雪合戦
聖夜の夜に初雪を記録してから、これまでの遅れを取り戻すかのような勢いで降り積り、辺りは雪景色に変わっていた。
昼下がり。既に昼食を食べ終えている蒼は自室のカーテンを開けて真っ白になった世界を覗いていて、カーテンを閉めるとベットに寝っ転がって布団を被る。
本当ならばリビングにある炬燵に入って温まっていたいところなのだが、今リビングには行きずらい状態にある。
今日の朝方に蒼の父親が単身赴任先から帰ってきて、今は恵と雄大の二人だけの空間が流れている。そこに息子が入り込む余地はこれっぽっちもなくて逃げ込むように自室に向かった感じだ。
もちろん帰ってきてから学校やバイトのことなど色々聞いてくれて蒼のことも気にかけてくれていることは伝わったのだが、それ以上に恵との時間も大切にしたいようだった。
それでも夫婦仲が悪いよりはよほどいいだろう。それに年が明けて少しすれば雄大はまた赴任先に戻ってしまうので尚更だ。
冬休み中はバイト以外やることはなかったので暇つぶしに課題に手をつけていた。おかげで年明け前に全て終わらせることができたので、今は三学期に向けて予習を行っている。
このままぼんやりと時間を過ごすのももったいなく感じたので、勉強机に向かうために蒼は被っていた布団を剥ぐろうとしたところでスマホが震えた。
何かと思って視線を向けると圭人からの着信があったので電話に出る。
「もしもし」
『もしもし。さっそくだけど暇?』
「急だな」
電話越しから聞こえる陽気な圭人の声に蒼は呆れ混じりな言葉と共に苦笑を浮かべつつ「今から勉強でもしようかと」と続ける。
『じゃあさ。今から遊ぼうぜ』
「どこで?」
『外で』
「……悪い。もう一回言ってくれ」
今蒼には外で遊ぼうと聞こえたので、思わず自分の耳を疑ってもう一度言うように頼む。『あれ?聞こえなかった?』と確認するように言えば、再び圭人の口から告げられる。
『外で遊ぼうぜ』
蒼の聞き間違いではないことが確定して「……は?」と漏らしたのち絶句した。
☆ ★ ☆
「……なんでその経緯に至ったか聞いてもいいか?」
冬休み前、圭人が雪合戦をしようと言っていたのはなんとなく覚えている。だが本当にやるなんて思ってもいなかった。
眉を寄せている蒼は玄関にいて自宅に訪れていた人物に尋ねる。そこにいたのは防寒対策をしっかりとった圭人と有紗だった。
「遊びたいから」
「それなら俺の部屋でいいじゃん」
「だって蒼。バイト以外どうせ家にこもりっきりだろ。少しは身体動かさないと鈍っちゃうぞ」
「確かに基本は出歩いてないけどさ。しかも月宮さんまで……」
この場に有紗がいたことは蒼にとっては意外で、よく了承してくれたなと驚きの瞳を浮かべる。
「特にやることなかったからね。それに圭くんが誘ってくれたんだもん」
「そういうこと。なーいいだろ?」
圭人は有紗に優しく微笑んだあと蒼にわざとらしく潤ませた瞳を向けてきて訴えかけてくる。
「……分かったよ」
せっかく誘ってくれたのだしたまには外で身体を動かすのもいい気分転換になるかもしれない。それに今日は曇り空だが雪は降らない予報なのでこれ以上積もることもない。
蒼は息をついて外で遊ぶことを了承すると、圭人は「そうこなくっちゃ」と少年のような屈託のない笑顔を見せてくる。
「準備してくるからちょっと待ってろ」
蒼の服装は上下機能性重視の暖かいパンツとトレーナーなのでその上からジャンパーを着ればそれなりに寒さは凌げるだろう。
蒼は駆け足で階段を登り、自室からジャンパーを取り出す。
ジャンパーに袖を通しながら降りていると玄関が騒がしいので「まさか……」と思っていると、リビングでくつろいでいた恵たちが圭人と有紗と話をしていた。
「あらあら。圭人くんと有紗ちゃんは本当に仲良しなのね」
「いえいえ。お二人に比べればまだまだですよ。本当理想の夫婦って感じがします」
「えー。そうかな……まぁそうかもしれないね」
有紗が二人の微笑ましそうに二人の様子を見つめると、雄大まんざらでもなさそうに朗らかに笑う。「やだもう何言ってんの!」と恵は雄大の肩を少し強めに叩きながらも嬉しそうにしている。
蒼はそんな両親の姿を後ろから見つめていて、とんでもない羞恥心に襲われた。
「何友達の前でなに恥ずかしいことやってんのさ」
自分の存在を気づかせるために蒼はわざと大きく足音を立てて階段を降りていき、恵と雄大は振り返った。
