筋トレのススメ
俺が筋トレの話を始めると、麻衣は腕を組んで鼻で笑った。
「お前が筋トレを語るのか?
お前の腕、あたしのより細いぞ。
あたし、別に体型は気にしてないからパス」
教室の窓際。
夕方の光が差し込んで、埃が舞ってる。
まるでスポットライトみたいだな、なんて思った。
俺は笑って首を振る。
「いやいや、筋トレこそ重要なんだ。
何も痩せるためじゃない。姿勢に効いてくる。
背筋を伸ばして、まっすぐ立ってみ?」
麻衣は渋々、背筋を伸ばす。
「くっ…!キツい!
おい、いつまでやらせんだ?」
「常にその体勢でいるんだよ」
「はぁ?有り得ねぇ!」
俺は真剣に続ける。
「筋トレを続けてると、次第に背筋が伸びて、自然にまっすぐ立てるようになってくる。
だから、毎日20分は続ける。
休みの日にまとめてやっても意味ない。
毎日、ただひたすら続けるんだ」
麻衣は、少しだけ眉をひそめる。
「…なんか修行みてぇだな」
俺は笑って言う。
「でもさ、1日頑張った自分を、ちゃんと褒めること。
それが一番大事なんだよ」
麻衣は、少しだけ視線をそらして呟いた。
「…褒めるって、どうやって?」
「鏡の前で、“今日もよくやった”って言うだけでいい。
それだけで、ちょっとだけ自分が好きになれる」
俺の言葉に、麻衣は眉をひそめながらも少しだけ興味を示したが、まだ半信半疑だ。
「あたし、ジムに通う金なんてないんだけど」
麻衣のその言葉に、俺は笑って答えた。
「家でやるんだ。トレーナーもいらない。
動画サイトにいくらでも上がってるから、
自分に合ったトレーニングを選べばいい」
麻衣は腕を組んで考え込む。
「…動画って、あの“痩せるダンス”とかじゃねぇだろうな?」
「いや、ちゃんと筋肉に効くやつ。しかも初心者向けで、器具なしでもできる」
画面に映るトレーニング動画。
麻衣は覗き込む。
麻衣は動画を見ながら、少しだけ口元を緩めた。
麻衣は鼻で笑いながらも、スマホをポケットにしまった。
「よし、今日からやってみるか。
…舎弟、フォーム見てろよ。
間違ってたらぶっ飛ばすからな」
俺は敬礼した。
「はい、姐さん」
変化は、いつもこんなふうに始まる。
笑いながら、少しだけ本気で。麻衣は、何も言わずに背筋を伸ばし直した。
その姿は、少しだけ誇らしげだった。
――次の日
麻衣は眉をひそめて言った。
「なあ、プロテイン飲んだり、鶏のささみだけ食べたりしなきゃいけないのか?」
俺は笑って首を振る。
「食事制限はしてないけど、プロテインは飲んでたな。
チョコレート味のやつ」
麻衣は俺の腕を見て、訝しげに言う。
「…あんまり効果なさそうだな」
俺は肩をすくめて答える。
「トレーニングの終わりに、堂々と甘い飲み物飲めるのが、モチベーションに効くんだよ。
“今日も頑張った”って、ちょっとだけ自分にご褒美」
麻衣は目を見開いて、思わず笑った。
「今までで一番、実践的じゃねぇか!
それなら、あたしにもできるかもな」
俺は、少しだけ照れながら言った。
「まずは、好きな味から始めるといい。
俺はチョコ派だけど、バナナとかストロベリーもある。
筋トレ終わりに飲むって決めるだけで、ちょっと続けやすくなる」
麻衣は、腕を組んで考え込む。
「…バナナ味、ちょっと気になるかも」
---その夜、スマホが震えた。
麻衣からの着信。
「テメェぇぇぇ!!」
出た瞬間、怒号が飛んできた。
「ダマしやがったな!!
このプロテインっての、コップに入れて水に混ぜても全然溶けねぇじゃねぇか!!」
俺は慌てて答える。
「あ、悪い。シェイカー使えって言い忘れてたわ」
麻衣の怒りは止まらない。
「ごめんで済んだら警察はいらねぇんだよクソが!
あたしの今日のトレーニングを返せ!
この甘いプロテイン飲むために頑張ったんだぞ!
どうしてくれんだ…楽しみにしてたのによ…う、う…えぐ…」
その声が、少しだけ震えていた。
「麻衣、もしかして泣いてる?」
「うるせぇ!泣いてねぇよ!
明日シバく!覚えてろ!!」
──翌日。
俺は、麻衣を駅前のカフェに連れて行った。
バナナスムージーを注文して、そっと差し出す。
「昨日の分、これでチャラにしてくれ」
麻衣は、スムージーを受け取って、黙って一口飲んだ。
そして、ぼそっと言った。
「…まあまあ、うまいじゃねぇか」
俺は、シバかれるのを回避した。
でも、それ以上に――
麻衣の“変わろうとする気持ち”が、ちゃんと続いていることが嬉しかった。
――1週間後
俺は、トレーニング記録をつけることを麻衣に勧めた。
「継続してる実感が湧くからさ。
1日目、3日目、5日目、10日目、30日目…
どんどん変わっていく自分が見える」
麻衣は即座に首を振った。
「それもパス。日記とかそういうの、続いたことねぇから」
俺は食い下がる。
「じゃあ、写真撮って、匿名SNSに投稿しておくんだ。
それだけでいい。
匿名なら誰かに見られても気にならないし、
第一、自分から働きかけないと誰も見ない」
麻衣は、俺のスマホを覗き込んだ。
俺のアカウントの初投稿を見て、思わず吹き出す。
「初投稿のお前、腹出てるし、口周りブツブツじゃねぇか。
あれ、なんかコメント残してるやついるぞ?」
俺は画面を見た。
そこには、俺の初投稿があった。
> 筋トレ始めます。
効果が出るまで辞めません。
誓います。
添えられた写真は、俺の上半身。
目から下だけ切り取った顔。
腹筋はまだ埋もれていて、肌も荒れていた。
でも、それが俺の“始まり”だった。
麻衣は、画面を見ながらぼそっと言った。
「…なんか、いいかもな。
あたしも、やってみようかな。匿名で」
俺は笑って頷いた。
「最初は誰も見てない。
でも、誰かが見つけてくれるかもしれない。
そのとき、“変わってる途中”の自分を見せられるって、ちょっと誇らしいよ」
麻衣はスマホを取り出した。
画面に映る自分の顔を見て、少しだけ口元を引き締めた。
「…じゃあ、今日の分、撮るか。
でも、絶対顔は載せねぇからな」
「了解、姐さん。目から下でお願いします」
写真を撮っている麻衣の顔には少し自信が宿っていた




