018 影の男。
《存在感知》スキルには、レベルがある。
ラークは低いレベルの《存在感知》を発動しつつ、より高いレベルの《存在感知》も同時発動しておく。
目的は何か?
ラークを狙う暗殺者は、低いほうの《存在感知》を掻い潜ってくるだろう。それで満足するはずだ。
そして、レベルの高いほうの《存在感知》が、暗殺者を見つけ出す。
ラークがこの罠を張ったのは、修道院に戻ってからのことだ。
当然、《存在減滅》は解除済み。
ラークの目的は、この暗殺者を生け捕ることにある。男爵に対する執事の話から、名前も分かっている。リガー。
面白い巡りあわせだ。
ラークが占い師に転職する直前、ギルドから脱走した者がいた。
それがリガー。
ギルド・メンバーに抹殺指令が下りたはずだが──リガーはしぶとく生き残っていたようだ。
ちなみに、真の意味で〈暗殺者〉と名乗れるのは、暗殺者ギルドに属する者だけ。ギルドを抜けた者は、良くて〈殺し屋〉だ。
「これも運命の悪戯というものか」
夕食の席で実感をこめて呟くと、アリアが胡散臭そうに言う。
「どうしたの、お師匠様。厨二病みたいなことを言って」
「黙って串焼きを食べなさい」
この席に、クロエの姿はない。クロエにはクロエの仕事があり、この修道院にかかりきりではいられないのだ。
ラークは欠伸した。
「眠気を晴らすため、ちょっと散歩してくるよ」
修道院を出たラークは、星明りの中を歩いた。
やがて前方で影が伸びあがり、人の形を成す。
ラークは《粉砕拳》を、眼前に現れしリガーに叩き込んだ。
リガーが影となって忍び寄っていたことは、レベルの高いほうの《存在感知》で察知していた。
《影移動》の上位版スキル、おそらくユニークスキルだろう。
リガーは《粉砕拳》を防御して、後ろに転がった。《防御膜》スキルだ。ラークの《粉砕拳》に耐えるとは、かなり強度がある。
リガーの顔には驚愕が張り付いていた。
「俺に気づいていたのか? 貴様、ただの用心棒ではないようだな」
ラークは《能力透視》で、リガーのランクを確認した。
Aランク。
暗殺者ギルドにいた頃から、腕は落ちていないようだ。
リガーの顔に疑問が浮かぶ。向こうも、ラークを《能力透視》したようだ。
「Gランク占い師だと? ありえない。そんな雑魚に、俺の《影化》が破られるはずが──」
「ここだけの話だが、転職前はSSSランク暗殺者だった」
「SSSランクだと……まさか、信じられん」
ラークはニヤッと笑った。
占い師に転職したとはいえ、やはり血が騒ぐ。
「試してみるか?」
3秒──
3秒間、ラークとリガーは、激しい戦いを繰り広げた。
互いに複数の攻撃スキルを使い、ぶつけ合った。常人では、二つの旋風が衝突しあっているようにしか見えなかっただろう。
そして決着はついた。
ラークの手刀が、リガーの《防御膜》スキルを上回り、裂いたのだ。
その裂け目へと、再度、《粉砕拳》を叩き込んだ。
リガーは大地に叩きつけられ、昏倒。
ようやくアリアが駆けつけてくる。
「お師匠様! 何事なの、これは?」
「強敵との闘いだった」
ラークはそう答えたが、息ひとつ乱れていない。
アリアは、意識のないリガーを見た。全身は打撲痕と切り傷だらけだ。
対してラークは、無傷。
「楽勝に見えるけれど?」
「だが瞬殺はできなかったぞ。以前、宿で寝込みを襲ってきた女暗殺者のときもそうだが」
「瞬殺できないから強敵、という発想が異常よ」
ラークはリガーを見やった。
「暗殺者としては未熟だったな。この男は、僕の寝込みを襲うこともできた。影としてくっ付いていたのだから、簡単だったはず。ところが、殺すとき獲物の表情を見たいからと、真正面から襲撃してきた」
「寝込みだったら、ヤバかったの?」
「いいや。そもそも《存在感知》で、リガーが影として張り付いていることは、承知済みだったからな。あ、この暗殺者の名前が、リガーというんだが」
ラークはリガーに拘束スキル《鎖》をかけてから、《異空間収納》でしまった。
アリアが唖然とする。
「生きている人間を収納スキルで異空間にしまうとか、初めてみたわ。平気なの?」
「収納中に死なないか、ということか? 大丈夫だと思うが──今回のこれで確かめられるな。いい実験だ」
「うーん……鬼ね」




