009 アリア、人助けに飢える。
〇ある町の酒場にて〇
バーロックが酔いつぶれていると、側近の一人が駆け込んできた。
「統領! 起きてくださいって、統領!」
「あぁ? 一体、なんだってんだ? 気持ちよく寝てたってのによ」
「〈髑髏の丘〉が──壊滅しちまいやした!」
酔いなど吹き飛んだ。バーロックは側近の首を掴み、持ち上げた。
「……と、統領……く、苦しい……」
〈髑髏の丘〉は、バーロックの盗賊団〈彼岸鋼〉の傘下にあった。
そして〈髑髏の丘〉の盗賊頭を務めていたのが、バーロックの弟だったのだ。
「ジャスパーは、どうなった?」
弟のことだ。
解放された側近は、首をさすりながら呼吸を整えた。
「その──」
「とっとと言いやがれ!」
「全滅なんすよ、お頭!」
バーロックは吠えた。
「誰がやりやがった? 騎士団の連中か?」
「いえ──まだハッキリとは。ただ、犯人は旅人という噂がありやして」
「ただの旅人が、〈髑髏の丘〉を潰したっていうのか!」
〈髑髏の丘〉の評価は、低い。傘下の盗賊団の中でも、最下位に近いだろう。
それは頭のジャスパーにも、責任の一端がある。
ジャスパーは不出来な部下を切り捨てられない甘さがあり、それが盗賊団の質を落としていた。
だがジャスパー単独の戦闘力は、優れていたはずだ。
そんなジャスパーが、簡単に殺されるはずがない。
「犯人は、卑劣な手を使ったに違いねぇ。ジャスパーを悪辣な罠に嵌めた、卑怯者だ。そうでなけりゃあ、ジャスパーがやられるかよ」
大盗賊団のトップが、卑怯だとか悪辣だとか言うのも、滑稽な話だ。
しかし、バーロックのもとに集まった側近たちは、真剣な表情をしている。
バーロックは命じた。
「犯人を見つけ出せ! だが殺すんじゃねぇぞ。四肢は切り落としてもいいが、命だけは奪わず、俺のもとに連れてこい!」
こうしてラークは、王国最大の盗賊団〈彼岸鋼〉に狙われることになったのだった。
当人がもし知ったら、心外に思ったことだろう。
※※※
盗賊団〈髑髏の丘〉を潰した3日後。
ラークは感動していた。
占い師としてデビューして、初めてのお客である。
厳密には、アリアの占いは何度かやってはいた。が、アリアは弟子なので、ノーカンだろう。
しかし、今回は正真正銘のお客様だ。
お客様は女性で、彼氏が浮気しているか、占って欲しいという。
「では占います」
ラークは水晶玉に手をかざし、占う内容を心で唱えた。
《占い》スキルが発動。
水晶玉が輝き、答えの映像が映し出される。
「あ、浮気していますね」
とたん、ラークは平手打ちされた。もちろん避けるのは容易かったが、これも占い師の義務だろう。
お客が帰ってから、ラークは不満足の溜息をついた。
「占って欲しいというから、占ったのに」
そばで見守っていたアリアが、気の毒そうに言う。
「占ったことを、ありのままに言わないほうがいいこともあるかも」
「それは占い師の倫理に反する。占ったことは、ありのまま伝えるべきだ。さっきのお客様の場合は──」
ラークが再度占ってみると、彼氏は浮気していないと出た。
「……おかしいな」
アリアが呟く。
「さすがGランク」
「何か言ったか?」
「ううん、何も」
ラークとアリアがいたのは、中規模の町だった。交易路の近くにあるため、賑わっている。
何より営業許可をあっさりと取れたことが素晴らしい。
暗殺者ギルド本部までは、城郭都市ポーソンを出て、半分ほど過ぎた地点になる。
「今日中に、あと2、3人のお客様がいらっしゃるだろう」
店を広げた歩道で、ラークは自信満々に言った。
アリアは疑わしそうだったが、そのことについては何も言わなかった。
「あたし、アクセサリーのお店でも冷やかしてくるわね」
アリアを見送ってから、ラークは溜息をつく。
(師匠の仕事ぶりから、何かを学び取ろうというのが、弟子のあるべき姿なのに)
アリアは、ラークを占い師とは思っていないので、仕方のないことではあるが。
※※※
アクセサリー店を冷やかした帰り、アリアは修道女を見かけた。
こんなところで修道女を見るのも、不思議なものだ。
ちょうど修道女は、大剣を装備した男に話しかけているところだった。
アリアには《能力透視》のスキルはないが、その男の職業は〈剣士〉だろう。
剣士は、「断る。そんな頼み、聞けるかよ」と答えて、歩き去った。
それを見送った修道女は肩を落とす。
剣士への頼み事に失敗したようだ。
アリアは気になったので、声をかけてみた。
「どうかしたの? あたしで良かったら、力になるわよ」
アリアは人助けに飢えていたのだった。