はとうに無く、代わりに張り付いていたのはどこか無機質なビジネススマイル。


徐に胸ポケットからスマホを取り出してアプリを起動し、演技ぶった口調で一方的に語り始める。


「さぁ!画面の前にお集まりの皆様!今宵、今晩ご覧に頂きますのは少女2名の生存劇!果たして彼女達は無事朝日を迎える事が出来るのでしょうか!どうか揃って存分にご参加ください!さぁ張った張ったぁ!」


大禍時、この街の一般人の誰もが閉じこもり人気が無くなる時間帯。


彼が知覚した通り改札ゲート前の廊下は言わずもがな、下校口の外まで無人である。


誰も見ていない廊下を狂々(くるくる)と回りながら、少年は外の夕闇に踊り出した。












わたしは父が嫌いだった。


お母さんの葬式にすら顔を見せない冷血な人間だったからだ。


そもそもお母さんが死んだ理由だってあの男が原因だ。


「この国を良くしてみせる。」だのなんだの綺麗事を口にしておいて、家族すら守れないなんて本末転倒もいい所だ。


その結果お母さんはわたしの隣で凶弾に斃れた。


一生わたしが忘れる事の出来ない日。


あの日、寄宿舎から実家への送迎車ごと銃撃を受け、運転手の小林さんとお母さんが死んだ日。


わたしがまだ生きているのは、運悪く巻き込まれた小林さんの陰になった事と、庇ってくれたお母さんのおかげ。


あるいはわたしだけ”人質”として生かされただけなのかもしれない。


だから暴力(けんりょく)は大嫌いだった。


それは勝手に人を巻き込んで、すり潰して、次の日にはそれも忘れて回り続ける血まみれで穢れた巨大な歯車。


巻き込み事故に怯える日々なんて欲しくないのに、父のせいでわたしは政治という挽肉機のそばから離れられない。


ということでわたしは今、出荷される家畜の気持ちでモノレールに揺られている。


目的地は東京湾に浮かぶ第14号埋立地、”新台場”にある学園都市だ。


戦中に沈んだ2隻の戦艦の残骸を埋め立て、拡張造成された住宅地と共に成長した研究学園都市に次ぐ第二の学園都市。


研究学園都市(あちら)と違うのはこちらが研鑚しているのは政治だと言う事。


政界、財界、あるいはそれらに暴力を提供する各種暴力組織の子息子女が通う伏魔殿。


それがわたしが明日から通う事になる”はるま台創成学園”。


政治的混乱を避けるため、敵対する政治勢力同士で互いの子供たちを一か所に集めて、互いに監視し合って安堵し合おうという触れ込みらしいが、結局のところそこそこ行方不明者を出しているのが関の山らしい。


そうして陰鬱な気持ちでモノレールに揺られていればぽつぽつと同乗者たちは途中の駅で降りていき、残るのは魔窟に通う生徒や関係者のみとなる。


一般人も利用する市営のモノレールのため暴力は当然、武器の持ち込みも禁止。


わたしも最低限の護衛として目の前に座ってる三枝さん以外の3人とは、駅を降りた所で落ち合う手筈になっている。


一応”よそ”の子と同じ車両に座るな、との暗黙の了解があるらしいが、そもそも平日夕方に外界と移動する生徒自体が少ないので車内の人口はまばら。


そして終着駅直前で彼女は乗り込んできた。


彼女は身長150cmも無さそうな小柄の少女だった。


その小さい両手で本でパンパンになったスーパー袋を必死に持ち上げながら、小さな体でえっさほいさと上体を揺らしながら分不相応な重量物を運んでいる。


空けて見える袋の中身は教科もサイズもバラバラの書籍類で、恐らく中古書店で集めた参考書や辞書類だろう。


髪の毛はあまり手入れされていないのか痛み切った栗色をしていて、そのくしゃくしゃになった天然パーマを振り乱して歩く姿は、顔にかけた黒縁の眼鏡も落っことしてしまわないかという勢いだ。


