制裁
第7話 制裁
ノボルは、俺と訣別してタカのグループに戻っていった。
その夜。
スマホに流れてきた動画で、全部を理解した。
土下座謝罪。
地面に額を擦りつけて、泣きながら繰り返す。
「すみませんでした」 「すみませんでした」
何に対しての謝罪なのかも、もう分からない顔だった。
コメント欄は、それを面白がっていた。
毎日のように連絡を取り合っていた女子からは、連絡拒否にされた。
既読もつかなくなり
ただの“灰色の文字列”に変わった。
俺は、ひとりになった。
そして、さらに悪いことが起きた。
俺に鉄槌を下す人物が現れたんだ。
――
麻衣。
学校で有名な不良女子。
誰も逆らえない。誰も近づけない。
でも、彼女は俺にまっすぐ向かってきた。
「ちょっと来い」
そう言われて、俺は校舎裏に連れていかれた。
言い訳もできないまま、腹に一発入れられた。
息が詰まる。膝が折れそうになる。
麻衣は、俺を見下ろして言った。
「あたしのダチにちょっかいかけたのは、テメェの取り巻きだろ?」
「やっぱりヤンキー女とかねぇわって言ってたよな?」
「チャラチャラ群れて、女の周り囲んでさ」
「値踏みしてんじゃねぇよ」
その言葉は、怒りに満ちていた。
でも、ただの暴力じゃなかった。
誰かの痛みを、俺にぶつけていた。
俺は、何も言えなかった。
言い訳をしたところで、届かないと思った。
でも、俺の中には、確かに思い当たる節があった。
あのグループで、俺は笑っていた。
誰かをいじり、誰かを値踏みしていた。
それが“ノリ”だと思っていた。
でも、それは誰かの尊厳を踏みにじることだった。
麻衣の拳は、俺の過去に向けられていた。
そして、俺が見ないふりをしていた“痛み”に、真正面からぶつかってきた。
――――――――
腹に一発入れられた衝撃が、まだ残っていた。
息が浅くなる。背中が壁に当たる。
麻衣は、俺を見下ろして言った。
「一番気に入らねぇのはテメェだ、このオトコ女!」
「ナヨナヨしやがって!女の格好真似て、女を見世物にして満足かよ!!」
その言葉は、拳よりも痛かった。
俺が選んだ姿。俺が守ってきた柔らかさ。
それを“真似”だと言われた。
でも、麻衣の目は、ただ怒っているだけじゃなかった。
“女”という存在が、笑われ、消費されることに、怒っていた。
そして、その象徴として、俺を見てしまった。
俺は、言葉を探した。
「俺は…誰かを見世物にしたくて、あの格好をしたわけじゃない」
声が震えた。
でも、麻衣は黙っていた。
俺は食い下がった。
「女装なんかしたくなかった。俺は、自分のために努力したんだ。
キモイって言われないように。
身なりを整えて、男らしい身体を目指して筋トレもした。
それがもたらしたものが、目指した場所じゃなかっただけだ。」
麻衣は、鼻で笑った。
「じゃあ、女装ダンスなんて嫌だって言えば良かっただろうが。」
「好きな女の子に頼まれて、断れなかったんだよ……。」
「はぁ?好きな女のためにそこまでするのかよ!お前、クソだせぇな!
それで、女はお前になびいたのか?」
「相手にもされなかったよ。」
「だろうな!お前みたいなナヨナヨしたオトコ女、誰がマトモに相手するかよ!」
その言葉に、怒りが込み上げてきた。
「だったら、お前は女の子らしく振舞ってるってのか?
足を広げて歩いて、粗暴な言葉と態度で他人を威嚇して、満足かよ!」
麻衣の目が鋭くなった。
「なんだとコラ!テメェ、何も知らねえくせに!」
一歩、踏み込んでくる。
距離が、一気に詰まる。
空気が重くなる。
でも、俺は引かなかった。
「誰も他人の事情なんか知って付き合おうとしないさ。
だから、努力するしかない。
他人に認められるために、努力するしかないんだ…」
沈黙が落ちた。
俺はまだ麻衣を睨みつけていた。
それは、自分を否定したくなかったからなのかもしれない。
「他人に認められるために、努力するしかない。」
最後に絞り出した言葉を、反芻していた。
麻衣は何も言わなかった。
ただ、俺の顔をじっと見ていた。
風が吹いた。校舎裏の空気が、少しだけ揺れた。
何かを探しているような、そんな目だった。
俺は、言葉を待った。
でも、麻衣の口は、なかなか開かなかった。
「お前…」
麻衣は、何かを言いかけて、口を閉じた。
その声は、さっきまでの怒鳴り声とは違っていた。
「面白ぇな」
予想していなかった言葉だった。
「筋、通ってんじゃねぇか」
肩を、軽く叩かれる。
「悪かったな。“オトコ女”とか言って」
「あと、いきなり殴ったのも」
俺は、頭を下げた。
「俺も、軽いこと言った」
「ごめん」
麻衣は満足そうに笑った
「今日からお前はウチらの舎弟だ。
お前の努力ってやつ?
教えてみろよ。」
「は?」
耳を疑った
「行くとこねぇんだろ?」
図星だった。
ニヤッと笑う。
「中途半端なら捨てる」
「でも、根性あるやつは嫌いじゃねぇ」
一歩、前に出る。
「ついて来いよ」
風が吹く。
さっきまでの冷たさとは違う風。
俺は、少しだけ息を整えて——
「よろしくな、姐さん」
その言葉は、ちゃんと自分のものだった。
麻衣は、顔を伏せて呟いた
耳が少し赤い
「…まずはスキンケアからだな」
思わず、笑った。
全部失ったと思った、その日。
俺は、新しい“居場所”を手に入れた。
校舎裏の空気が、少しだけ春めいていた。