「あら。わたしたちは圭人くんと有紗ちゃんと軽いお話をしてただけよ。ねっ?雄大さん」
恵が雄大に近づいて寄り添えば雄大は力強く頷いて蒼は肩を落とした。
普段はしっかりしている二人なのだが一緒にいるときはまるで付き合いたての恋人のような雰囲気を圭人たちの前でも平気で見せてしまう。
そういう意味では、二人は圭人と有紗に似ているかもしれない。息子の友達の前でそんな戯れ合う姿は見せないでほしいというのが蒼の本音だ。
「母さん。今から出かけてくるから」
「そうなのね。いってらっしゃい。帰るときは連絡入れてちょうだい」
「分かった」
靴を収納している横開きのドアを開きスノーブーツを取り出して、つま先を鳴らす。
「二人も気をつけていってらっしゃい」
「はい」
「ありがとうございます」
雄大は圭人と有紗と言葉を交わす。
蒼の準備が整えば玄関のドアを開けて三人は外に出た。
「相変わらず仲良しだな」
雪を踏み固めながらしばらく歩いていると圭人が小さく微笑んだ。
「できることなら二人にあんなところ見られたくなかったんだけどな」
「わたしはいいと思うけどね。お互い好きだってことが伝わってくるし」
「なー。蒼の両親が羨ましいぜ」
「いやいや。限度ってもんがあるだろ。それに家にいるときもずっとあんな感じなんだぜ。まぁ父さん普段はいないからそうなるのは分かるんだけど」
恵と雄大の仲良し具合に肯定的な意見を述べる圭人と有紗。蒼は自宅での様子を口に出しつつ肩を竦めて苦笑いを浮かべた。
蒼たちが辿り着いたのは近くの公園。
遊具やベンチは雪を被っていて子供たちの姿は見当たらない。こんなときに外で遊ぼうとしているのは蒼たちくらいだろう。
「よし。じゃあそろそろやろうか」
「やるって……何を?」
蒼は頭にはてなマークを浮かべたかのような訝しげな表情を浮かべると「いやいや。学校で言ったじゃん」と圭人は素手で少量の雪を掴んで丸型に形成するとにこりと微笑んで、
「雪合戦じゃ!」
威勢のいい声と共に蒼に雪玉を投げる。
それは蒼の遙か頭上を通っていった。
「どこ投げてんだよ」
「うっせ」
蒼の指摘に顔を顰めて再び雪玉を作ろうとした圭人のジャンパーに別方向から雪玉が直撃。圭人が驚いたように顔を上げると有紗がニヤニヤ笑っていた。
「油断したね圭くん」
「有紗めー。やったなっ!」
圭人が雪玉を有紗に投げるが、有紗は機敏な動きで避ける。「んなっ!」と声を漏らす圭人に得意げに微笑んで見せる。
「元ソフトボール部員の実力舐めないでもらいたいね」
「ハハッ。そうだったな。完全に忘れてたぜ」
ジャンパーについた雪を払いつつ圭人も爽やかな笑みを浮かべると、二人で雪玉を投げ合っていた。
(まーた二人でいちゃつき出してやがる)
蒼はそんな二人の様子を遠い目で眺めていた。
二人も楽しそうだしもう帰ってもいいかなーと思いながら大きな欠伸をすると、
「スキありっ!」
そんな声が聞こえた瞬間、雪玉が蒼の顔面にぶつかって蒼は二、三歩ほどよろめいた。
「あっ……ごめん。顔に当てるつもりは……大丈夫か?」
圭人は申し訳なさそうに謝る。
蒼は髪と顔についた雪を払うと、無言のまま雪に手を伸ばして雪玉を形成していく。
「あの、蒼くん……?怒ってる……?」
「わざとじゃないことは分かってるし怒ってもいないさ。でも……」
「うおっ!」
蒼が投げた雪玉を圭人はなんとか躱した。
「やられっぱなしではいられないよな」
「いいね。そうこなくっちゃ」
蒼は淡く微笑むと、怒っていないことの安堵とようやくやる気になってくれたことへの喜びで圭人からも笑みが溢れる。
そこからしばらく蒼たちはまるで子供のように雪遊びを楽しんでいた。
☆ ★ ☆
「んじゃーな」
「それじゃあね」
「おう。じゃあな」
雪合戦を終えてしばらく立ち話をした後に、圭人と有紗は帰っていった。
高校生三人が雪合戦をしている姿を公園を通りかかった人たちがこちらを見ていたことに気がついた蒼は気恥ずかしさを覚えたのだが、それ以上に圭人と有紗と過ごした時間の楽しさが勝っていた。
やる前は渋っていたが、なんだかんだで楽しんでいたんだなと蒼は二人の後ろ姿を眺めながらそう感じた。
早くシャワーを浴びて炬燵で寝そべりたいと思った蒼は足早に公園を後にした。
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