学校という体(てい)を成す以上、学園には人生一発逆転を狙った一般生が多いらしいが、それにしても彼女のその姿はあまりにも脆弱すぎた。


その様からはいわゆる苦学生という奴だという事が窺い知れた。


きっと真正直に必死に勉学に励み、哀れにも”学園”が掲げる空言を信じて入学してきたのだろう。


「「あっ・・・。」」


恐る恐る見守っていれば、耐久限界ギリギリで持ちこたえていたであろうスーパー袋をひじ掛けにひっかけ、ついにその腹の内の物をブチ撒けてしまった。


ドサドサと車内に響く沢山の本が落下する音。


それと彼女の悲鳴にも似た声と、つられて出てしまったわたしの声。


そうして彼女は慌てふためいて電車の通路に落ちた本を集めるが悲しいかな、それを納めるはずものが無残に破れ去った今、それは無駄な努力でしかなかった。


あれだけの量の本を彼女の細腕で支えられるだろうかと問うが、その答えは勿論否。


目算10冊と少々、分厚い問題集やら何やらが混じっているので、合計で5キロはゆうに超えてるだろう。


見ず知らずの一般生が相手とは言え、その困り果てた小動物のような彼女の事を見ていられなかった。


「三枝。貴女、何か袋を持ってないかしら?」


黒服に目線を隠すサングラス、女性の割に短く切りそろえた体育会系の髪型をして「私はSPです。」と言わんばかりの風貌をした彼女に問いかける。


「はい、ナギお嬢様。スーパー袋をひとつ用意してあります。」


「奇遇ね、わたしも自分のエチケット袋としてひとつ用意があるわ。ふたつあれば足りるわね、それ頂戴。」


護衛の三枝さんが差し出した白いプラスチック製の薄袋をむんずとつかみ取ると、積み上げた本をなんとか持ち上げようとしてる彼女に差し出した。


「ほら、この山を二つに分けてこの袋に入れなさい、片方はわたしが入れますから。そもそもこの量を買うのなら袋を二つ貰うカバンを用意するなりしなさいな。」


「あっ、えっと・・・。すみませんありがとうございます!あっと、その・・・。なんとお礼を申し上げたらいいか・・・。」


一瞬わたしの目を見て、更に一瞬わたしの後ろに立っている三枝さんを見て、そしてまたわたしの目を見る。


円らで大きな黒い目、そしてわたしに怯える姿は小柄な体躯と合わせてリスのよう。


一般生からは恐怖の対象であろうボディガード(くろふく)を目にして体が竦んでしまっている。


ここは考えが足りず悪い事をしてしまったなと思った。


とは言え通路のど真ん中でそうこうするヒマも無いので、手を止めてしまった彼女の分もとにかく袋に納める。


一応念のために自分で持ち上げて袋が重さに負けそうでないか、カドで穴が開きそうでないかチェックしてから脇の開いてる席に置く。


ついでに一言、二言、言ってやらねばならないと思ったので本の山の隣に座り、対面の席を指さして彼女に座るよう促した。


わたしの表情に気圧された彼女はおずおずと、しかし促した通りちゃんと真正面に座ってくれた。


「あ、あの・・・。」


「ちょっと失礼するわ。やっぱり髪の毛全然トリートメントしてないわね、貴女。勉強が大変なのは分かるけど、女の子なんだから外見もちゃんと気を使いなさい。」


子犬のように上目遣いでこちらをうかがってくる彼女の髪の毛に手を伸ばし、手入れの酷さを確かめる。


元々の天然パーマはともかく、明らかに日頃の手入れ不足や日光対策不足の痛み方をしている。


というかこの具合、もしかして石鹸で雑に洗ってる?


