『大和撫子』と年末
(母さん人使い荒いな。全く)
十二月三十一日。
蒼は道に積もった雪を避けるように昼下がりの住宅街を歩いていて、蒼の口から思わず溢れた嘆息は人の姿が見当たらない住宅街に静かに消えた。
足取りがいつもより重いのは相変わらず吹き抜ける風の冷たさと蒼の意志関係なしに恵に半強制的に外に出されたせいだろう。
今日は一日中外から出ることなく新しい年を迎える予定だったのだが、なんでも年越し蕎麦を買い忘れたらしく恵に年越し蕎麦の材料を買ってきてほしいと頼まれた。
頼まれたときはあからさまに眉間に皺を寄せて憂鬱そうな顔を覗かせた蒼だったが、「年越しそばに乗せる海老天二つ追加してあげるから」と恵からの案に妥協して、渋々腰を上げたというわけだ。
その恵はというと、今は自宅で明日の夜に食べるおせちの準備にとりかかっていて雄大はその手伝いに追われている。キッチンで行う共同作業、当然甘い雰囲気が流れないわけもなく二人は楽しそうにおせちを用意していた。
その空気から逃げ出せたと思えば蒼にとっては良かったのかもしれない。
ジャンパーのポケットに手を突っ込んで蒼はスーパーへと歩いていった。
☆ ★ ☆
(あとは蕎麦だけか……)
スーパーに着いた蒼は恵に渡されたメモ用紙に書かれている食材を見つけては買い物カゴに入れていた。
蕎麦つゆは自宅にあるそうなので買ってきて欲しいものは、乾麺蕎麦、海老の天ぷら、そして薬味に欠かせない長ねぎ。
天ぷらとねぎは既にカゴの中にあるので、蒼は店内を移動して乾麺蕎麦を探す。年末というだけあってやはり店内に並んでいる乾麺蕎麦の消費は早く残り三袋しかない。
恵からは人数分購入してほしいと言われているので、三袋を買い物カゴに入れた。
とりあえず人数分買えて良かったと蒼は安堵の息を漏らして、会計の方へと向かおうと身体の向きを変えたその先には――
「「あ……」」
二人の声が重なる。
蒼も蒼の視線の先にいた女の子――陽葵も以前スーパーで出会ったときと全く同じような反応を示していてお互い目を丸くしていた。
「ここ最近本当によく会うな」
「そうですね」
蒼の言葉に頷く陽葵の買い物カゴに蒼は視線を送った。その中には何も入っていなかったのでたった今このスーパーに訪れたのだろう。
「風凪くんも年越しに向けての買い出しですか?」
「まぁな。『も』ってことは一ノ瀬さんも?」
「はい。自分で準備しないといけないので。なにせ一人暮らしですから」
「一人暮らししてんのか。凄いな……ってことはご両親とは別々に暮らしてるってわけか」
実家で過ごしているときはなんだかんだで親のサポートがあったりするのでかなり助かってるが、一人暮らしなら自分で買い出しなり料理なりしていかないと生きていけない。
蒼もそれなりに家事はできるとは思っているしいつかはするのだと思っているが、うまくやっていける自信はない。
「まぁ……そういうことになりますね」
蒼は陽葵に尊敬の眼差しを向けるが、楓は困り果てたような苦笑を浮かべる。
「……そういえば年越しの準備って言ってたけど一ノ瀬さんは何を買いに来たの?」
触れてはいけないものに触れてしまったような気がして、蒼は別の話題を出した。憂いな顔つきだった陽葵は「えっと……」と言葉をあとに続けて、
「年越しそばでも作ろうと思って。一人ですからおせちを作るのも寂しいような気がして」
「そっか」
話をしていて実家には帰省しないんだなと思ったが、きっと彼女なりの理由があるのだと思ってあえて追求はしなかった。
「……あっ。でも蕎麦……」
「えっ?」
蒼はハッとして楓を見つめて、陽葵は不思議に思い首を傾げたあとにいつも並んでいる乾麺蕎麦の方を視線を送った。
「あっ。もう売り切れてしまったのですね……でも売り切れてしまったのなら仕方ありません。今年は年越しうどんですね」
陽葵は残念そうに肩を落として寂しげな表情を覗かせてた瞬間、罪悪感が蒼を襲った。
陽葵が向かいのコーナーにあるうどんの方に目を向けようとしたとき、「一ノ瀬さん」と蒼は呼んだ。
「良かったらっていうか……これやるよ」
蒼は買い物カゴから乾麺蕎麦一袋を取り出すと陽葵に差し出した。
「いえ、でもそれは風凪くんのご実家で食べられるものでしょう」
「いいよ。目の前であんな顔見せられたらなんか申し訳なくなるし。親には売り切れてたからって適当に嘘言っておけばいいから」
だからほら、と再度陽葵に差し出す。
陽葵は手を伸ばして受け取る直前、本当にいいのかと目で訴えかけてきて、蒼は小さく頷く。
それを確認した陽葵は蒼から一袋受け取って、買い物カゴの中に入れた。
「ありがとうございます」
「うん。あと一応言っておくけど天ぷらもいつもより売れてて残り少ないから買うんだったら早いうちに買っておいたほうがいいぞ」
余計なお節介だと分かっていながらも、蒼は陽葵に伝えた。陽葵は嫌な顔を浮かべることなくただ小さく頷いただけだった。
「俺はもう買い物済ませたから。それじゃあよいお年を」
「は、はい。よいお年を」
他愛のない話をするわけでもないが、だからといって無視できるわけではない。関係性でいえば赤の他人以上友達未満というなんとも言えない関係性が今の蒼と陽葵には相応しいのかもしれない。
年末の挨拶を交わした蒼は会計の方へと向かっていった。
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