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『大和撫子』と小さな出来事

日間現実世界[恋愛]67位ありがとうございます!

「んー疲れた……」


 休日の昼下がり。

 人通りの少ない道を歩いていた蒼は身体に溜まった疲労を吐き出すように大きく伸びをしながら言葉を漏らした。


 今日は家でのんびり過ごそうと思っていたのだが、前日にバイト先の店長から「体調崩した人が明日のシフト来れそうにないから来てほしい」と頼まれてたのだ。

 特に予定もなかったし、給料も少し上乗せしておくと言われたので断る理由がなかった。


 外は晴れているが寒いため、出歩いている人は少なく少しだけ寂しさを感じさせる。この時期は外で遊ぶよりも家でゲームしている子供がほとんどだろう。


「……ん?」


 広がる青空をぼんやりと眺めながら午後からの予定を考えて歩いていると、近くの公園から声が聞こえてきた。

 子供のすすり泣く声が聞こえて、何事かと心配になったので蒼は公園に足を踏み入れる。


 滑り台やジャングルジム、ブランコがある広い公園でポツンと隅に設置されているベンチに七歳くらいの女の子が泣いていた。


 そして隣には栗色の髪の少女がその女の子をあやそうと頑張っているが、泣き止んでくれなくて悪戦苦闘している様子だった。


「一ノ瀬さん?」


 蒼は泣き続ける女の子の隣に座っている可憐な少女に声をかけると、彼女は顔を上げて目を丸くした。


「風凪くん。どうしてこんなところに」


「ちょっと出かけにな」


 陽葵は買い物からの帰りだったのだろう。ベンチの隣には食材が入ったエコバッグが置いてあったのを確認する。


 (何気に私服を見るのは初めてだよな)


 黒のスキニーパンツはすっきりとしたラインを引き締めていて脚線美を描いている。トップスはゆったりとした少し大きめなグレーのケーブル編みニットはふわふわとしていて着心地が良さそうに見える。

 

 シンプルな服装だが少し大人っぽく見えて、陽葵本来が持つ清楚さをより一層引き立てているだけでなく色気も兼ね備えている。意識していなければ陽葵に視線を送ってしまうくらいに可愛いと思ってしまった。