野生児?という奴だろうか。


この問題集の量、きっと日夜勉学に励んでいるのだろうが、女の子が放置していい状態ではない。


ご両親が一生懸命に金を出して育てて、やっとの事で”学園”に入って来たのだろうが、学園に入っただけではダメなのだ。


とりわけあの”学園”で権力(ちから)も暴力(ちから)もない生徒ならば見た目も勿論、手際の良さも求められる。


あんな無様を晒すようでは目の前の女子の先が思いやられるというもの。


明日生きていられるかも判らない身でこんなのはただの自分勝手だと理解っているが、彼女に一言二言行ってやらねば気が済まなかった。


「そもそもカバンくらい用意したらどうなのよ?一般生にも学校支給のスクールバッグがあるでしょう?」


「カ、カバンはその・・・、失くしてて・・・。」


嘘だ。


校則の第五条二項の1と2に学校支給のカバンを紛失した際の再支給手続きが書いてある。


もちろん承認手続きはあるが、費用は原則全額学校持ちである。


察するに再支給されてもまた”紛失”する状況に彼女は陥っているのだろう。


思ってたより深そうなこの問題、さてどこから切り崩すべきか。


「貴女のその緑色のリボン、1年生よね?部活はやってないの?」


「い、いえ・・・。勉強しなきゃいけないので・・・。」


恐らく構図は単純明快だ、彼女が独りぼっちだからだ。


何の後ろ盾もなく、グループにも所属しそびれたお上りさんがいれば血気盛んな連中が湧いて出てきてこうなるのも自然だろう。


何せ表向きは暴力が禁止されてる学園だ、禁止されて鬱憤が溜まってる連中の目の前にこうしてこっそり遊べるオモチャが居れば恰好の獲物であろう。


サバンナに一匹だけ放置された野ウサギという奴だ。


せめて何かしらの部活動に所属していれば、その背後にいる勢力に多少は護ってもらえたろうに、この哀れな野ウサギちゃんはそういった力関係には疎いままならしい。


しかし同時にこの子が入れるような木っ端部活では大した後ろ盾にはならないだろう。


ならば最初に切り崩すべき問題はやはり・・・。


「貴女が勉強に励んでいるのはよくわかりました。でもあの学園で生きていくならそのボロボロの髪もどうにかしなさいな。そもそもどうやったらここまで酷い髪の毛になるのよ。」


胸ポケットから櫛を取り出し、目の前にあるぐしゃぐしゃの彼女の髪の毛を解きほぐしにかかる。


(どうせ通らないから端っこの方から順に・・・。)


なんて甘い予想は櫛の歯と一緒にポキっと折れてしまった。


まだ端も端、1cmくらいの位置です・・・、ヨ?


「えっ?化けっ・・・?」


予想外の出来事に思わず言ってはいけない言葉が出かける。


「あの・・・。わっ、ワタクシの髪がその、ごめんなさい!」


無残に敗北して髪の毛に刺さったままだった歯を引っこ抜き、差し出しながら謝ってくる彼女。


「あ、いえ・・・。その、安モノですしお構いなく・・・。」


確かに値段の割に結構長生きしてたし、そろそろ寿命だったのかもしれない。


どうしよう、酷い事を言ってしまったし、とても気まずい空気になってしまった。


一体なんなんだこの髪の毛は・・・、魔毛?


「とっ、とにかくっ。貴女、学園に入れるくらいの学力があるなら、社会に出た時、それを活かすための外見も必要なのよ!ちゃんと髪の毛も顔も大事にしなさいな!」


「はっ、ハイ!」


「そ、それじゃぁね!まずちゃんと外見を整える事!それから偉い人のお子さんが居る部活に入って人脈を作る事!それじゃ!」


差し出されるがままに櫛の歯を受け取った後はまくし立て、つまり結局ゴリ押しで済ませて、側にずっと立っていた三枝さんと一緒に席を離れた。


本当に何をやっているのだろうか自分は。


自分が死ぬ前に少しでも善行を積んでおきたいなんて甘い考えでも持ったのだろうか。


今更になって自分と関わったという余計なリスクを彼女に背負い込ませてしまった可能性が頭を過る。


否、まだ車内(ここ)は非武装地帯。


殺伐とした余計なしがらみに囚われるのはまだ先のハズ、そう心の中で言い聞かせながら彼女から遠く離れる。


かといって隣の車両に移動してはまだ見ぬよその子と鉢合わせてしまいそうなので、端の優先席で二人並んで座る事になったが。


「無様な姿を見せてごめんなさい、三枝。」


「いえ、ご立派だと思います、ナギお嬢様。私も所轄時代に同じ失敗したことありますので。」


「そう、慰めてくれてありがとう。三枝。」


ひと悶着あったおかげで終着駅までの無言の残り時間は短かった。


(そういえば名乗ってなかったわね、それにあの子の名前も。相当テンパってしまっていたみたい、わたし。)