「それでどうしたんだ?」


 蒼は陽葵の隣で涙を流している少女に目を向ける。遠目で見たときは陽葵の妹かと思ったのだが、少女との接し方を見て、血縁関係でないことは分かった。


「帰り道に公園を通ったらこの子が泣いていて……どうしたのですか?」


「……お兄ちゃんと喧嘩した……」


 小さく啜り泣く少女の背中をさすりながら陽葵は寄り添うように優しく尋ねると、涙を拭いながら少女は口を開いた。


「お兄ちゃんと?どうして……」


「おもちゃ……貸してって言っても貸してくれなかったもん……だから……」


「そのお兄ちゃんはどこにいるのか分かる?」


 蒼はベンチに座る少女と視線を合わせるようにしてしゃがみ込むと、柔らかい口調で話しかけた。


 少女が指差した方向を向けば、そこにはドーム型の滑り台があった。小さな穴があるのでドームの中は空洞になっていて中に入れる仕組みになっている。


「お兄ちゃんとまた仲良くしたいよな」


「……うん」


 少女はゆっくりと首を縦に振ると「そうか」と蒼は立ち上がる。


「風凪くん。どうするのですか?」


「このまま放置するわけにもいかないだろ。あそこにいるお兄ちゃんと少し話でもと思って。一ノ瀬さんはその子の傍にいてあげてよ」


 喧嘩の原因は分からないが、あの少女は仲直りをしたいと思っていることは伝えなければいけない。だがあんな泣きじゃくった状態では伝えることは難しいだろう。


 蒼はドーム型の滑り台に向かう。中には八歳くらいの少年が膝を抱えて顔を埋めていた。彼のすぐ近くには車のおもちゃとリモコンがあった。


「……誰?」


 蒼の気配に気がついた少年は顔を上げると訝しげな表情で蒼を睨みつける。知らない高校生に話しかけられているのだ。警戒されて当然だ。


「あー。えっと、近くを通りかかった高校生なんだけど、きみの妹が泣いてたから心配なって声かけたら喧嘩したって言っててさ」


「関係ないだろ。どっかいってよ」


 少年は顔をムスッとさせてあからさまに視線を逸らされた。


「どうして喧嘩したんだ?」


「言いたくない。てかなんで知らない人に話さないといけないんだよ。余計なお節介だよ」


 蒼は思わず顔を引き攣らせた。

 だがここまできて引くわけにもいかず、蒼は笑顔を保ったまま話しかける。


「妹さん。また仲良くしたいって言ってたよ」


 少年は身体をピクリと動かして、蒼をジッと見つめる。その空洞は男子高校生が入るには狭すぎるので、顔を覗かせるようにしていた。


「なんで喧嘩したのか俺に教えてくれないかな?」


「……このおもちゃ。お母さんから買ってもらったんだ。いつもは有里(ゆり)に付きっきりで構ってあげられてなかったからって」


 有里とは泣いていたあの子の名前だろう。

 少年は続けて言う。


「でも今日有里がこれで遊びたいって言って。でも俺のだからって言ったら……」


 実に兄妹らしい理由だと思った。両親が自分のために買ってくれたおもちゃなんだから、誰にも触らせたくない気持ちが強くなるのはなんとなく分かる。


「いいよな。兄妹がいるのって。俺は一人っ子だからそういうのはあまりよく分からないんだよ」


 蒼にも昔、兄妹が欲しい気持ちはあった。

 一人はそんな喧嘩もないし何か取り合いになることもないから楽だが、やはり兄妹の憧れは抱いていた。


「喧嘩することはあるかもしれないけどちゃんと仲直りはしないと駄目だと思うよ。たった一人の妹なんだから」


「……」

 

「妹のことは大事か?」


「……うん」


「悪いことしたなって思ってるんだろ?」


「……うん」


「だったら意地張らないでちゃんと謝ろう。そしたらまた兄妹で仲良く遊べるはずだから」


 どの立場で言ってんだ、と自分にツッコむように言いながら蒼は笑いかけると、少年はおもちゃを手にして空洞から出ようとしたので、蒼はその場から退く。


 少年は走ってベンチに座る妹の元へと。楓が上手いことやってくれたのだろう、少女は既に泣き止んでいて走ってくる兄を見つめていた。


「……さっきは意地悪言ってごめんなさい」


「わたしも……わがまま言ってごめんなさい……」


 少しの沈黙が流れたあと、最初に少年が頭を下げた。続いて少女が謝ると二人は顔を見合わせて笑った。兄妹の笑顔が眩しくて、蒼も思わず口元を緩ませた。


「えっと、ありがとう」


「お姉ちゃん。バイバイ」


 兄妹は仲良く手を繋いで蒼たちに手を振ると、家に帰っていった。蒼たちも軽く手を振って、二人の背中を見送った。


「風凪くん。ありがとうございます」


「別に。俺が勝手にしたくてやったことだから。最初は余計なお世話って言われたしな」


 蒼は困り果てたような顔を浮かべて頬を掻く。

 陽葵はそんな蒼をジッと見つめていて、蒼がその視線に気がつくと陽葵は慌てて視線を逸らした。


「何か飲む?奢るよ」


「えっ?」


「いや。近くに自販機あるし何か飲みたいかなって。それに寒いから暖かいものでもって思ったんだけど」


「でも……」


「遠慮しなくていいよ。勉強教えてもらったお礼も兼ねてだから」


「それじゃあ……温かいココアで」


「はいよ」


 蒼は自販機に移動してコーヒーと陽葵の分の缶ココアを選んで、取り出し口に落ちた缶を拾うと陽葵に渡した。


「ありがとうございます」


「ん」


 蒼と陽葵はベンチに腰掛けて、早速飲み物に口をつける。暖かいものを選んだのだから今のうちに飲まなければ冷めてしまう。


「暖かくて美味しいです」


 陽葵がホッと息を漏らすと口元を緩ませる。

 それは今まで蒼が見たことのないような力の抜けた表情だった。


「そ、そうか」


 蒼も缶に口を付けて飲み物を流し込む。

 好んで飲んでいるはずの微糖のコーヒーはいつもよりも甘く感じたのはきっと気のせいだと自分に言い聞かせた。

お読みいただきありがとうございます。

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