そうしてたどり着いた終点、はるま台都市学園駅。


時刻は逢魔が時とも言われる夕方。


外部での移動を人目のある昼間にこなさねばならなかったため、移動の最終工程はこの時間になってしまった。


そしてこの駅を出ればそこは結局”外”と同じかそれ以上に死と隣り合わせの世界。


ホームに出てほかの乗客が先に階段を降りていくのを確認する。


巻き添え、或いは伏兵が乗客に混ざっている可能性を考慮しての判断もあるが、これについても「新米は後」の暗黙の了解があるらしい。


一般生も、SPを連れたどこぞのご子息ご息女も、両手にスーパー袋を抱えたあの子も居なくなるのを待つ。


事前の打ち合わせ通り誰も居なくなるのを待ってから改札を通る。


駅を出ればすっかり傾いた夕日と潮風の匂いが出迎えた。


駅前広場の階段を降りた所にあるロータリーにはわたしを迎えに来た車が待っていた。


本日の三枝さんを含めて合計4名の護衛という編成の移動計画、その最終段階。


たった1台の車を通すのにも許可が必要で、味方にすら敵の多い父が送り込めたささやかな手駒だった。


先行組の3人のうち、運転手以外のふたりは事前に降車し、カバンに入れた状態(コッファー)の短機関銃を手に提げて周囲を警戒している。


一応駅前も中立地帯として監視の目が重ねられていて安全らしいが、用心に越した事はないということでこの防弾車で寮まで一直線に移動し、その後は明日の正式な入学手続きまで閉じこもる計画になっている。


あとはこのまま与党系列が運営する寮まで行ってしまえば安全のハズ。


「さぁ、ナギお嬢様。ここまで来たらあと一歩です。」


三枝さんに促されるままに乗車しようとしたその時、声が響いた。


「あっ、あの!先輩?ですよね!先ほどはありがとうございました!」


驚いて振り返ると先ほどプレゼントしたスーパー袋を両手に携えた彼女が階段の上に立っていた。


まさかわざわざ待っいてくれたのか?


拙(マズ)い。


「すみません!さっきはお名前もお聞きせず!ワタシの名前は!」


わたしだけでなく、護衛の3人の意識まで彼女に向いてしまった。


今、この瞬間に彼女を巻き込んだかも知れない。


一般生(かのじょ)など無視して寮へ急がねば。


そう決心して改めて車に振り返ると眼球と目が合った。


破裂した頭蓋と飛び散る血液、脳漿。


今までも何度か見てきた金属の小塊が命を弾けさせる光景。


車外に出ていた3人は一瞬で三つの頭無し死体となり、運転席には念入りに弾丸の雨が降り注ぐ金属音が聴こえる。


「駅舎に戻りなさい!今すぐ!」


長年染みついた経験で咄嗟に車両の陰に入りながら彼女に向けて叫ぶ。


しかし彼女はわたしの背後で起きた惨状でへたり込んで動けなくなってしまっている。


すでに混乱しきっていてわたしの言葉が届いていない。


車の向こうで地面で擦れたタイヤの悲鳴が響いた。


「どうもぉ、すみませーん!阿良々木副大臣の娘さんの凪さん、いらっしゃいますよねぇ?すみませんがちょっと出てきてくれませんかー!」


チラっと見えた濃いグレーの大型ミニバンのスライドドアから降りた人物は丁寧に、しかし拳銃を構えながらこちらに語り掛けてきた。


「なんか部外者が居るなぁ。オイ、スガイ。そっから照会できるか?」


「ウス、監視システムに生徒端末の情報アガってました。1年F組、出席番号9番、忍田シナ。ただの一般生ッスねぇ、おうちはちょっとお金持ってそうですけど。」


「そうか、じゃあ仕方ねェなぁ。」


”仕方ない”。その言葉の意味はすぐ分かった。


ここでわたしが動かないと彼女が殺されてしまう。


その一心で辺りを見回すと隣に倒れている三枝さんの死体が目に移った。


そこには彼女が車で受け取ってからずっと手に握られたままだったカバンが。


無心でその中に隠されていた短機関銃、P90を取り出した。


それの使い方はちゃんと覚えていた。


長い間沢山の護衛の人たちと過ごしてきて、彼らの射撃訓練に混じって少し扱わせてもらったこともある。


教わっていた通りに安全装置を外し、コッキング。


それまでただのプラスチックの塊だった物体が人を殺す武器に切り替わる。


それを両手でしっかり構えながらそのまま身を乗り出して発砲した。


何度も響く乾いた発砲音、人殺しの悪魔の口が吐き出す硝煙の匂い、わたしの体では抑えきれない反動。


「ぐあっ!」


狙いは確かに車から降りてきた男の胴体に。


「うおっ!あのJK、ハジきやがった!」


至近距離で確かに男の服が弾け飛び、そこに命中したのだと確かに目で見た。


抑えきれなかった反動が功を奏して後ろの車にも何発か当たり、残りの連中も怯んでいる。


透明なマガジンを見て残弾数を確認する。


(まだいける、あと2連射くらいすれば連中も黙らせられる。その間に彼女を連れて駅内に逃げ込めば・・・。)


階段の上でまだ腰を抜かして過呼吸になっている彼女を見上げる。


制圧射撃を繰り返しながら彼女を連れて駅舎に入って、それからどうする?


次のモノレール到着まで何分もつ?


そもそも彼女が動けなかった時、わたしの腕で彼女を引きずる事ができるのか?


あるいは今、背にしている車を動かすか?


しかしそれには運転席に遺ったままの桜田さんを押し出さなければならない。


”いずれにしろ巻き込んでしまった責任は必ず果たす。”


そう覚悟を決めて銃把を握りしめた瞬間、それは砕け散った。


「ッ・・・!」


再び無音で飛んできた金属の塊が、精密に手の中の銃だけを貫いて破壊した。


失念していた事を今更悔いる。


最初の銃撃の際、”発砲音が聞こえなかった”事に。


それはつまり車でやってきた彼らとは別の、狙撃手がどこかの高所に潜んでいて消音器を付けた銃で狙っていたという事。


「よぉ、嬢ちゃん。やってくれたじゃねぇか。アーマーが無ければオジさん死んじゃってたぜ。」


総てが手遅れだった事に今更気づいた瞬間、倒したハズの男の声と共に頭に強い衝撃を受け、そこでわたしの意識は途切れた。


「アンジョさん大丈夫っすか?こっちは弾喰らった奴は居ないっす。」


「ああ、めっちゃ痛ぇけど全部貫通してねぇ。この嬢ちゃん寝てる間に縛っとけ。車ン中で金探と電探全身にかけろよ、どうせどっかにGPSタグでも付いてるだろ。」


「ウス。もう一人の嬢ちゃんはどうします?」


「ここで始末して掃除屋に任せてもいいが・・・。もう一度、ウラの情報でも誰かの関係者じゃねぇか調べないとな。身元ハッキリ割れるまでは丁重に扱え。」


「了解しやした。オイ、ゴンダ!あっちの腰抜かしてる嬢ちゃん運ぶの手伝え!」


「オウ。」


スガイと呼ばれた男は気絶した目標の両手足を手早くプラスチック製の拘束具で縛り上げると、呼びかけた男とふたりがかりで力無く暴れる少女を押さえつけて車に運び込んだ。


若干の予定変更はあったが、確保するべき目標を確保し終えた男はスマホで電話をかける。


「月岡組の安城だ、こちらの仕事は終了した。これから海ほたる経由で学園都市を出る。手筈通りそちらの掃除屋を学園都市駅前に派遣してくれ・・・。あぁ、オタクが手配した狙撃手、鮮やかな狙撃だった。支援に感謝する。それと合流地点の変更は無しだ。」


手短に済ませると撤収が終わって全員が待っている車に男は乗り込み、後に残されたのは警護車両と4人の死体とその血痕のみ。


そのまま何事も無かったかのようにグレーのバンが走り去ると、ほんの1分も経たない内に業務用の白バンとレッカー車がやってきた。


バンからは清掃エプロンに身を包んだ”清掃業者”が5名降りてきて、鮮やかな連携プレーで死体と大きな肉片を回収。


地面にブチ撒けられた血と肉骨片も高圧洗浄機で手際よく排水溝に流し、残った車両もレッカー移動されていく。


今日この日、駅前の”清掃”は開始から終了まで3分もかからなかった。


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